落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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書く感覚を忘れない内に次話を更新しておきます


撃たれる覚悟がある奴は別に撃っても良い(意訳)

「やってくれたな、貴様」

 

 先程、私の一回戦の試合が終わった。

 個人的には上手く大鎌をプッシュできた良い試合だったと思う。去年の七星剣武祭から貫いている『トドメは絶対に大鎌でカッコよく』という自分ルールも無事に達成できたし、相手の桃……桃太郎先輩? の大鎌への偏見も解くことができたはずだ。心無い言葉に少しカチンときたのは事実だが、ああして身体に大鎌の威力を教え込んであげれば流石の彼も大鎌を欠陥武器などという無知で愚かな呼び方をしなくなるだろう。あわよくば、大鎌の素晴らしさに感涙して転向を考えてくれるかもしれない。

 しかし次に同じことを囀ったのならば、仕方ないので今度は本気でぶち殺すしかあるまい。大鎌を欠陥武器と信じている奴は悉く絶滅させるべきだ。

 何はともあれ、今回の試合を個人的に評価するとすれば100点満点中で80点以上は堅いものだった。

 だというのに、だ。シャワって血を落としていざ帰宅、というタイミングで待ち構えていた新宮寺先生に盛大なため息をつかれてしまった。咥えている煙草から漏れる紫煙が目に染みる。

 

「……? 私、何かやりました?」

「ほう。貴様は自分が何をやらかしたのか自覚がないというのか? そうかそうか。どうやら余程死にたいらしいな」

「なんでっ!?」

 

 おおっと、先生なぜかお怒りモードですわ。

 ここで「おこなの?」と冗談めかして聞いたら迷わず額に風穴を開けられる程度には怒っていらっしゃる。

 

「お前が試合をするというだけで駆り出される私の身にもなれ。去年の七星剣武祭といい、どうしてお前は相手を即死させて勝たねば気が済まんのだ。おかげで私はお前の試合では必須の要員として今日も引っ張り出されたんだぞ」

「え? い、いやぁ、それは本当に申し訳ありません……」

 

 思い返せば、新宮寺先生との付き合いは一年近くになるのか。

 去年の七星剣武祭では、先生が育児休暇から上がって騎士として復帰し始めていた頃だった。その復帰業務の一環として七星剣武祭のスタッフの一人を務めていたのがこの人だった。

 一回戦から相手選手の脳天をカチ割ることで勝利を収めた私だったが、その際に『時間操作』という魔術で先生が相手選手を救助したのが最初の出会いである。その後の試合も全て私は相手を絶命させる形で勝利してゆき、その度に先生は活躍した。ある時は時間を停め、ある時は時間を巻き戻し、またある時は時間を加速させて救護室へとすっ飛んでいった。

 流石にお世話になりすぎたせいで先生には悪い意味で顔を覚えられてしまい、七星剣武祭が終わった後で個人的に小言を言われたほどだ。

 

「全く、お前が試合をするというだけで他の仕事を倍速で熟さねばならん。今日も念の為と審判を引き受けてみれば案の定だ」

「おかげで安心して試合ができました。ありがとうございますね、先生」

「戯け、私がいなくともお前は相手を殺していただろうが」

「ですから『安心して』と申しました。先生がいらっしゃらなければ安心せずに試合を終えていたでしょうから。今後も宜しくお願いしますね?」

「死ね。……さて、ここまでは個人としての言葉だ。しかしここからは教師としての説教だから心して聞くように」

 

 先生は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。

 

「さっきの試合は明らかにやりすぎ(オーバーキル)だった。桃谷との実力差がわからないお前ではあるまい。なぜ殺す形で勝利を収めた? 去年は一スタッフとして口出ししなかったが、今の私は教師だ。だからこそ踏み込んだことを聞いている。七星剣武祭も含め、お前ならばもっと違う形で勝てたはずだろう?」

「そりゃ、可能か不可能かを論じるのならば可能ですけど……」

 

