レディオとの試合が終わり、その翌日。
大会もその日はなく、朝飯を済ませた僕はただ部屋の窓辺で胡坐をかいて外を見ている。
「暇だなあ」
旅行にきたのはいいが、滞在期間の長さを考えるとこの街は狭すぎた。
というよりも、なぜか娯楽がほとんどない。
温泉と闘技場しかないんじゃないかとも思える。
「サンタあ、今日は何する~?」
「たまには何もしない日があってもいいだろー。部屋にこもってようぜ」
「そうだなあ、明日も試合だしなあ」
ラストもテーブルに重心を置き頬杖をついて、たまに茶のような飲み物をすする。
その横でルドルフも幸せそうに眠っている。
たまにはこうやって、何もない時間を過ごすのも悪くはないだろう。
しかしこいつだけはは許してくれない。
「ダメですよっ!せっかくの旅行なんだから、何かしましょうよ!」
温泉から上がった浴衣姿のマイが髪を結って僕の前に立ちはだかる。
「えー、でもすることなんかないよ」
「温泉!温泉があるじゃないですか!行きましょうよ!」
「朝飯前に行ったよ」
ってか、まだ入る気か?今上がったばかりだろお前。
「じゃあ、闘技場行きましょうよ!試合観戦しましょっ?」
「いや、仕事とプライベートは分けたいから…」
「どういうことですか!?いいじゃないですか~。どこか行きましょうよ~!」
そういって駄々をこねる。
その様子を見かねて、ラストが体から空気を捻り出すようにうなって、身体を起こす。
「つってもなあ。サンタ、なんかしたいことないのか?」
「雑魚寝」
「それ以外でお願いしますっ!」
間髪入れずに没。
「んじゃあ、うたたね」
「それ以外で…!」
「二度寝」
「怒りますよ?」
マイの右手でピンクのチェーンソーがうなる。
いつ取り出したんだよ怖いよ。
「冗談だよ…」
「もう!寝ること以外で、何かないんですか?」
「そうだなあ…」
したいことははっきり言ってない。
食べ歩きも、朝飯がうまかったから腹一杯だし、闘技場も見ていて嫌な気分になるだろうから観戦もしたくない。
「うーん、暇つぶしねえ………あ」
少し頭をひねって考えると、一つの結論にたどり着く。
「何かありましたか!?」
「ああ、どこか、広い空地とかないか?あったらそこに行きたいんだが」
「空地…ですか。ここら辺だと、あまりないですね」
まあ、当然ないだろうな。
あってもきっと、宿屋が建つはずだ。
「それじゃあ仕方がないか、森を抜けて街の外の草原に行こう」
「何かやりたいことでもあるのか?」
二人とも不思議そうに見つめる。
「まあ、家族サービスだ。動きやすい普段着に着替えて、早速行くぞ」
袋を背負って窓際にそりを出すと、いつの間に起きていたルドルフが窓の外に飛び出てそりを引く。
準備を済ませた僕らは、受付に鍵も預けずに窓から飛び出した。
「で、何をするんだ?」
草原につくと、早速尋ねられる。
「今日は僕の友達を紹介しようと思う」
「友達?」
2人揃ってきょとんとした顔で首を傾げる。
「前に僕の使える能力については説明したよな。その時に、一人遊びが上手にできる能力があるといったと思うんだけど、覚えてるか?」
「ああー、前の祝勝会で言ってたっけな。それが?」
「それを今日は使おうと思う。でも雪がないとできないからさ。今から雪を降らせよう」
指を鳴らすと、足元から白が伸び、雪も降ってきて、辺りを雪景色に変える。
「何度見ても、やっぱりきれいですよね~」
白くなった草原を見てマイが目を輝かせる。
僕もこの雪景色が大好きだ。
ラストもその場で足踏みして足元に足跡をつけている。
「それじゃあ、僕の友達を紹介しよう」
雪に手を当てて、スキル名を念じる。
