落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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誤字報告などは毎度のように戴けてとても感謝しております。


デュエッ!!

 国際魔導騎士連盟の日本支部。既に時間は深夜とも言える時間に突入しようとしているが、その地下深くでは査問会という名の魔女裁判が続行されていた。

 容疑者が罪を認めるまで終わることのない問答。日が差し込むことはなく、時計すらもないためまるで機能しない時間感覚。体力の限界すらも無視され、尋問は定刻までほぼ休憩もなく続けられる。周囲の人間は全て敵。食事すらも満足に与えられない。

 そんな状況に二週間も晒されれば、いくら頑強な肉体と精神を持つ一輝であろうとも極限状態に追い込まれるのは必然であった。

 

「は、ぁ……っ」

 

 息が痛い。息を吸うほど気道が激痛を発し、呼吸の度に掠れるような音が喉から漏れる。咳をすればその激痛は最高潮に達し、肺を吐き出したく感じるほどの熱と刺激が一輝を苛んでいた。

 視界は霞み、平衡感覚も危うい。

 熱があるため、ここ数日は頭もまともに回らなくなっている。

 

(苦しい……)

 

 頭を占めるのはそればかりだ。

 倫理委員会のメンバーが何事かを一輝に問いかけてくるが、もはや一輝には何を言っているのか理解することも難しかった。まるで自分が水底にいるかのように声の内容が聞き取れない。

 何を言っているのか、それを懸命に聞き取ろうと声に集中する。しかしそれほどの力すらも一輝には残されておらず、逆に手足から力が抜け、気が付けば一輝はその場に崩れ落ちていた。

 

「何を寝ている貴様はァッ!」

 

 次の瞬間、一輝は頭を勢いよく踏みつけられたことで意識が覚醒する。地面に押し付けられた額と踏まれた頭に痛みが走り、一輝は堪らず悲鳴をあげた。

 しかし踏みつけた倫理委員会の者は「最近のガキは根性が足らん!」と憤ってみせるばかりで、自身の行為は当然のことだと言わんばかりだ。もちろん一輝にこうした暴力を振るうことなど、どう考えても許されることではない。しかし他の倫理委員会の者たちも一輝に呆れの溜息をつくばかりで、同情や憐みを見せる者は一人もいなかった。

 

「全く、答えにくいと思ったら仮病かね? 君の行為はこちらの心象を悪くするばかりだぞ?」

「私が若い頃はもう少し体力があった気がするがなぁ。最近の若者はゲームばかりやって体力が落ちているという話は本当のようですね」

「真面目にやりたまえよ。こちらだっていつまでも君に付き合っていられるほど暇ではないんだ」

 

 嘲笑と侮蔑と敵意。それがここにある全てだった。

 一輝がいくら真面目に答えようともまともに取り合わず、それどころか態度が悪い、真面目にやれと繰り返すばかりで会話が成立しない。

 それに少しでも反発してみせようものなら、口答えするなと怒鳴り散らされ、あるいはそんなことは聞いていないと吐き捨てられる。

 そして確認と称して何度も繰り返される同じ問答。

 熱によって思考能力を奪われ、体力までも削られている一輝にこの尋問は地獄の苦痛を齎す。心身ともに一輝は疲弊しきり、こうして意識が途切れることも徐々に珍しくない光景となり始めていた。

 

(この体調不良は絶対におかしい。きっと支給された食料の中に一服盛られている)

 

 僅かに残された一輝の理性が冷静にそれを判断するが、しかしその推測は現状を打破するための何の役にも立たない。食事をしなければ体力がもたないのだから、結局のところ一輝は毒入りの食事をするしかないのだ。

 むしろここまで徹底的にFランクの自分を潰しにくる父に乾いた笑いすら出てくる。

 あの自分を騎士として無価値としか考えていなかった父親は、その息子のたった一つの願いすらもここまで本気で潰しにきているのだ。その事実が、厳の言葉が方便ではなく本心からのものだということを克明に一輝に感じさせていた。

 

(父さん……)

 

 思い返すだけで一輝の胸に痛みが走る。

 一輝は意識することはなくとも、父との絆を信じ続けていた。自分が不出来な息子ではないと証明してみせれば、いつか父も自分を笑顔で迎え入れてくれるものだと心の底では願い続けていた。