 オーバーキルだろうとトドメはトドメだ。《実像形態》の使用を許可された試合で相手を殺さないように労わる理由がわからない。試合に臨む際に「死ぬかもしれんぞ?」という警告と、それに同意するサインをしたはず。死ぬ可能性がある試合で相手を殺すことの何が悪いのか? 少なくともこうして咎められるかのようにため息をつかれる必要はないはずだ。

 「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ」と昔のアニメと小説で見たが、個人的にこれは真理だと思う。つまり意味合い的に、お互いに撃たれる覚悟がある状況ならばこちらは積極的に眉間をぶち抜いて良いのだ。わざわざ手加減をして手足を撃つ必要性はない。だって私も撃たれて死ぬことは覚悟しているのだから。

 といった感じのことを先生にしたところ、またもやため息。

 

「倫理的な問題だ。さっきの試合はどう見ても両者の実力の差がハッキリとしていた。歴然とした実力差の前でお前が取った行動は、世間から見れば弱者を一方的に虐げているのと変わらん」

「それは横暴な意見ですよ~。決闘の場で老若男女も貴賤も強弱も関係ありません。そこにあるのは勝つか敗けるかという結果だけです。生死は所詮、勝敗に伴う付属品でしかありませんから」

「お前の意見もわからんではないが、そういう極限の領域で生きている奴は伐刀者の中でも少数派だということをわかれ。参加する学生騎士たちにとっては死力を尽くす命懸けの舞台であっても、それを見物する者たちにとってはスポーツ観戦みたいなものなんだ。むしろ世間的にはその意見が主流だろう。そういう連中にとって、お前のしたことは残酷に感じるということだ」

 

 「残酷じゃない闘いって何ですか。お遊戯ですか」と思わず笑ってしまった私は悪くないだろう。

 こちらは剣闘士のように奴隷の業務として見世物の試合をしているわけではないのだ。あくまで『闘いたいから闘っている』のであって、それを一般人や野次馬伐刀者が脇でやんややんやと騒いでいるに過ぎない。こちらはアリーナなどの閉じた環境でお見苦しいものを見せないよう配慮しているというのに、それをわざわざ見に来たその他大勢のギャラリーから勝ち方まで非難される覚えはない。嫌なら見なければ宜しい。テレビ中継ならチャンネル変えろ。

 これは大鎌の普及とは違った、今生で至った私個人の闘いへの姿勢だ。闘いとはあらゆる面で平等である。怪我をしているから、実力差があるから、性別が女だから、貴方は私に恩があるのだから手加減してくださいなどは勝負の舞台に上がった時点で通用しない。仮にもお互いが命を懸けて闘う場に立っておきながら、そのような巫山戯た言い訳が通用すると思うのだろうか。

 ⋯⋯ちなみにだが、前に路上で()り合った時は近所の皆様に多大なご迷惑をおかけしました。騒音、及びお目汚しをしてしまったことは本当に申し訳ありません。

 

「……ったく、このイカレが。そんな考えでは広まるものも広まらんぞ? 大鎌の普及がお前の最終目標なんだろう?」

「方針を曲げてまで世間様に広めるつもりはありません。大鎌ユーザーが増えることは喜ばしいです。しかし大鎌は持っていれば嬉しいコレクションではなく、武器です。私は武器としての大鎌を広めるためにこの破軍学園に来ました。それを曲げるつもりはありません」

 

 大鎌は便利な道具だ。草刈りとして利用するのなら、農家や酪農家の皆さんはどんどん利用するといいだろう。コツさえ掴めばジャンジャン草を刈れる。

 しかし私が目指すのは、武器として大鎌が世間に認知されることなのだ。

 鎌なら何でも良いというのならば戦鎌(ウォーサイス)や鎖鎌を使うという選択肢もある。しかし私が生まれ変わってまで憧れたのは、アニメや漫画に登場するあの(・・)大鎌だ。私が人々に広めたいのは、嘗て前世で私が大鎌に感じた憧憬と可能性だ。だというのに使いにくいから、実戦的ではないから、世間からの受けが悪いからと理由を付けて本来の形から遠ざかることは一人の大鎌ファンとして到底できることではなかった。

 

「……頑固な奴だ」

 

