落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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これにて(本当に)第一章こと《選抜戦編》は終了です。
次回から《前夜祭編》に入ります。
投稿は朝にでも。


第一章、完ッ!!

 黒鉄が東堂さんを斃してから()()()が経った。

 その間に黒鉄を巡る騒動は大方の決着がついたと言えるだろう。

 

 査問会で宣言してしまった通り、黒鉄が決闘を制したことで今回のゴタゴタは完全に不問。日本支部はこの件について一切の言及を取り下げることを約束した。

 ステラさんの父君であるヴァーミリオン国王も事態の推移を知るなり、この件の収束に納得を見せた。ただし黒鉄とステラさんの仲がなくなったわけではないため、黒鉄は七星剣武祭が終わったら「お嬢さんをください!」をしにヴァーミリオン皇国まで行かなければならないらしい。リア充爆発しろ。

 これによりマスゴミもスキャンダルの追求が難しくなり、報道から二人の名前が聴かれることはなくなった。

 

 よって黒鉄家の思惑が絡んだ此度の一件はこれにて落着である。

 

 そして選抜戦の最終日が終了してから二週間後の今日。

 本日は破軍学園にて七星剣武祭の代表として選出された六人の任命式が体育館で行われていた。

 マイク越しに大音量で流された「これより任命式を行う」という新宮寺先生の宣言と共に、私を含めた六人の名前が読み上げられていく。

 

『一年Aランク、ステラ・ヴァーミリオン』

『二年Bランク、疼木祝』

『三年Dランク、葉暮桔梗』

『三年Cランク、葉暮牡丹』

『一年Dランク、有栖院凪……彼は所用により式を欠席すると連絡を受けている』

『そして最後に一年Fランク、黒鉄一輝』

 

 新宮寺先生の発表に、黒鉄は「はい!」と緊張した面持ちで応えた。

 本来、この任命式は選抜戦が終了してから一週間後に執り行われる予定だった。つまり任命式は本来、一週間前の今日に執り行われる予定だったのだ。

 しかし黒鉄の容体が思わしくなく、その関係から新宮寺先生の計らいで予定を一週間先送りにしたのである。

 

 最終戦の怪我――校内新聞によると《一刀天魔》なるあの伐刀絶技は、黒鉄の肉体に凄まじいダメージを残す特攻技だった。

 原作でも《一刀羅刹》によって黒鉄は流血を伴うダメージを負うこととなっていたが、その強化版はそのハイリスクハイリターンな性質も漏れなく強化されてしまったらしい。しかも査問会の疲労などの諸々が影響し、退院するまでに二週間は必要と診断された。

 それに先生が配慮し、尚且つ他の参加者たちから反対の声も出なかったたために任命式の予定はズレることとなったのだ。

 

 ……はい、そこの「なぁ~んだ、二週間なら大したことないじゃん」と思った貴方! それは大間違いですぞ!

 

 騎士という戦闘職が蔓延るこの世界では、iPS再生槽を始めとした現代医療が非常に発達している。具体的には複雑骨折だって一日で完治させられる。そんな技術を以ってしても全治に二週間かかるということは、この世界的には凄まじい大怪我だということを意味するのだ。

 一応怪我だけではなく、査問会では毒を盛られたり休憩がなかったりとしたため黒鉄は疲労もかなり溜まっていたというが、それを加味しても二週間は長い。死力を振り絞り、それを一撃に凝縮するというのはそれほどにリスクの高い技なのである。

 

 まぁ、そんな感じで任命式は今日と相成った。

 新宮寺先生としては、黒鉄を日本支部の魔の手から守り切れなかった責任を感じているからこその配慮なのかもしれないが。どちらにしろ黒鉄の出席は破軍の生徒の大半が望んでいたことだろうしね。

 去年と違い、彼は最早スクールカースト最上位の存在なわけだし。

 

『以上、ここに並ぶ五人と有栖院を加えた六人を我が校の代表に任命する。……では次に代表選手団の団長を発表する。名前を呼ばれた生徒は前に出るように』

 

 団長かぁ……。

 確か原作では黒鉄が団長に任命されていたような気がする。桐原や兎丸、さらに学園最強の東堂さんを斃し、その能力値の差を努力で覆したという功績から黒鉄が団長に選ばれたんだっけ?

