東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜   作:焼き鯖

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注意!以下の事が許せる方のみお読み下さい。

1:グダグダです!

2:救いは殆どありません!

3:胸糞描写あります!

4:超展開すぎてハテナのオンパレードになる可能性大!

それでもよろしければお楽しみ下さい。


消えぬ怨恨

 拝啓、私の敬愛する父上、そして母上。お元気でしょうか? 

 私がここを去ったのは、残暑の厳しい夏の終わりだったでしょうから、今はもう鈴虫が鳴き、段々と山が紅く色付く季節となっている事でしょう。静葉様や穣子様を奉る豊穣祭はもう終わりましたか? 見れなかった事がとても残念でなりません。

 さて、この手紙を見ているという事は、既にいなくなった私の部屋を片付け、自分の気持ちに整理がついたという事でしょう。何分突然の事でしたから、種々の面倒な処理に追われていたのだろうと思います。御迷惑をおかけしてしまい、誠に心苦しい限りです。

 私がこの手紙を書いた理由はただ一つ、何故私がここを去ったのか、それを貴方方二人に知って欲しかったからです。

 過去に私は、幾度となくそれを訴えて来ました。しかし、貴方方はそれを戯言だのなんだのと言い、聞く耳を持ってはくれませんでしたね。だから去ったのです。この地を、この家を。

 それではお話致しましょう。あれは三年前、春というにはまだ肌寒い季節のことでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その日は珍しく、午後にちろちろと小雪が降っておりました。

 私はその時、木々が青々と茂った妖怪の山の麓を歩いていました。

 普段滅多に外出しない私が、よりにもよって何故そんな危険な所へと問われれば、些かその答えは曖昧になってしまいます。強いて理由をあげるとするならば、「何か強いものに惹かれて来た」とでも言いましょうか。ともかく私はあてもなくふらふらと麓を歩いていたのです。

 どの位歩いていたでしょうか。気がつくと何処までも続くと思われていた森の木々が急に消え、目の前にぽっかりと口を開けた大きな穴が、私を待っていたかのように現れたのです。

 まるで何かに誘われるように、私はその穴の中を覗き込みました。

 穴の先は何処までも暗く深く、底が見えませんでした。一度足を踏み外してしまえば一生地に足をつく事は叶わないと錯覚させる程深かったのです。更に、その穴の底からはおぞましい雄叫びや断末魔の声、果ては何者かの下卑た笑い声が、私の耳を容赦なく蹂躙し続けました。

 これが世に言う地獄の入り口か。そう確信した時、全身に恐怖が走り抜け、続けて外気の寒さでは説明がつかない程の悪寒が遅れて駆け抜けて行きました。

 とにかく此処から離れなければ。その事だけが私の頭を支配しました。恐怖に体を震わせながら後ずさりを始めると、突然私の肩を誰かが叩き、後ろから声を掛けられました。

 可愛らしい少女の声でした。里にいるお団子屋さんの娘となんら変わらない、普通の声でした。しかし、この時の私は恐怖心に支配されていましたので、地獄の使者か死神が私の命を狩りに来たのかと勘違いしており、ろくに姿を確認せぬまま驚いて飛び上がり、情けない叫び声を上げながら逃げてしまいました。

 なんとか玄武の沢まで辿り着き、河童の方々に頼み込んで里まで送ってもらいましたが、そこで初めて私が愛読している本がない事に気付きました。

 恐らくあの時のゴタゴタで落としてしまったのでしょう。臆病な私は、どうせ既にあの声の主に持ち去られているだろう。何より雪に濡れて読めなくなっているかもしれないと考え、あっさりと取りに行く事を放棄してしまいました。しかし、本を失ったショックは大きく、その日の夕食は溜息ばかりつき、母上にいらぬ心配を掛けさせてしまいました。

 

 

