情報を集めていたら―――最近、事件が起きているらしい。それもとびっきりの内容だ。
貴族殺し、それも通り魔まがいの方法で頻繁に行われているらしい。らしい、というのは結局噂の範疇でしかないためはっきり言えないからである。
はっきりとした事は言えない、はっきりしたことは政府が外に漏れないようにしているためか、調べても詳しい事までは分からなかった。
なぜ、こんな事を調べたのか、それはこの殺人容疑に私達がかけられているからだった。
身分不明、身元不明、刃物持ち、腕が立つ。外で野宿する姿が見受けられる。この要素が、私達を犯人として疑う要素となっているのだが、どうしてこうなっているのか私たちには甚だ迷惑だった。
「免罪というのはこのように生まれるのか」
そう感じずにはいられない。私は電車の中で女子の後ろに立っていたわけでも、殺人現場の第一発見者でもないのだ。
これで免罪をかけられそうになっているのだから、この世界の技術力というか警察の能力がしれていることが分かるだろう。
免罪はいつだって、どうだって、こんなにも適当だ。知らない所で知らない人が勝手に作り出す妄想――そう思わずにはいられなかった。そしてこの状況だ。
「ついてきてもらおうか」
いかつい鎧を着たおじさんが私たちを連行しそうになっているこの状況。右にも左にも救いなどなくてもきょろきょろしてしまう。
何を私がしたのだろうか?
滅ぼしてしまった村の事であれば咎められることに何の筋違いも無い、間違いの一片も無い、それについては認めよう。認めるほかないのだが。
今ごろになって容疑が村が滅んだ原因だからという事はまずない。これはもう6年前の事だ、風邪の噂でも、村が消滅した事以外は広まっていない事は分かっているのだから。
「それって最近事件になっている……?」
「貴族殺害容疑がかかっている、連行する」
「おい、話を聞けよ」
「イサナ……少しおとなしくして」
声を聞けば分かるが、イサナはもう切れそうだった。怒りがふつふつと沸いているのがはっきり分かる。
私はイサナの怒り必死に抑え込んでおとなしく連行されることに決めた事を伝えると大きな溜め息をついて俯いた。
仕方ないことだ。ここで暴れていい事など何一つありはしないのだ。いや、ここで暴れて逃げのびて犯罪者となり、貴族殺人の容疑をかけられたまま逃亡する案も間違ってはいないようには思うのだが、なんにせよそんなリスクの高い事はできなかった。
非常に犯人を恨めしく思いながら、両腕を縛られて連れられていく。
その時、周りから怪訝そうな目で見られる。久しぶりの視線だった。忘れるわけもなかったが、この感覚は生まれてからずっと浴び続けてきた視線―――死線といってもいい。これに気付かないほど私の感覚はにぶっちゃいなかった。
「これをやったのはお前たちじゃないのか?」
そして交渉というか、問い詰められたところで議論はどこまでも平行線のまま進まない。それはそうだ、真実は別の所にあるのだから。
私達は一切やっていない、目撃証言もない。
あったとしてもそれは一人だったはず、二人で生活している私達には当てはまらない内容だ。それでも相手が引きさがらないのは、やっていないという証拠も無いからだった。
その条件が揃った現状――結果がまとまるわけがない。
交渉をすることはこれまでも度々あった。ほぼ、商人との商売の取引だったが、こんなに進まない内容があっただろうか、記憶を巡らせたところでありはしない。物が無い中で物の内容について議論しているようなものなのだ。
「だから違うって……」
だんだんイナサの元気がなくなっていく。
私はそれを見て提案することにした。
それは、私達がここで暫く拘束される、というものである。
「それをすると無実が証明できるのか?」
「不思議そうな顔をするのは止めてください。もし、私達がここにいるときに貴族の通り魔事件が起きた場合、それは私達がやってないという証拠になりますよね? それでどうでしょう。とりあえず、それが証明にはなりませんかね?」
なるほど、と頷かれる。これは交渉成立の流れに乗った。
妥協案には違いないが、この世の中は妥協まみれである。妥協のできない人間は世の中で生きていけないってみんなが言っていた。
妥協案が通らなければ強行に走らざるをおえない。0か1かを迫られれば、どちらかを選ばなければならないのだ。私達が選ぶのはむろん暴れて脱出の流れになるが、今はその時ではなかった。
