転生したけど、海賊でも海軍でもなく賞金稼ぎになります   作:ミカヅキ

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お待たせしました!第8話更新です。
さて、次回ちょっと激動の予感…。


第8話 ちょっとの休息も必要です

 ターニャがサッチを助けてから3日後。ローとの電話から4日が経った朝、3日3晩船を走らせ続けたターニャは、一旦休息を取る為に近くの島に寄っていた。

 マリンフォードまでは後半分程。何事も無ければ2日もあればマリンフォードへ着くが、さすがに丸5日に渡って不眠不休での航海となるとリスクが高い。元々ローに伝えていた「早くて5日」という見積もりも、休憩を1日挟んでの計算である。

 “グレイスリーナ島”。新世界の中においては珍しく、誰の縄張りにもなっていない島だが、島自体に自衛団が存在する為、治安はそれ程悪くは無い。これまでにも何度もマリンフォードへの休憩地として滞在した事があり、そのうちの何度かは自衛団の手に負えなかった海賊を代わりに叩きのめした事もあった為、ターニャの事を知る島民も多く、特に自衛団の面々からは鍛えて欲しいと頼まれる事も少なくは無かった。

「おう、ターニャ。久しぶりだな。」

「また鍛えてくれよ。」

「今回はどのくらいいれるんだ?」

 港に船を着けるなり、(いか)つい顔の男たちに笑顔で出迎えられる。

「…いくら何でも、耳が早くない?」

「ガルル。」

 今まさに到着したばかりなのに、何故出迎えがあるのかと尋ねるターニャの横で、ドゥーイもまた首を傾げた。動きの揃った1人の1匹の姿に笑いを噛み殺しつつ、その中の1人が疑問に答えてやる。

「そりゃあ、お前。この“新世界”をそんな小さな船、それも1人で来るなんてお前か“大剣豪”位だろうよ。」

「おうよ。遠目から見ても分かるぜ。お前の船が見えたらすぐに自衛団(おれたち)に連絡をくれるように島のヤツらにも頼んでるのさ。」

「賞金稼ぎはまぁまぁ来るが、威張(いば)り散らしもせずに鍛えてくれるのなんてお前くらいだしな。」

「……なるほど。」

「ガゥ…。」

 そんなやり取りをしながらも、顔はアレでも気は良い男たちはターニャからロープを受け取り、船が流されないようにしっかりと固定してくれた。

「マーサがお前の好きな煮付けを仕込み始めたから、夕方に店に来いって言ってたぞ。ちょうどその頃に食べ頃だとよ。」

「マーサが?」

「おう。お前好きだろ?マーサの作った“キンモクダイ”の煮付け。」

 桟橋(さんばし)に降り立ったターニャに、1人の男が告げる。

 島で唯一の食堂(酒場を兼任した所なら何件かあるが)の主人・マーサは恰幅(かっぷく)の良い女性で、10年程前に夫と息子を海賊によって殺され、1人で食堂を切り盛りしている。そして自身も1年程前に海賊に襲われ、殺されかかった所をターニャに救われた事があり、以来ターニャを娘のように可愛がってくれていた。

 肉類よりも魚や野菜を好むターニャだったが、特にマーサの作る魚の煮付けは好んで食べており、その中でもこの付近の海域で良く()れる“キンモクダイ”の煮付けは好物の1つである。

 甘辛く煮付けた、口の中でほろりと解けるような口当たり。あの味はなかなか出せるものではない。ターニャも何度かマーサに教えられながら挑戦したものの、微妙な火加減や加熱時間が出来上がりに大きく差を付け、1度も成功した事は無い。あの味はマーサにしか出せないのだ。

 しかし、“キンモクダイ”自体が年中()れるものでは無く、産卵場所を求めて移動してくるこの季節にしかこの海域には来ない上に、マーサは自身のお眼鏡に適ったもの以外は決して仕入れ無い為、この島に寄っても食べられない時もある。今回はラッキーと言えた。

