東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜 作:焼き鯖
小屋を出ると、既に半分位の太陽が西の空に隠れ始めていた。この時間だと、霧斗はもう家に帰っているかもしれない……というか、絶対帰ってる。電話しても、多分「二人きりで一緒に帰ったらいーじゃねーか! 末長く爆発しろ!」と、無駄にイラつく笑顔を浮かべながらガチャ切りだろう。出来るわけねーだろ。臆病者の俺に。
「はぁ……今日は一人で帰るとするか……」
溜息を吐きながらぽつりとそう呟いた時、彼女が遠慮がちにこう尋ねた。
「ねぇ……翔一君」
「ん? どしたの?」
「その……翔一君って雨風町に住んでるよね?」
「え……っと……うん。雨風町に住んでるよ。霧斗ん家とは隣同士なんだ。でも……どうしてそんな事を?」
「やっぱり! 実は私も雨風町に住んでるんだよ!」
「え!? 嘘ぉ!?」
意外な事実だった。まさか同じ町内に住んでたとは知りもしなかった。
「偶に二人で帰る所、見る事があるからそれでご近所さんなのかなーって」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う彼女は鼻血ものの可愛さだった。
「でね……もし良かったら……一緒に帰って欲しいな〜って。ほら、夜道は危険だし……さ」
これを断る奴がいるとは思えない。いるとしたら相当の女嫌いか、絶食系男子だろう。そう思う位、この時の彼女の表情と仕草は可愛かった。しかし、顔に出してはいけない。出したらこの子がどう思うか分からないからだ。
「いや……別にいいけどさ、逆にいいの? 俺で」
敢えて冷静に聞き返すと、彼女は強く頷いてこれまた意外な事を口にした。
「当たり前だよ! 寧ろ私は翔一君と一緒に帰りた……あ」
そう口に出したら瞬間、彼女の顔はボンッという軽い爆発音が聞こえそうな位に顔が真っ赤になって俯いた。彼女の頭から湯気が出てる気がしないでもない。余りに予想外の一言に、俺も同じように顔を赤らめて俯いた。
やがて、顔を見られないように俯いていた彼女は、恥ずかしさで赤く潤んだ目で覗き込むように俺を見つめながら言った。
「ダメ……かな?」
「い、いや! 構わないよ! 俺も一人だとつまらないしさ! 逆に大歓迎だよ! うん!」
慌てて取り繕うと、彼女の顔には電灯が灯ったような笑顔が再び現れた。
「本当に!? 良かった〜。嫌なのかなって少し不安になっちゃったよ〜」
こんな可愛い子から一緒に帰ろうなんて誘われたら、誰であっても嫌な気分はしない筈だ。
「ありがとね! 翔一君!」
この時の彼女は、何処か別の次元から来た天使みたいに極上の笑顔を俺に見せた。
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「へぇー。巫女さんやってたのか。意外だな〜」
「うん。先祖代々続く由緒ある巫女さんなの。私も毎日修行してるんだ〜」
嬉しそうに彼女は語った。現在、俺たちは並んでお喋りしながら帰り道を歩いている。ちらっと顔を見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。その様子を見て、俺はホッとした。
考えてみたら今、俺は『奇跡』を体験している。だって、今まで夢に描いていて、それが実現すればいいと思っていて、でも、それは絶対に叶わないと諦めていた物だからだ。
手を伸ばしたら、壊れてしまう。ずっとそう思ってた。そうなるのが嫌だった。だからその願いが叶う事を諦めた。それ程俺は臆病な奴なのだ。
だから、これは『奇跡』だ。俺はそう考える事にした。言い換えるなら、夢のような一時だ。
「大変じゃない? 修行とか。それに、さっきの委員会と言い、好きな事あんまり出来てないんじゃないの?」
「うーん……確かに好きな事は出来てないし修行も厳しいけど、それ以上に私は巫女さんの仕事が好きだからこれ位は何ともないよ」
色々話を聞いてみて分かったが、彼女の家は代々この近所にある神社の巫女さんをしているそうだ。彼女も今、巫女さんになるために修行をしているらしい。そのためあまり友達とは遊べず、部活や委員会にも所属していないとか。
「凄いな……俺だったら親に反抗して別の道に行っちゃうなぁ……」
「でも、翔一君だったら何だかんだ巫女の仕事に行きそうな気がするな〜私は」