 確かに黒鉄の功績は衝撃的で、何よりドラマティックであることは認めざるを得ない。彼を団長に選んだのならば選手団の士気の向上を狙うこともできるだろう。

 

「団長は二年Bランク、昨年の七星剣王――疼木祝だ」

「はぁい」

 

 だが残念、団長は私だ。

 御祓さんが言うには校内の下馬評では私、ステラさん、黒鉄の三人の誰かが団長になるとされていたらしい。ということは原作のように黒鉄が相応しいと思う人も多いのかもしれないが……しかし私がいる以上そうは問屋が卸さない。

 もっとも、不戦勝しまくりの私よりも劇的な勝利を収めてきた黒鉄を団長に任命したかった人は少なからずいたようで……

 

 

「えー、疼木が団長かよぉ」

「確かに強ェけど、何かウチの学校のイメージが……」

「華がないわけじゃないけど、武曲の諸星くんとかと比べると何かダークというか薄気味悪いというか」

「そうか? 去年の《七星剣王》だし妥当なところじゃね?」

「実力的にも破軍の象徴なわけだし、学年的にも一年坊に任せるのはなぁ」

「いや、黒鉄は留年してっから実質二年生みたいなもんだろ」

 

 

 眼下から漏れる(どよめ)きには思わず苦笑してしまう。

 やっぱり不戦勝ばかりしていたのが悪かったのかもしれない。そのせいで大鎌のシンプルな強さが生徒たちに伝わり切らず、こうして賛否両論な風潮を生み出してしまっている。

 去年はマスゴミの風評被害によって大鎌のイメージアップに失敗してしまっているので、今年こそはカッコいい大鎌の姿を全国のお茶の間に届けなければならないだろう。

 

『静かにしろ、任命式の途中だぞッ。……これより団長に校旗の預託を行う。東堂、前へ』

「はい」

 

 名前を呼ばれた東堂さんが壇上へと上ってきた。

 何を隠そう、校旗をその手に持ちながら表情を引き締めている彼女も黒鉄派の一人である。現に生徒会室で私が団長になると通達してきた彼女の表情は「マジでこいつを団長に?」という感じの複雑な感情が入り混じったものだったし。

 おのれ黒鉄、これが主人公の風格というものか。

 

「……まさか次の剣武祭で私が貴女にこの旗を託すことになろうとは、去年の今頃は思いもしませんでした」

「正直、私もです。東堂さんは次の任命式でも一緒にこの壇上にいるものだと思っていましたから」

 

 皮肉にも聞こえるかもしれないが、これは割とマジだ。

 黒鉄の存在を加味しても、普通に彼女が私の隣に並んでいる可能性は充分にあった。いや、最終戦で私が黒鉄と闘っていればそうなっていた可能性が高い。

 だというのに、東堂さんがこうして原作と同じように校旗を渡す立場に回ってしまうとは……。

 事実は小説より奇なり――いや、むしろ現実的な問題をひっくり返してしまう小説(げんさく)の運命力的な何かの方が奇なんだろうけど。

 

「前団長としてハッキリ言わせて戴くと、貴女にこの校旗を託すのは非常に心配です。生徒の皆さんが心配している通り、破軍の校風が世間に誤って伝わってしまうのではないかと思うと既にお腹が痛いくらいですよ」

「心配性ですねぇ。去年と同じように相手を完膚なきまでにぶち殺し、圧倒的な強さを破軍のイメージとして世間に振り撒いてきますから安心してください」

「それが安心できないって言っているんですっ!」

 

 ガックリと肩を落とした東堂さんは、渋々といった様子で私に校旗を差し出した。

 

「貴女が何を仕出かすのか、それを考えただけで私は怖い。叶うことなら、せめて選手団の顔である団長の座だけは他の人にお願いしたかったのが本音です」

「それは残念でしたね」

「ええ、全く。しかし今年の代表生徒の中で……いえ、七星剣武祭に出場する全ての選手の中で最も次の《七星剣王》に近いのが貴女であるということには私も異存はありません。その信頼から、私はこの旗を貴女に託します。――どうか、我らが破軍学園に勝利を」

「承りました。元より私にとっては準優勝以下など惨敗も同然――優勝くらい、二連覇のついでに持って帰ってきてあげますよ」

 