 これが私と彼女の──さとりさんとの最初の出会いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 先に申し上げました通り、私はあまり外出する事を好みません。親しい友人はおりませんし、里の中にはこれといって興味を惹かれるものがないからです。ひとたび里の外に出ようにも、危険な下級妖怪が横行闊歩していますので、私のような箱入り息子として育てられた者は一瞬にして餌食となってしまいます。

 加えて愛読書をなくしてしまったという事がそれに拍車をかけ、私の引き篭もり癖は輪をかけて顕著になりました。

 そんなある晴れた日の昼下がりでございました。自室で外の世界の「SF」という類の本を読んでいましたところ、何者かが部屋の扉を叩く音が聞こえました。

 父上が仕事の手伝いを頼みに来たのかなと扉を開けると、烏の濡れ羽色をした髪と大きな翼を持った少女が、にこやかに手を振りながら私に挨拶をしました。

 反射的に私は彼女の手を引いて半ば強引に部屋に引き込みました。貴方達が、特に父上が酷い妖怪嫌いである為、見つかったら面倒な事になるのは確実だからです。尤も、当の彼女は満更でもなかったらしく、引き込まれた時には、

 

 

 

「おやぁ? いやに積極的ですねぇ。でも、嫌いじゃないですよ? そういう事」

 

 

 

 と、含みをもたせた笑顔で逆に誘われてしまいましたが。

 射命丸文と名乗ったその鴉天狗に改めて来訪の理由を尋ねたところ、私に何か届け物があるとの事でした。よく見ると、小脇に丁寧に包装された包みを持っていました。

 読書以外に趣味のない私に一体何を? そう思いながら小包を開けてみると、なんとそれは昨日落した私の愛読書ではありませんか。所々文字が滲んでいましたが、まだ読める位には綺麗な状態で大切に保管されていたのが分かりました。

 しかし、誰がどうして私の元に送り返して来たのでしょう? 私の愛読書は、この幻想郷内では珍しい部類に入り、滅多に入荷される事はありません。そのような貴重な代物でございますから、誰かに拾われたらまず真っ先に質屋か古本屋行きになっているだろうというのが私の見解でした。

 その疑問に答えるように、射命丸さんはにやにやと本の最後を指差しました。

 言われた通りに巻末を開いてみますと、丁寧に封をされた一枚の手紙がはらりと床に落ちました。

 拾い上げて封を切り、手紙を開くと、女性特有の丸みを帯びた字でこう書かれておりました。

 

 

 

『こんにちは。突然のお手紙で申し訳ございません。先日、旧地獄の入り口で貴方に声をかけた者です。あの時、貴方は酷く怯えていらっしゃいましたね。恐らく強すぎる妖怪の気にやられてしまったのでしょう。なんとかしたいと思い、いきなり手を肩に置いたのが間違いでした。もう少し間を置くか、声を掛けずにそっと物陰から見守るべきでした。変に貴方を怯えさせてしまい、申し訳ありません。

 話は変わりますが、貴方が落していったこの本、実は私も持っているんです。面白いですよね。風刺も効いてるし、何より文章の運び方が上手い。私自身も本を書くので、参考にしている部分も多いのです。私以外にこの本が好きな人がいるなんて思ってもみませんでしたから、仲間がいると感じてとても嬉しかったです。

 そして、貴方がとても本を大切にしているという事も、落していった本の状態からよく分かりました。シミやシワが殆どない。本当に本が大好きなのでしょうね。同じ本の虫としてとても尊敬します。

 大切な本を失くされて困っているのではないかと思い、射命丸さんに頼んでこうして送り届けて貰いました。これからも素敵な本との出会いをお祈りしています。

 古明地さとり』

 

 

 

 読み終えた瞬間、えもいわれぬ高揚感と幸福感が全身を強く包み込みました。やっと仲間が見つかったという嬉しさと、手紙の主の優しげな対応に強く心を打たれたのです。

 次に込み上げて来たのは、彼女に返事を書きたいという強い衝動でした。彼女に手紙を出したい。さとりさんがどんな本を読んでいるのか。手紙を通してそれを知りたいという思いがふつふつと湧き上がって来たのです。

