落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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久方ぶりの投稿です。
ちょっと本当に久々すぎて、洒落でなく本気で文章の書き方を忘れていたり……


貴様の伐刀絶技が一番なまっちょろいぞッ!

 人間、誰しも気まずい思いというものを経験したことがあるはずだ。

 例を挙げるとすれば、例えば乗り換えのために急いで電車に乗ったらそこは女性専用車両だった、例えば家でエロゲーをしていたらイヤホンのコードがPCから抜けていた、例えば家族で映画を観ていたら唐突に濡れ場に突入する、というような出来事だ。

 これは人間社会の中で生きていく上で当たり前に遭遇する事態であり、大抵はその者に非などない。あえていうのならば、人間が逆らうことのできない運命の悪戯が原因である。

 よって今回の事態も誰が悪いということはない。誰もが最善を尽くし、誰もが幸福を願っていた。その果ての結果が“これ”ならば、それは仕方のないことだったのだろう。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その場の全ての人間が言葉を発しない。祝が死んだ魚のような目で沈黙する。引き締まった上半身を晒した一輝が、所在なさげに虚空へと視線を彷徨わせる。下着姿で毛布に包まりながら、ステラが二つの意味で滝のような汗を流しながら狸寝入りを決め込む。

 状況は混沌としていた。しかしその場の全員の心は奇跡的に一致していた。

 

(((誰か助けてください……)))

 

 煌々と光を放つ囲炉裏の炎。

 揺らめくその姿を眺めながら、祝は現実逃避のためにここに至るまでの経過を振り返っていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 事の発端は山狩りが始まってから二時間ほどの頃に遡る。

 

 原作知識があった私は、真面目に巨人を捜索することなど当然していなかった。もちろん「遭遇したらぶち殺しておこう」くらいの気概は持っていたが、放っておいても東堂さんが巨人を仕留めることは原作知識でわかっていたので、時間を有効活用するため久々に山の中を走り込んでいたのだ。

 この合宿所があるこの山は私にとってはもはや庭のようなものだ。去年も七星剣武祭の前に合宿しに来ているのだが、その時も私は昼夜を問わず日に三回はこの山を駆け回っていた。破軍学園に来る前も山の中で修行をしたことはあったのだが、大抵は私有地に無断で入り込んでいたので堂々と山の中を行き来することは難しかったのだ。

 しかしこの山は違う。ここならばいくら走っても、中で素振りしても怒られない。山、最高!

 そんなことを考えながら私は山頂までのRTA、そして合宿所から山を挟んだ反対側の麓まで頂上から再びRTAなどをしていたのだが、ここで私は修行を一時中断することとなった。

 

 なぜなら、私の“伐刀絶技(ノウブルアーツ)”が雨の存在を感知したためだ。

 およそ30分で天気が急変し、この山は豪雨に襲われることとなる、と。

 

 別に雨の中でトレイルランニングをするのも嫌いではないのだが、今の私の服装は制服だ。泥塗れにするには些か抵抗のある服であり、何より洗濯が面倒臭い。よって私は大人しく合宿所へと道を引き返し、雨が降り始めるピッタリ5分前に合宿所へと到着したのだった。

 

「あらあら。お帰りなさい、疼木さん。どうかなさいました?」

 

 ティーカップを片手に優雅に私を出迎えた貴徳原さん。中にある紅茶は間違いなく午後ティーではなくお高い茶葉によるものなのだということを確信させられるほどには優雅な佇まいだ。

 ⋯⋯というか前から思っていたけど、この人絶対にJKって感じの年齢じゃないよね。服越しにもわかるくらい乳デカいし。何を食ったらこんな体型になるんだ? やはり遺伝なのだろうか? あるいは彼女の家はお金持ちだと聞くから、良い食事をしているのが理由なのか?

 人体の神秘である。

 

「……あの、疼木さん?」

「ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました。帰ってきたのはあれです、雨が降った(・・・)のを感じたので」

「まあ、そうでしたか。他の皆さんにこのことは?」

「あ~、そういえば。ウッカリしていましたね。今からでも伝え……ても意味はなさそうですね、もう」

 

 窓の外を見れば、青々とした山の景色が薄い灰色に塗り潰されていくところだった。

 そしてそれを合図にしたかのようにゴロゴロと雷鳴が私の(ハラワタ)を震わせると、大粒の雨が草木に大挙して伸し掛かりその(こうべ)を垂れさせていく。

 俗にいうゲリラ豪雨というやつだろうか。時期的には些か早い気もするが、こういう土砂降り(スコール)を見ていると「夏が来たなぁ」と思わざるを得ない。

 日本の夏は高温多湿という性質なので、砂漠生まれのインド人にすら「日本の夏は暑い」と言われる地獄のような環境だ。前世の“俺”はこの季節が大嫌いだったが、私からすれば暑い中で自分を追い込むための絶好の修行期間でしかない。冬? 寒中水泳とかできるからもちろん大好きだよ?