「やった、ラッキー!」

「ドゥーイ、お前にもマーサが肉を用意してくれたらしいぞ。もらってきたらどうだ?」

「ガル?」

 嬉しそうに笑うターニャを微笑まし気に見ていた1人が、思い出したようにターニャの足元にいたドゥーイを見下ろしつつ教えてやる。

「行って来て良いよ、ドゥーイ。」

 どうしようか、と迷っているようにも見えるドゥーイに声をかけつつ、ターニャが続ける。

「あたしは(ひと)眠りしてから行くから、マーサによろしくね。」

「いや、鍛えてくれよ。」

 現在は昼前。夕方まで取り()えず宿を取ってシャワー浴びて寝る、と呟いたターニャに自衛団の1人が突っ込む。

「丸4日徹夜してるんだ。ちょっと休ませてよ。」

 欠伸(あくび)を噛み殺しながら主張するターニャに、突っ込んだ男が引き下がる。

「なら(ひと)眠りした後で良いから夕飯前に頼む。1時間くらいで良いからよ。」

「じゃ、夕方の5時位でどう?」

「おう。それで良いぜ。」

「悪いな、ターニャ。」

 気心の知った仲であるが(ゆえ)に、口調も気安く、また自衛団の男たちも気にした様子は全く無い。

 ―――――――――その後、ドゥーイを見送った後で馴染みの宿でシャワーを浴びて小ざっぱりとしたターニャは、清潔なシーツにくるまれて4日ぶりの安眠を満喫した。しかし、いつもの(ごと)く寝過ごしそうになり、匂いを辿(たど)ってターニャを探しに来たドゥーイに起こされる事となる。

 

 時刻は夕方の6時を過ぎたあたり、そろそろ町に明かりが灯り、周囲が薄暗くなって来る頃。

 町外れの集会所に、男たちの気合いの入った声と少女の怒号が響いていた。

「ドンキー、振りが大き過ぎる!ジェイス、足元がお留守!」

「げふっ……!」

「うわっ?!」

 指摘と同時に浅黒い肌の大柄の男‐ドンキーの木刀を(かわ)して肘鉄(ひじてつ)鳩尾(みぞおち)に叩き込み、男たちの中で最も若く小柄な青年‐ジェイスに足払いをかけて見事に転ばせる。

「さて、じゃあ今日はここまで!」

 全員の組手を一通り終え、パン!と手を1つ叩いて宣言したターニャに、一気に場の空気が和んだ。

「あ~…。きつかった……。」

「相ッ変わらずいざとなると容赦ねェな…。」

「体中がバキバキだぜ……。」

 終了の合図と共に荒い息を()いてその場に座り込む者、

「ありがとよ、ターニャ。お蔭で改善点が分かったぜ。」

「訓練メニューを改めて見直した方が良さそうだ。」

 すぐに次の鍛錬へと意識を移す者と様々だったが、全員に共通していたのは自身の実力が引き上げられている事への充足感だった。

「取り()えず反省会は後にしようよ。お腹空いちゃったし。」

「ガゥ。」

 話が止まらなそうな男たちにターニャが訴え、その腕に抱かれたドゥーイも同意するように1言吠えた。

「そうだな。マーサもお前を待ってるだろうし、続きはマーサの店でやるか。」

 その後、自衛団の男たち10人と連れ立ってマーサの食堂へと足を運んだターニャは、マーサお手製の“キンモクダイ”の煮付けに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

「あ~、おいしい。この味、この味~。」

「嬉しい事言ってくれるねェ。たんとお食べ。」

 口いっぱいに頬張りながら嬉しそうに頬を緩めるターニャに、恰幅(かっぷく)の良い体を色褪(いろあ)せてはいるが清潔なエプロンに包んだ、食堂の女主人‐マーサも頬を緩める。

 その様子を自衛団の男たちも微笑ましそうな顔でその様子を眺めていた。

 彼らもまた煮付けを味わいつつ、鍛錬での疲れを(いや)すべくそれぞれ好みの酒を引っかけていた。

「しっかし、おれたちも強くなったと思わねェか?なぁ、ターニャ。」

「最初に比べたら格段にね。」

 さっきターニャに転ばされたばかりの青年‐ジェイスが、早くも酔いが回ったのか上機嫌に切り出す。それに大きく頷いたターニャだったが、肩を(すく)めながら続けた。

「ルーキー相手ならもう引けを取らないだろうけど、油断は禁物だよ?別に無理に倒したりする必要は無いんだから。戦えない人たちが避難出来るまで時間を稼いで、その間に殺されないで逃げ切れればもう充分。」

「そうは言っても、おれたちにだって生活がある。おまけにこの島の周辺は波が穏やかな割に、海軍の支部が近くにある訳でもねェからな…。島を捨てる事なく退治出来るなら、それに越した事はねェ。」

 ターニャの言葉に渋面(じゅうめん)を作ったのは、自衛団のリーダーであるマーカスだった。

「気持ちは分からないでも無いけど、命をあっての物種って言うでしょ?あたしがみんなを鍛える事を引き受けたのは別に海賊と戦わせる為じゃない。生き残ってもらう為なんだから。」

 強くなった事で自信が付いたのは喜ばしいが、慢心は危険である。

「ターニャの言う通りだよ。生きてさえいりゃ、何度だってやり直しが利くもんさ。」

 マーサにまで(たしな)められた彼らは、その後は折れたようにも見えた。

 ――――――――――しかし、ターニャが、彼らにもっときつく言っておくべきだったと後悔したのは、それから少し後の事。マリンフォードの祖父の家でニュース・クーから受け取ったばかりの新聞を受け取った後の事だった。

 

 


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