ようこそ、ファンタジー世界へ。   作:zienN

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第33話:奇襲

「オルトロス、あんなトナカイ、すぐに食い殺してやれえ!」

 

態勢を立て直した二つの頭がこちらに飛んでくる。

こちらもルドルフに呼びかける。

 

「ルドルフ、飛ぶぞ!」

 

鈴の音を鳴らしてそりを引いて宙を舞う。

空を飛んでいれば、とりあえず噛みつかれる心配はない。

 

「空も飛べたのかい?本当に予想を上回るねえ!でも、オルトロスの炎は、空中でかわせるかなあ?」

 

今度は二つの火柱がこちらに向かってくる。

 

「ルドルフ!急いで地面に降りてくれ!後はこのステージを回るように走り続けるんだ」

 

急降下して炎を避ける。頭の上を二本の火柱が通り過ぎ、それから僕たちに向きが変わる。

外周をぐるぐる回って攻撃をかわし続けると、今度はまとまっていた火柱が開いて、二本別々に襲い掛かってくる。

 

「さあさあ、これはどう対処するのかなあ!?」

 

後ろと前、両方から挟み込むように火柱が迫ってくる。

その熱気に、額から汗が流れる。

 

「モミの木、頼むぜ!」

 

走りながら雪に手を突っこんで、スキルを発動させる。

雪に手を付けたところからモミの木が生えだして外周が木で立ち並ぶ。

木が炎を受け止めてくれるので、それに隠れて逃げ回る。

 

『おおっと!いきなり木が生え始めたぞ!』

『これで炎を防ぐっていう作戦ですかね!サンタ、やるなあ!』

 

「ぜえ、ぜえ、ふう…どうだ、これで火は怖くないさ!」

「チッ!やるねえ!でも、大分疲れてるみたいだねえ!」

 

能力を使いすぎて息切れを起こしてしまった。

くそ、疲れない身体って詐欺かよ…

 

「はあ、これだけは飲みたくなかったんだけどな」

 

袋から小瓶を取り出して一気に飲み干す。

実況の方ではこの瓶の中身が気になるのか、早速話題になる。

 

『んん?あの小瓶は何でしょうか?ポーションでしょうか?』

『あれはこの俺、ラスト特製、死ねるポーションビリジアンだ。飲むと眠気も疲れも、一発で吹っ飛ぶぞ!』

『はあ、でもなんでそんなすごい能力を持っているのに、名前に死ねるとかついちゃってるんですか?』

『それは…飲んでみればわかる』

 

 

 

「ぐあああああああ、まじいいいいいい!!」

 

 

 

想像を絶するまずさに、そりの上をのたうちまわる。

 

 

 

『サンタクロース選手、何故か苦しみだしている!間違って毒薬でも飲んでしまったのかあ!?』

『まあ、その、あれが死ねるの由来だ。うん、超まずい』

「うおおおぉぉ、なんてまずさだ…!でも、もう疲れは感じない」

 

後味が口の中に残って吐き気を催す。

もう飲みたくないが、このまま持久戦を続けるならば後数本は飲まないといけないだろう。

もう一気に勝負を決めよう。

 

「ルドルフ、逃げるのはやめだ。もうあの薬飲みたくないからそろそろ決めるぞ!」

 

木の陰から出てきて、黒い巨体に対峙する。

 

「鬼ごっこはおしまいかい?それじゃあそろそろ終わりに――――」

「どけどけどけぇ~!」

 

話を無視してオルトロスめがけてそりで突っこむ。

 

「んな!?オルトロス!」

「しゃべりすぎだ、遅い!」

 

僕はそりから飛び上がって空中で右手を引く。

 

「オルトロス、下はダミーだ、本体は上だあ!」

「残念!下も本物だ!ルドルフ!頼むぜ!」

 

 

 

上を向いて迎撃しようとするオルトロスに、ルドルフの振り上げた角が右の一頭の顎を突き上げて、口を閉じる。

 

「何い!」

「早く寝ねえとサンタは来ねえぞ!」

「キャウウウウゥゥン!」

 

右の一頭に再び重力をのせた右ストレートを食らわせると、可愛い悲鳴を上げて、気を失い頭を垂らす。

 

「まだだ!まだ左の攻撃は終わらない!そのまま炎で焼き尽くしてやれ!」

 

口を開いて喉の奥が赤く光る。

その瞬間、無意識にニヤリと笑って袋に手を突っこむ。

 

 

 

これを待っていたんだ。このゼロ距離からの攻撃。

特に火炎放射で、僕に向かって口を開けるこの瞬間を!