 そうして私は、東堂さんから校旗を受け取った。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 疼木祝という少女を“暗殺者”という職業の人間から評価するのなら、『最高に面倒な標的(ターゲット)である』と言わざるを得ないだろう。

 その理由はいくつかある。

 

 まず第一に《既危感》という予知能力だ。

 自身に降りかかる火の粉を悉く、それも正確に察知する予知ということは、つまり彼女には全ての奇襲が見抜かれてしまうということに他ならない。

 奇襲に最も重要な要素は“意外性”だ。手段にせよタイミングにせよ、標的に「まさか」とすら思わせる暇も与えないことこそが暗殺の鉄則。

 しかし奇襲に対して絶対のアドバンテージを持つ祝にはこの鉄則を通用させることはできない。

 その例を一つ挙げよう。

 ()は前に偶然を装い、しかも自分(・・)が関わっていると悟らせることもせずに少量の毒物を彼女の食事に混入してみたことがあった。しかし結果として、祝は毒が混じった食事に手を付けることもなくこれを廃棄してしまったのだ。恐らくは“毒を口にしてしまう”という未来そのものを害として予知したのだろう。

 やはり彼女に奇襲や騙し討ちの類は通用しないと考えるのが妥当だ。

 

 そして第二に、彼女は無駄に能力の高い社会不適合者であるという点だ。

 何も寝込みを襲い、その首に刃物を押し当てることだけが暗殺ではない。周囲と諍いを発生させて内部から自滅させる“謀殺”も暗殺術の一種だと()は考えている。

 しかし祝にはこれも通用しない。

 例え諍いが発生しようと、彼女は個人の力で強制的に黒を白へと塗り替えてしまうだけの力がある。そしてそれを躊躇なく行えてしまうだけの反社会性、及び非社会性も持ち合わせている。

 さらに最悪、彼女は今の居場所を破棄してどこへなりとも消えることができてしまう。身一つでいくらでも己を満たすことができてしまう彼女は、故に躊躇なく己の障害を破壊し、長い目で見た将来的な自分への損害を細かく勘定することを殆どしない。

 このような相手に謀殺を試みるのは困難だろう。

 

(直接殺すのは難しく、間接的に殺すのも難しい。本当に暗殺者泣かせの人ね)

 

 己を悩ませる元凶に頭を痛めながら、彼――有栖院凪は浅い溜息をついた。

 周囲にひと気はなく、しかし仮に何者かがアリスに近づこうとも彼の存在に気付くこともできないだろう。彼の『影』の概念を操る能力により、現在の彼は極限まで()()()()なっているのだから。

 本来ならば破軍学園で一輝たちとともに任命式に参加していなければならないはずの彼は、こうして学園の関係者が間違っても訪れない学外に佇んでいる。

 

『――なるほど。ということは、これで正式に破軍の代表は決定したということですね?』

 

 その時、破軍学園のものとは違う電子生徒手帳から響く声によってアリスは我に返った。

 どうやら思考に没頭するあまり、一瞬とはいえ電話から意識を離してしまっていたらしい。しかし電話の相手はそれに気付くこともなく愉快そうに喋り続けている。

 

『いやいやまさか、《速度中毒(ランナーズハイ)》に加えて《雷切》までもが出てこなかったのは想定外でしたね。加えて貴方の一押しだった《深海の魔女(ローレライ)》も出場しないとは。どうにも破軍は選抜試合を取り入れた一年目にしていきなり不作を引いたようだ』

「その三人はくじ運が悪すぎたとしか言い様がないわね。選抜戦という形式を取る以上は仕方ないこととはいえ、確かにあたしの目から見ても今年の破軍はベストメンバーではないけど。……でも《告死の兇刃(デスサイズ)》は健在よ。彼女が残っているだけでも破軍の脅威度は然程変わらない」

 

 淡々と話すアリスの纏う空気は、普段のそれとは全く違っていた。

 どこまでも冷たく、それでいて抜き身の刃のような鋭さ。

 学園における彼の姿を知る者ならば、その雰囲気の差に唖然とさせられることだろう。

 

『確かにそうなんですよねぇ。貴方の方から見てどうです? 例の彼女は』

「間違いなく計画に支障が出るわ。奇襲に対して彼女の《既危感》はあまりにも相性が良すぎる。彼女を騙し討ちできるのなんて、それこそ激レアの因果干渉系の能力者でもない限り不可能よ」

 