 射命丸さんもそれを見抜いていたようで、一週間後にまた来るからそれまでに返事を書いて置いてくださいと言って、部屋から去って行きました。

 その後の事はぼんやりとしか覚えておりません。無我夢中で手紙を書き、射命丸さんが来るまでの一週間を恍惚とした状態で過ごしていたと思います。手紙の返事は本を送り届けてくれた感謝と、どんな本を読んでいるのかという質問と、また手紙を書いてくださいという、半ば期待が混じった結びの挨拶だった気がします。

 それからまた一週間後、再び射命丸さんがやって来ました。彼女が手紙を持っていた時の喜びと言ったら、言葉に出来ない位嬉しかったです。

 手紙の内容は私があてた手紙への感謝と、さとりさんの好きな本と、私でよければ喜んでお願いしますというごく簡潔なものでしたが、それだけでも十分に私の心を舞い上がらせました。こうして、射命丸さんのご協力のもと、私とさとりさんの文通が始まったのです。

 驚いたでしょう? 私は三年前から、妖怪嫌いのお二人の目を盗んで妖怪の方と文通をしていたのですから。今にして思えば、当時の私は貴方方に反抗したかったのかもしれません。里の大地主としてゆくゆくは我が家を継ぐように育て、好きな事は何一つできず、ただ勉強と習い事に明け暮れていただけのこの環境から。

 以降の私は人が変わったように見えたでしょうね。毎日毎日虚空をぼーっと見つめては気色の悪い笑顔を浮かべたり、用もないのに出掛けることが増えたり、妙にお金を無心したりと、自分でも分かる程奇異な行動が目立っていましたから。

 ところで、私が子供の頃、何処かで父上と母上の馴れ初めを聞かされた事があります。恋愛結婚だったそうですね。一目惚れで、地主の父上としがない三文文士の母上との身分違いの大恋愛の末、この人と結婚出来なければ家を継がないと言う父上の脅しで結婚したと母上から聞きました。とても嬉しそうに話していましたよ。

 何故今になってそんな事を? と考えているのかもしれません。ですが焦らないで下さい。これは後に語る事への前置きなのですから。

 少し話が逸れてしまいましたね。それでは改めてお話致しましょう。それは、あの日が起こるちょうど五ヶ月前の冬の日の事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 私がさとりさんから手紙を受け取った日からその日まで、一週間と欠かす事なくほぼ毎日手紙を送り続けていました。内容は殆どお互いが好きな本を紹介すると言う素っ気ないものでしたが、彼女が旧地獄に住んでいる為、地上の様子も事細かに伝えていました。夏も盛りになった時は、蝉が大合唱を始めたからうるさくて読書に集中出来ませんと書き、紅葉が舞い、辺りに銀杏の匂いが立ち込める季節になった時は、山の紅葉を楽しみながら読書に耽っておりますと書きました。それらの取り留めのない事にもとても楽しそうにしていた事が、彼女の手紙からも伝わりました。

 そうして手紙を重ねているうちに、ふと、私は彼女の姿を一目見たいという気持ちにかられている事に気が付きました。同時に、何故あの時振り返っていなかったのだろうかという、後悔にも似た疑問が浮かび上がって来ました。

 一度心に浮かび上がってしまっては、それが私の心を支配するのに時間はかかりませんでした。あの人に会いたい。あの人の声が聞きたい。好きなものをどのような表情(かお)をして食べるのだろう? 手紙からでは判別が出来ない様々な事が、私の心を掻き乱したのです。大恋愛をした貴方達になら分かるでしょう。私は彼女を──さとりさんの事を好きになっていたのです。