「で、こうやって過ごしている訳だけど、いつになったらここから出られるのだろう」
「知らないわよ。あんたが言いだしたんでしょ」
そうだけど、それ以外に方法が無かったんだよね。ある人がいれば、教えて欲しいものだ。名前も無いのに、どうやって身の潔白を示すのだろうか。
示せるものなど何もないのだ。示せるのもが仮にあるとすれば、誠意ぐらいのものか。私の誠意が相手に伝わるかどうかは別の話になってしまうが、そのぐらいのものである。
最悪能力発動して出るという手もあるのだが、それは本当に最悪の場合だろう。この6年で学んだことだが、私が厄災を呼びよせる体質だったわけではないことが判明していた。
私が厄災を作りだしていたのだ。
私が一カ所に留まると、精霊が増殖してなのかは分からないが、精霊の数が一気に増えて自然が暴走するのだ。
数の多すぎる精霊は、周りに大きな影響を及ぼす。故郷がああなったのは、精霊が増え過ぎて自然が多くなり、栄養多過で朽ちて腐敗したからだった。
人間も多すぎる精霊からの影響を受けて変質し、化物と化し、駆逐されたのだろう。そして唯一生き残ったのは適正があったイナサだったというわけだ。
本当かどうかは分からないが、私達には精霊を操る力がある。故郷を出る時に魔物を殺したように、今回も同じようにすれば、ここから出られる。
「止めなさい、それだけは許されない。あ、違ったわ。許さない」
真顔でイサナにそう言われては何もできなかった。こういうと誤解されてしまうが、自分は別にそういうことをやろうというわけではないのだ。
これは最悪で災厄なのだから。
そう考えたら、能力を制御できていてよかったと心から本当に思った。しかし、これをしている間は精霊術の精度が一気に下がるのだけは我慢する必要がある。その程度は我慢すべき妥協点だろう。
本気でやるなら剣よりこっちの方が楽というか得意なんてことは、考えちゃいけないのだろう。
「お嬢ちゃんたち、もう出ていいぞ」
数時間の時を牢獄で過ごしていると気になる言葉と共に扉が開けられた。
聞き間違いだろうか、聞き間違えるほど耳が悪くなった覚えはない。
だが、訂正をしてどうにかなるのだろうか? いやここは意地を通すところだ、妥協するとこれからも我慢しなくてはならない。
「だそうよ。出るよ」
引っ張るな。私は、言いたいことがあるんだ。
ここで言えなきゃどこでいうんだ。
「黙れ」
いいや、私は声を高らかに訂正させてもらおう。
ここが我を貫く時なのだ。他の奴に構っている訳にはいかない。それがイサナだとしても関係ない!
「と、意気込んだはいいものの―――」
結論から言おう。私は声を出す間もなく、イサナに連れ去られて拉致された。
私は、何もできなかった。何も守れなかったのだ。ふざけんな。泣き寝入りしなければならない状況ではなかったはずなのに。
「で、なんだよこれ」
「死体でしょ」
「なんでそんな適当なの? これは、通り魔にあって背中から首元に一突きされて死んだ貴族の死体なんだよ?」
「なんで疑問形なの?」
「だって、状況把握だけじゃ正確な事は言えないでしょ。私は何も過去が見えるわけではないんだよ?」
私にそんな能力などないのだ。
出てきてそうそう、こんな場面に行きあたったが、さすがにここまで運が無いとは思わなかった。運など最初からなかったような気はするが、気のせいだろう。
さて、私は探偵でも警察でもないが、この状況をまとめてみようと思う。
目の前に死体がある。先ほど言ったように明らかに刺殺されて死んでいる。着ている物から貴族であると推測が可能である。
首元から出血していることからここが致命傷になっている事は明らかで、ここが裏通りであることからほぼ目撃者はいないだろう。
あ、私達が第一発見者だ。
「凶器は無いし、犯人が持って行っていると考えて間違いない。だが、物が盗まれている感じはしないな。金だって貴金属もそのままだ」
「つまり、私情で殺したってことね」
そう考えて間違いないだろう。
あえて今までは調べようともしなかったが目の前に死体晒されちゃもう関係ありませんではすまないところに来てしまった。
所詮、本業じゃない私にできることなどこの程度までだけど、この程度で十分すぎた。
そう――この事件は謎が無いため推理しどころがない。
少しやってみたかったんだが、仕方ないだろう。こういった事件では殺し方がはっきりしている、動機が理解できる、殺しに条件がないというのが推理する必要を感じさせない部分だ。