 だが現実はこれだ。

 厳は一輝の存在に最初から期待や希望など抱いておらず、今や己が守る秩序の邪魔にしかならないと排除しにきている。

 押し隠したい身内の恥ではない。ただ自分の目指すものの障害としてしか息子を見ていない。

 そんな男との間にあると信じていた絆など幻想でしかなかった。過去の自分の滑稽さと空回りし続ける努力は、思い出すだけで涙が浮かぶほどだった。

 

「し……失礼、しました……」

 

 掠れた声で謝罪しながら、一輝は滝のような汗を流し立ち上がる。

 精神的な主柱が折れた一輝に、病は容赦なく牙を剥いた。休息も許されない一輝の体調は悪くなる一方で、体力が尽きて意識が戻らなくなるのももはや時間の問題だということは誰の目にも明らかなほどだ。

 ――そしてそれこそが倫理委員会の、延いては赤座の狙いだったのだと一輝は思い知らされることとなる。

 

「んっふっふ。お辛そうですねぇ、一輝クン。しかしわかって戴きたい。私たちは君の無罪を証明するためにこうして集っているわけであって、決して君を貶めたいとか罪をでっちあげたいだとかぁ、そういう意図は一切ないのですよぉ?」

 

 白々しい赤座の言葉だが、もはや一輝には怒りを抱く気力すらない。

 ただただこれからも続くであろう徒労に精神を擦り減らすばかりだった。

 しかしここで一輝の思惑は覆されることとなった。それも最悪に近い方向に。

 

「しかしですねぇ。こうして二週間の査問をしたことで、我々にも一つの結論が飛び交うようになり始めましてぇ」

「けつ……ろん……?」

「えぇ、えぇ。その結論はですねぇ、こうして査問会を続けていても真実は一向にわからないままだろうという残念なものでした」

 

 当然のことだった。

 一輝の行いは何ら非難されることではない。ステラとの交際も、既に騎士として成人男性と見做される一輝に許されている権利だ。不純異性交遊などと世間は非難するが、大人として法的に認められる二人がそのようなことを非難される謂れなどないのである。

 さらに言うのなら、査問の中では一輝の『七星剣武祭に優勝すれば学園の卒業資格を与える』という新宮寺との契約についても取り上げられていた。これを前理事長の正式決定を蔑ろにする不当な契約だと査問会では叫ばれたが、それも前理事長の背後に日本支部がいたことを踏まえればあちらにとっての疑問など皆無に等しいはず。

 もはや何もかもが出鱈目だ。

 

「ところで一輝クンは、この査問会がそもそもどういう意図で招集されているかちゃんと覚えていますかぁ?」

「……それは、ボクとステラの交際を……」

「はぁい、そうです。君とステラ殿下の不純異性交遊を見かねた世間が抱いた、君が騎士としての資格を持つに足る適格な人間であるのか、という疑問を確認するためですねぇ」

 

 つまり、と赤座は笑みを深くする。

 その表情に一輝は何か途轍もない寒気を感じた。

 

「君が立派な騎士であるということを証明できればこの問題は解決なんです。しかし立派な騎士の基準が何なのかは人によって考えが違うのは当たり前ですよねぇ? しかし騎士には古くからある不文律の風習があります。今回はそれに則ることで、貴方の騎士としての適性を見極めようという結論になりましたぁ」

「風習……ですか……?」

 

 何だ。この男は何を企んでいる。

 熱に浮かされた一輝の脳が必死に回転する。しかし結論が出ないまま、赤座は厭らしく口を開いた。

 

「騎士とは、古来より己の剣でその運命を切り開くものとされています。ならば剣でこの問題に決着をつけるのはどうか、と言えば賢い一輝クンならば理解できますよねぇ?」

「……“決闘”、ですか」

 

 あまりに古臭いその風習に一輝は眩暈がした。しかしその確実性と厭らしさにはもはや絶句するしかない。

 つまり赤座はその古い風習に従い、決闘の勝利によって一輝の騎士としての資格を見せてみろというのだ。もちろんこの狸親父が一輝の体調が回復するまで時間を空けるとは思えない。この満身創痍の状態で一輝に闘えと言っているのである。

 どう考えても公平ではない。日本支部の悪意がこれでもかと詰め込まれたこの決闘。しかし一輝には受けないという選択肢は残されていなかった。これを断るということは、赤座の言う騎士としての資格が自分にはないと宣言したも同然になってしまうのだから。

 

