観客の叫び声に囲まれて、僕たちは2人相対する。
「飼い犬はいないみたいだけど、どうした?」
僕の前にはレディオ一人しかいない。
まさか一人で戦うつもりなのか。
「ああ、やっぱり知っていたんだねえ!流石は、一回戦を勝っただけのことはある…」
「まあいないならいいけどさ。こっちは待ってやらないからな」
ホワイトクリスマス。
指を鳴らすとあたり一面が銀世界にかわる。
バンベルトは初見で驚いていたが、下調べをしたのか、全然驚く素振りを見せない。
気づくとこちらの動きに動じないレディオの右手は輝き、足元には黒い魔法陣ができていて、そこから不気味な煙が不安定に渦を巻いている。
あれは…!
「まさか、魔法で召喚するのか!?」
「その通りい!わかったところでもう遅いよお!出でよ!オルトロぶはあ!」
「あぶねえ、なんとか阻止できたか!」
その場で雪玉を作って投げて口をふさぐ。
急いで投げたので、雪玉は作りも荒く、ただちょっと固めた雪を投げただけだったので、威力はほとんどない、牽制射撃のようなものだったが。
見ると雪玉を食らいレディオがのけぞったのと同時に、先ほどまで渦巻いていた魔法陣は消えてなくなった。
「やっぱり、術者が集中しないと召喚は成功しないんだな。じゃあ、召喚される前に、さっさと終わらせてやる!」
レディオに向かってまっすぐに駆け出す。手には袋から出した、マイの作った相棒を手にもって。
威力は落ちるが、非力といっていたし、これで十分だろう。
「く、やるじゃないかあ…!でもねえ、僕は魔法が得意なんだよねえ!ダークネス!」
「うお、なんだ!何も見えない!」
やつの右手の輝きで、出てきた黒い靄に反応しきれず浴びてしまうと、視界が真っ黒に染まる。
どうやら盲目になる魔法を食らってしまったらしい。
「くそ、どこだ!」
持っている相棒を振り回すが、宙を仰ぐだけで手ごたえはない。
「あははあ!いいねえ!そんなところで素振りの練習かなあ?」
声のする方へ攻撃をしても、声の主が悲鳴を上げることは無い。
「くそ、召喚は避けられないか…」
「せっかくの作戦が台無しだねえ!出でよ!オルトロス!」
その声と同時に、盲目が解けて視界が明るくなったが、目の前には新たな敵が僕の前に立ちはだかっていた。
大きな黒い体。
首輪につながれ、途中でちぎれた鎖を地面にたらし、サッカーボールほどはある二つの頭は、どちらもこちらを見つめている。
その鋭い視線は殺気を放ち、視線だけで僕を殺しにかかろうとする迫力だ。
口元から涎を垂らして、たまに舌なめずりをして強靭な牙を見せる。
「でたな、あいつがケルベロス…!」
「オルトロスだよ。ケルベロスは頭が3つある方だよ」
冷静に突っ込まれる。
「で、でたな、あいつがオルトロス…!」
先ほどの失言を、無かったかのように言いなおす。
どうやら僕は名前を素で間違えていたようだ。
いや、昔から、ケルベロスは頭が二つだと思ってたんだよ。
オルトロスってさっきから言ってたの聞こえてたけどさあ…
賭けのおっさんだってケルベロスって言ってたし…
「ま、まあ、どっちでもいいや。倒しちまえば、どっちも一緒だ!」
「ははあ、そんな簡単に言うけど、うまくいくかなあ?行け、オルトロス!食い殺せ!」
「「バオォォン!」」
レディオの指示とともに雄叫びを上げてこちらに駆け出すオルトロス。
犬というだけあって、さすがに動きが速い。
一気に間を詰められて、左の一頭、右の一頭が時間差で噛みついてくる。
「バオオォォ!」
「っ!」
左を相棒を噛ませてガードをするが、右の一頭の攻撃は防ぎきれない。
そのまま大きく口を開いて、こちらに噛みついてくる。
「まずは右腕一本、もらうよお!」
「くそ、こっちは、これでも食らえ!」
「グギィ!!」
腰を落として、下から袋を握ったままの右手で顎を殴り上げ、無理矢理口を閉じさせる。
相棒で防いでる方の頭にげんこつのように一発打ち込むと、オルトロスは怯んでレディオのもとに下がる。
「オルトロスの攻撃を防ぐとは、流石だねえ!」
「あっぶねえ…」
ぎりぎりで口を閉じることができたが、これが続いたら、やつの牙がこちらに届くのは時間の問題だ。
レディオは余裕の表情で、さらにこちらを追い詰めるような指示を出す。
「それじゃあこれならどうかなあ!オルトロス、左は氷、右の方は火を噴きながらやつを追い詰めろ」
「「バオオオ!」」
今度は首を横に振りながら、炎と氷を吐いて突っこんできた。
「そんなのありかよ!」
