押し付けた者と受け入れた者   作:テフロン

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第三話

 今、タラス街道にて、ナディアの戦闘訓練を行っていた。結果は芳しくない。

 こうなることは、出会った瞬間から感じてはいたのだ。なにせ、貴族を殺していたとはいえ、その実力は素人同然だとはっきり分かっていたから。

 極め付けにイサナがそれを炊き付けるように文句を愚痴愚痴言いだすから困ったものだった。

 

 

「なんでできないの? やる気あるの? 死ぬの?」

「助けてよぉ……」

「そんな所に隠れても無駄よ」

 

 

 怒っている訳ではないのだろうが、声に抑揚が無い所がさらに恐怖をかりたてている。

 ナディアは私の後ろでうずくまってしまっていた。

 庇って欲しいのか。そう思える演出と状況だが、私もイサナに対して頭があがらないのを分かってやっているのだろうか。ここで言っておくが私の方がイサナより年下である。

 

 

「世の中……年功序列なんだ、年の功には勝てないの……」

「人を年寄りみたいに言うなっ!」

 

 

 こうやって鋭い攻撃が顔面を襲うが、躱せるわけがないのだ。

 躱した所でいい事などない。

 この攻撃は躱すと倍加するのだ。それなら今は我慢するべき。私は学んだのだ。

 攻撃を顔面で受けつつ、痛みを受けつつ、私は思ったことを口にした。

 

 

「やっぱりやり方が悪いと思う」

「何? どういうこと?」

「そんな顔されるとこっちが間違っているように思えるから止めて欲しいのだけど……まず、何もかも初心者の相手にいきなり実戦させようというのが間違いだ。いきなりやらせてできるとは思えない」

「私達は最初からできたわよ」

 

 

 なぜこういう所は頭が回らないのだろうか。

 私達と比べようというのがそもそも間違いなのだ。生まれた時から異常だった私達と比べて、そんな規格外と比較してそれをやらせようというのが間違っているのである。

 

 

「とにかく、この方法は無理、いきなり戦って経験を稼ごうというのは非効率的だ。ナディアは何ができて何ができないのか、それすらはっきりしてないんじゃ何をどうすればいいのか分からないだろう」

 

 

 確かに、分からないのも仕方がないのかもしれない。私達は余り他の人と深く関わってきたわけではないのだ。こういう所に気が向かないのも仕方ないのかもしれないな。なんて私が思うのは、やっぱり異常な気がした。

 それに、イサナができない理由が私にあるような気がしてならなかった。こうなったのは結局、最終的に私のせいなのだろうか。

 

 

「あんたのせいよ」

「なんでだよ」

 

 

 心が読まれているようなそんな感覚である。私の責任に違いはないのだから構わないけれども、構ったところで庇えない現実が待っている。

 勝てる見込みもないのだ。

 ああ、こんなことは考えても無駄だ。意味がない、不毛だ。

 

 さて、何の話だっただろうか。

 ああ、ナディアの話だったか。

 

 

「ナディアは、何が得意なの?」

「分からない……」

「何ができるの?」

「分からないの……」

 

 

 隣のイサナがフルフル震えている。

 これはかなりやばい。イライラしていらっしゃる。

 まさかここまでナディアが箱入りだとは思わなかった。何もしらない小娘レベルである。ゲームであるなら初期称号は、無垢で純粋な箱入り殺人鬼みたいなものが与えられているはずである。

 

 そんなことを考えている場合ではない。

 目の前のことに集中しなければ。

 ナディアは自分のことについてすら知らないようで、そんなことを私達が知っている訳はないわけで。それならば見つけることから始めなければならない。

 シャンドゥに戻った私達は、ナディアの能力のどこを伸ばしていくべきか、何が得意でなにができないのかを調べることにした。

 

 

「はい、これもって」

「ん……どうすればいいの?」

 

 

