「ルドルフ、サンキューな。ちょっとここでマイと待ってな」
小刻みに震えるルドルフの頭をなでて、マイの隣の席に座らせる。
それから、対戦相手の方へ向き直る。
「おい、少年。勝手に人の作ったもんぶっ壊して、タダで済むと思ってないよな?」
「ノオオオ…」
「っ!」
怒りのオーラをむき出しにしながら、目の前のガキを睨む。
そして横に列をなして歩み寄ると、向こうも少しだけ後ずさる。
「へ、なんだよ!そんなににらんだって、おいらは全然こわかねーぞ!」
氷をまとった両手を構える目の前のガキ。
まだ気力はあるようで、僕の威圧に怖気づいてない様だ。
「とりあえず、鬼ごっこでもしようか。みんな。僕たちが鬼で、あいつが逃げるやつ、オーケー?」
「ノオオオオ!」
『…えー、サンタクロース選手、少しずつモーブス選手に歩みよります』
『これは、あいつ、やっちまったな』
気の毒そうな実況の中、観客席でも、誰1人として音を発さない。
「は、なんだよ、馬鹿か!普通にあるいてくるなんて、やる気あるのかよ!これでくたばりな!ラピッド・アイス!」
無数の氷が無防備で歩くサンタクロースと雪だるまに飛んでくる。
そのまま防ぐ素振りも見せず、直撃し、あたりを白い煙が包む。
「どうだ、さっきよりも魔力は込めた!これでくたばる、はず…」
自信にあふれた表情は、一瞬で崩れる。
「うそ…だろ?」
「おい、鬼ごっこのルールわかってんのか?早く逃げないと、つかまっちゃうぞ?」
彼らは立ち止まる様子を見せず、ゆっくりと近づく。
「くそお、これなら…!プリズム・アロウ!」
今度は大きな結晶が赤い帽子をめがけて飛んでいく。
それも直撃して、結晶は彼の姿を隠す。
「あれが直撃したんだ!もう無事なはずがねえ!」
『サンタクロース選手、直撃です!これは、試合終了でしょうか?』
観客もざわつきだし、彼を心配する声が上がる。
『…こんなんじゃだめだ。』
『え?』
バギイン、と、結晶体が爽快な音を立てて砕け散る。
その後、赤い帽子がゆらゆらと浮かび上がる。
『怒ったあいつを止めるんなら、せめてこの闘技場はぶっ壊すくらいの威力じゃねえと』
「おい…直撃だぞ!?なんでやられねえ!プリズム・アロウ!」
今度はより大きな結晶体が飛び、またも赤い帽子をとらえる。
しかし今度は直撃する音も、砕け散る音もしない。
「な…受け止めた…だと?」
見ると男はその体の3回りほどはあるような結晶体を、素手で捕らえていた。
そして、それを後ろに捨てて、またも歩き出す。
「くそお、なんで、なんで止まらねえんだよ!」
その後も呪文を連発するモーブス。
しかしすべてを着弾させても、赤い帽子が歩みを止めることは無い。
ついにその異変に恐れを抱いたのか、泣きそうな顔になり、後ずさり、距離を取り出す。
「う、うわああああああ!プリズム・アロウ!プリズム・アロウ!プリズム・アロウ!」
「見苦しいな」
今度は雪だるまたちが一丸になって、飛んでくる結晶を受け止め、その場に落下させる。
「うう、なんで、なんで…」
「んなもん、言わなくてもわかるだろ」
気づくとサンタクロースは、モーブスの目の前まで迫っていた。
後ずさる少年。しかし、後ろには壁が。
そして彼を追い詰めるように、二頭身の雪だるまたちが半円を描く。
「あ…ああ…くっそおおおおおお!」
追い詰められ、やけくそになった少年。
氷をまとった拳が、赤い帽子めがけて飛んでいく。
しかし、それはいとも容易く片手で抑えられてしまう。
「ガキのくせに、こんな小細工で、よく2回も勝てたな」
ぐっと、右手に力と籠める。
少年の手を覆っていた氷は、がちがちと音を立てて、そしてすぐに砕け散った。
「ああ…嘘だろ…?」
「さあ、捕まえた」
胸倉をつかまれて、少年の体が持ち上げられる。
「つかまった子には、罰ゲームをプレゼントだ」
「うわあ!」
そして投げ出され、壁に背を預ける少年。
そして彼に、雪だるまたちが近づく。
「ノ――」
「なんだ…お前ら…!?や、やめろ…!」
少年を包むかのように、雪だるまたちは少年に覆いかぶさる。