「またまた〜。俺には其処までの根性はないよ〜」
「ううん。私はそう思う。だって、翔一君は頑張り屋だもん。それに優しいじゃん」
「そんな事は……」
「あるよ。絶対にある。私が言うんだもん。間違いないよ」
そこまで称賛される程、俺は優しくはないし頑張り屋でもない。どちらかというと怠惰で、他人に悪口も言う方だ。それに……俺は傲慢な男だ。
昔からそれで損をしてきた。たかが一回の学年テストでいい点数取ったら『俺って頭いいんだぜ!』とか、平気で言ってしまう奴だ。謙虚さの欠片もない。
そう言おうとした時、不意に彼女がこんな事を聞いてきた。
「ねぇ翔一君、前にさ、鈴木先生が『ファフロツキーズ』の話してくれたじゃん。覚えてる?」
はて……そんなこと言ってたっけ? ……あ、思い出した。確かに話してくれた気がする。
「それ聞いて思ったんだけど……翔一君って『奇跡』を信じる?」
ん? いきなりどうしたと言うのだろう?
「うーん……信じるっちゃ信じるな。現に、今こうして一緒に帰ってるっていう『奇跡』が起こってるわけだし」
「あはは。そんな事言われると照れちゃうな〜」
「いや〜結構本気でそう思ってるよ。でも、それがどうしたの?」
「あ、うん。えっとね、それじゃあもしそれが普通に起こせるっていう言われたら、信じる?」
「はぁ? 普通に?」
普通に奇跡を起こせたらそれはそれで凄い気がするが……そんな事は普通ありえない。でも……そうだ。確か鈴鳴り爺はこんな事も言ってたっけ。
「
この答えが意外だと思ったのか、彼女は驚いた顔をして俺の方を向いた。
「どうして?」
「だって、もしかすると、本当に普通に奇跡を起こせる人がいるかもしれないじゃん? 世界は広いから、外に出て色んなものを見なさいって鈴木先生も言ってたし。今は信じられないかもしれないけど、いつかは信じる事が出来るかもしれない。っていうのが俺の考えなんだけど……」
どうかな? 同意を求めるように彼女の顔を見ると、彼女の目からは涙が滝のように溢れていた。
「ちょっ!? なんで?! 一体どうしたの?!」
「あれ……あれ? 何で私……泣いて……あれ?」
次の瞬間、彼女は大きな泣き声を上げて俺の胸に飛び込んできた。びっくりして後ろによろけそうになったが、何とか受け止めて彼女を見る。しゃくりあげるように泣いている彼女に、俺はどう声をかけたらいいか分からなかった。
「えっと……」
「ごめん……ごめんね、翔一君……いきなりこんな事しちゃって……でも……今は……今だけは……このままで……いさせて……お願い……」
そんな事を、しかも泣きながら言われたら、断るなんて……出来ないじゃないか。
肩を震わせて泣く彼女を、俺はあやすようにして肩を叩きながら落ち着かせた。
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「……あ、着いた。ここが私の家だよ」
落ち着いた彼女と再び歩き始めて数分、ようやく俺は彼女の家に着いたらしい。
本当に巫女さんの家らしい。しかも相当由緒ある家柄のようだ。立派な境内に大きな注連縄。ひっそりと置かれてはいるが、存在感は失われていない御柱。どこを取ってもそこら辺の神社とは比べ物にならない程の神々しさが感じられた。
「おぉー、でっけー神社だなー」
階段を登った先の境内をみて俺は感嘆の声を漏らした。
「でしょー? でもね、最近は参拝客も減っちゃって誰も来ない事が多くなったの」
悲しそうに彼女は言った。これは聞かないでおいた方が良さそうだ。何か深い事情があるかもしれない。
「そうなのか……大変だな」
「ううん! 気にしないでね! ……それより、今日は色々ありがとね。楽しかった」
「いやいや、こちらこそ楽しかったよ。ありがとう」
もうすぐで『奇跡』が終わる。俺は今日という日を絶対に忘れないだろう。彼女の笑顔も、泣き顔も、全て。それを胸にまた明日も頑張ろう。
「あの……翔一君」
「ん? どしたの?」
声をかけた彼女は、少し迷っているような素振りを見せた。が、やがて意を決したようにこう言った。
「もし良かったら……翔一君が迷惑じゃなかったら、今日みたいにまた一緒に帰ってくれませんか?!」
耳を疑った。神様は、まだ俺に『奇跡』を見せてくれるのだろうか? こんな俺に、もう一度『奇跡』を体験させてくれると言うのだろうか?