「丁度良いことに、一輝クンは明日が選抜戦の最終戦です。よって一輝クンの対戦相手を我々の代理と見做し、この決闘を執り行いましょうかぁ」

 

 決闘の風習は騎士同士が交わす非常に強制力の強い契約で、お互いがそれに納得して一度契約してしまえばそれは絶対遵守として扱われる。その中で代理人を立てることは、過去の例からも少なくはあったが確かに存在していたと聞く。

 赤座の策略は理解した。しかし一輝には疑問が残る。これまでも日本支部の建物で細々と選抜戦は続けられており、当然ながら一輝はそれらを全て制してきた。よって当然ながら一輝にも明日の対戦相手の名前が通知されている。

 明日の対戦相手は無名のEランク騎士だったはず。相手に失礼なことは承知しているが、自分にその程度の相手を嗾けたところで意味があるとは一輝には思えなかった。

 そしてそのようなことは赤座も承知している。

 

「しかしですねぇ、一輝クンの明日の対戦相手は正直なところ君の力の証明にはなりませんねぇ。EランクととFランクの試合など所詮はドングリの背比べ。そんな低レベルの闘いを征したところでねぇ、それで世間が納得するかと言われてもそうは行かないのが現実です。なので君の対戦相手は我々が指名しましょうかぁ」

「げほッ、……誰なんですか、その相手は」

 

 聞きたくなどない。しかし聞かざるを得ない。

 激しい頭痛を起こしながらも一輝の頭に最悪の候補が浮かぶ。

 体調不良によって青褪めていた一輝の顔が、その予想によって土気色に変化した。そしてその一輝の表情を楽しむかのように、赤座の笑みがより一層深まる。

 

「我々が指名する学生騎士、それはぁ――」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 黒鉄がビール腹なオジサンに連れ去られてそろそろ二週間が経つ。原作主人公そっちのけで学園の選抜戦は進行していき、既に試合は第二十試合の辺りまで行われていた。

 もうここまでくると選抜戦の終わりも目の前で、七星剣武祭に進むと思われる顔ぶれもだいぶわかってきている。加々美さんに聞いた話では、生徒の間では誰が生き残るのかの賭け事までされているらしい。

 その中で最有力候補とされているのが、当然ながら大鎌使いとして武威を誇るこの私だ。次に去年の大会で準決勝まで進んだ東堂さん。そして学園唯一のAランクであるステラさん。そして私たちに一歩譲って黒鉄。

 この四人はクジ運が良ければほぼ確実に勝ち進むとされている。

 残った人たちはどっこいどっこいというところだろう。

 

 まぁ、ここまで来たら後は野となれ山となれ。

 原作の通りに選手が残ろうと残るまいと私がやることは変わらない。精一杯カッコいい大鎌の姿を世間に見せつけるだけだ。

 例え原作崩壊しようとも構うものか。そもそも私が優勝してしまう時点で崩壊してしまうのは確定しているのだから、今更こんなことを気にはしない。卒業の条件に優勝を指定されている黒鉄には気の毒だと思わなくもないが、大鎌の前では剣士の人生など所詮些事。剣士など一人挫折しようと一兆人挫折しようと知ったことか。

 どうしても優勝したいのなら、私が卒業するまで待ち続けるといいよ? すまんね黒鉄、この《七星剣王》の称号は一人用なんだ。

 

 そんな今日この頃なのだが……

 何をしたわけでもないというのに、私が理事長室に呼び出されているのはなぜだろう。

 

 相変わらずヤニ臭い理事長室だった。机には煙草の吸殻が山盛りになった灰皿が鎮座しており、その量が物語るように新宮寺先生には疲労の色が浮かんでいる。恐らくはマスコミへの対応、それと黒鉄について色々と手を打っているのだろう。本当にお疲れ様である。

 

「……さて、よく来た。早速本題に入るが、今日お前たち(・・)を呼び出したのは速やかに話しておかなければならないことができたためだ」

 

 先生の言葉からもわかるように、今日呼び出されたのは私一人ではない。隣を向けば意外や意外、なんと東堂さんも私と一緒に理事長室に呼び出されている。生徒手帳に呼び出しのメールが来たときは「何かやらかしたっけ?」と首を傾げたものだが、理事長室で東堂さんと合流したことでますますわけがわからなくなった。

 

 ……もしかして私が思い当たらないだけで本当に何かした?

