「まあ、いつまでもここにいちゃ仕方がないし、ポジティブに切り替えていこう」
いつまでも怒り狂っていては始まらないので、僕も一度考えを改めてこの世界を肯定することにした。
ここはファンタジーの世界。絵本やゲームでしか触れることができなかった世界。魔法使いだってドラゴンだって魔王だっている。
こんなとこ日本じゃ味わえない!
「やっぱり最高だな。うん」
気持ちを切り替えたところで、ベンチに座る僕の足をつんつんとつつく感触が伝わってくる。
みると、小さくて可愛いトナカイが、自らの角で僕の足をつついていた。
「なんだ?トナカイ?」
『青年、青年よ』
突然トナカイの首輪についている鈴から声がし、僕は少し驚く。
「その声は…じいさん!?」
『その通りじゃ。どうじゃ?そっちは。なかなか良いところじゃろ?』
「ああもう最高だよって、ふざけんなよジジイ!!」
流れるようなノリツッコミ。
『まあまあ落ち着け青年。悪かったと思うが、ああでもしないと君は引き受けてくれないと思ったのじゃ』
「まあいいけどさ、、それで、まだ何かいうことがあったのか?」
『君に言い忘れたことがあってね』
「言い忘れたこと?」
『ああ、そっちの世界でいきなり暮らせというのは酷じゃから、私から少しささやかなプレゼントをしようと思う。まず、目の前にいるトナカイは今日から君のパートナーじゃ。サンタクロースにはトナカイがつきものじゃからの。君にだけはなついている状態だから、しつけには困らないはずだろう。名前は君がつけてあげてくれ』
「そいつはありがたい。名前は、そうだな…ルドルフ、でいいか?」
名付けられたトナカイは嬉しそうに頷いてこちらにすり寄ってくる。
かわいいやつだな。
「よろしくな、ルドルフ」
『それと、君は冒険はするのかな?』
そういえばここは異世界だったか。
「ん、まあ、一応は。魔王を倒してやれば、ここの人たちに希望でも与えられるんじゃないの?」
『ふむ、それも一理あるな。それじゃあ少しだけ君にプレゼントじゃ。指を鳴らしてごらん』
「こうか?」
パチンッ!
指を鳴らすと、目の前には見覚えのあるスマートフォンが現れる。
「おっとと!お、これ、僕のスマホじゃん。電波は…通じないかやっぱり」
『そちらでは電波が使えないからほとんどの機能は使えないが、一つだけ君が見覚えが無いものが入っているはずじゃ』
言われてホーム画面を見ると、見たことのない赤い帽子が描かれた四角いアイコンのアプリが存在している。
「本当だ。なんだよこれ?」
早速開く。一瞬鈴の音がしたかと思うと、僕のものだと思われるステータスと、まだ埋まっていない空白の欄が、それぞれ現れた。
『それは君のステータスじゃ。自分の強さはわかっておいた方が良いはずじゃからの。スキルは2つまで習得できる。それじゃあ、期待しているよ』
「あ、おい、待てって!」
鈴から声は消え、残ったのは僕とルドルフだけになった。
とりあえず、このステータスを見る限りでは、僕は今レベル1の駆け出しで、ここから冒険をしてもいいし、街にこもって仕事をしてもいいということなんだろうな。
「んじゃ、いっちょ外に出てみますか。行こうかルドルフ。っと、なんだ?」
ルドルフを見ると、どこから出したのか、僕の体の半分はあろう白い袋と、小さな紙切れを咥えている。
「ん、なんだこの袋。それとこれは、説明書か?」
紙切れには簡単に白い袋の説明が書かれていた。
①なんでも入ります。
②触ると中身のイメージが頭に浮かびます。
③念じて袋に手を入れると出てきます。
「なるほど、サンタの商売道具ってことね。ん?裏にも何か書いてあるな」
裏返すと、「トナカイの説明」と書かれていて、簡単な説明がいくつかあった。
①戦えます。
②なんでも食べます。
③力尽きても一日すると生き返ります。
「へえ、お前戦えるのか。よろしくな、相棒」
スマホから通知音がして、さっきのアプリを開く。
すると、「Rudolf」という項目が追加されていて、開くとルドルフのものであろうステータスが出てきた。
「よし、早速フィールドに、行ってみるか〜」
白い袋を担いで、小さなトナカイをつれ、形だけでも僕は、サンタクロースとして新しい世界への一歩を踏み出したのであった。