 

「これは東堂さんに怒られそうですね。雨が降るなら先に言えって」

「ふふ、そうかもしれませんね。とりあえず戻ってくる人がいるかもしれませんから、タオルと温かいお茶を用意しておきましょう」

 

 流石は貴徳原さん! 私にはできない気遣いを平然とやってのける! ……まぁ、そこに痺れも憧れもしないけど。しかし先輩の貴徳原さんに全部やらせるのは私としても宜しいことだと思わないので、彼女にはお茶を用意してもらいタオルは私が取りに行くことにした。

 それから少しして服を雨で濡らした兎丸・砕城ペアも戻ってきたため、しばしの休憩ということで皆でお茶をしながらまったりとしていた。東堂さんたちからも連絡があり、二人は雨宿りできそうな場所を見つけたためそこで待機しているらしい。長引くようなら強硬に下山するとの話だが、しばらくは動かないそうだ。

 しかしここで問題発生。いくら待てども黒鉄とステラさんからの連絡が来ない。そのため貴徳原さんが二人の生徒手帳に電話をしてみたのだが、通じはするものの向こうが出ない。何かあったのだろうかと一同が不安を表情に滲ませる中、私は原作知識をトレースして黒鉄たちの行動を思い出す。

 

 確か黒鉄は、ステラさんを伴って山小屋で雨宿りをしていたような記憶がある。

 そこで雨宿りをしているところで、暁学園の『鋼線使い』平賀玲泉の操る巨人と遭遇、戦闘になった……はず。

 

 うん、大まかにしか思い出せない。

 黒鉄が連絡してこない理由がよくわからない。山小屋に行くまでに時間がかかったんだっけ? そんな細かい内容まで憶えてないよ。

 雨宿り、戦闘、東堂さんが助太刀して解決、という流れしか憶えていない。他にもきっと色々な描写や会話があったのだろうけれども、私が前世の記憶を思い出して約14年。印象に残っている場面ならばともかく、それ以外の内容なんて細かく思い出せないって。幼稚園やら保育園に通っていた時に観ていたアニメの内容を深く思い出せないのと同じだ。

 

 そうして私が一人でウンウン唸っていると、ようやく貴徳原さんの生徒手帳に黒鉄から連絡が来た。

 そのことにホッとする貴徳原さんたちであったが、これに悪い報せが追加される。

 

「ステラさんが倒れられたのですか!?」

 

 どうやら山狩りの最中にステラさんが体調を崩し、山小屋から動くことができなくなってしまったらしい。

 あ~、そんなこともあったなぁ~。

 言われてみればそんなストーリーだった気がする。なるほど、その状態で巨人に襲われたからピンチになって、東堂さんが助太刀に入ることになったのね。別に巨人くらいステラさんが「焼き払え!」をすれば山ごと灰塵にできるのではないかと内心で首を傾げていたけど、それなら納得だ。

 しかし胸の閊えも取れたことで晴れ晴れとした気分でティータイムを続行しようとした私だったが、ここで想定外の事態が発生する。

 

『――というわけで。疼木さん、今からちょっと山小屋までひとっ走りしてきてください』

「はい?」

 

 事態を報告した東堂さんから告げられた言葉に、私は思わず首を傾げることとなった。

 東堂さん曰く、ステラさんの体調が心配なので誰かが二人に薬などの救援物資を届ける必要がある。しかし外は土砂降りで、いくら身体能力に優れる伐刀者といえども移動は困難だ。

 なので、こんな時にこそ普通の伐刀者以上の力を持つ七星剣王に頑張ってもらおう。

 ……ということらしい。

 

「えっ、普通に嫌です」

 

 なんで私が宮沢賢治の『雨ニモマケズ』みたいなことをしないといけないのだ。そんな献身の塊みたいな、そういう者に私はなりたくないのだ。

 というか窓の外は昼だというのに夕暮れみたいな暗さだし、雨脚はかなり激しい。こんな状態で外に出るなど、何のために雨の前に合宿所に戻ってきたのかわからなくなる。普通に断固拒否だ。逆に私が風邪ひくわ。

 と、こんな感じで普通に拒否した私だったが、なぜか東堂さんから返ってきたのは『ハッ』という嘲笑だった。

 な、何が可笑(おか)しいッ!!