 全てを聞き終えた先生は呆れたように目元を押さえ、そして新たな煙草を取り出した。

 どうでも良いことだが、彼女が喫煙を再開するようになったのは騎士として職場復帰を果たすようになってかららしい。今でも家では禁煙しているとのことだが、それまでは出産と育児に悪影響しか与えないからと禁煙生活を強いていたのだとか。

 もしもこの喫煙が私へのストレスが原因で再開されてしまったのだとしたら。そう考えると少し申し訳なくなってくる。そんなことを考えていると、「だが、お前の言い分もわかった」と先生が煙を吐き出す。

 

「そこまで考えた末の行為ならば私はもう止めん。お前がウチの生徒である限り、私も応援してやる。まぁ、やるだけやってみろ」

「はい、やるだけやってみます。とりあえずの目標は七星剣武祭の三連覇ですね。そうすれば必ず大鎌の武器としての性能に気が付く人が出てくるはずですから」

「その前にお前は素行を改めろ。正当な評価というものは、得てして普段の行いすらもその評価の内に入れられてしまうものだ。特に去年のような余所への襲撃などは絶対に控えろよ?」

「七星剣武祭への出場方法が選抜戦になったので、去年のような強硬手段はもう取りませんよ」

「どうだかな。去年を含め、お前は私の忠告を聞いたことなど一度もないだろう。そもそもお前が他人の言うことをホイホイと聞くようには思えん。そんなことだから友人の一人もいないんだ」

 

 うっ、友達がいないのは知っていたんですね……。

 お恥ずかしい限りです。

 

「……別に友達がいなくても今のところは不便はありませんから。いたならばいたで便利でしょうし他人の目も和らぐのでしょうけど、私としては積極的に欲しいわけではないかな〜、と。ほら、友達なんて煙草やお酒のようなものですよ。あれば嬉しい、しかしなくとも困らない。所詮は嗜好品です」

「本当に寂しい奴だなお前は」

 

 失敬な。むしろ私は前世の記憶を思い出したことで悟ったのだ。

 前世でも私は友達が数人程度(しかも滅多に連絡を取らない)しかいなかったし、ましてや親友などという部類の人間は一人もいなかったが、生活していく上で不便さを感じたことはなかった。偶に趣味の話や思い出話で和むことはあったが、生活の中で必須と言える存在だったかと言われると果てしなく微妙だ。むしろ首を傾げる程度の存在感しかなかった。

 結論。他人はどうか知らないが、私は本質的に他人との触れ合いの燃費が非常に効率的な人間である。孤独は確かに辛いが、知り合いレベルの人間さえいればそれで良い。

 

 ……まぁ、友達の人生における必要性について今は置いておくとしてもだ。

 

 ぶっちゃけ、去年の行いのせいで私の校内での評判は頗る悪い。

 去年は同級生も上級生も区別なく強そうな奴に喧嘩を吹っかけまくっていたため、私は札付きの不良として校内では認識されているのだ。

 それは七星剣武祭に出場するための前理事長へのアピールが目的だったので、そのこと自体に私は後悔など全く感じていない。しかしそれが周囲からしてみれば迷惑千万であったことは百も承知なので、それを棚に上げて馴れ馴れしく話しかけられるほど私は空気が読めないつもりもなかった。

 よって私は友達がいない。少ないのではなく本当にいない。

 「え、何だって?」と難聴を気取って友達を作らないのではなく、ガチで誰も近寄ってこないタイプだ。

 一応顔見知りがいないこともないが、あくまで知り合い以上友人未満という範疇に収まってしまうだろう。だって用がなければ会っても会釈くらいしかしないもの。

 だが、一つだけ。これだけは言わせてほしい。

 

 

 私のことは嫌いになってもッ、大鎌のことは嫌いにならないでください!