 それを自覚した時、私の生活は一変に変わりました。眠れない日が続き、散々読み倒してきた愛読書も、幾ら読んでも頭に入る事が殆どなくなってしまいました。彼女の事を思わなかった日は一日もないと言い切れる位、あの人に恋焦がれていたのです。

 とうとう我慢が出来なくなった私は、ある日思い切って一度さとりさんとお会いしたいと言う旨の手紙を書きました。本と季節以外に書く初めての話題に若干ながら緊張していました。書き終わって射命丸さんに手渡す時ですら、顔を真っ赤にして手が小刻みに震えてしまっていたので、その場ですぐ彼女にバレてしまい、去っていくまで散々にいじり倒されてしまいました。しかし、ニヤニヤとした表情で私をイジる彼女の顔に、何処かしら憂いの表情が見えていたのを私は見逃しませんでした。その理由がなんなのかは、その当時は分かりませんでした。

 手紙を送った後は、ひたすら彼女の姿を想像しました。射命丸さんから聞いた前情報では可愛らしい女の子と言う事らしいのですが、写真もない私は清楚な大人の雰囲気漂う気品に満ちた女性か、それとも笑顔の絶えないハキハキとした女の子かと言う、とんでもなく下らない二択で迷っていました。外の世界では、私のような人を「ロリコン」と言うそうですね。それを言ってしまえば、背丈が子供並みに小さい成人女性を好きになった人全般はみんなロリコンと揶揄されそうなのには些か疑問ですけど。

 そんなどうでもいい事を考えているうちに、もう三ヶ月も経っていました。そこではたと、私があの手紙を送ってから一通も彼女からの返事が来ていないことに気が付いたのです。いつもならこの日は必ず返信の手紙を書いている筈なのに、ここ最近は返信はおろかペンすら握っていなかったのです。

 風邪でも引いたのかと言う考えが浮かびましたが、すぐにそれを否定しました。竹林に腕のいいお医者様がいる事を知っていたからです。

 私は部屋中をぐるぐると歩きながら考え始めました。そして、もしかすると変な手紙を送った私に気分を害してしまったのかという最悪の考えが頭を掠めた時、自室の扉を忙しなく叩く音が聞こえました。

 すぐに扉を開けると、紅葉の柄がいくつも刺繍されたマフラーを巻いた射命丸さんがいきなり部屋に飛び込んで来ました。

 何事かと思えば、

 

 

 

「こんな寒い冬の日に手紙をよこすなんてさとりさんも意地悪ですよねぇ」

 

 

 

 とぼやき始めました。

 どうやら外の気温は予想以上に低いらしく、雪は降ってはいないもののその寒さは尋常じゃありませんでした。幸いにも部屋の火鉢は炭が赤々と燃えていましたが、これで室内の温度が外と同じであれば小一時間は彼女の文句に付き合わされていた事でしょう。

 身体の震えがやっと収まったところで、私は射命丸さんに手紙を催促しました。彼女は少し躊躇ったそぶりを見せながらも、私に手紙を差し出しました。久しぶりの手紙だったので、すぐに嬉しさがこみ上げて来ましたが、手渡された手紙が分厚いのに気づき、何やら只事ではなさそうだと感じました。

 すぐに封を切って中を見ると、十数枚に及ぶ便箋が中に入っていました。よく見ると便箋の絵柄が所々違っており、何度も悩みながら書き直し、その度に便箋を変えている事が伺えました。

 手紙の内容は……いや、貴方方はもう既に知っている事ですから詳しくは語りません。かいつまんでお話しすると、返信が遅れた事への謝罪から始まり、次に彼女の正体……彼女はさとり妖怪であり、地霊殿で鬼である星熊勇儀さんという鬼と共に旧地獄を支配しているという事、旧地獄に住む者は皆地上の者たちに嫌われている事、迫害にあい、実の妹さんのサードアイが閉ざされてしまった事、その他諸々を含めて私に会う事は出来ないという事、そのかわりに自身の写真を同封するという事が書かれており、手紙の最後には、胸元にコードで繋がれた大きな目を持つ可愛らしい少女の写真が入っておりました。