少しの間だけ雪が光り、やがて消える。
「なんだ、なんも起きねえぞ~?」
ラストが光ったところを覗き込む。
その瞬間、そこから小さな丸いものが飛び出してきて、ラストの顔面を強打する。
「うばあ!」
「わあ、かわいいっ!」
しりもちをつくラストを無視して、ラストを襲ったそいつに向かって、マイはいう。
頭と胴体を形成する二つの白い球体に、取って付けただけのような丸い足と、短くて丸い手。
僕の膝下くらいまでの背丈のそいつは、僕を見つけると嬉しそうに飛びついてくる。
「おっと!相変わらずの甘えん坊だな。紹介しよう。こいつは僕の友達のスノウマン。名前は特にないから、好きに呼んでくれていいよ」
「おお、まじか。雪だるまが動くなんて…」
「まあ、雪がないと呼べないんだけどさ。ここだったら、誰にも迷惑かけないし大丈夫だろ」
抱えていたそいつをおろしてマイの目の前にたたせると、マイはかがんで声をかける。
「よろしくねっ。ユキちゃん♪」
「ノーウ!!」
高い声で、両手を広げてスノウマンがいう。
「ええ、ダメなんですか!?」
ノーウ、その言葉にいきなり否定されたと思い、落ち込むマイをみて、ラストが告げる。
「その名前が気に食わないんだろう?へ、俺がもっとかっけー名前を付けてやろう。そうだな…雪の王様、よし、雪の王なんてどうだ!?」
「ノーウ!」
「ええ、これもダメ!?」
どっかで聞いたことあるぞ。なんかそれっぽい名前のやつ。
落ち込む二人に、そろそろ説明をする。
「こいつ、ノーとかヌーとかしか言えないんだ。否定してるわけじゃないから気にしなくていいぞ。ユキちゃんって名前気に入ったってよ」
「それなら早く言ってくださいよ!よかったあ、嫌われたかと思った…」
ほっと胸を撫で下ろして、マイはユキちゃんと名付けた二頭身を優しく抱く。
「悪かったよ」
「それで、こいつ一匹呼んでどうするんだ?」
広い草原に、たった一体増えたところで、頭数は4つ。
ラストが不審な目で僕を見る。
「いや、一匹だけじゃない」
「え?」
「実はね、何匹でも呼べるんだよ」
そういって雪に手を当てると、僕の周りが光輝いて、僕を囲うようにスノウマンが飛び出してくる。
「「「ノーウ!!!」」」
「わわ、ユキちゃんが、いっぱいです!」
「なんだこれ…」
「ぜえ、ぜえ…これで僕たち合わせて16人か…これだけいれば、何かしらスポーツとか遊びができるだろ…」
肩で息をする僕を気遣って、ラストが近寄ってくる。
「サンタ、やっぱり疲れるのか?」
「ああ、一応13も出したから、それはもう疲れるさ…」
しかし疲れるのはこの後。
スノウマンたちは一斉に僕を見る。
「サンタ、みんなお前のこと見てるぞ」
「ああ、さっきもいったけどさ…こいつら、甘えん坊なんだよ…」
「「「ノ――――ウ!!!」」」
「え、うわっ!」
僕にとびかかる雪の精たち。
最後の力でラストを突き飛ばす。
体力を失った僕はなすすべもなく彼らに抱き着かれる。
「ちょ、落ち着け、お前ら…」
「ノーウ!」
僕という友人との再会がうれしいのか、スノウマン全員が僕のいたるところに抱き着いてくる。
「まじで、離れて…あ、やべ…」
重なる雪の子どもたちに埋もれて、二人の視界から赤い帽子が消えるのに、そう時間はかからなかった。
「サンタ…?っておい、やべえぞ!早く出してやらねえと!」
「はっ!サンタさん!?しっかりしてください!みんな!早くどいてえ!」
「ノー!」」
寒さで意識が遠のく中、必死に叫ぶ2人の声と、僕を慕う雪の声が、微かに耳に届いた。
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