 

『疼木さん、まさか怖いんですか? ここでステラさんが風邪を拗らせれば七星剣武祭の強力なライバルが消えると安心していませんか?』

 

 えっ、何その発想……ッ!?

 予想外の東堂さんの切り返しに、私はまさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。別にステラさんをライバルと思ったこともなければ、当然ながら恐ろしく思ったこともない。敵となれば斬るだけだ。なので東堂さんの言葉に私は思わず面食らってしまう。

 しかし生徒会の面々は今の東堂さんの言葉でその意を悟ったらしい。兎丸はニヤニヤ、砕城は苦笑、貴徳原さんは「ふふっ」と笑いながら、電話口からは『おやおや~?』と東堂さんと一緒にいるらしい御祓さんが声を覗かせる。

 な、何だよぉ……。

 

「そっかー。去年の合宿で散々アタシに大鎌最強説を語っていたのに、ヒイラギは結局剣士のステラちゃんが怖いんだー? 残念だなー?」

「へっ?」

「うむ。しかし恥じることはない。戦とは何も戦場だけが全てではないのだ。むしろそこに至るための場外こそ戦の本領。恐れる敵が勝手に倒れるのならば、特に強い剣士が自滅するのであればそれを見過ごすのも兵法だ。……まぁ、敵に塩を送る余裕もないというのは些か拍子抜けだが」

「えっ」

『いやいや、刀華も皆も無茶言っちゃ駄目だよ。いくら疼木ちゃんが自称最強武器(笑)の大鎌使いだったとしても、この雨の中での登山は流石に無理だって』

「なっ、誰が(笑)ですか誰が!」

「その通りです。副会長の言う通り、いくら疼木さんが七星剣王でもそのようなことを言ってはいけませんよ。……しかしこれでステラさんが選抜戦を棄権することになったら、私、悲しくて一部始終をSNSに投稿してしまうかも――」

「ああーっ、貴徳原さんそれ狡い! ネットに流すのは流石に卑怯じゃないですか!?」

 

 汚いな流石お金持ち汚い!

 しかもあの人、去年の七星剣武祭に出場してからフォロワーが恐ろしく増えたって前に言っていたぞ! そんな場所に私の悪評を垂れ流すとか本気でやめてほしいんですけど! 大鎌の評判が落ちたらどうするんですか!

 というか生徒会の役員どもは揃いも揃ってこの野郎! 寄って集って一人を追い詰めるとか、破軍学園の生徒の代表として恥ずかしくないんですか!

 

 ……しかし私の抗議も空しく、貴徳原さんがSNSを開いて何かを打ち込み始めたことで私は降伏することとなったのだった。

 

『貴女の《既危感(テスタメント)》ならば最速かつ安全に山小屋まで辿り着けるでしょう? 元々、貴女に捜索能力は期待していません。呼んだのは戦闘に陥った際の切り札と、こういう不測の事態に備えるためですからね。準備を済ませ次第、迅速に山小屋へ向かってください』

『疼木ちゃん、雨の中だけどファイト~』

「頑張ってくださいね、疼木さん」

「ヒイラギ、行ってらっしゃ~い」

「……すまん」

 

 こうして兎丸はともかく、生徒会の良心である貴徳原さんと砕城にすら見捨てられた私は、合宿所からこの豪雨の中に放り出されたのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 黒鉄一輝はこれまでの生涯で最も危機的な状況に陥っていた。

 

 ひと気のない山小屋、目の前には風邪で弱った己の恋人、そして自分は雨で濡れた彼女の服を脱がさなければならない。ともすればマンガかゲームの中でなければ遭遇しないようなシチュエーション。

 ここで何も感じない男がいるだろうか、いやいない。少なくとも一輝は頭の中で情欲の炎が燃え盛るのをハッキリと自覚していた。これは医療目的だ――そう自分の心を律しようとするものの、込み上げてくる性欲(エロス)を抑え込めるほど一輝の心は枯れていなかったのだ。

 

(確か疼木さんが薬とかを届けるためにこっちに向かっているっていう話だけど……)

 

 合宿所からこの山小屋まで、雨の中を走るのならばおよそ30分ほどで到着するだろう。服を脱がす役割を彼女に託すには時間がかかりすぎる。やはり自分がステラの服を脱がすしかない。

 しかし数えで若干17歳の一輝にこの状況は辛すぎる。

 許されるのならばこのままステラの衣服を引き千切り、本能のままに目の前の女を蹂躙してしまいたい。しかし一輝の鋼の理性がそれを必死に食い止め、脳へと「ここは俺が防ぐから早く!」と死に際のような台詞を言い放っていた。もはやステラの体調的にも、理性の死亡フラグ的にも時間はあまり残されていない。

 

(ええいっ、ままよ!)