まるでシンデレラみたいな話だ。いや、少し違うかもしれない。
シンデレラは、継母や娘の意地悪に耐えた末に魔法使いによって『奇跡』を体験出来た。対して俺はどうだ? この状況を手に入れるために何かに耐え忍ぶような事は何もしていない、降って湧いたような都合の良い『奇跡』。それを再び叶えてくれると言うのか? それこそ傲慢な事ではないのだろうか?
しかし、その考えとは裏腹に口が先に動いていた。
「勿論だよ! 霧斗とも一緒に帰ってくれるならもっと良いよ! いや、こっちからお願いしたい。俺と、いや、俺達と一緒に帰ってくれませんか?!」
全力で頭を下げて彼女にお願いした。探るように目線を上げると、彼女はこれ以上ないってくらい嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「ありがとう! とっても嬉しい! じゃあ明日も一緒に帰ろう!」
「ほ、本当に良いのか?」
「当たり前だよ! 勿論、霧斗君も誘ってね! じゃあ、また明日!」
そう言って彼女は境内に向かって走り去って行った。その場に一人残された俺は先程の余韻に浸っていたが、やがて正気を取り戻し、スキップするような足取りで家へと帰った。そしてこの事を電話で霧斗に伝えると、彼はまるで自分の事のように喜んでくれた。やっぱり、こいつはなんだかんだ良い奴だと思う。
「でも、俺も一緒にって言う所がまだまだチキンだなぁ〜翔も」
とか言う余計な一言もほざいたが、まぁそれは事実なので俺は何も言わなかった。
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……なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで、僕を選んでくれなかったの? なんであんな奴を選んだの? ……許せない、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない……僕の事が好きじゃない。そんな君はもう嫌いだ。だから……死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。
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「よーっす翔! 帰ろうぜ〜! ……ってあれ? あの子は?」
「なんか、今日は家の用事があるからって先に帰ったよ」
「そっか。まぁ丁度良かった。久しぶりに二人で帰ろうぜ。話したい事もあるし」
霧斗と二人きりで帰るのは本当に久しぶりだ。あの申し出をして受け入れて以来、俺たち3人で帰ることが多くなった。思ったよりも霧斗が先の一件のことを気にしておらず、面白いジョークでよく俺らを笑わせてくれたし、偶に霧斗がいない時はあの子と帰る事もあった。本当に楽しい時間が続いた。
「で、話したい事ってなんだ?」
学校を出て少し経った所で俺は霧斗に聞いた。
「実はな、少し前に俺のファンクラブから一人、脱退者が出たんだ」
「脱退者?」
「あぁ。そいつはクラブ内にいる時は大人しかったんだが、脱退してから少しやばい噂が多く聞こえたんで少し気になって調べてみたら、これがまたとんでもないクズ野郎だったんだよ」
「どういう事だ?」
「そいつはな、何でも自分の思い通りにならないと、癇癪を起こすクレイジー野郎だ。尾行してみたらあいつ、あの子の盗撮写真を撮りまくったり、私物を少しずつ盗み帰ったりしてた。おそらく、彼女が俺達と帰っているのが気に食わなかったんだろうなと俺は考えている」
そういえば、いつの間にか彼女の消しゴムや鉛筆が数本なくなっていたと言うのを昼休みに聞いた気がする。
