「どうぞごゆっくりと」
部屋につくと案内の人は一言だけ言って戸を閉めた。
「おおー、すげー眺めだな」
4階に案内された部屋は眺めがよく、街の様子を少し上から見下ろすことができる。
部屋もうちの店のリビングより広く、高いだけあっていい部屋だ。
畳が敷かれているところに、前の世界の懐かしさを覚える。
袋から二人の荷物を取り出して置くとすぐに、二人は僕を引っ張って部屋を出ようとする。
「サンタさん!温泉、いきましょっ?」
「サンタぁ!温泉だ!」
「わかったから、歩けるって、ほら、鍵しめるの忘れんなよ!」
二人とも楽しみにしてたんだろうか、いつもよりテンションが高い。
特にマイは普段シャワーで我慢している分温泉に対する執着がすごいように思える。
僕は連れられるまま階段を駆け下りて、受付に鍵を預けると、大浴場へと向かった。
「それじゃあ、男はこっちだから。行くぞラスト」
「天井開いてたら声かけますからねっ!絶対返事してくださいよ!」
テンションが高い。
お前は子どもか。
「はいはいわかった。ん、ラスト。どうした?早く来いよ」
女湯ののれんの前で、ラストがマイとともに立ち止まっている。
一度顔を上げたかと思うと、真剣な表情でこちらに語り掛けてきた。
「悪いなサンタ。俺はこっちだから」
「は?何言ってんの。そっち女湯だよ?」
「今まで黙ってたけどな、サンタ。俺、女なんだよ」
「・・・まじか」
思わず面食らった。
中性的な顔のイケメンだとは思っていたが、女だったのかよ。
「え、ええと、おうけい。それじゃあまた後で」
「ああ、また後でな」
一人で男湯ののれんをくぐろうとしたその時、マイの怒声が響く。
「んなわけないでしょ!!」
「っが!いってええええええええ!!」
嘘だったのかよ。
「いくぞ、ラスト」
体を軽く洗って露天風呂に浸かる。
効能などは看板に書いてあるが、即効性があるわけではないと思うので、無視して空を見上げる。
客もこの時間に入るものはいないのか、昼間の大浴場は貸し切り状態だ。
謎の優越感に浸りながら湯の中で身を投げ出していると、ラストがやってくる。
「いってえなあ。冗談ってもんがわかんねえのかなあ」
マイに平手打ちされて赤く手形がついた頬をさすりながら僕の隣に入ってきた。
「あれはラストが悪いぜ」
「ちぇ。ちょっとサンタを騙そうと思っただけなのによ」
まあ、騙せてたが。
演技力はなかなかだったな。劇でもやったらいい役者になれるぞきっと。
「サンタさーん!いますかー?」
右の塀の向こうから聞きなれた女の子の声がする。
まじで声かけてきやがったよ。人がいたら笑われてたな。
「おー、そっちも人いないのかー?」
「はい♪独占です~!」
まあ飯の時間だしな。わざわざ飯を抜いてまで入る馬鹿がいるならよほどの温泉馬鹿だ。
塀を挟んで三人で話しながら、心行くまで湯に浸かった。
「それじゃあそろそろ上がりますね〜」
「おう、部屋の鍵は受付にあるからな」
マイが上がったので、僕も上がろうと立ち上がった時、ラストが僕の腕をつかむ。
「ん、なんだ?そろそろ上がりたいんだけど」
「なあ、もう少し浸かってこうぜ」
「…いいけどさ。あんま浸かってたらのぼせるから、後少しだけだぞ?」
再び座りなおす。
なんだ、マイがいないとできない話でもあるのか?
「俺さ、ここに一週間は泊まるつもりだって言ったじゃん」
「ああ、言ったね」
「でもさ、俺、15万ユインしかもってないんだ」
「一泊しかできないね。残念だけど」
一泊か。
でも、温泉は明日の朝まで入れるだろうし、ゆっくりできるからいいや。それに、また来ようと思えば来れる距離だしな。
湯船に浸かっているのに、ラストが青ざめた表情で頭を抱え出す。
「そんなことがマイに知れたら俺、殺されちまう!どうにかしてごまかさないと…!ってことで、俺考えたんだけどさ、一気に金稼ぐ方法があるんだが、一緒にやらないか?」
「えー、一人でやれよ」
「頼むよぉ!お前がいないと、できないんだよ!金が余ったらお前にも好きなもん食わせてやるから!」
面倒だな。
なんで旅行にまで来て金策なんてしないといけないんだよ。
しかも山わけじゃないのかよ。
よりにもよって食べ物なんて…
「お前、食べ物で僕が釣れるとでも思ってるのか?やるにきまってんだろ」
「やっぱダメかー。食べ物じゃあさすがに釣れないよなって…いいのか!?」
「うまいもん食わせろよ。ルドルフにもな」
食べ物には負けました。
正直なところ旅行なんだし名産品でも食ってみたいというところが大きかった。それも旅行の楽しみ方の一つだろう。
「おう!たらふく食わせてやる!それで、その金策方法なんだが…」
翌日。
「なんでこうなるんだよ…」
「さあ、始まりました湯煙大会第一回戦!この大会のオープニングは王国在住のベテラン騎士!バンベルト選手VS、赤い帽子をかぶった一般人!サンタクロース選手です!それでは、試合開始ぃ!」
「「「わああああああああああああ!」」」
慣らされた鐘の音で、試合開始を告げられる。
僕はこの街一番に目立つコロッセオの中心で、観戦する側ではなく選手として、相対する騎士の前に立っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここからは湯煙大会開幕です。