 

 明鏡止水――それを一輝は努めて意識する。

 月を写す水面の如く、その心に漣の一つも立てず冷静さを保つ。武術家としてその境地を目指していた自分が、まさか女性の衣服を脱がすためにその境地を渇望することになろうとは。人生とは何が起こるかわからないものである。

 自嘲の笑みを漏らしながら、しかし手を動かすことはやめない。体調の悪いステラを気遣い丁寧に脱がすことを心がけつつも、本能の波が決壊する前に事を終えようとなるべく迅速に。

 

(まずはストッキングを……ッ、ガーターだって!? これが本物の……いや駄目だ、意識するな、作業に集中しろ! …………よし、ストッキングの処置を完了。次はシャツだ。……っていうかステラの肌って本当に白くて綺麗で柔らかそうな…………やめろォッ!?)

 

 一輝の脳内で本能と理性が鬩ぎ合う。

 本能は今にも“夜の一刀修羅”の解放間近だ。このままでは理性に勝ち目はない。急がなければ、理性は完全に正気を失ってしまう。

 

(……やってやるさ!)

 

 一輝は(あくまで脳内の)勢いに任せ、一気にステラのシャツを脱がしにかかる。その手際はまさに神速。己の身体を極限までコントロール下に置いた彼の速度は高速に迫り、僅か数秒でステラからシャツを脱がしてみせた。

 やった、と一輝と一輝の理性は歓声を上げる。ここまで耐えきればもはや戦に勝ったも同然。あとは彼女に小屋にあったタオルケットを掛けてしまえば、もはや視覚という本能最大の武器を制したも同然となる。「この戦い、我々の勝利だ!」と一輝は脳内で勝鬨が木霊した。

 ⋯⋯が、その勝鬨は、味方であるはずのステラの一言によって粉砕されることとなる。

 

 

「あの、イッキ…………ブラも、お願い……」

 

 

「なん……だと……?」

 

 死に体だったはずの本能が決死の特攻作戦を開始した。その思わぬ反撃に理性は再び窮地に立たされる。

 

 外せというのか……童貞の自分に、その巨乳を抑え込んでいる乳バンドを、外せというのか……!?

 

 一輝は戦慄した。これは本当に現実なのかと疑いすらした。そんなことが許されるのか、とすら考えた。しかし現実は無情。五感を通してこれが夢ではないということを鮮明に伝えてくる。もはや退路はない。やるしかないのだ、ヤるしか⋯⋯いや、そっちのヤるではなくて。

 

(ま、不味い! このままでは……!)

 

 一輝は自然と息が荒くなっていく自分を感じた。

 そして徐々に変貌していく一輝の様子にステラが気付かないはずもない。今の一輝は客観的に見て相当危ない状態だった。息の荒さはもちろんのこと、目は血走り、身体は興奮したように震え、――非常に言いにくいが下半身の《陰鉄》が恐ろしく元気になっている。

 そんな一輝を見やりながら、ステラは一輝が煩悩に打ち勝つことを望みながらも、心のどこかで“その”覚悟を完了させていた。

 一輝という最愛の恋人が自分の身体に興奮してくれるということに、女として喜びを感じないはずもない。そして一輝が望むのであれば、このままここで行為に及んでしまうこともステラとしては決して許容できないことではなかった。もちろんステラにも初めての理想はある。しかし最愛の人とお互いに愛し合って肉体が結ばれるのならば、それ以上に嬉しいことはない。

 だから……

 

「イッキ……」

「ステラ……」

 

 ステラが目を瞑る。

 その姿を見て、一輝の中の理性は完全に敗北してしまった。もはや脳と肉体は本能に従い戦闘準備を整え、下半身の《陰鉄》が力強く脈動する。その日本人離れした美貌へと一輝が本能のままに手を伸ばす。もはや二人の行為を阻むものなど何一つ存在しない。そして二人は男女として新たな段階(ステージ)へと歩を進める⋯⋯

 

 

 ……そのはずだった。

 

 