 

 

「……はぁ。あのな、お前が七星剣王になった後、普通に不良として評判最悪だったお前のために前理事長がどれだけ裏工作をして回ったと思っている? 友達ゼロで乱闘多数な社会不適合者が七星剣王となってしまったなど、常識的に考えれば学園の恥だ。しかし奴は恥部が全国公開されるリスクを代償に七星剣王という巨大なリターンを取った」

「私はもはや恥部扱いですかい」

「しかし前理事長も甘んじて恥部を公開したわけではない。マスコミ関連に手を回し、お前の学園での実態を隠蔽していたんだ。不要な情報が世間に流出しないように……これは他言無用だが、騎士連盟の日本支部もそれに手を貸していたらしい」

「マジですか」

 

 汚いなさすが理事長汚い。

 黒鉄の留年のことといい、学校の理事長ってそんなに真っ黒な職業なわけ? それとも前理事長が狸だっただけ?

 もし前者だとしたらショックだわ。そんな汚いことを知っちゃったあたしは世界一不幸な美少女だわ。「大きくなったら先生になりたい!」とか言う純真無垢な夢を持つ子供に思わず「その先は地獄だぞ」と囁いてあげたくなってしまう。

 

「知らぬは本人のみとはな。おかげで去年の破軍学園は要らぬ借りを騎士連盟に作ってしまった。まぁ、その件は黒鉄への差別待遇によって相殺となったがな」

「黒鉄? へぇ~、黒鉄が陰謀で留年していたのは有名な噂でしたけど、そんな裏があったんですね」

 

 真面目に知らなかった。

 当時の理事長と騎士連盟が裏で繋がっていたのは原作でも言われていたことだが、まさか黒鉄の留年が私の情報規制と繋がっていたとは。

 学園側の事情なので私には関係のないことだけど。

 

「そしてお前の悪評を取り消そうと理事会と騎士連盟が知恵を絞って考え出した作戦が『悲劇のヒロイン作戦』だ」

「何てッ?」

 

 聞き捨てならないことを聞いてしまった気がする。

 何だ? 今、背筋がぞわっとしたぞ。

 

「マスコミに圧力をかけ、奴らは徹底的な情報操作を行った。設定のコンセプトは『大鎌という欠陥武器で健気に上を目指すシンデレラストーリー』らしい」

「はぁぁぁあああああッ!?」

 

 なんじゃそりゃああああああッッッ!?

 初めて聞くどころか想定の斜め上の爆弾発言なんですけど。あの頭の悪い世論は全て政府の陰謀だった!?

 

「おかしいと思ったんですよ! 世間で大鎌を認める流れが全く起こらないなんて絶対にあり得ないはずだって!」

「いや、それはそんなにおかしいことか?」

「これほどの屈辱は久しぶりですよ……ッ! ちょっと当時の関係者の住所と職場調べて一族郎党皆殺しにしてきます!」

「やめろやめろ」

「先生どいて! あいつら殺せない!」

 

 ぶっ殺してやる! 絶対にぶっ殺してやるぞ! 末代まで祟ってやる! 死んでもお前たちを赦さないからな! 絶対にぶっ殺してやるからなァ!!

 

 

 

 

 

 なお、風の噂によると私の試合で話題になったのは、大鎌のすばらしさではなく私が霊装をぶっ壊したということと『迷彩』がヤバいということ、それと私が悪逆非道の冷血人間だということだけだった。そんなこと心底どうでも良いので大鎌のビジュアルや性能を語ってほしいところだが、まだまだ人々が大鎌に目覚めるには早かったようだ。

 私は悲しい……。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 三日目の試合が終わると、会場に留まっていた生徒たちは三々五々に散っていった。その生徒たちの中には一輝を含む四人グループも含まれており、寮が別々の珠雫と有栖院らと別れた一輝はルームメイトのステラを伴い部屋へと戻っている。

 そして部屋に戻るなり一輝が行ったことは、本日最も“荒れた”と言うべき祝の試合の映像を確認し直すことだった。

 一輝が電子生徒手帳を起動させると、そこにはクラスメイトである新聞部の女子生徒・日下部加々美から送られてきた動画データがメールに添付されて送られてきている。試合の前、一輝が彼女に頼んでいたものだ。「後でお礼をしないとな」と考えながら、一輝は待ちきれないとばかりに動画を再生させた。

 

「イッキ、何を観ているの? ……って、これってさっきのハフリさんの試合よね?」

「うん、記憶が新しい内にもう一度見直しておこうと思って。鉄は熱い内に打てってね」

 