 

 

「おお、飼い主のいうことを聞けて偉いじゃないか!そんな君には、これをプレゼントだあ!」

 

小瓶の栓を開けて口にほうり投げる。

熱気とともに視界が赤く染まる瞬間、黒い巨体が動きを止める。

炎が顔に来たが、それは一瞬だけで、僕には熱気だけが当たる。

 

「なんだ!何を飲ませだんだあ!?」

「最強のポーション。一本あれば、絶大な回復をもたらす。ただその代償として―――」

「グ、グアアアァァ!?ベエ、ベエエ!!」

 

オルトロスが大きく身体を揺らす。

 

「一生そいつのトラウマになる!」

「オルトロス!?どうした、オルトロス!!」

 

あまりのラストのポーションのまずさに、左の一頭はのたうちまわってその場でのたうちまわる。

もはや長所である二つの頭は統制を失い、飼い主のレディオの声も届かない。

 

「それのおかげでほとんど回復しちゃうだろうけど、この無防備な状態なら、殴りまくれば関係ないよな」

「まずい!オルトロス、引け、引けえ!」

 

飼い主のことばを聞き入れず、暴れまわる黒い巨体。

 

「ルドルフ、じたばたして苦しんでいるから、抑えてあげよう」

 

ルドルフは宙に上がりオルトロスの真上に来ると、そりを落としてオルトロスを下敷きにする。

 

「グギャアアア!」

「まだ苦しいか。大丈夫、すぐ楽にしてやる」

 

3発ほど殴ると、左の頭も気を失って、巨体はおとなしくなった。

 

「さあぁてとおぉ?」

「ひっ!」

 

まっすぐに飼い主の方へ歩き出す。

レディオは目を歪ませて釣り上げていた口角が下がる。

 

「ま、待ってくれえ!そうだ、話し合おう!」

 

耳を貸さずに近づく。

 

「わかったよ!もう僕の負けでいいから!降参、降参するから!」

 

目の前までたどり着く。

小柄な男を、見下ろすようにして見つめる。

 

「だから、もう、終わりにしようよお!」

「さっきまで調子に乗ってたわりに、自慢のペットがやられた瞬間、一気に弱気になっちゃったじゃないか。ご自慢の魔法で、なんとかなったりはしないのか?」

 

レディオの黒く輝き続ける右手を指さす。

 

「あ、でも今それ光り続けてるってことは、あいつ維持してる間は、魔法が使えないってことなのかな?」

「ヒッ、ヒィイイ…」

「まあ、君の降参っていう平和的な解決も、一番おさまりがよさそうだよね」

「え!じゃ、じゃあ!」

 

希望に満ちた顔で僕を見上げる。

 

「でもそれは、お前的にはの話だよな。あ、因みに第一回戦で君にやられたやつ、僕のツレなんだよね」

「あ…」

 

その瞬間、男の顔が青ざめる。

一回戦敗者が僕のツレというのはもちろん嘘なんだけど。

 

「そいつのためにも、ここは一発、痛い目見せてやらねえと…気が済まねえんだよねえ!」

「っ!」

 

腰を抜かして地面にしりもちをつくレディオ。

 

「悪く思うなよ。復讐ってのは、誰かが止めないといけないのはわかってるけど―――」

 

右手に力を籠める。

 

「それは僕の役目じゃねえ。せめてもの情けで一発で仕留めてやる。いい夢見てくれよお!」

「うわああああああああ!」

 

鈍い音とともにレディオの体が飛ぶ。

闘技場の壁に頭から突っこんで、雪の上に伏す。

 

「お前も、面白い顔するなあ」

 

スマホで寝顔を撮って、ルドルフのところへ戻る。

 

「サンキューな。作戦なしで、あそこまでやってくれるとは思わなかったぜ!」

『…えーと、勝者は!変わった戦術と、拷問のような攻撃で勝利をおさめたサンタクロース選手です!』

 

「「「わあああああああああああああ!!」」」

 

怒号にも似た歓声が、会場で響き渡る。

 

『でもお姉さん。あいつ、百戦錬磨とか冷徹、頭が切れるとか言ってた割には、飼い犬に頼りっきりで、あまり作戦とかなかったな』

『ええ、そうですね。有名なのは間違いないですけど、実力の方は本人がそういってくれと言っていたので、本人はそう思ってるのかもしれません』

『なるほどな。ま、サンタに勝てるやつはいないってことか!』

 

あほみたいなやり取りを聞きつつ、興奮するマイに手を振る。

 

「はあ、疲れた」

 

サンタのじいさんの魔法は、スキルには効果がないのか、普通に疲れる。

 

「サンタさん、お疲れさまで…っひゃあ!ちょ、ちょっとサンタさん!?」

「マイ、帰ろうか」

 

僕はマイを客席から持ち上げてそりに乗せて、ルドルフとともにコロッセオの上から帰った。

 

 

 

 

『おい、サンタあ、俺も乗っけてけよお!』

 

取り残されたラストの声は、僕の耳まで届かなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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