 仮に(・・)アリスが祝を奇襲(あんさつ)する必要ができたとする。狙うのならば、恐らくは彼女が一人で訓練をしているタイミングだ。

 アリスが調べた限り、彼女は基本的に一人で訓練している。周囲には誰もいないことの方が多いため、暗殺にとっては絶好の機会だ。殺した後で死体を始末するのにも、アリスの能力ならば数秒で全てを済ませることができるだろう。

 普段の(・・・)手順ならばこうだ。

 「お疲れ様」と声をかけながら自然に彼女へ近づき、そのまま『影』ごと対象の動きを縫い止める伐刀絶技《影縫い(シャドウバインド)》により一瞬で拘束。声を上げる前にその細い喉元をダガーナイフの霊装《黒き隠者(ダークネスハーミット)》で一刺しして殺害完了だ。

 死体は影の中に収納できるため、証拠は何一つ残らない。

 

(……まぁ、無理でしょうけどね)

 

 アリスの()()()()()()の勘が告げている。

 もしも今の手順を実行しようとすれば、恐らくは霊装を展開しようとした瞬間にこちらの首が落とされているだろう。彼女の有する《既危感》の前では、このような古典的な暗殺方法は正面から刃物をチラつかせているのと何も変わらないのだから。

 友人が攻撃してくるはずがない、という意識的な死角を突くことも難しい。アリスの知る彼女は「何かあるのかな」と相手に思いながらも平気で反撃してくるタイプの人間だ。あるいは《既危感》に慣れ過ぎたが故の精神的な弊害なのかもしれないが、今は関係のないことなので置いておく。

 

 

 これらの分析結果から導き出されたのが“暗殺不可能”――即ち《解放軍(リベリオン)》の若き暗殺者である《黒の凶手》有栖院凪では彼女を殺すことができないという結論だ。

 

 

 念の為に断っておくと、これは彼が臆病風に吹かれたなどという愚かな理由では断じてない。目標の冷静な分析と観察は暗殺者にとって絶対的に必要な技術である。その末にアリスは自分の手に負える仕事ではないという極めて正確な判断を下したのだ。

 

『……ふむぅ、やはりそうですか。となると《前夜祭》前に彼女はどうにかしたいところですねぇ』

 

 電話の相手――平賀玲泉が唸る。

 彼としてもアリスの暗殺者としての技量は評価している。アリスをここまで育て上げたのは《解放軍》の中でも指折りの伐刀者。その人物が幼少期からその才能を見出し、育て、経験を積ませ、そして遂に完成したのが《黒の凶手(アリス)》という暗殺者なのだ。

 その彼が不可能と言うのならば、恐らく《解放軍》の中に祝を暗殺してのける者は存在しないのだろう。

 

『《前夜祭》は我が『暁学園』がその産声を上げる重要なイベントです。その鍵である貴方と相性の悪い彼女は、可能ならば排除しておきたい。……今の内にサクッと拉致できたりしません? 流石に殺すのは弱腰と取られて計画的にアウトでしょうが、最終的に七星剣武祭の時に解放できれば恐らく問題ないですし』

「馬鹿馬鹿しい。そもそもあたしと相性が悪いから排除しようというのに、あたし自身がその刺客になるのは無茶というものよ。というかそちらは何か動いてくれたのかしら?」

『一応、《前夜祭》の直前に刺客を雇い入れて彼女を拉致監禁する計画もあったんですけどねぇ。彼女、今年はずっと学園に引きこもっていてどうにも難しそうなんですよ。学園へ突っ込ませるのも手ですが、そんなことをすれば《世界時計(ワールドクロック)》や《夜叉姫》がこちらの尻尾を掴みかねませんから』

 

 元々祝の存在は、彼らが《前夜祭》を計画した時点で挙げられるほど主だった障害だった。

 故に彼女が在校する破軍学園で《前夜祭》を行うべきではないという意見も『暁学園』の内部には存在したのだが……

 

『しかし去年の優勝校を()()()確実に『暁学園』への注目度と期待は増すことになるでしょう。《雷切》と《告死の兇刃》が台頭したおかげで破軍の地位も以前よりだいぶ上がった。しかも今年は《紅蓮の皇女》までそこに加わっている。逃がすには実に惜しい獲物だ』

 