「はぁ~い、お届け物で~すっ! 救援物資を持ってきてあげましたよ~! ……ぉ?」

 

 蹴破るように扉を開け、唐突に山小屋へ現れた第三者()

 その存在に一輝とステラの思考は完全に停止した。そして半裸で絡み合おうとする男女の姿を目にした彼女の思考もまた、想像すらしていなかった光景にしばし動きを止める。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 祝の眼球が前触れもなく動く。

 囲炉裏の前に広げられた二人の衣服、はち切れんばかりに中身が屹立していることを伺わせる一輝のズボン、そして下着以外は何も身に付けていないステラ。

 これらを眺めただけで祝は、原作知識の追い風もあっておおよその事態を察した。

 故に、

 

「帰ります」

 

 ゲロ以下の存在を見やるように二人を一瞥した祝は踵を返し、振り返ることもなく山小屋の戸を閉めて立ち去ったのだった。

 数秒後、我に返った一輝は山小屋を飛び出し、雨の中で祝に土下座することとなる。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 信じられない。本当に信じられない。

 

 山小屋の中の唯一の光源である囲炉裏の炎を眺める私は、本気で疲れきっていた。

 二人のために山の中を雨合羽着込んでえっちらおっちら走ってきたっていうのに、当の救助者の二人はR18展開の一歩手前ってどういうことよ。性の喜びを知りやがって!

 

 っていうか私も油断していた。

 そうだよ、原作でも山小屋の中でそういうことやりそうな気配ではあったじゃん! その時は黒鉄が自制して発禁な展開にはならなかったけど、もしもアイツが理性に負けていたらエロ同人みたいな流れになっていてもおかしくはなかったのだ。

 クソッ、原作のイチャラブ展開をあえて忘れるように努めていたのが災いした。憶えていれば砕城か兎丸を吊し上げてでも代わりに行かせたのに。

 

 しかしそんな後悔ももはや後の祭り。

 現実として私はそういう場に突入してしまった、空気の読めない女になってしまったのだ。クソッ、少年マンガのお約束な展開じゃねぇんだぞ。現実でそんな場面に割り込んでしまったら居心地が悪くて死にそうになるわ!

 

 囲炉裏の前で暖を取りながらチラリと周囲に目を向ければ、そこには各々気まずそうに黙り込む少年と少女。

 黒鉄は先程までの自身の行いを深く恥じているらしく、自責の念に駆られているようだった。「僕は最低だ……」と時折呟き、見たこともないほど消沈した表情で囲炉裏を眺めている。この人、放っておいたら勝手に腹を切るか首を吊りそうなんだけど。頼むから衝動的にそういうことをするのは本気でやめてほしい。流石に目の前で自殺されると色々と困る。

 一方、ステラさんは私がリュックサックに詰めてきた毛布に包まって横になっている。風邪薬を飲んでから一言も口を利くことなく横になってしまった彼女は一見すると眠っているかのようだが、呼吸が先程から微妙に不規則なのできっと狸寝入りだろう。あわよくばそのまま眠りに落ちてしまおうという魂胆なのだろうが、既に狸寝入りを始めて30分。未だに眠れた様子はない。

 

 なお、二人が随分と前から恋人だったということは、あの後で雨の中で土下座した黒鉄の口から明かされることとなった。

 別に原作知識がある私には既知の事実であったから驚くに値しないのだが、二人はこれでも隠していたらしい。国賓のステラさんのスキャンダルは色々と面倒なことになりかねないので、当分の間は秘密にしてほしいと頼み込まれた。

 まぁ、二人の関係は謀略によってもう少しで白日の下に晒されることになるということを私は原作知識のおかげで知っているけど。

 

「というかですね」

 

 私の声が呼び水になったのか、黒鉄がノロノロと顔を上げる。

 その表情は絶望と後悔に彩られており、とても会話ができるような状態ではない。知ったことではないが。

 チッ、このクソ真面目め。ここで「男が女の裸に勃起して何が悪い!」と開き直るくらいの奴だったら容赦なくぶちのめして手打ちにしてやるっていうのに。こうも意気消沈されては手を出しにくい。むしろ自責の念から「もっと殴ってくれ!」とマゾいことを言いだしかねないから面倒臭い。

 

「貴徳原さんから連絡ありましたよね? 私が救援に行くと。それを承知でエロスな行為に及んだんですか?」

「……すみません。ステラの服を脱がすのに夢中で完全に忘れていました」

 