 こうしていると、赤ん坊を育てているような気さえしてくる。

 この子はもう10歳になろうというのに、まるで何も知らない。感情を表に出すすべは知っていたようだったが、それ以外はできないようだった。

 そしてそれは私達には無理なものだった。

 過去を持たない私達は、怒るべき何かを持ち合わせてはいないのだ。

 また話がそれてしまった。

 杖を渡した私は、風の精霊術を発動する、つもりだったが止めた。

 

 

「精霊術の素養がみたいのよ」

 

 

 私がやろうとしていた役をイサナが買って出た。

 別に私がやってもよかったのだが。

 

 

「あんたは甘やかすから駄目」

「とのことである」

「心の中で言え。紛らわしい」

 

 

 ――揺らめく炎、追撃、ファイアーボール。

 詠唱された言葉が意味を成し、精霊術が完成する。手元から発生した炎は、ある程度のスピードで前に進んで飛んでいく。そして木にぶつかると燃え盛って木は燃え尽きてしまった。

 

 それを見たナディアがキラキラした眼でイサナを見ていた。

 そんな反応を見て子供か!? と思ったが、子供だった。そしてそれを考えた私も子供だった。

 

 

「すごいすごい、どうやってやるの? やってみたい!」

「ほら、教えてあげるから、焦らないの」

 

 

 にこにこしている二人を見ていると本当の姉妹のように見える。仲がいい事はいいことだ。何せ私に暴力が飛んでこないことがいい。

 ふと何かひっかかりを覚える。何を思い出そうとしたのか、何を考えたのか、何か他に忘れていることがあるのか。

 貴族殺害容疑については晴れているはずだし、他になにかへまをした覚えはない。

 

 

「何をやっているの?あんたも手伝うのよ」

 

 

 何か気になることがあったんだけど。

 とりあえず、ナディアの練習が先になるか。

 

 

「怒りを矛先に変え、前途を阻む障害を貫け、ロックブレイク」

「穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん、スプラッシュ」

「快速の槍となり、敵を討つ、ウインドランス」

「揺らめく炎、追撃、ファイアーボール」

 

 

 とりあえず、全部やってみたが、明らかな結果が出た。

 剣などの接近の才能については見た所でさっぱり分からないが、精霊術については得手不得手がはっきり分かる。

 

 

「「火だね」」

「そうみたいだね……」

 

 

 それにしても、ナディアは後衛向きらしい。精霊術を使わせてみたが、他の同じ年代の子供と比べれば圧倒的な差があるように思える。きっと生まれつきゲートが発達しているのだろう。

 

 

「ナディアは基本精霊術の練習+戦闘訓練でやっていこう。私達とやっていれば、強くなれるさ。私達と生きて行くならなおさらね」

「うん。頑張る! ありがとうお姉ちゃん!」

「お姉ちゃん?」

「あのさ、いつか言わなきゃならない時が来ると思ったのだけど……」

 

 

 無垢な瞳で言われるが、どこまでいっても私は誤解され続けるのだろうか。

 服装もそこまで気を使ってないとはいえ、間違えるほどのものではないはずなのだけど。いい加減訂正する時がきたということか、というか私の名前がまだ決まっていない……早く決めよう決めようとするが、えてしてそういう時に決まらないものである。

 隣にいるイサナがワナワナしだす。

 なんだ? 姉属性でも持っていたのか?

 

 

「ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 あ゛? なんだって? 日本語でお願いします。

 通じません。正直うるさいです。という場面でない事は分かっている。

 だが、状況が飲み込めない。

 どうしてこうなったのだ? 急な状況における対処は一応得意な方だがこれは無理である。こっちも考えている途中だったのだ。状況が急すぎる。

 

 原因はなんだ?

 精霊術の行使による暴走?

 ナディアが加わったことによる環境変化?

 場所が悪いのか?