「俺の直感だと、こういう奴は何をしでかすか分かったもんじゃない。下手すると、お前か彼女のどちらかが殺されるかもしれない。だから提案だ。俺達は、ほとぼりが冷めるまで、あの子とは一緒に帰らないようにしないか?」
「……はぁ? 何言ってんだお前。そんなキモオタの一人や二人、俺達で何とか」
「何とか出来ないから言ってんだよ。そいつ、武道の経験者で幾つか段を取ってるらしいんだ。それに、聞いた話じゃナイフを隠し持ってるって噂だ。だから」
「なんだそれ、じゃあお前は自分の命欲しさにスタコラ逃げてあの子を見殺しにするってのか?!」
こういう時、霧斗のアドバイスや直感はよく当たる。素直に従って助かった例も幾つかあった。でも、このアドバイスだけは、どうしても聞く事が出来なかった。
「それは違う! 俺が言いたいのは暫くは一緒に帰るのをやめるって事だ。あの子にも事情を話して、そいつをちゃんと説得すればなんとか」
「じゃあ逆に、そのクレイジー野郎とか言う奴が逆上してあの子を襲ったら? その時に俺達がその場にいなかったら? 最悪死ぬ事が予想出来てんなら尚の事そばにいてあの子を守らなきゃならないだろうが!」
口ではそう言っていたが、本心は違った。あの子と帰るのをやめて、『奇跡』が終わってしまうのが怖かった。だから、心にもない事を口にしてしまった。
「それに、有段者っつったってどうせ大した奴じゃない。俺だって男だ。いざとなったら誰か一人守れるくらいの力はある。霧斗、いい加減俺を舐めるのも大概にしろよ!」
そう言って俺は足音荒く歩き出した。
「じゃあな霧斗! 用事を思い出したから帰る!」
「……そうか。気をつけて行けよ」
少し悲しそうな声が背後から聞こえたが、聞こえないふりをしてそのまま帰宅した。
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「どうしたの翔一君。最近元気がないみたいだけど」
それから何週間か後の帰り道、俺はあの子と一緒に通学路を歩いていた。勿論、霧斗はいない。どうも蓑田の動向を追っているのと、ケンカしたのが効いたのかもしれない。
「別に〜? なんにもないよ〜?」
何もないように平静を装ったつもりだったが、彼女の目を誤魔化すことは出来なかった。
「嘘。その目、絶対なんかあったでしょ? いいから、私もチカラになれそうだったら協力してしたいの」
「……些細な事で霧斗とケンカした。俺が一方的に怒っちゃってどう謝ったらいいか分からないんだ」
彼女の真っ直ぐな目に見つめられたら、隠す事なんか出来なかった。だけど、クレイジー野郎の事については口には出さなかった。彼女を不安にさせたくなかったからだ。
「そっか〜……やっぱり親友でもケンカはするんだね」
「うん……」
「そういう時はさ、素直に謝った方が私はいいと思うなぁ〜」
何気なしに、しかし、優しく彼女にそう言われ、少しだけ俺の心は軽くなった。
「あはは。ありがとう。気が楽になったよ」
「どう致しまして。仲のいい二人を見てる方が私も良いからね」
お互いに顔を見合わせてクスクスと笑っていると、目の前に太った男がヌッと姿を現した。
そいつの第一印象は俺の中では最悪だった。魚みたいな目、それを隠すように牛乳瓶の底みたいに分厚い眼鏡をかけ、ビール樽のように太った体とそれに不釣り合いな程に細く、小さい下半身。デブ特有のくっさいにおいに荒い息。アイドルのイベントなんかで最前列に陣取ってオタ芸を踊ってそうな、典型的なキモオタのそれだった。
一目見て分かった。こいつは危ない奴だと。事実、男の魚みたいな目にハイライトはなく、焦点がはっきりと定まっていない。
「あれ? 蓑田君じゃない。どうしたの?」
そんな事に少しも気付いていない彼女は、明るい声で蓑田とかいう目の前の男に話しかけた。
「……んでなんだよ」
「え?」