 彼らが《前夜祭》で手にすることを最も欲しているのは《七星剣王》を斃したという称号ではない。『暁学園』が《七星剣王》を輩出した破軍学園(そしき)(まさ)ったという結果なのだ。

 故にその障害である祝を一時的に排することに何の躊躇もない。彼女を斃すべき場はあくまでも本番である七星剣武祭。わざわざ危ない橋を渡ってまで《前夜祭》の時に彼女を屠る必要性は低い。

 しかし……

 

『しかし一つ問題がありまして』

「問題?」

『実は彼女を事前に排除してしまう作戦に身内から反対が出ているのですよ。彼女のことを小細工抜きで叩き潰したいという、王馬くんからの凄まじく強い進言がありましてねぇ』

 

 「視線だけで殺されるかと思いました」と語る平賀に、アリスは呆れから溜息をついた。

 アリスの知らぬところで作戦開始の前に内部分裂されては堪らない。一応とはいえ纏め役として『暁学園』のメンバーを率いる平賀がこの調子で大丈夫なのだろうかと、アリスに一抹の不安が過る。

 

「じゃあ貴方はそれを大人しく受け入れたというの? ゲストとはいえ彼も暁の一員。勝手なことをされては困るわ」

『いえいえいえ、まさか。何とか保留(検討します)という形で抑え込んでおきましたよ。ですが事前排除をしたが最後、このままでは彼に背後から斬られてしまいそうですね。全く困ったものですよ、ハハハ』

「巫山戯ないでくれる? 《風の剣帝》より先にあたしが貴方を殺してもいいのよ?」

 

 アリスの言葉は半ば本気だった。自分のミスならばともかく、味方の怠慢で背中を狙われてはアリスとしては堪らない。

 しかし平賀は《解放軍》きっての暗殺者の脅しなどどこ吹く風とばかりに笑い声を漏らすばかりだった。

 

『これは手厳しい、努々肝に銘じておきますよ。……しかしですねぇ同志・有栖院、ボクも今まで手を拱いていたわけではありません。貴方が我々に齎した彼女の情報のおかげで光明が見えました。()()()()()()()()。疼木祝の《既危感》を掻い潜り、《前夜祭》を完遂し、さらには王馬くんの要望にも応えられる策をね』

「……!」

 

 平賀の言葉にはアリスも驚かされた。

 アリスが考え得る限り、祝の持つ予知能力はその性質的に奇襲に対して無類の強さを誇ることは間違いない。

 それを理解できない平賀ではないだろうに、彼は自信に満ち溢れた声音で《既危感》の攻略法を暴いたと言い放ったのだ。それがどのような方法なのか、アリスも興味がないと言えば嘘になる。

 

「そんな一石三鳥の方法が本当に存在するというの? ならば是非ともお聞かせ願いたいわね」

『えぇ、我ながらなかなかの上策だと自負しております。とはいえ、この方法は今回のような場合でしか使えない裏技です。真っ当な攻略法ではないので貴方のご期待に沿えるかはわかりませんが』

 

 そして語られる平賀の策。

 それを聞き終えたアリスは、彼が語る《既危感》の“抜け穴”に思わず息を呑んだ。いや、《既危感》だけではない。これは彼女の持つ人格的な性質からも恐らくは()()

 祝という少女を間近で観察してきたアリスから見てもそう思わせるだけの巧妙さがこの策にはあった。

 

『どうです? ボクとしては結構いい線を行っていると思うんですが』

「……確かに、悪くない作戦だと思うわ」

 

 悪くないどころではない。詰めさえ誤らなければ完璧な作戦だ。

 事前に作戦が外部に露呈するなどのトラブルがない限り、この作戦ならば恐らく破軍の代表を祝ごと封殺することができるだろう。

 思わずアリスが息を呑んでしまうほど、この作戦は的確に《既危感》の欠点を突いている。

 

「……わかったわ、あたしはその作戦を前提に《前夜祭》では動けばいいのね? 彼女さえ攻略できればこちらの成功は約束されたも同然よ。既に代表生徒たちの大半とは友好な関係を構築できているわ」

『流石は《黒の凶手》です。それでは《前夜祭》でお会いしましょう。ああ、もちろん何かトラブルが起きた時は早急にご連絡を。二十四時間いつでも対応致しますので』

 