 おい、なぜ敬語。無駄に畏まるなよ気持ち悪い。

 そしてそこの痴女。嬉し恥ずかしな感じでビクッと身体を震わせるな。皇女だろうとマジでぶち殺すぞ。

 

「……あと、まさか疼木さんがこんなに早く到着するとは思わなくて」

 

 あ~、なるほど。それもあったか。

 そういえば私が追い出される前、貴徳原さんは30分ほどで私が到着すると言っていた気がする。しかし私は雨の中をダラダラと走る気はなかったので、魔力放出と伐刀絶技を使って最短距離を最速で移動した。よってここまで来るのに私がかかった時間は大体10分強だ。

 まさか険峻で鍛えた足腰が仇になるとは。⋯⋯いや、逆にあれ以上遅れていたらズッコンバッコンオーイェスな感じでヤっている最中に突入することになったということだから、むしろ私の足腰って凄くナイスなんじゃないか?

 よし、褒美に後でプロテイン飲んでやろう。

 

「……ハフリさんの伐刀絶技?」

 

 ポツリポツリと黒鉄と会話していると、狸寝入りを決め込んでいたステラさんが上半身を起き上がらせた。

 どうやらここいらで会話の流れを説教から世間話に変えようというらしい。こちらに目線で申し訳なさそうな表情でそれを頼み込んできたステラさんに、「仕方がないから乗ってやる」と微かに眉を顰めることで承諾する。

 

「ああ、ステラは疼木さんの能力を知らないんだっけ」

「ええ。私や珠雫みたいな直接的な攻撃力がある能力ではない、っていうことくらい」

「えぇ? それはいくら何でも勉強不足なのでは?」

 

 ステラさんは武者修行するために日本の騎士学校に留学しているはずだ。なのにその国で最強の学生騎士の能力も知らないとか、流石にそれはどうなのよ。原作でも、私がいなかった場合に七星剣王になった諸星くんの能力や霊装を知らない様子だったし。

 確か彼女は実戦を想定し、あえて対戦相手についての情報を収集しないというルールを自分に定めていた。その心がけは学生騎士として立派なことだと思うが、代表的な選手の情報すら知らないのは等閑(なおざり)に過ぎると私は思う。

 

 っていうか、もしかしてこの女は私が大鎌使いだからって侮っているのか?

 大鎌如きの情報を集める必要などないと驕っているのか?

 だとしたら死刑どころでは済まされない。少なくとも打ち首獄門一族郎党皆殺しコースは確定だ。ステラさんの一族は王族? 知るか。纏めて《三日月》の錆にしてやる。

 

 そんな被害妄想が私の脳内を(よぎ)るが……いやいやいや、ないないない。ステラさんに限って流石にそれはない。原作でもサッパリとした性格だったと記憶しているし、実際に会ってみてもその印象は変わらないし。

 あるいは普段の大鎌の迫害が強すぎて、私も最近ナイーブになっているのかもしれないな。

 そんな私を余所に、黒鉄は少し悩む素振りを見せた。

 

「うーん、でもなぁ。まだ試合は残っているし、疼木さんの伐刀絶技を勝手に教えてしまうのも……」

「私は別に構いませんよ? 伊達に七星剣王ではありませんからちょっとググれば出てくる情報ですし、破軍の生徒で知らない人の方が珍しいという程度には有名な話ですから」

 

 それに、知られたからといってそんなに困る伐刀絶技でもないしね。

 その理由として、便利ではあるけれども強弱で判断するのなら確実に弱い方の伐刀絶技であるためだ。例えるなら、ジョジョの《隠者の紫(ハーミット・パープル)》に近いポジションなのである。なので知られたことが原因で私の大鎌の勝利が揺らぐということもないだろう。

 よってステラさんに話しても別に問題はないのだ。

 そう黒鉄に言ってやったのだが、しかし彼は未だに渋い表情のままだ。どこか納得がいかない様子で「弱い能力、か……」と小さく呟いた。そして「僕自身はそうは思えないけれど」と前置きし、黒鉄は再び口を開く。

 

 

 

「疼木さんは世界でも珍しい因果干渉系の能力の使い手だ。その伐刀絶技《既危感(テスタメント)》は、自分に対する未来の“害”を限りなく100%に近い精度で察知し続ける、常時発動系の予知能力なんだよ」

 

 

 

 ね?

 微妙な伐刀絶技でしょ?

 

 




本当は巨人戦まで書く予定だったのですが、想像以上に長くなりそうだったので……
それと、いい加減に主人公のステイタスを載せたいので次回辺りのあとがきに載せる予定です。

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