 いやそんな事は一度もなかった。ここはシャンドゥの外だが、6年の大半を過ごしてきた地域だ。

 そんな不確定要素がある場所ならとっくに立ち去っている。

 

 イサナの体中から血が噴き出し、能力が暴走する。

 何を言っているのか分からない声はすでにしゃがれ始めている。眼からは血の涙を流して、こちらが見えているのかさえ定かではない。

 

 イサナが出した血が地面に吸い込むたびに木々がものすごい勢いで成長を始めた。

 完全に能力が暴走してやがる。

 

 精霊が暴走しているのか? ここはもともと砂漠だが、ここだけ見れば春模様で動物たちもびっくりな映像である。砂漠には春も秋も冬も夏もない。極地変化を起こして、その影響力はどんどん広がっていく。魔物たちが朽ち果てていく。

 

 腕に抱えたナディアはすでに影響を受けて気絶してしまっている。

 

 気絶しているのか、死んでいるのか分からない。白目で泡を吹いてしまっているのだ、早くに治療をしないと死んでしまう事は明白だった。

 次々に精霊が生まれて死んでいく。この一瞬で世界が切り替わっているかのような錯覚を覚える。

 私は自分で考えた所で答えが得られない事を理解し、目の前にいるイサナに聞くことにした。

 あ゛という言葉の羅列は日本語なのかいまいち分かりかねるが、話せればヒントというか答えがもらえるとそう思ったからだった。

 

 

「なぁ、どうしたんだイサナ。私には分からないんだ。私、なんか怒らせる事した? だったら謝るよ。これも私の責任なんだろ? 私のせいなんでしょ。謝るから、止めてよ。今までこんなことなかっただろ?」

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛」

「こういう時だけ謝るなよ。何もかも全部私のせいにしてきた癖に。謝って欲しかったところなんていくらでもあるよ。私はいつだって我慢してきただろ? 今度も私が我慢するから」

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛……」

 

 

 なぜ質問を無視しているのだろうか? 私が欲しいのは謝罪の言葉ではなく、現状打破への答えだ。そんな泣きながら鼻水出しながら大声で謝られても何もできないのだ。

 あまりに一方的な想いにいら立ちが募る。

 

 

「あ゛!? こっちもいい加減イライラしてきたわ。許してやるって言っているんだ! 何を許されたいのか知らないが、私はいつも許してきたはずだ! そんな私に何をしろっていうんだ」

 

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛……」

 

 

 私にできることなど何一つない。

 私はどこまでいっても普通じゃないのだ。私は受け入れることしかできない。甘んじることしかできない。イサナが苦しんでいるのをみても、結局何処までいっても何をいったところで何もできないのだ。

 ただ、ここにいることだけしかできない。その程度なのだ。そして、答えを得ようとしたところでイサナは言葉が少なすぎて理解できない。

 私は、どうしようもない状況でイサナをただ見つめていた。

 

 

「今度こ゛……がっ……いや、今度だって………………」

「え?」

「いつだって…………を……って…………だから」

 

 

 伸ばされたイサナの右手を同じ右手で掴み取る。

 もうそこには涙を流していたイサナはいなかった。イサナは笑いながら、その掴んだ右手を握り締めて静かに眠りだした。

 

 ああ、終わった。

 いや、まったく終わっていなかった。

 そうこれで終わるわけはない、人生のゴールは死んで初めてゴールなのである。

 

 人生にはリセットボタンが無いからゲームではない、そういうわけではない。人生は負けていてもゴールがないからゲームじゃないのだ。ゲームは負けたら終わるのだ。ゴールできるのだ。人生は負けても死ぬまでゴールじゃない、そこが大きな違い。

 いつだって世界は続いて行く。

 いつだって私たちは続いている。

 今だって、続いていた。

 

 

「すみません。医者が必要です」

 

 

 いや、医者に見せるのはまずいのか。

 状況説明も何もできない。自分で応急処置をして場所を移動して、回復するのを待とう。

 

 

「とりあえず応急処置だ」

 

 

 もはや独り言となってしまった言葉をつぶやき、場所を移動する。

 そして、ナディアは次の日に目覚めたが、結局この後イサナが目覚める事はなかった。

 だが、長居することはできない、早く場所を変えないと。

 私達の逃亡生活はここから始まった。

 


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