 読み終えた瞬間、私は自分自身の無知を知り、ショックで膝から崩れ落ちそうになりました。今までの手紙のやり取りでは、旧地獄というのは単なる幻想郷の区画の一つとしか考えていなかったのです。その先入観を持ったまま、ろくに調べもせずにこんな手紙を送りつけ、さとりさんを傷つけ苦しめてしまったのだと考えると、私がした事はなんと愚かな事だったのでしょう。今になって、あの時の射命丸さんのうかない顔の理由が分かりました。

 私の気を察したのでしょう。射命丸さんは申し訳なさそうに頭を下げて謝りました。手紙を受け取るたびに見せる楽しげな私を悲しませたくなかっのだそうです。普段の私なら、ここで彼女の心遣いに感謝の意を示しますが、当時の私にはそれが出来ず、ただ壁を見つめながら返事を受け取るのは少し先にして貰いたい。手紙が書け次第、こちらから連絡するという旨を淡々と呟くばかりでした。その時の射命丸さんがどんな顔をしていたかは分かりませんが、「……了解しました」という声が少し沈んでいたのと、いつものように音速の速さで出て行かず、重い足取りで部屋から去っていった事から、私と同じ位沈んだ面持ちをしていた事かと思います。

 扉が閉まる弱々しい音を聞き、私は腕を机に乗せて頭を抱えました。あんな手紙を出してしまった以上、お詫びの菓子折りも用意しなければいけませんし、下手な返信は事態に火に油を注ぐだけなので慎重に文も選ばないといけません。が、それ以上に私の気持ちをさとりさんに伝えるべきか否かという疑問が心の大半を占めていました。

 彼女の正体がさとり妖怪だと知った時、一瞬ながら嫌悪に似た感情が通り過ぎました。私が本当に彼女の事を好きならば、さとり妖怪という種族なぞ単なる違いに過ぎない筈なのです。そんな些細な事に嫌悪感を抱いた自分に、この気持ちを伝える資格は果たしてあるのでしょうか? もしかすると、僕の持っているそれは単なる好奇心ではないか? 

 その晩は自己嫌悪に悩まされ、眠る事が出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さとりさんからの手紙を受け取ってから、私は大いに悩みました。どのような菓子折りを送ればいいかだとか、どのような文面にすればいいのか、何度も受け取った手紙を出しては考え、消しては考えを繰り返していました。しかし、これといった物も文も思いつかず、悶々とした日々を過ごしていました。

 そんなある日の事でした。今日もいい品が見つからず、溜息をつきながら人里を歩いていると、ある雑貨屋が私の目にとまりました。

 興味本位で中を覗くと、あまり派手ではないものの洒落たデザインの首飾りや腕輪がとてもお手頃な価格で売っておりました。その中でも一際私の目を引いたのが、花柄の装飾が施された桃色の耳飾りでした。特に目立った所のない控えめなものでしたが、目立たないながらも放つその美しさが、写真で見たさとりさんの姿にぴったりとはまりました。

 一目見てこれだと思った私は、菓子折りの事などそっちのけでこれを購入し、ホクホク顔で家路へと急ぎました。

 後はどんな内容の手紙を書こうかと思案しながら歩いていると、大勢の武装した男達が屋敷の方面からぞろぞろと歩いてくるのを目撃しました。

 虫の知らせとでも言いましょうか、普段なら妖怪の討伐に向かうのだろうなとしか考えないのですが、その一団とすれ違った時、言いようのない嫌な予感がし、追い立てられるように早足で家へと急ぎました。

 その予感は的中しました。家に帰り自室に入ってみると、隠してあった筈のさとりさんからの手紙が忽然と消えていたのです。私は大いに驚きました。泥棒にでも入られたかと疑いましたが、そんなざるな警備をするのはあり得ないと気づき、今日は家にいる筈の父上の元へすぐに足を運びました。