 でも最近は勝手に海外にも行っていないし、学園の設備も壊していない。もちろん誰かと喧嘩した覚えもないし、他校の生徒を再起不能にまで追い込んだりもしていない。

 本当に何の用なのだろうか。

 そんな私の内心を察したのか、新宮寺先生は「今回はお前のことではない」と呆れたように溜息をついた。何だ、ビックリした。

 

「先生、それならばなぜ私たちは呼ばれたのですか? 私はまた疼木さんが何かを仕出かしたのだと思って臨戦態勢で参ったのですが」

「それは違うぞ東堂。だから殺気を収めて眼鏡をかけろ。さっきからお前がいつ疼木を斬るか気になって話が進まん」

「失礼しました」

 

 さっきから東堂さんが私に叩き付けていた殺気が鎮まる。

 ああ、だからさっきから荒ぶっていたのねこの人。入室するなり裸眼で「殺すぞワレェ!」って感じの視線を向けてきたから何事かと思っていたけど。

 

「本題に入るぞ。突然だが、明日に控えた選抜戦の最終戦……お前たちのどちらかに対戦相手を変更してほしい」

「……変更、ですか?」

「それはまたどうして?」

 

 いきなり妙な話をし始めたぞ。

 対戦相手を変更するくらい私は構わないのだが、それを東堂さんと私のどちらかと言う意味がわからない。

 

「…………先程、騎士連盟日本支部の倫理委員会から通達があった」

「倫理委員会ということは黒鉄くん絡みの件ですか?」

 

 ……んん?

 倫理委員会と東堂さん、そして選抜戦最終戦。何だか記憶の琴線に引っかかるワードが出てきたぞ? 何だっけ?

 確か原作の最終戦は東堂さんと黒鉄が闘って黒鉄が勝ったんだよな、《一刀羅刹》とかいうヤバい伐刀絶技を使って。

 しかしそこで倫理委員会が関わってくる理由が思い出せない。あの人たちがこの試合を仕組んだんだっけ? でも試合の形式はランダムでしょ? 倫理委員会が介入するにしても、なんで東堂さんを指名したんだ?

 

「……倫理委員会はこのまま査問を続けても埒が明かないということを理由に、“決闘”を用いてことの白黒を決める腹積もりらしい」

「け、決闘ッ!? どういうことですか!」

「今回の騒動は黒鉄に騎士としての資格があるかどうか、という問題が根本にある。よって黒鉄が騎士として力を示すことができれば倫理委員会はこの件から手を引こうと言ってきたんだ。その方法として連中が提示してきたのが決闘――即ち、騎士において絶対と言える習わしだ」

「そんな、理不尽すぎます!」

 

 東堂さんが怒りで眦を吊り上げる。

 しかもこの決闘に際し、倫理委員会は黒鉄の体力を徹底的に奪うために様々な工作を仕掛けているのだとか。先生は日本支部の知り合いを経由して情報を得ているらしいが、その情報提供者が知り得ない悪辣な手段も取っているだろうと先生は考えているらしい。

 

 前世の記憶がある私には前時代的を通り越して原始的過ぎて理解できない風習なのだが、この世界では未だに決闘の風習が大きな意味を持っている。

 立会人を用意し、騎士の名の下に行われる正当な決闘。その勝敗によって誓う契約は騎士の間では絶対とされており、例えば裁判などでも証拠として扱われるほど重要なものとなる。

 これは騎士としては常識で、私も幼い頃から聞かされてきた。

 正直、騎士を国家資格としてしか見做していない私からすれば理解できないこの風習。しかし倫理委員会はこれを利用した。

 即ち決闘の勝敗によって黒鉄の有罪無罪を決めてしまおうというのである。このままダラダラと査問会を続けていればヴァーミリオン国王の電撃訪日で黒鉄が無罪放免になる可能性があるが、彼らが決闘で勝利してしまえば一発で黒鉄を有罪に追い込める。

 本当、こういうところばっかり古いんだよねぇこの世界。

 

 しかし……ははぁ、読めてきたぞ。というか記憶が蘇り始めたぞ。

 確か倫理委員会は黒鉄との決闘に際し、選抜戦最終戦でぶつかる学生騎士を自分たちの代理人として扱っていたんだった。それで原作ではその役目は学園最強の学生騎士である東堂さんが指名されたのだろう。

 しかしここで疑問が生じる。『どうして私たちが()()()呼び出されたのか』ということだ。

 東堂さんが一人で呼び出されたのならば、原作と同じ流れで彼女が代理人に選ばれたからだとわかる。あるいは私一人が呼び出されたのならば、破軍学園が保有する七星剣王を代理人に指名したのだと考えることもできた。

 だけど二人ってどういうことよ? 