 とはいうものの、試合の記憶はさっきの今で変わるものではない。しかも祝の試合は開始から1分と経たずに終わってしまったのだ。しかも特別な能力や技術を見せることすらしなかった彼女の試合を、こうまで熱心に見直す意味がステラにはよくわからなかった。

 そんなことを考えている間に動画は終わってしまい、一輝の後ろから画面を覗き込んでいたステラは形の良い眉を顰める。

 

「……これ、わざわざ見直すほどの試合かしら? あの人の『迷彩』が凄かったのは試合を観戦していたからこそわかった情報だけど、この動画からだとそれもわからないじゃない」

 

 ステラの疑問はもっともだった。どう贔屓目に見ても見応えのある試合とは言えない。

 動画もステラたちが座っていた席とは違う視点であるというだけで、それ以外は特に違いの見えない内容だった。唯一の違いと言えば、この動画は祝の姿を拡大して撮影されているということだろう。望遠のための機材を使っているのか、ハンディカメラにしては画像が綺麗だ。

 しかし一輝の目にはステラとは違うものが映っているのか、「そんなことないよ」と再び動画を最初から再生させている。

 

「こうやってアップで撮ってもらったのは僕が頼んだからなんだ。疼木さんの試合が長引かないことはわかっていたから、せめて表情や仕草なんかの癖が見つかればと思ってね」

 

 「例えば……ここっ」と一輝が動画を停止させる。

 そのシーンは、ちょうど祝が対戦相手の桃谷選手の胴を両断したところだった。桃谷の巨体の陰に隠れていた祝が、桃谷の上半身がなくなったことによる返り血に顔を濡らして顔を出す。

 そこを一輝は僅かに巻き戻し、スロー再生させてみせる。

 

「口元を見てみて。ほら、何か口走っている」

「……本当だわ。何て言っているのかしら?」

「う~ん、ちょっと待って………………たぶんだけど、身の程知らずが、って言っているように見える」

 

 目を細めて画面を凝視した一輝は、三度ほど同じ場面を再生し直すことで祝の唇を読み取った。

 その内容を聞き、ステラは驚きを見せた。

 

「あのハフリさんが? 私と会った時はそんなことを言う人には見えなかったけど」

 

 まだ一度会っただけの関係しかない祝とステラだが、倒れていた自分を心配してくれたあの少女がそのようなことを口走るとは。

 つまり彼女は、無謀にも七星剣王に挑みかかってきた相手選手を陰で侮辱していたということだろうか。他人の試合とはいえ、それはステラとしても気分の良いことではない。確かに桃谷は祝に対して挑発染みた言葉を投げかけていたが、試合自体は正々堂々としたものだった。そんな相手を侮辱するなど、騎士としては些か非礼と言わざるを得ないだろう。

 しかし憤慨するステラと違い、一輝は別の分析をしていた。

 

「たぶん、これは別の理由から来た言葉だ」

 

 一輝はこれまでの祝の試合のデータを記憶から引っ張り出す。

 去年の自分の試合はもちろん、七星剣武祭を始めとした公式試合。そして今日の試合まで全てのデータを分析し、とある一つの共通点を見出していた。

 それは……

 

「疼木さんの試合を並べてみて気付かされるのが、彼女は対戦相手にトドメを刺す際には必ず霊装《三日月》を使っているということなんだ」

「……そうなの? でも、そんなの武装型の霊装を持っている伐刀者なら当然なんじゃない? 良く知らないけど、ハフリさんは直接相手を害せる能力を持たない伐刀者だって聞くし」

「確かにそれもあるかもしれない。でも去年の公式試合の中では、明らかに試合運びとして不自然な状況でも大鎌を決め手として用いていたように僕は感じたんだ」

 

 世間の認識では、彼女は『大鎌という欠陥武器(ハンデ)を乗り越えた努力家』となっている。

 しかし去年の祝との試合で一輝は彼女に対して全く逆の感想を抱いていた。よってその試合の後で七星剣武祭が行われた時など、そのことを報道していたニュースに何度も首を傾げていたものだ。自分が感じた彼女の武への信念と愛は錯覚などではなかった。だというのに世間のこの評価は何なのかと。