「なんで僕を選んでくれなかったんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
蓑田が突然、大きな雄叫びを上げた。それはさながらギリシャ神話のミノタウルスのように凶暴な叫び声だった。
「なんでだ! なんで! なんで君は僕じゃなくてそこにいる地味な男を選んだんだ! なんでこんな取り柄のない男と一緒に帰ってるんだ! 答えろ! えぇ?!」
興奮した蓑田は、荒い息をさらに荒くさせて彼女に近づいた。興奮のあまり、口からよだれがぽたぽたと滴り落ちている。
「ど、どうしたの蓑田君!? いきなりそんな事聞いて! と、取り敢えず落ち付こ? ね?」
「いいや落ち着けないね! なんで僕みたいに武道の資格を持ってていざとなったら君を守れるくらいの力がある俺じゃなくて、こんなちっぽけな飼育委員の奴と一緒に歩いているんだ! 答えろ! 早く!」
蓑田は魚みたいな目でぎょろりと彼女を睨みつける。彼女はその目に多少の恐怖心を覚えていたらしかった。まずい、早くここから立ち去らなきゃ。そう思ったその時、
「なんで翔一君と一緒に歩いてるのかって? ……それは……私が、私が翔一君の事が好きだからに決まってるじゃない!」
面と向かって彼女はそう言い切った。その言葉を聞いた瞬間、俺の耳には何故か知らないがパッヘルベルのカノンみたいな神聖そうな音楽が聞こえた。
「初めて見た時から、ずっと気になってた。話しかけたいと思ってたけど、きっかけがなくてどうしようと思ってた。そんな時、霧斗君から翔一君が飼育委員だって事を教えてくれて、チャンスだと思った。兎小屋で話した時は、緊張で人参をあげる手が少し震えてた。だけど、それ以上に楽しかったし、改めて思った。私は翔一君の事が好きなんだって」
尚も彼女は蓑田に顔を向けたまま、話し続ける。
「一緒に帰ろうなんて誘った時は、断られるんじゃないかって、ドキドキした。これからも一緒に帰りたいっていう言った時も、怖かった。でも、翔一君はオッケーしてくれた。その時は泣いちゃいそうな位嬉しかった。その気持ちは今も変わらない。だからこれからも、私は翔一君と過ごしたい」
そう言うと、彼女は蓑田から俺に顔を向けてこう言った。
「ねぇ、翔一君。もし嫌じゃなかったら……これからも、ずっと、私の隣にいてくれませんか?」
これも、神様からの『奇跡』なのだろうか? 俺は彼女を抱き締めてこう言った。
「……ずっと、ずっと俺もそう思ってた。そうなるように、ずっと願ってた。だから、俺は貴方にこう答える。『俺で良ければ、喜んで』と」
その言葉を聞いた彼女は、目に大粒の涙を浮かべた。それを見られまいとするように、彼女は俺の胸に顔を押し当てた。
「ありがとう……ありがとう……! すごく嬉しい……!」
涙が流れて少ししゃがれた彼女の声をかき消すように、俺は強く、その華奢な体を抱き締めた。
「………………ふざけるな。ふざけるな! ふざけるなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やべぇ、こいつの事すっかり忘れてた。
再び雄叫びを上げた蓑田は、突然、ピタリとその声を止め、ぐったりと力なく地面を向いた。
「……分かったよ。もう、僕の知ってるあの可愛い君じゃない。そんなの、絶対に許せないし、許さない」
だから、そう言って蓑田は大きなアーミーナイフを制服の内ポケットから取り出してこう言った。
「二人とも、このナイフで死ね」
今頃になって、霧斗の警告が走馬灯のように思い出された。
ごめんなさい焼き鯖です。今回はこれで終了です。
予想外に長すぎた!なんだよ8000文字って!多分レミリアの奴よりも多いぞこれ!
次回こそ最終回……になるかと思います。ですが、来週テストなので最終回はそれが終わった後になるかと……。
次の展開にワクワクさせつつお待ち頂けたら幸いです。