 

「あの、確認しますけど。つまり先生が私たちを呼び出したのは、私か東堂さんに倫理委員会の代理人として黒鉄と決闘しろと言うためですよね? 流れ的に」

「……ああ、その通りだ」

「なッ!?」

 

 苦虫を噛み潰したかのような表情で先生が首肯し、その事実に思い至った東堂さんが絶句する。

 まぁ、東堂さんが驚くのも無理はない。要は先生は、私か東堂さんのどちらかに倫理委員会が黒鉄をハメるための刺客になれと言っているも同然なのだから。

 

「その辺はわかりますけど、どうして私()()が呼び出されたのですか? 向こうは黒鉄を潰すための学生騎士を指名してきたのですよね?」

「そうだ。しかし指名してきたのは一人ではない。《七星剣王》疼木祝か《雷切》東堂刀華のどちらかを選出しろと言ってきたのだ」

 

 はぁ? どちらか?

 それは何とも曖昧なことを言ってきたものだ。

 ここで向こうが破軍学園に選択肢を与える意味がわからない。何を考えているんだ?

 

「それは私も気になって問い合わせたが、連中ははぐらかすばかりで要領を得ない。そこで知り合いに内情を探ってもらった結果、どうも疼木を指名するか東堂を指名するかで倫理委員会の中で意見が割れたらしくてな」

「それでこちらに任せてしまおうと?」

 

 新宮寺先生によれば、喪黒福造似の委員長は私を指名したがっていたらしい。騎士連盟の中では色々と悪名高いらしい私だが、現段階で学生騎士最強の称号を持つ七星剣王であることには間違いない。ならばその駒を用い、黒鉄を徹底的に潰したいというのが委員長の考えだ。

 

 それとこれは噂だが、どうやらこの一件には彼の昇進もかかっているらしく、それ故に本気で仕事に臨んでいるという側面もあるという。

 

 しかし倫理委員会の約半数はそれに反対した。どうも彼らの背後には黒鉄長官の関係者の影がチラついているらしく、私にこういう重要なことを任せると何をやらかすかわからないから東堂さんに任せるべきだと主張しているらしい。どうせ満身創痍でまともな試合にならない以上、余計なことをする恐れのない東堂さんの方が組織としては安全牌だと考えているためだ。

 流石の委員長も黒鉄長官の無言の圧力には表立って反対を唱えられず、かといって七星剣王を使わないのも勿体ないと考えた。しかし結果的にはどちらを選んでも問題ないため、却ってどちらを選ぶべきかが倫理委員会の中で纏まらない。

 

「《七星剣王》と《雷切》を揃えてどちらでもいいとは、贅沢な悩みだな」

 

 先生は皮肉満載で吐き捨てた。

 説明している内に苛々してきたのか、煙草を取り出して一服を始めてしまう。

 私はどちらかというと嫌煙派なので目の前で吸ってほしくはないんですけどね。

 

「それで、なぜ倫理委員会はどちらでも(・・・・・)などという優柔不断な結論を?」

「最終的に決定打となったのは私への嫌がらせだな。今回の一件で私は連中が黒鉄に対して行おうとしてきた計画をいくらか阻止してきた。それによって水面下では敵対関係にあったのだが、最終的に私に黒鉄の引導を渡させる役目を押し付けようというのだろう。

 …………全く。ここまで不快な思いをしたのは本当に久方ぶりだ」

 

 椅子に座る先生から抑えきれない殺気が漏れる。

 薄く笑みを浮かべてすらいる彼女は、間違いなく倫理委員会に対して怒り狂っているのだろう。いや、もう怒りを通り越している感じだ。だってこの人、ロアナプラの二丁拳銃(トゥーハンド)みたいな目をしているもの。目からハイライトが消えているもの。

 しかし私たちの前だからなのか、彼女は溜息一つで殺気を消し去った。そして煙草を深く吸い込むと、特大の煙を吐いて話を仕切り直す。

 

「お前たちを呼んだのは、私が独断で黒鉄の対戦相手を決めるのを躊躇ったためだ。対戦相手の突然の変更、ましてや相手が渦中の黒鉄となればそこにお前たちは作為を感じるだろう。それを黙して語らないのは簡単だが、それは私の主義から最も遠い行いだ。だからお前たちには全ての事情を話した」