犯人探しに努力する必要も感じない。犯人を求める前に終わってしまっている。
「だってねぇ・・・犯人こいつでしょ?」
そりゃそうである。見つけようの前に目の前にいるのだから。無言のまま刃物をもってこちらを見ている少女がいた。何もかも捨てたような眼をした普通の少女がいた。
関係ありませんでしたと言える状況じゃないのははっきりしている。死体ができあがる所を見た時には、思わず調べようとしてしまったが、それはいまさらである。
「見たの?」
「何を? 死体を? 殺した所を? その持っている刃でつき刺した所を? その何も映ってない眼を? 主語を言わないと何一つ伝わってこないだけど」
「お前も殺せば……」
「会話できないって、人間やっているくせに人間語しゃべれないとか私達よりクズなんじゃない?」
「ぶっ殺してやる!」
勢いよく走って刃物を振りかざす姿が素人臭すぎていまいちやる気が起こらない。
おそらく今まで背後から一気に殺してきたのだろう。そんなこと言っても護衛の一人も付けなかったこの貴族に同情する余地などないが。用心すべきところは用人すべきだと私は思うけど。
どっちにして死んだ奴のことを考えても仕方ない。死体は死体でしかないのだ、それ以上もそれ以下もない。
「なんでお前普通の癖にこんな普通じゃない事やっているわけ?」
何も言わない殺人鬼にイサナがそんな問いかけしたところで答えるのか? そんな疑問が出ないわけではなかったが、こんな奴にやられるところが想像もできなかったため、のんびりと静観しようとこの時は思った。
思ったのだが、その思いは一秒もたたずに裏切られることになる。
「こっちに来るのか」
先ほど襲ってきた殺人鬼が私の目の前にいるではないか。状況が全く飲み込めない私は、とっさに刃物を受け流すように手のひらを添えて方向をずらし、体制が崩れた所に足で思いっきり顎をけっとばしてしまった。
「うーん、どうするんだろ、これ……」
「あなたがやったんでしょ?」
ここで私は悪くないとはっきり言えたのなら今後の私とイサナの関係はもうちょっとマシになっていたように感じる。これは後になってから感じることだが、だからもう手遅れと言えば手遅れだった。
何があったのか説明しよう。
そう、私は盾にされたのだ。あんな質問まがいの事をしておきながら、私の背後に隠れ私を矢面に立たせた。そこで私は反射的にけっとばしたのだ。
これは裁判員制度が導入された現代ならば、咎められないであろう罪だ。きっとそうだ。私は少しも悪くないのだ。
「ねぇ……私のせいじゃないよね?」
「あんたのせいよ」
イサナはいつもばっさりだよ。ばっさりしすぎてどっさり何かを落とした気がする。
この子をここに置いて行ってしまうのはきっと駄目なんだろうな。私がけっとばしてしまったんだし……あれ? 私悪くないんだよね? 襲われたのは私のせいじゃないよね? 襲って来たんだもんね?
「あんたのせいよ」
はいはい。分かりましたよ。
私は、殺人鬼をおぶって野宿先に移動しようと決断した。ここに置いて行く案もないわけではないのだが、置いて行って後で恨みを買うとまた面倒な事になることが分かっていた。正直な事を言えば、隣のイサナが恐ろしいからである。
「なんでイサナはそんな怒っているの? 巻き込まれた以外の迷惑は特にないよね? 特段嫌な事でもあったわけじゃないし、なんか理由でもあるの?」
「そいつがふざけているからよ。普通に生きていける人生だったはずなのに、こんなことを起こしてしまうような所まできちゃって、もはや私達と何も変わらない所まで落ちてきちゃっているのよ。這い上がることすらできない私達は我慢しているのに、こいつは落ちてきているのよ。だから無性にイライラしたの」
「なるほど、嫉妬しているのか」
「ふざけないで」
「だから、殴るのを止めてよ……とりあえず、怒っている理由は分かったから」
私達は先天性の不治の病気、こいつは後天性の完治する病気と言って表現としては間違っていないだろう。
私達の能力は制御できるようになったところで、いつ暴走するかも分からないし、将来何があるか全く不明であるため、少しも安心要素がないのだ。どこまで行っても付き合っていくしかない。終わりのない旅路である。
「で、結局のところ私の責任なの?」
「あんたのせいよ」
野宿先に移動し、この子を寝かせる。そんなに思いっきりけっとばしたわけじゃないからすぐ起きるだろう。そう思っていた。