10体もの雪だるまに覆われて、少年の小さな体は見えなくなる。
「さ、さむ、い…や、やめ、て…く…れ…」
抵抗するもむなしく、少年は雪だるまに包まれて、身動きが取れなくなる。
「罰ゲーム、名付けて、真冬の抱擁」
数分後、雪だるまたちが少年から離れると、顔を真っ青にした少年が、その場に座り込んで、動かなくなっていた。
「職業柄、流石に子どもは、殴れねえからな…」
「よーしみんな!さっきのやつ、作り直すぞー!」
「ノオオオオ!!」
先ほどと気分を入れ替えて、再び雪をかき集める。
『えーと、試合終了。勝者は、サンタクロース選手です…』
僕のテンションと裏腹に、静まり返った会場。
そんなことは気にせずに、僕は雪だるまたちと共に、先ほど壊された雪像の復旧作業を行う。
『あっという間でしたね…サンタクロース選手が本気を出してからは…』
『あーあ、あいつ、普段は大したことじゃ怒らないんだけどよ…なんつうか、飯の邪魔されるか、身内のことになると、あんな風に切れだすんだよな…』
『そうなんですか…』
『ああ、うちの家訓の一つに、サンタクロースの飯の邪魔はするなっていうのがあってな。この前それを破って飯時に邪魔した自称王国騎士がいてさあ…そいつ、一発でやられて、挙句の果てに剣まで没収されてさー』
『へ、へえ…』
若干困った様子のお姉さん。
「おーい、そんな家訓、初めて聞いたぞー!」
叫んで笑うと、ラストが続ける。
『ま、あんなふうに、終わったらすぐに普通に戻るんだけどなー』
「さあ、完成!」
「ノ――――!!」
再びできた雪のぼろ屋を背にして、観客に向かってVサインをする。
そんな僕を見て、観客は少しずつ先ほどの賑わいを取り戻し、拍手やら歓声やらが起こる。
『まあ、というわけで!勝者、サンタクロース!明日の準決勝進出、おめでとう!あ、救護班は、モーブスの救助に当たるように!』
「わあああああああああ!!!」
「よし、帰ろうぜ」
ルドルフのそりに乗って、マイにそういう。
「そうですね。帰りましょうか。…やっぱり、サンタさんを怒らせちゃいけないですね」
「ん、なんだって?」
「なんでもないですよー♪」
勢いよくそりに乗ったのを見届けて、雪だるま達を見る。
「みんな、今日はさんきゅーな。また明日、会おうぜ!」
「の―――!」
「ユキちゃんたち…また、明日ですっ!」
マイも小さく手を振る。
ぴょんぴょんはねる雪だるまは、僕の右手の合図で体から光が抜け、動かなくなる。
そのまま上昇して上から帰ろうとすると、実況席からラストが声をかけてくる。
『ちょっとまて、サンタ!俺ものせてけよ!』
「あー、わかったよ、ほれ、乗りな」
「サンキュな!」
一番上の実況席まで向かって、そりを寄せると、ラストが飛び乗ってくる。
その時、実況のお姉さんと目が合ったので、声をかける。
「あー、お姉さん」
「え、私!?なんでしょう?」
「あれ、できれば壊さないでもらえると助かるなあ。それじゃあ、残りの試合も、これ飲んで頑張ってください!」
袋に入った小瓶を投げて手渡して、闘技場を後にする。
「え、ちょっと…この後も試合あるのに、壊しちゃダメなんですかあ…?どうしましょうか…」
「でも、まあ、いいでしょう!試合のオブジェクトとして、こういうのも!」
そして、グイッと、渡された小瓶を口に含む。
『んうぅ!にっがあああああああああああ!!』
その悲痛な叫びがマイクを通して、僕たちの耳にも届く。
「あ、みすった。こっちだった」
赤い小瓶と間違えていたようで、その叫びで理解する。
「あのお姉さん、飛んだとばっちりですね…同情しますよ…」
「はっはっは、俺の薬は万人受けするみたいだな!」
同情するマイと、爽やかに笑うラスト。
「まあ、良薬は口に苦しっていうしいいだろー。さあ、明日は準決勝だし、頑張っていこうぜー」
「おおー!」
話題をそらして、適当にごまかす。
そして僕たちは勝ち分をとるべく、おっさんのところへ向かった。
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