 

 え、えぇ……。

 そんなことを仰られましても……。

 失礼を承知で言わせてもらうのならば、ハッキリ言ってその主義って私たちには何も関係ないのですが。むしろ事前にそんな話をして東堂さんが試合に邪念を持ち込んでしまうことを考えなかったのだろうか。エゴだよそれは。

 あっ、私は全然気にしないので大丈夫です。きっと一時間後には記憶の片隅に追いやっていると思うから。

 

「もちろんこれは極めて自分本位な行為だと自覚している。お前たちは知らなくてもいい事実を聞かされ、この指名を受けるにしろ断るにしろ後味の悪いものを残すことになるだろう。そのことは私も本当に申し訳なく思っている。すまない」

 

 椅子から立ち上がると、先生は私たちに深々と頭を下げた。

 まぁ、あれだね。

 何も知らない方が幸せと言うけど、というやつか。確かに東堂さんは「私は満足し足りねぇ!」と荒ぶりそうだし。

 

 それに先生も散々悩んだ末にこうして私たちを呼び出したのだろう。この人は真面目だからねぇ。私だったら適当にコイントス辺りで勝手に決めてしまうところを、こうしてわざわざ馬鹿正直に真実を語ってしまうのだから。

 

「…………それで、だ。お前たちはこの試合を……その、どうする?」

 

 非常に言いにくそうに先生は切り出した。

 まぁ、そうだよねぇ。先生からすれば憎き倫理委員会に従って生徒同士を闘い合わせないといけないわけだからね。しかも自分が言い出した選抜戦方式を悪用されて。もう腸が煮えくり返っているのだろう。

 

 しかしどうしたものか。

 別に私は受けても構わない。黒鉄とは知り合いだが、相手にどのような事情があろうと私には関係ない。立ち塞がるのならば排除する、それだけだ。それで相手が破滅しようとも私は笑って「大鎌のために破滅してください」と言い放つことができる。それで恨まれるのは迷惑だが。

 

 ……うん、良し。面倒だしさっさと受けてしまおう。大鎌を散々馬鹿にしてくれた日本支部の助けになってしまうのは非常に気に入らないが、原作を知る私が原作主人公を終わらせてしまうのも何かの運命だ。きっとSSの神様か何かが大鎌にもっと輝けと囁いているに違いない。

 だったら決まりだ。

 

「先生、私が――」

「私が試合を受けます、先生」

 

 しかし私の言葉を遮り、東堂さんが前に進み出た。

 意外過ぎて思わず呆気に取られる。私以外の生徒には基本的に優しい東堂さんが、こうして他人の名誉を貶めるようなことに進んで買って出ることが少々信じられなかった。

 原作と違って半強制というわけでもないのに、一体どうしちゃったの?

 

「東堂さん、もしかして私に気を遣っているんですか?」

「そんなわけないでしょう。貴女に遣うなんて気が勿体なさすぎます」

 

 なぜか蔑むような目で言われたんだけど。

 ここってそういう場面じゃなくね? シリアスな場面じゃね?

 

「ただ、私が黒鉄くんの剣を背負いたいと……そう思っただけです。少し交流しただけの関係ですが、きっと彼は満身創痍の身体を引き摺ってでも試合に出てくるでしょう。彼はそういう騎士です。その誇り高い騎士の思いを背負い、私は七星剣武祭に臨みたい」

「だから私に潰されるくらいならば貴女が引導を渡そうと? これは本心から聞く純粋な疑問なんですけど、貴女の言う誇りとやらは彼に恨まれてまで背負いたいものなんですか?」

「……覚悟の上です。私は私の騎士道を貫くため、私の目指す生き様から逸れないために剣を取っています。それによって彼から恨まれることになろうと、彼が満身創痍であろうと、全力で私と闘ってくれる黒鉄一輝という誇り高い騎士を真っ向から打ち破って私は前に進みたい――それが私の騎士道です。騎士として生きるための私の道です。だから疼木さん、彼との試合を私に譲ってください」

「……はぁ、そんなもんですか」

 

 本当にこういう時、騎士という人種はよくわからないことを言う。

 私からすれば東堂さんの理論はヤンデレが「好きすぎて貴方の肉を食べたい」と言うのと何ら変わりない。結局自分のために他人の道を踏み躙っているだけなのに、出てくるのは誇りがどうだとか。

