3回戦も無事に勝ち、そして翌日。
試合数も少なくなったおかげで、前のように一日空くということもなく、休みなく僕は準決勝へと向かう。
マイは準決勝は早くから席をとらないとなくなってしまう、という理由で、ルドルフに乗って朝早くに飛んで行ってしまったために、僕とラストはこうして闘技場への道を歩いている。
「今日勝てば決勝か…」
「ここまで来れるとはなあ。サンタ、お前、その気になれば魔王も倒せるんじゃないか?」
ラストがニヤニヤしながら、こちらを見やる。
「そうだなあー。それじゃあさっさと魔王倒して、この世界からモンスター絶滅させるかー。誰も傷つかないから、ポーションは売れなくなって、うちは破産。デメリットしかないけど、ラストがいうならやるしかねえよなあー」
「…!そ、それは困る!そうなったら俺の夢が…!サンタ、お前は冒険者じゃないんだから、うちの店でのんびり暮らそうぜ!?」
「どっちだよ」
仕返しにシャレの利いた返事をするとラストが慌てて僕を説得する。
破産は避けたい。流石に理由が自己中心的かと思えるが、僕はこいつの、こういう正直なところが好きだ。
裏がなくて、いいと思う。
そういえば、マイは魔王に対してはどんな意見を抱いているんだろうか。
今度機会があったら聞いてみよう。
「というわけで、うちの店に働いている以上は、冒険者ギルドに所属するなんて許さないぜ!」
「はいはい、わかったよーっと。うおっと…なんだ?」
「あぅ!」
よそ見をしながら適当に答えて歩いていると、前から何かがぶつかってきたようだ。
「いたた…」
驚いて目の前に向き直ると、真っ赤な髪の女の子が、しりもちをついて痛そうにお尻に手を当てている。
「わあ、すいません、大丈夫ですか!?」
ぶつかった時に落ちた、女の子のものだろう装飾のない杖を拾って声をかける。
そしてラストがすかさず、女の子の背中に手を回して起き上がらせる。
「怪我はないか?立てる?」
「ええ。大丈夫…」
目の前のイケメンに手伝われながら、恥じらう様子もなく起き上がる少女。
おお、ラストの顔を見て動揺しないとは…この子、なかなかやるな。
「すいません、前を見ていなかったもので」
「こちらこそごめんなさい。探し物をしてて、下を向いて歩いていて…」
杖を受け取る目の前の女の子は、肩までかかる真っ赤な髪で、それとは対照的な青い目をした、少し幼い顔だちをしていた。
クリーム色の、腰のあたりがベルトで引き締まった動きやすそうなローブを着ていて、いかにも魔法使いといった感じだ。
その少女は青い目を泳がせて何かを探す。
「探し物?俺たちで良かったら手伝うぜ?な、サンタ?」
良い笑顔でこちらを見てくる。
こいつのコミュ力はすげえな。
高校入学したての僕だったら、何も止めないでそれじゃあって言って行っちゃうのに。
あ、それは僕がコミュ障だっただけか。
「あー、まあ、試合まで時間あるし、いいよ」
「本当?いいの?」
「まあ、ぶつかった詫びとでも思ってもらえれば。それで、探し物は?」
まあ、これも何かの縁だ。
謝罪の意味と人助けだと思って、落としたものを尋ねる。
「ありがとう。実は、ちょっと、ポーションを落としちゃって…」
「ポーション?」
「ええ、青色のなんだけど。これから使うの…」
狩りでも行くのか?
若いのにご苦労なことだ。
「ポーションなんて、また買えばいいだろ。どうしてそんなにこだわってるんだ?」
首をかしげて、ラストが尋ねる。
少女は戸惑ったようにことばを濁す。
「ええっと…」
少女はうつむいて杖を抱いて口ごもる。
ああ、もしかして。
「おい、ラスト」
小声でラストに耳打ちする。
「なんだ?」
「多分この子、今金ないんだよ」
「ああー、なーるほーど」
納得して腕を組むラスト。
ラストには今は金がないといってごまかしたが、これは財布を忘れたとかではなく、普通に貧乏という解釈だ。
服装はおしゃれな魔法使いといった感じだが、女の子なのに杖は味気ないし、靴もボロボロで、履き込んでいるように見える。
ポーションといえど、冒険者ギルドの低級品でさえ300ユインなんだ。おそらく普通のなんて言ったら、食費以上にかかりそうだしな。
しかし貧乏とあれば、僕も最初は貧乏だったこともあって、少しだけ情が湧いてきた。
「ま、理由はいいよ。それより、ポーション、ないと困るんだろ?」
「うん…」
「それじゃあ、これ、やるよ」
袋から取り出して、赤、青、緑の3色の液体の入った小瓶を渡す。
「え、いいの?」
「ああ、僕、いっぱい持ってるから。因みにこれ、スタナ街で一番腕のいいやつが作ってるやつだから、この街で売ってるやつと段違いの性能だと思うよ」
横を見ると、ラストが、「その腕のいいやつ、いかにも、俺です」といったような誇らしげな顔で、少女を見る。
少女は渡されたポーションを見つめている。
「金とかはいいよ。僕たち、これからここの闘技場で、一稼ぎするから。それじゃあ」
ドヤ顔のラストの腕を引っ張って、そのまま去ろうとする。
あー、すげー緊張した…!
今までこの世界で女の子と話す機会なんて、マイくらいしかいないし、客で来る女の冒険者はテンプレのあいさつしかしてないからやり取りなんて言えたもんじゃない。
しかも赤い髪に青い目とか、まじなファンタジー娘じゃねえか…!
「ふふん、あの子、今に俺のポーションのすごさが分かるだろうなあ!…サンタ、どうした?」
「いいやなんでも。ファンタジー娘と話すの初めてだから、すげー緊張しただけ」
「ファンタジー娘?今の子か?確かにかわいかったよなあ」
そういって後ろを見るラスト。
「・・・ん?うお!おい、サンタ!」
「なんだよラスとおおお!?」
突然後ろから何かがぶつかってきて、情けなく叫んでしまう。
前によろめき、転びそうになったが、何とかぎりぎりで踏みとどまる。
背中にかかる感触に振り返ると、先ほどの赤い髪が目に映る。
少女の両手は僕の体をがっちりホールドしていて、傍から見れば後ろから抱き着いているようにしか見えないだろう。
「ありがとう…!ありがとう!」
少女は泣きそうな声で、繰り返しそう呟く。
抱き着かれている僕はいきなりのことに驚いて、心臓がバクバクとなりだす。
背中に当たる何か柔らかい感触。それが僕の心臓をさらに加速させる。
このままじゃまずい。
落ち着け。そうだ、いつかの黒歴史を思い出せ…!
僕は瞬時に、自分の黒歴史を思い出す。
『大丈夫。絶対に一人にさせないから』
『なんで、そんなに可愛いんだよ』
『チョコ?ごめん、僕、甘いのダメなんだ』
その間1秒。
あの日あの時あの台詞。無理矢理引っ張りだした記憶は、僕の心を黒く染める。
「ああ、なんで思い出しちゃったんだろうな…」
ブルーな気持ちになりながらも、僕は、高鳴る鼓動の加速も、後ろの少女の感触への動揺を殺すことに成功したのだった。
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