 だが、このようにデータとして並べてみると改めて自分の直感が現実味を帯びてくる。

 

「彼女は大鎌を忌諱なんてしていない。彼女は大鎌という武器にハンデなんて感じていないんだ。それどころか、彼女には大鎌を周囲に見せつけているような節すらある」

 

 全ての試合を無理にでも大鎌でトドメを刺すのは、その意思表示だ。

 我を見よ、我が武を見よ、我が大鎌を見よ——そう言っているように一輝には思えてならない。

 そしてその分析に拍車をかけたのが今日の試合だ。同じく大鎌で試合を決した祝は、しかし「身の程知らずが」と対戦相手を罵った。この罵倒が、もしも身の程を弁えず七星剣王に挑みかかってきたことに対するものではなかったとしたらどうだろうか。

 

 

『去年のお前の試合は全て知っている。確かにお前は武術の達人だが、恐らく去年の七星剣武祭のどこかで《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》とぶつかっていれば優勝はあり得なかった! 物理攻撃に縛られている以上、お前の欠陥武器(・・・・)の刃が俺の《ゴリアテ》を突破することはできねぇ!』

 

 

 もしも、『大鎌を欠陥武器と挑発したことへの罵倒』だとしたら。桃谷だけでなく、大鎌を軽く見た者たちに対する憤りだとしたら。

 もちろんこれらの分析は未だ一輝の想像の域を出ない。しかしこう考えれば一輝の今までの全ての疑問が一つの答えへと繋がる。

 

「疼木さんは大鎌という霊装に対し、僕たちが想像している以上の信頼と誇りを持っているのかもしれない。もしそうだとすれば、彼女の弱点が大鎌という武装にあると考えるのは大きな間違いだ」

 

 大鎌なのに(・・・)強いのではない。

 大鎌()強い。

 多くの人が使いにくいと言う武器を「使いやすい」と感じる異端の才覚。変則的な大鎌という武器に特化した伐刀者。それが疼木祝の正体なのかもしれない。

 だとすれば王道の武装こそ最強という固定観念は捨ててかかるべきだ。そう考えて試合に臨まなければ祝の動きに対応できず、一方的に刈り取られることになるだろう。

 去年の自分はまさにそうだった、と一輝は回顧する。予想外の祝の動きに一輝は面食らい、試合の前半はそれに付いていくことで精一杯だった。自身の知る槍術や棒術とは常識の違う大鎌の武術に翻弄され、それを捌くことに死力を尽くしていたと言っても過言ではない。

 

「なるほど。弱点どころか、むしろ彼女が得意としているのは大鎌の間合い。七星剣王を相手に使いにくい武器だからって侮るつもりはないけど、警戒のレベルを引き上げてかかる必要があるかもしれないわね」

 

 ステラは感心していた。

 彼女は元々、試合の対戦相手を分析するタイプではない。試合とは実戦のための訓練の一部であり、実戦で事前に敵の情報がある方が珍しいのが現実だと考えているためだ。

 しかし仮に彼女が分析をするタイプだったとしても、一輝ほど相手から事前に情報を読み取れるかどうか。彼が祝に対して一際熱心に情報を収集していることはステラも理解させられたが、それでも同じ情報量でここまで思考を巡らせることはできなかっただろう。

 一輝へと尊敬の念を向けるステラに対し、しかし一方の一輝は難しい表情を保ったままだった。

 確かに一輝は彼女を構成する一部を暴き出せたのかもしれない。しかし問題はここからだ。この分析は所詮糸口に過ぎない。ここからどうやって彼女を攻略していくかを考えるのが一輝にとっての分析だった。 

 

『不細工な伐刀絶技(ノウブルアーツ)ですね、それ』

 

 脳裏に蘇るのは、初めて彼女に《一刀修羅》という切り札を切った一輝への祝の言葉。

 魔力放出や霊装の顕現と違い、己の固有能力を用いた魔術を『伐刀絶技』と呼ぶ。つまり《身体能力倍加》という能力を応用した《一刀修羅》こそ、一輝の唯一にして最強の伐刀絶技ということになる。それを祝は開口一番で『不細工』と評価したのだ。