 学生騎士のくせに騎士道をイマイチ理解できない私が悪いということはわかっているのだが、それでもわからないものは仕方ないだろう。あれだよ、上条さん風に言うのなら私は力があるから仕方なく他人を守っている人種だからかもね。

 

 しかし覇気に溢れ、そしてどこまでも真摯な瞳、しかも先輩という立場の人にそこまで頭を下げられたら流石に断れない。

 まぁ、ぶっちゃけ別に私としては黒鉄との試合などどうでもいいことだ。そうまでして東堂さんが黒鉄と闘いたいというのなら譲るのに否はない。お好きにどうぞ。

 

「わかりました。黒鉄のことは東堂さんにお任せします。先生もそれで宜しいですか?」

「……わかった。倫理委員会には東堂を対戦相手として通知しておく」

 

 そういうわけで、選抜戦最終戦で黒鉄の相手をするのは東堂さんに決まった。何やかんやで原作通りに進むものなんだねぇ。ちょっぴり感心してしまう。これが歴史の修正力と呼ばれる代物なのだろうか。

 それにしても東堂さんも学生ながら肝が据わっているというか何というか。自分から黒鉄に引導を渡す役目を引き受けるとは思わなかった。話を聞いた時は絶対に私がやることになると思っていたし。

 だが……

 

「恨まれることになろうと、ねぇ……」

 

 理事長室から自室に戻る道すがら、差し込む西日に目を細めながら私は先程の東堂さんの騎士道とやらをぼんやりと考えていた。

 彼女が語った騎士道――それが東堂さんの生き様というものなのかもしれないが、だとするのなら余計なものを背負っているなぁ、とは思う。

 敗者からの恨みすら背負って勝ち続けるなど、煩わしいとは思わないのだろうか。

 

 これは今まで他人に話しても殆ど共感を得られなかったため、最近は誰にも言っていない個人的な意見なのだが――私は闘いによって敗者から向けられる恨みは迷惑千万でしかないと心から思っている。

 

 敗北とはどのような背景や事情があろうと自分が悪いのだから、勝者にそのような感情を向けるのは完全に筋違いだ。むしろ恨み、怒り、憎むべきは敗北した己自身であるはず。それを他人に向けるなど逆恨みでしかない。

 少なくとも私はそうだった。今以上に未熟で弱々しかった頃、闘いで誰かに敗れる度に自分の不甲斐なさに泣いた。大鎌への謝罪の気持ちに泣いた。そして大鎌の力を引き出せなかった自分への恨みで夜も眠れなくなり、怒りで自分を殺したくなり、憎しみで声も出なくなったものだ。

 勝者への激励や尊敬などをする暇すらなく、私は自分の愚かさと弱さを憎み続けた。いや、むしろ他人への称賛を自分が敗北した言い訳と考えてすらいた。敗けたのは相手が凄かったからだ、と認めることが他人を持ち上げて自分の敗北を正当化しているとしか思えなかったためだ。

 

 いや、機会が減ったというだけでそれは今も変わらない。闘いの中に自分の落ち度を見つけてしまえば自分に底なしの殺意を抱き、敗北すれば自分の弱さを噛み締めて泣く。その感情を押し殺し、勝者に対してズボンで汗拭き握手するなど死んでもご免だ。それは自分の弱さから目を逸らす行為でしかない。

 そしてその殺意――それとついでに大鎌を蔑む馬鹿どもへの憎しみ――は日々の修行に臨むための糧となり、今日(こんにち)の私を強くしているのである。

 

 そんな風に考える私にとって、東堂さんの『他人に恨まれてでも』という理念は本気でよくわからない。

 勝って恨まれる筋合いなんてないでしょ? 敗ける奴が悪いんだから。

 むしろ勝者を恨むような奴だからそいつは敗けるんだよ。敗け続けるんだよ。一生敗者として勝負の底辺を這い回り続けることになるんだよ。

 そういう人種は本当に……何だろうね。「なんで生きているの?」とすら思う。そんなどうしようもない連中のことまで気にかけて闘い続けるとか、私には鬱陶しいとしか思えない。

 

「大変ですねぇ、東堂さんの騎士道とやらは」

 

 いやぁ、私は今の生き方で良かったよ。

 そんな些末なことで大鎌を極める道を邪魔されては敵わない。魚の気持ちになっては刺身が食べられないのと同じように、蹴散らした敵がこちらに恨み辛みを持つかもしれないと考えるなど面倒なだけだ。しかも考えるだけでも徒労なのに背負うとは。

 その余計なことを考えるエネルギーすらも私は大鎌に使いたいよ。夢ってそうやって叶えるものでしょ?

