ケルベロス。
よくゲームでその名を目にすることはあったが、当然その実物を見たことは無い。
たいていは頭が二つあるただの犬なのだが、どうなのだろうか。
「おっさん、そのケルベロスってのは簡単に言うと頭が二つある犬であってるか?」
「見た目はな。だがその外見の凶暴さは、犬なんてもんじゃねえ。鬼のような顔をしてやがる。それに大きさだって、そこらへんの犬どころじゃねえ、身長はお前さんの肩くらいまではあって、生身で受けたら食いちぎられて無くなっちまうほどの顎の強さだぞ」
「ケルベロスかあ…やべえなサンタ」
青ざめて語るおっさんの様子からするにそいつは本当にやばいやつなんだろう。
ラストもさっきまで余裕そうだった顔が引きつっている。
「悪いことは言わねえ。今からでも棄権した方が身のためだ。奴との戦いで負けたやつなんて着ていた鎧もズタボロで、そいつ自身も半殺しだ。鎧もないあんたが噛まれたら、それこそ命の保証はできねえぞ!」
「ねえラスト。僕もう帰りたいんだけど」
冗談じゃない。そんな怖いやつとなんてやりたくない。
鎧を砕く顎だぞ?そんなの腕の一本は確実に持ってかれるじゃねえか。
戦う前から知れてよかった。さっさと帰ろう。そして温泉に浸かって寝よう。
「ビーストテイマーが大会に出るとは…流石に今回は分が悪すぎるか?何かいい手はないのか…?」
ラストは何やら一人でつぶやいている。
こいつ、まだやる気かよ。
「なあ、剣士ならともかくビーストテイマーとか戦ったことないし勝てっこねえよ。帰ろうぜ」
「ビーストテイマー?そうか、その手があったじゃねえか!」
ラストがひらめいたように叫ぶ。
引きつっていた笑いはいつの間にか、再び余裕を取り戻していて、いつもの自信にあふれた顔をしている。
「サンタ!俺に名案がある。お前なら、やつと同じ立場で戦うことができるはずだ」
「なんだよ。素手で化け物ととか、やったことないからわかんねえぞ。ましてや相手は頭が二つもあるんだ。こっちは一人だから分が悪い。まさか、右手で一頭、左手で一頭を相手にしろなんて、馬鹿げた事は言わないよな?」
「数なら大丈夫だ。お前は一人で戦うんじゃないからな」
「はあ?」
いや、一人だろ。
何言ってんだこいつ。
「お前にも一匹、パートナーがいるだろう?」
そういって、頭の上に手を角のようにして乗せて言う。
全然似てないけど、それってもしかして…
「そう、あのトナカイだよ」
『湯煙大会も大会出場者のすべてがここに立ち、半分が勝ち半分が負け、出場者の数は半分に絞られました。これからは勝者同士の戦いです!彼らはどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!それでは本日の第一回戦を始めましょう!最初の戦いを見せてくれるのはこの二人!』
実況のお姉さんの目がこちらに向けられる。
『勝ち残ったのは幸か不幸か!?赤い帽子のニュールーキー、サンタクロース選手!』
「「「わあああああああああああ!」」」
「おい、幸か不幸かってなんだ。やめろ。なんか何かの間違いで勝ったみたいじゃんか」
後、ニュールーキーって色々と意味おかしいから。
僕は一人、愚痴をこぼしながらにぎわう観衆に手を振り、声援にこたえる。
『えー、もう一人は!…おほん、百戦錬磨のビーストテイマー!その頭の切れには並ぶ者がいない!番犬とともに、相手を無残に食い殺す!お前に人の心はないのか!?冷徹なビーストテイマー、レディオ選手です!』
ザッ。ザッ。
向こうの入り口から出てきたのは、一人の小柄な黒ずくめの男。
フードからはみ出た金髪と、その下から覗く濁った緑色の目、そして、口元に浮かべる下卑た笑い。
「やあ、よく来たねぇ。この僕に恐れをなして逃げなかったとはぁ」
「いや、聞いた話じゃ、あんたは非力だから、この手で一発ぶちかませば、伸びちまうほどらしいじゃないか。わざわざ勝てる戦、逃げる馬鹿はいないでしょう」
開口一番の挑発にしかめることなく、男は一層口角を吊り上げておぞましい笑みを浮かべる。
「ははぁ、よく調べてきたじゃないかぁ!それじゃあ、僕の職業についても、もちろん知っているはずだよねえ?」
「ビーストテイマーのレディオ、だろ。さっき実況で聞いたからわかるに決まってるだろ。ちゃんと耳ついてんのか?」
煽りを混ぜて返すと、今度は汚い笑みを崩さずに、静かに眉をしかめる。
ほお、こいつはあまり煽り耐性はないのか。頭はいいのに、こっちの作戦とは思わないのだろうか。
「へえ、覚悟はできてるんだろうねえ!」
「出来ていますとも。じゃなきゃここにも立っていないさ」
『両者準備はいいでしょうか!それでは、試合開始です!』
鐘の音とともに、僕とレディオの戦いが始まった。
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