だが、無意識で打った一発だ。加減などしていない。そして、殺人鬼は結局1日寝込むことになった。
眼を覚ました殺人鬼が最初に行ったのは、食事だった。どうやら相当お腹が減っていたらしい、ガツガツと飯をかきこむ姿はとても人間らしく見えた。
「で、あんたは誰なの?」
イナサは単刀直入に聞くつもりのようだ。回りくどく攻めても意味がないと踏んだのだろうか。
イサナの直感はよく当たるからここら辺は任せておこう。そうしよう。
イサナが聞きだした情報によると
本名はナディア・L・トラヴィス。低い身分であった母親共々一族から疎まれており、唯一の味方であった母親が亡くなる。しかも母親の葬儀で異母兄たちに死んだ母が酷い扱いをされた為、貴族への憎しみが増していき家を出て貴族を襲う通り魔となった。という流れである。
どうやら貴族による犯行だったようである。貴族による貴族殺しだったのだ。さすがの私もそこまでは読み切れなかった。てっきり、身分の低い人間がやっていると思い込んでしまっていた。
だけど、なるほど、普通だ。よく聞かれるような不幸だった。こういう軋轢は人間ではよくある話。そう、よく小説で見るような不幸な話である。
しかし、このような話を聞くといつも思ってしまうのだ。
こう言った事は主観で全てが構成されているのだと。
例えば、蔑まなければならない要因があった。脅迫されていた、本人から頼まれていた、酷い扱いをするように仕向けられていた。色々考えられる。こいうことは、結局ナディアが信じたことが真実になってしまうのだろう。真実など不確定なものだ。
この場合、こいつはどうしたいのだろうか?
貴族に恨みをもって通り魔になった事は分かるが、これからもやり続けるのだろうか。
「で、お前はどうしたいの?」
「なんだって?」
不思議そうな顔をされても困るのだが。
そんな変な事を言ったのか? よく分からないと隣のイサナを見てみるが大きくため息をついてしまった。全くなんなのだろうか。目の前の殺人鬼に答えを求めるように見ると、視線に耐えられなくなったのか口を開いた。
「……捕まえないのか?」
「あ、そうか。普通はそうだな」
なるほど。理解した。ここで警備の者につきだすという選択肢もある。それか、この場で解き放つ。ということになるのか。これは2択しかない。
「で、どうしたいんだ?」
「…………」
決められないのか? 正直私としては、どっちでもいいのだけど。どっちにしても何も変わらないのだけど。
どっちでも変わらないのなら相手に選んでもらおう。そう決めたのだ。
正直な事を言えばここまで連れてくる気もなかった。
「答えられるわけないでしょーが。あんたはそんな事も分からないの?」
「さも、当然のように言うけどさ。これは本人が決めなきゃいけないこと。私達が口を出して決めて、こいつに何ができるのかな? 私達の指示に従ってこいつはこの先に進めるとでもいうのかな?」
「それは進めないでしょうね。だけど、こいつは決めてやらないと今はどうにもならないでしょ。選ぶ以前に自分が無いのよ」
イサナはいつでも分かったように口を聞くが、なんなのだろうか。
私はここでこいつが選ばないようなことがあればこの先選ぶ事なんてできない気がして仕方がなかった。
一度誰かに頼ってしまうと傾きを元に戻すのに時間と労力がかかるのだ。
最初楽をするとろくなことがない。私はナディアの手を包み込むように手を握った。
「ナディア、私達はお前がどんな選択をしても何も言わないよ。したいように、望むとおりの選択をして欲しい。きっとそれがナディアにとって一番いい答えになるはず。自分の居場所は自分で見つけろ」
「私は……」
答えは得た。そう言った顔をしているナディアを見て安心した。
隣にいるイサナは驚きの表情をしているが、そんな不思議な事はしてないつもりなのだが、なぜなのだろうか。
「あんたはなんで私を助けたんだ? あのとき助けられた私としては、何も言う事はないんだけどさ」
「いや、助けたなんて大げさな、勝手にそっちが助かっただけだよ」
「あれはあんたが助けたでしょ。あの言葉は完全に助ける気だったとしか感じられないわ」
そんなつもりはなかったと言えば嘘になるのだろうか。
こんな私でも人を助けることができるという事を証明したかったのかもしれない。私はどこまでいっても人間でいたいのだ。
ナディアは、私達と来ることを選んだ。そのことによって、貴族殺害の事件は終わりを告げた。今頃はどうなっているのだろうか。それは分かる必要もないだろう。