 案の定、父上は母上と共に居間でお茶を飲んでおりました。いつもは見せない私の顔に若干驚きの表情をみせつつも、どうかしたのかと何食わぬ顔で問いかけましたね。

 私は荒い声でどうして自室があんな状態になっているのかと尋ねました。すると、母上が露骨に焦った顔をして父上の方を見つめ、それに押し切られたように父上が最近私の様子がおかしい事が気になり、私が留守のすきに部屋に入ってみたら、机の上に置いてあった手紙を見つけた事、その送り主がさとり妖怪である事に気づき、私の安全を確保する為に里中の腕っ節を雇っていた事、偽の手紙を書いてさとりさんを人里の門前までおびき寄せる事、手紙を保管していた箱は私がいない頃を見計らって全て燃やしてしまった事などを訥々と語りました。

 

 

 

「お前ももうすぐ大人なんだから、こんな妖怪という危険な種族と関わるより、少しは家を継ぐと言うことを自覚しなさい」

 

 

 

 最後に父上は不機嫌そうに締めましたね。その時の私の心情なぞ、貴方達は考えてもいなかったでしょう。あの時の私は怒りと焦りがぐちゃぐちゃに入り混じり、半ばパニックに近い状態でした。

 私は震える声でいつ手紙を送ったかと聞きました。今度は母上が、手紙を受け取って数週間後に書いて、嫌々ながら射命丸さんに渡したと答えました。私は更にその作戦の決行はいつだと尋ねると、再度母上が今日だと言いました。その答えを聞いた瞬間、電気が走ったように私は部屋から出て行きました。父上が何か怒鳴っていましたが、そんな事はどうでもいい。その時はただたださとりさんの安否を祈るばかりでした。

 脇目も振らず、一心不乱に走り続け、やっと里の門でたどり着きました。門前では、先程すれ違った男達が数人で誰かを囲んで殴る蹴る等の暴行を加えており、残りの数人が邪魔されないように見張っておりました。

 私の姿に気づいた男の一人が、抜かれないように私を地面に取り押さえました。なんとか逃れようと必死に抵抗する視線の先に、綺麗な桃色の髪がちらと映り、思わず私は彼女の名前を叫びました。男達の動きが一瞬だけ止ったのを見て、彼女に逃げるよう指示しようと口を開こうとしましたが、取り押さえていた男に手拭いを被せられ、それを合図に男達は再度彼女を袋叩きにし始めました。

 もう一度抜け出そうと身をくねらせた時、男が安心してくださいと私に耳打ちしました。私がさとりさんに唆されていると父上から話を聞き、二度と私に近づかないよう警告するためにこうしているのだ。私は何も手を出す事はない。後は我らにお任せくださいと。嘘ですよね。貴方達は自分の商売道具が使い物にならないのを恐れ、高い金で荒くれ者を雇い、何をしてもいいからさとりさんを遠ざけて欲しいとお願いしたのでしょう? 事実、その時の彼女に抵抗の意志がないはずなのに、男達は自分の中にある荒れた欲望を満たすがままに暴力をふるっていましたから。

 やがて男達の動きが落ち着き、これが私達の働きぶりですよと言わんばかりに動かない彼女から離れました。

 初めて見るさとりさんの姿は酷いものでした。着ている服は土に汚れ、わずかに見せる手や足には打撲痕や切り傷がこれでもかと言う位につけられていました。特に酷かったのが顔で、写真で見た可愛らしい顔は血で赤く腫れ、瞼には大きな青痣が出来ていました。この怪我では早く治るとしても数ヶ月はかかるでしょう。

 男達の下卑た笑い声が聞こえます。「害悪め!」「気味が悪いんだよ!」等の罵声が響きます。私は悔しさのあまり泣き出しました。そして、あの時に感じた感情はやはり恋なのだという事を自覚しました。もし私がさとりさんの事を嫌悪しているのであれば、貴方達が雇った男達と同じように嗤い、彼女に罵声を浴びせていたでしょうから。