 一輝は最初、安い挑発か《一刀修羅》を小細工と見下す浅慮から来る侮辱かと思った。

 

『身体中から余分な魔力が溢れ出しているじゃないですか。魔力にロスがありすぎて美しくありません。そんなことだからその程度(・・・・)の出力しかないんですよ、その伐刀絶技は』

 

 しかしそれは違った。

 祝は一輝の魔力制御の技術を見て不細工と称していた。一輝が《一刀修羅》を使用すると、死力を振り絞って引き出した魔力が視認できるほどの強さで体外において迸る。ステラすらも初見では慄いたその現象を、祝は一目見るなり本質を見抜いていたのだ。

 その上で臆するでもなく油断するでもなく、淡々と彼女は《一刀修羅》を計っていた。

 

『確かに黒鉄は武術の達人ですね。己の身体を相当にコントロールできなければその伐刀絶技は使えなかったでしょう。しかし魔術の技量はそんなものなんですか?』

 

 思えば、一輝は己の非才さに甘えていたのかもしれなかった。

 自分には魔力が少ないのだから、武術を極めて騎士の頂を目指すしかないのだと。

 しかし祝に言われて初めて気づいた。《一刀修羅》にはまだまだ改善できるところがある。自分がもっと強くなるための余地は、こんなところに眠っていたのだ。確かに自分は武術に特化した伐刀者だが、《一刀修羅》も所詮は魔術。だが自分は、知らず知らずの内にそれを疎かにしていたのではないだろうか。

 

『うん。想像以上には強かったですよ、黒鉄』

 

 まだ、足りない。彼女の想像を超える程度ではまるで足りない。超えたいのは彼女の想像でも期待でもない。実力だ。

 そして彼女という存在を乗り越えない限り、この身の内に巣食う修羅道への憧憬からも抜け出せないのだ。

 今日もそうだった。今日の試合も実際に観に行くまで葛藤が渦巻いていた。ステラたちがいる手前のため何でもないように振る舞っていたが、内心では今日こそ彼女の生き様に引きずり込まれてしまうのではないかと恐怖していた。

 幸いにも試合は一輝が何かを感じ取る前に終わってしまい、一輝の心配は杞憂で済んだ。

 しかし今後も試合が進み、激戦になってゆくにつれて祝はその本性を剥き出しにしてゆくだろう。闘争への歓喜と楽しみを隠すこともなくなるだろう。今日のような本気を出す(たのしむ)までもない相手ならば、普段の穏やかな様子のままで試合を行えるほどの相手ならば問題はない。

 しかしもしも祝がステラのような強者と闘ったとしたなら、自分は正気でいられるのだろうか。

 

「……はぁ、まだまだ修行不足だな」

 

 考えれば考えるほど思い知らされるのが、己がどれほど修行不足であるかだった。

 人間である以上、雑念を消し去ることはできない。しかしそれに怯え、己の剣を鈍らせるのは修行不足以外の何物でもないだろう。

 実際に試合をしている時は流石にその手の雑念を忘れているが、日常生活などではふとした拍子に心の中の祝の影を感じ取ってしまう。龍馬に託された信念に纏わりつくように、彼女の血塗れの“美しい姿”が横切る。

まるでその祝は、“あちら側”へと手招きをしているようで……

 

(やめよう。今日はもう何も考えない方がいい)

 

 かの偉人ニーチェはこう言った。

 『君が深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』と。

 疼木祝という少女を知れば知るほど一輝が彼女への憧憬に引きずり込まれる危険も増してゆく。今はまだ闘いを知ろうとしているだけだが、一輝の《完全掌握》は祝という人間すらも知らなければ完成しない。しかし彼女の人格を知りすぎるあまり、自身の憧憬が完全に共感へ変わってしまった時こそが一輝が龍馬の信念を捨て去ってしまう時なのだろう。

 実に厄介な少女を相手にしてしまったものだと、一輝は改めて理解した。しかし、だからこそ越え甲斐もあるというもの。

 

(君を超えて、僕は必ず七星の頂に立って見せるッ)

 

 七星の頂は、未だ高い。

 

 

 

 


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