逃げようにも、首を振っているため、左右への逃げ場はない。後ろに逃げても、追い詰められてしまうだろう。
「仕方ない。ちょっと疲れるが、こっちも使うぜ!聖夜のモミの木!」
地面に手を当てると、雪を割って生えてきた巨大なモミの木が僕の代わりに炎と冷気を受け止める。
攻撃は無事に防げたが、炎による熱気とスキルを使った疲れで額から汗が流れる。
「これも防ぐかあ。君、ずいぶんと面白いことができるみたいだねえ!」
「はあ、はあ、なめやがって…」
こちらに傷は一つもつけられていないが、二度の強襲と、まだ何かあるかもしれないという不安に、精神的なダメージを与えられている。
さらにスキルの代償で、疲労もたまってきている。
「あれえ、ちょっと疲れてきたのかなあ?その疲れよう、その木とこの雪は、もしかして出すのに結構な体力を使うのかなあ?もしそうならこれはチャンスだあ!オルトロス!もう一度、時間差で噛みついて食い殺せ!」
「バオオオオ!」
勝利を確信したレディオが、オルトロスに最後の指示を出す。
「くそ!もう打つ手がない!」
「いいよお!やっぱり、人の絶望する顔は、見ていて最高だねえ!殺せえ!」
膝をついて嘆くと、レディオは嬉しそうに叫んだ。
勢いを増してこちらに飛びかかる黒い巨体。
しかし、その牙は僕の体に触れることは無い。
「ま、僕一人だったらの話なんだけどね」
「んん?」
僕は一人、レディオに負けないくらいのゲスい笑みを浮かべて顔を上げる。
「ルドルフ!出番だ!」
袋からしまっていたそりを盾にするように引っ張り出して、この世界の数少ない一匹の友に呼びかける。
一番前の席でマイの横で見ていた小さなトナカイは、僕の指示とともに観客席から飛び出し、僕にとびかかるオルトロスの右の一頭を、回転しながら角でたたき落とし、僕の前に来るとそりの綱を器用に自分の体に結び付ける。
「バオオオオオ…ギィ!」
「…え?」
頭からヘッドスライディングのように雪に突っこむオルトロス。
突然のルドルフの乱入に、会場の人々は驚きを隠せない。
『なんということでしょう!勝負は決まったと思われた矢先、小さなトナカイが乱入してきました!これは、何かのハプニングでしょうか!って、きゃっ、なんですか!?』
しばらく静かだった実況のお姉さんが驚いていると、マイクを奪って、聞きなれた男の声が会場に響き渡る。
『いいや、こいつはサンタクロース選手のパートナー、ルドルフだあ!一回戦では一人だったが、やつは実はビーストテイマー!あのトナカイと組んでる時が、奴の本領だ!』
『ちょ、ちょっと!なんですか急に!あなた一体何者!?』
この声は、やっぱり…
『なあに、通りすがりの、解説者だよ』
『はっ、イケメン…!』
やっぱり。どうやらラストが実況のお姉さんのところに乱入したらしい。
この声と、何よりマイクから少しだけ漏れたイケメンという単語で、大体の察しがつく。
ラスト、お前、何やってんだよ。
『さあ。ここからはサンタクロースの反撃だあ!彼は俺たちに、どんな夢を見せてくれるのかあ!』
イレギュラーな出来事の数々に、湧き上がる歓声。
「ラストめ、何調子乗ってんだよ、ったく」
「君、ビーストテイマーだったのかい?」
オルトロスが落下した時は一瞬驚いたかと思ったが、しかしまた変わらぬ下卑た笑みを取り戻す。
もう少し驚いてくれてもよかったが、流石は百戦錬磨といったところか。
「そう、誰も知らないと思うけど、この帽子が、その証拠さ」
頭を指さして答える。
サンタクロースという存在がないこの世界では赤い帽子にはトナカイがつきものという意味が分かるものは誰一人としていないだろう。
「…そうかい。それじゃあここからは、こっちも本気でいかないとねえ!オルトロス、立て!」
「ウウウウウゥゥゥ…」
左右の頭はそれぞれ僕を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がって再びレディオの近くに退がる。
げんこつを食らい、ルドルフの攻撃を受けたにも関わらず双頭ともまだまだ余裕そうだ。
「僕が本気を出すんだから、君、死んでも文句は言わないでよねえ?」
「へ、死ななければ文句の言いようはないから、安心しな!」
塗装のない木目のそりに乗って、戦闘態勢に入る。
こっちも本気でいくぜ。
『さあ、両者本気を出したところで、第二ラウンドの始まりだあ!』
第二ラウンド、ビーストテイマーとしての戦いの幕が開けた。
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