 一通り彼らが笑い転げた後、私を抑えていた男が引き上げの指示を出し、男達は皆満足気な表情で里の中へと入って行きました。後に残されたのは、私と動かなくなったさとりさんのみでした。

 私はすぐに彼女のそばに駆け寄り、頭を地面に擦り付けて謝りました。ごめんなさい。ごめんなさい。今回の事は全て私が悪いんです。貴女に会いたいと私が手紙で書いてしまったばっかりに貴女に嫌な思いをさせ、更にこのような仕打ちを受けさせてしまった。全て私の責任です。どうか私を殺して下さい。貴女のその憎悪のまま私を殺して下さい。それが私の出来る唯一の贖罪です……

 不意に、何かを拾う音がしました。頭を上げると、傷だらけのさとりさんの手に、いつ落としたのか先程私が買った耳飾りが入った袋がありました。

 さとりさんは何も言いません。ただ、全てを見透かすような三つの目で私を見るばかりでした。そして、貴方は何も悪くないとでも言いたげな優しい笑顔を私に見せると、ふらふらな足取りでその場を去ろうとしました。声を掛けようとしましたが、彼女は振り向き、もう十分ですよと言う風に身振りで私を制止させ、そのまま歩いて行きました。

 この日以降、彼女から再び手紙が来る事はありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 さて、長々と語りましたこの手紙ももうすぐで最後です。二人共、ここまでお疲れ様でした。

 意気消沈の私を最初に待っていたのは、父上の硬い鉄拳と雷でしたね。お前はこの家を継ぐ者としての自覚はあるのかとか、これに懲りたらもう少し勉強を積み、里のいい家の人と籍を持ちなさいとか、毎日聞かされる話ばかりでした。いつもなら私を庇う母上も、父上と一緒になって怒りましたね。お二人には本当に迷惑をかけてしまったと、大いに反省しております。

 それからの私は人が変わったようでした。二人の言う事は文句一つ言わずに聞き、貴方達にとって扱いやすく、都合の良い人形として貴方方を満足させました。嬉しかったでしょう? これであそこの地主の娘と結婚できれば俺達の家は安泰だと、こっそり貴方達二人の酒の席での会話を聞いていましたから。

 表向きの私はそうでも、裏側の私は違います。父上からゲンコツをくらい、母上から泣き言のような叱責を浴びせられ、部屋に入った私の頭には、どうやってここから出て行こうかと言う計画しかありませんでした。父上と母上の二人に復讐をしたかったと言うのもそうですが、さとりさんに対して湧いた嫌悪の感情が一瞬でもよぎった自分に吐き気がしたのです。なのでこの地から出て行き、一からやり直そうと考えました。しかし、何も伝えずに出て行くのは私としても忍びない。ですので、こうして置き土産として手紙を残そうとした次第です。

 もう既に準備は万端。後は出て行くだけです。書き終えたらすぐにでも実行するつもりです。唯一心残りなのは、さとりさんに別れの挨拶をしていない事でしょうか。でも、いいのです。どちらにしろ彼女には嫌われてしまっているでしょうから。仮に心を読んでそれを知っているとしても、私は単なる文通相手としかみなしてなさそうですしね。

 さぁ、私が言いたい事はもう書き終えました。後は旅立つのみです。貴方達が──おそらく母上が私の部屋に来た時、私の部屋を見て驚いている状況を考えると、なんだか少し可笑しくて笑ってしまいそうです。

 最後に貴方達に私から別れの挨拶をさせていただきます。

 

 

 ざまぁみやがれ。それもこれも全てお前らが引き起こした事だ。

 私が待つ地獄で会おう。閻魔様か白玉楼の主の処置が寛大なのを祈っておけ。

 

 

 それではさようなら。

 

 


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