 「くれぐれも気取られないように」という言葉を残し、平賀は電話を切った。アリスは懐に生徒手帳を仕舞いながら先程平賀が立案した作戦を頭の中で反芻する。

 それを基に作戦の進行を再びシミュレートしてみるが、アリスの頭脳と経験はやはりこの作戦の成功率が限りなく高いという計算を導き出した。

 これはアリスの立場から考えれば非常に喜ばしいことだ。いや、縦しんば喜びの感情が浮かばなかったにしても懸念材料の一つが減ったことに安堵すべきことだろう。

 だというのにその表情は計画の成功率の高さに対して――どこか“憂い”を帯びているかのようだった。

 

「あたしは、こんな大人にだけはなりたくなかったはずなのにね……」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 七月。

 それは学生ならば胸を躍らせる月だ。

 夏の蒸し暑さが本格的に顔を覗かせ始め、それによって地球が日本人という人種を淘汰しようと奮起し始めたとしか思えないこの時期。しかし社会人にとっては忌々しさしか感じさせないこの天候も、学生たちにとっては“夏休み”というビッグイベントを前にした可愛らしい試練にしかならない。

 しかし七星剣武祭の代表となった学生騎士にとって、七月とは特別な意味を持っている。

 

 それは即ち、大会直前における最後の調整期間だ。

 

 七星剣武祭が行われるのは八月。

 学生たちにとって夏休みに当たる時期に行われるこの大会の参加者にとって、七月という月は自身のコンディションを整える最後の時間なのだ。

 医療技術が発展している現代において故障を引き摺る可能性は低い。しかし逆説的に言うと、強い選手が事前に脱落する可能性もまた低いということに他ならない。

 虎視眈々と天を仰ぐ選手にとって、この時期にどれだけ実力を伸ばせるかが鍵となっているのである。

 

「というわけで、今月下旬に毎年恒例の直前合宿を行います」

 

 教壇に立つ刀華が、高らかに一同へと宣言した。

 彼女を見つめるのは、破軍学園の代表生徒である計六名だ。刀華の呼び出しによって空き教室に集められた彼らは、刀華から配布されたプリントへ各々目を通していく。

 

「本来ならば奥多摩で行われるこの合宿ですが、今年は例の『巨人事件』があったので使用を控えます。そこで巨門学園に連絡したところ、山形県にあるあちらの合宿場を使用させてくださるとのことなので合同合宿を行うことが決定しました」

 

 「ここまでで質問は?」と問いを投げた刀華に代表選手の一人である葉暮姉妹の片割れ、葉暮桔梗が挙手する。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、合宿って具体的な訓練メニューとかってあんのか? オレらはこの合宿に参加するのは初めてだから、もっと細かい内容が知りたいんだけど」

「わかりました。では説明しますと――」

 

 刀華が合宿の訓練メニューを説明し始める。

 熱心にその説明を聞く彼ら代表選手だったが、その中に一名だけ聞き手として集中できていない者がいた。

 

「はぁ……」

 

 祝は小さく溜息をつきながら、配布されたプリントを流し読む。

 内容はほぼ見覚えがあるものであるため、恐らくは祝が去年参加した合宿と大きな違いはないだろう。しかし祝の視界の中央を占めているのは、プリントの頭の方に記されている合宿の日程の部分だ。

 

(そういえば合宿の最終日って暁学園が《前夜祭》するんだっけ)

 

 平賀やアリス、延いては『暁学園』に関わる人間が全力で外部に秘匿する極秘計画《前夜祭》。

 それを前世というこの世の外側から齎された知識により、祝はその全容をほぼ知り尽くしているのだった。

 概要から参加メンバー、さらには背後で糸を引く人間の頭まで承知しているという、計画の関係者からすれば怒り狂っても仕方がないほどの反則である。

 彼らにとっては最早神を恨む以外にないというほどの理不尽だろう。

 そのような恐るべき知識を持つ祝だったが、しかし彼女自身はその使い処を非常に難儀しているのが現実だった。

 

(……どうしようかなぁ、これ)

 

 祝は内心で頭を抱えていた。

 『暁学園』――それは連盟によって日本国内に設立された七つの騎士学校を()()()()()()に設立された“国立”の騎士学校である。

 