 

 まぁ、何にせよだ。

 黒鉄の問題はこれで解決。私は完全に無関係になったわけだから、これで安心して訓練に戻れるな。今日みたいな呼び出しの時間だけでどれほどの時間を有効活用できたのかと考えると、時間が勿体なさすぎて仕方ない。

 ああ、早く修行したい。訓練したい。稽古したい。

 時間を無駄にしていることが大鎌に申し訳ない。早く修行に戻り少しでも技術を向上させなければ。

 

 黒鉄のことなんかで時間を無駄に浪費してごめんなさいッ!

 すぐに大鎌ライフに戻りますよ~!

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

「……新宮寺理事長は《雷切》を選びましたか」

 

 自分の執務室で赤座は溜息をついた。

 先程、決闘となった選抜戦最終戦の対戦相手である刀華を一輝に対して通知した。そしてそれを以って査問会は終了。全ては明日の決闘の勝敗に委ねられることとなる。

 赤座の理想としては、ここで《七星剣王》を投入して確実に一輝の息の根を止めたかった。だがあの臆病者のご当主様は祝の存在を恐れ、不用意に利用するなと遠回しに指示してきたのである。

 

「全く。ただ闘わせるだけだというのに、それすらも渋るとは。黒鉄の本家は揃いも揃って無能ばかりですねぇ」

 

 確かに祝は組織として脅威的な存在だ。

 昨年は問題行動ばかり起こし、七星剣王となった際にはそれを揉み消すために日本支部はマスコミに手を回すハメになった。倫理委員会の長であった赤座もその件であちこちへと駆け回らされ、マスコミ各社と秘密裏に交渉させられたのは記憶に新しい。

 挙句の果てに、日本の学生騎士がクーデターに参加していたと日本支部の上層部に伝わった際にも支部内は大騒ぎとなった。最終的に例の新政権は連盟に参加することを表明したため事態は収まったものの、もしも《大国同盟》の一員にでもなってしまえば本部から大目玉を食らっていただろう。

 

 だが、どれだけ強力な伐刀者であろうと所詮は戦術級――戦闘一つを征するレベルの戦力でしかない。

 

 これが《夜叉姫》のように戦争一つを左右する戦略級の伐刀者ならば話は別だが、祝程度の伐刀者ならばそこまで恐れる必要があると赤座には思えないのだ。

 確かに面と向かって出会ったのならば恐ろしい。しかし陰謀に巻き込み利用する立場であるのならば恐れるに足らない。それが赤座が祝に対して抱いている印象だった。

 

「まぁ、いいでしょう。どの道一輝クンの体調は最悪。あのコンディションで《雷切》を打倒できるとは思えません。結果的にこちらが勝てばいいのですからねぇ」

 

 この一件が上手く片付けば、赤座は倫理委員長から広報部長へと異動することが厳から確約されている。

 倫理委員会など、所詮は今回のような後ろ暗い仕事ばかりの地下で蠢く秘密警察のような役職だ。そのような場所でゴキブリのように這い回るよりも、誰だって広報部のような表立って活躍できる部署で働きたいと思うだろう。

 赤座は自分の華々しい未来のために、一輝を徹底的に潰す必要があった。一分の隙もなく、完璧に、圧倒的に仕事を完遂させようという意思に満ちていた。

 そのための最後の一手が祝の投入だったのだが、決まってしまったものは仕方ない。

 

「んっふっふ。明日が楽しみですよぉ、一輝クン」

 

 自分のために、精々派手に散ってくれ。

 それで命を落とすことになろうと赤座には知ったことではない。それで一人の少年の命と将来が潰えることになろうと、自分の華々しい未来に比べれば安いものだ。

 満面の笑みを浮かべながら、赤座は帰宅するために執務室を立ち去った。

 しかし翌日、彼は思い知ることとなる。

 

 

 

 ――この小さな隙が、赤座にとって人生最大にして最後の失敗の始まりになるということを。

 

 

 




そろそろ三巻を終わらせたいところですね。
そしてARC-Vの話を知り合いとしていて聞いたのですが、最近の遊戯王は先行のドローがなくなったという事実に驚愕です。

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