 第二次世界大戦に敗戦した後、日本は連盟によって国内の伐刀者を一括して管理される立場に追いやられた。

 いや、正確に表現するのならば、日本は《サムライ・リョーマ》を筆頭とした伐刀者たちによって戦勝国に迎えられているために“敗戦国”ではない。しかし厭戦ムードによってなあなあの状態で終戦を迎え、その後に時の首相が強行に協調路線を取ったことによって国の軍事力と言える伐刀者の管理を連盟に明け渡すこととなったことを考えれば、戦後の政争によって日本は敗戦国に落ちぶれたと後世の人々が判断したと考えても不思議はないだろう。

 

 当然ながら戦前より国内の伐刀者を統括していた『侍局』はこれに猛反発し、さらに国家の重要な戦力である伐刀者(サムライ)を他国の人間に支配される立場には多くの国民や政治家が反対した。

 しかし時の政権は諸外国との関係悪化を恐れてこれを強行。日本は連盟傘下の国となり、侍たちはその立場を騎士へと変えた。

 

 この問題は戦後から半世紀以上が経過した現代でも根深い。

 現与党が出来上がった根幹にはこの問題を解消し、伐刀者たちを名実ともに自国の戦力として取り戻すという理念があるとされている。そして国民の間にもこの意見を支持する者は多く、将来的に何かしらの問題が起こることは連盟内部でも認識されていたことだった。

 

 そしてその問題の尖兵として名乗りをあげようとしているのが、件の『国立・暁学園』なのである。

 

 国立の名からもわかる通り、この学園は日本という国家が主体となって起ち上げた学園だ。

 未だ国家の最重要機密であるため世間には公表されていないが、次の七星剣武祭に参加することでその産声をあげることが予定されている。

 その際、暁の実力を示すことで連盟の学園の力が自分たちに劣ることを連盟自身に突き付けるためのデモンストレーション――通称《前夜祭》が行われる。それはつまるところ連盟の騎士学校一つを暁の生徒だけで撃滅する電撃作戦に他ならない。

 もちろんこれは連盟に力を示すことを主な目的としているため、大切な国民である学園の生徒や教師を殺すことはしない。しかし伐刀者には《幻想形態》という便利な代物がある。これを用い、学園内で抵抗の意志を示すものは纏めて片付けることが決定されていた。

 

(その標的になったのが破軍(ウチ)なんだよなぁ。せめて別の学校なら色々と考えずに済んだのに)

 

 祝が原作のまま破軍が標的にされていると確信しているのは、偏に《黒の凶手(アリス)》の存在があるためだった。

 アリスは《前夜祭》の工作員として破軍学園に入学した暁学園のスパイなのだ。同時に伏兵としての役割を持ち、《前夜祭》の際には破軍の主力たちを背後から仕留める任務も与えられている。

 

 つまり潜入先=襲撃先という式が確立される。

 

 よって破軍学園が原作の通りに《前夜祭》の舞台となるのは間違いない。

 そしてその《前夜祭》が決行されるのがこのプリントに記された期間の最終日――合宿から代表の生徒たちが学園に戻ってきたタイミングなのである。

 

(そこで暁の生徒たちが破軍学園を襲撃し、代表ごと学園の戦力を纏めて叩き潰す)

 

 これによって暁学園の戦力を連盟に示すことで「我らこそが真の騎士学校なり」と名乗りを上げる。

 そうすれば連盟は高い確率で暁学園を無視できなくなり、七星剣武祭で雌雄を決するという展開になるのが日本の目論見だ。

 

(連盟が『舐めんな』ってキレたりすればお終いの気もするけど)

 

 恐らくは連盟内部にも日本は手を回しているのだろう。

 その後は七星剣武祭を舞台に連盟と日本が“決闘”し、暁の誰かが七星剣王になってしまえば日本の勝利。暁学園は名実ともに日本を代表する最強の騎士学校となる。少なくとも日本という国家はそういう扱いをするようになる。

 

 これを基端とし、やがて連盟の傘下にあることに反対する風潮を国内に作り出すのが暁学園の目的だ。

 

 この作戦は政府が力を入れているというだけではなく、日本が連盟傘下であることに反対する元侍局――現代では名を変えその一部となった騎士連盟日本支部も支援している。よってその規模は決して生半可なものではなく、まさに日本による連盟への反発が表立った一大プロジェクトだ。

 当然ながら失敗は許されず、日本は成功のためならば連盟が敵視する伐刀者集団《解放軍》すらも雇い入れる所存だった。アリスもその一員であり、《解放軍》から暁に派遣された伐刀者なのである。

 

「……どうしよう」

 

 消え入るような声で祝は呟いた。

 刀華の丁寧な説明を余所に祝は思考を巡らせ続ける。今まで先延ばしにしていた問題だが、最早それも限界と言えるところまで来ているのだ。

 どうすれば全てが上手く行くのか、それを真剣に考えなければならない時が遂に来てしまっている。

 模索すべきは破軍を暁から守り抜く最善の方法――ではない。

 

 

 

 

(どうやったら《前夜祭》で大鎌が大活躍できるんだろう)

 

 

 

 

 祝が考えるのはそのことだけだった。

 破軍学園の級友たちを守ることでも、愛する母校の破壊を食い止めるでもなく、ただ只管にそれを考え続けていたのだ。

 いや、むしろそれ以外の発想など最初からなかったというべきだろう。彼女の中ではそれらのことなど、それこそ大鎌の活躍と比較すれば些末なものでしかないのだから。

 

(もしも襲撃してきた暁学園の生徒を私が片っ端から返り討ちにできたら、きっと大鎌の知名度アップになるはずッ!)

 

 相手は日本が《解放軍》という違法組織に頭を下げてまで用意してきた最高レベルの学生騎士たち。

 破軍学園が原作において彼らに成す術もなく敗北したことからも、その実力の高さは疑うべくもない。ではそれほどの戦力を自分が撃退できたとしたら、七星剣武祭を前にして大鎌の活躍を世に知らしめることができるのではないだろうか。

 

(《解放軍》にも日本政府にも、さらには連盟にまで大鎌の強さを示すことができる画期的なこの機会! 絶対に逃すわけには行かない!)

 

 ギャラリーが少ないことだけが残念だが、その分試合の時のような“魅せ技”を重視することなく確実に鏖殺できるというもの。《前夜祭》で重視すべきは『大鎌使いが活躍した』という結果だけだ。

 それに加え、祝は大鎌を有名にできて嬉しい、連盟は《解放軍》の若い兵を始末できて嬉しい、世間も犯罪者が減って嬉しい――つまり皆が幸せになる素晴らしい対応策でもある。日本政府は将来的に困るかもしれないが、敵の事情など祝の知ったことではなかった。

 しかしここでたった一つだけ問題が浮上する。

 

(各個撃破ならそんなに難しくはないと思うけど、集団が相手だとちょっとなぁ)

 

 要は戦力差が大きいという非常に根本的な問題だった。

 相手は腐っても精鋭部隊。原作知識を持つ祝は暁学園の生徒たちの強さを誰よりもわかっている。故に純粋な白兵戦ならばともかく、能力込みで袋叩きにされてしまえば流石に()()()()()()だろう。

 

 ――そう、祝の頭には最初から暁学園に敗れるという発想は微塵もなかった。

 

 精々が逃げに徹されてしまえば一人か二人程度ならば仕損じてもおかしくはない、といった程度。

 最早傲岸不遜を超えて自信過剰とも取れる彼女のその考えは、しかし祝にとっては決して実現不可能な未来予想ではなかった。

 事実、その程度の危機ならばこれまでも腐るほど経験してきている。実力者たちに包囲されることなど、祝が修行に赴く際は至って当たり前の状況なのだから。むしろ原作知識によって敵の詳細が判明している今回は比較的易しい難問と言えるだろう。

 

(これは仕留めやすそうな人からさっさと始末していくしかないかな。そうなると狙い目は……)

「――そこっ、疼木さん! 去年の合宿で内容を知っているにしても、今年の貴女は選手団の団長なんです! もっと真面目に聞きなさい!」

 

 祝が思考を余所に飛ばしていることを刀華は目敏く見つけ出す。

 《雷切》の名に恥じぬ眼力で睨みつけられた祝は「はぁい」という気の抜けた返事をする。

 しかしその後も刀華の話を聞いているのは表面上だけで、頭の中では当然のように対暁学園の作戦を練り続けていた。

 常識的に考えれば、強敵の襲撃を受ける立場の者は戦々恐々としながら未来を警戒することとなるのだろう。

 しかし《前夜祭》をシミュレートし続ける祝は、鼻歌でも歌いそうなほどに楽し気な表情を浮かべているのだった。

 

 


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