東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜   作:焼き鯖

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初めてその名を呼ばれた日

「…………」

 

 私の名前は酒呑童子。京の都を騒がす大悪党だ。その名を聞いただけで大人は恐怖し、子供は泣きべそかいて親の元へ逃げ出す。配下の鬼たちも各地で様々な悪行を積んできた荒くれ者共だ。私達を恐れない奴なんていない。

 

「おい! 馬! 今日も飲み比べしようぜ!」

 

「えー! 勘弁してくださいよー! 昨日やったばかりじゃないですかー!」

 

 そう、恐れない奴なんていない。

 

「そう言えば馬、酒の残りってどうなってんだ?」

 

「昨日確認したら、まだ結構残ってましたよ。向こう二、三週間は大丈夫そうです」

 

 恐れない奴なんて……

 

「馬ー! また腹踊りやってくれよー!」

 

「わっかりましたー! いきますよー! あっそれぽん、ぽん、ぽんぽんぽんっと!」

 

「あっはっはっは! やっぱお前の腹踊りは最高だ!」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 私の叫び声が洞窟内にこだました。

 

「どうしたんだよ、大将」

 

「どうしたもこうしたも! みんな何してんのさ!」

 

「何って、宴会だけど」

 

「それは分かってるよ! 何でこいつまで一緒になって楽しんでるのかって言ってんだよ!」

 

 事の発端は、都での人攫いから始まった。私達は一ヶ月から数週間に一、二回の頻度で老若男女問わず、食糧確保の為に大量の人を攫う。

 

 今回も大量の人を攫ってきた。その中に、あいつはいた。ここに来た奴らはみんな怯えた顔していたのに、あいつは涼しい顔をして周りを見回していた。

 

 馬右衛門と名乗ったそいつに興味を持って生かしておいたのが間違いだった。酒屋の主人だと言う馬に酒蔵の管理を任せておいたら仲間の鬼に気に入られ、いつの間にか最初からそこにいたかのように馴染んでいた。その事が私は気に食わなかった。

 

「おい馬! 何でお前も楽しんでんだよ!?」

 

「なんでって、そりゃ宴会だからに決まってるでしょう? こう言うのは楽しんだもの勝ちですからねぇ」

 

「違う! 何でお前は怖がらないんだよ?! 私達は鬼だぞ!?」

 

「え? それと宴会とは何の関係もないじゃないですか」

 

 事も無げに馬はそう言った。

 

「そりゃそうだけど!」

 

 それに、と馬は私を抱き上げた。

 

「こんなちんちくりんな奴があの酒呑童子だなんて言われたら怖さも半減って奴ですよ」

 

「おーう大将! 言われてんぞー!」

 

 周りの鬼達が一斉に笑う。段々と顔が熱くなってきて、私は死なない程度に馬にボディブローを極めた。

 

「ぐっは……」

 

「ふん! 私を舐めた罰さね」

 

 どうだと言った風に馬を見る。

 

「いや、ちょっと待ってこれ洒落にならねぇ……今まで呑んだもの全て吐き出そう……」

 

「おぉ? 吐くか? 吐くか?」

 

「馬鹿言わないで下さいよ。こんなんで吐く俺じゃなオロロロロロロロロ……」

 

「ぎゃっはっは! 結局吐いてんじゃねーか!」

 

 また鬼達が笑う。それを見るのが嫌だから、私はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 月が綺麗だ。私は鬼だが、自然を解する心はある。弓のような三日月が雲に邪魔されずに山を照らしている。

 

 一人になりたい時は、見晴らしの良い山の頂上に行く。拠点の洞窟に近く、誰にも邪魔されないこの場所は私のお気に入りの場所だ。

 

 持ってきた酒を注ぎ、ぐいっと飲み干す。あいつが来てから、仲間達はスッカリ腑抜けになってしまった。以前はみんな闘争心剥き出しだったのに、今ではヘラヘラな笑顔を浮かべている。

 

 あいつの何がいいんだか。ただの八方美人じゃないか。そんな事考えてると

 

「おぉ、スイカ。お前も此処に来るんだな」

 

「……何でお前が此処に来るんだよ」

 

 今、私が一番会いたくない奴が現れた。

 

「酔い覚まし。少し飲み過ぎた」

 

「ふーん……と言うか、何で呼び捨て?」

 

「いやぁ、鬼の皆さんに『何時まで敬語なんだよ。呼び捨てでいいぜ』って言われたから。因みにスイカの事も呼び捨てでいいって」

 

「あいつら……」

 

 後でしばいておこう。

 

「それはいいとしても、スイカって何だよ」

 

「うん? お前のあだ名だよ。粋な香りって書いて粋香。いい名前だろ? 酒呑童子って名前、長いし」

 

「粋な香り?」

 

「そう。特にお前はその匂いが強いから『粋香』」

 

「ふーん……別に頼んでもないけどね」

 

 でも、あながち悪くないかも。スイカって名前。でも、当てた漢字がしっくり来ないな……そうだ。この漢字がいい。

 

「なぁ粋香、少し呑まないか? こんなに月が綺麗だから、月見酒と洒落込もうや」

 

「……まぁ良いけど、その粋香って何か私には違う気がする。香りを萃めるって書いて『萃香』にしてくれ」

 

 彼の提案を受け入れた私は、交換条件と言わんばかりにこうお願いした。すると、

 

「素直じゃねぇなあ萃香」

 

 からかうような口調で馬は言った。

 

「五月蝿いな。早く酒を注いでくれ」

 

 無造作に渡した杯に、馬は苦笑して酒を注ぐ。透明で米の発酵した匂いのする液体が、紅い杯をなみなみと満たした。

 

「……ふぅ。やっぱ此処で呑む酒は美味いなぁ」

 

「馬、お前もそう思うのか」

 

「あぁ。此処で呑むと、酔いも眠気もすっかり覚めるからな」

 

「そうか。私もそうなんだよ。おまけに今日みたいな天気だと、こういう風に月が良く見えるんだよ。だから私はこの場所が好きなんだ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 馬は微笑んで私を見る。

 

「な、何だよ」

 

「うん? いや、こんな喋る萃香は初めてだなって」

 

「どういう事?」

 

「だって、何時も俺が話しかけても不機嫌な顔してるから。しかもこんなに笑顔になるなんてね。嬉しいよ。こんなに笑顔の萃香観れるなんて」

 

「ば、バカ……そんな事言われても……」

 

 

 

 いきなり何を言ってるんだ。こいつは。不意打ちで言われたから顔が熱くなってきた。

 

「ははっ。ごめんごめん」

 

「もう……それより、聞きたい事があるんだ」

 

「聞きたい事?」

 

「さっきも言ったけど、なんで私達の事を怖がらないんだよ。鬼だぞ? 都の奴らは怖がるのに」

 

「だって、怖くないから」

 

「は?」

 

 怖くない……だって? 

 

「酒屋やってるとな、色々と荒くれた奴らが来るんだよ。それこそお前ら鬼みたいな性格の奴らがゴロゴロとな。だから慣れちまった」

 

「でも、こうして捕まっていつ食われるか分からない状態なんだぞ?」

 

「でもあんたら鬼の皆さんは、俺の事を食おうとはしてないじゃん」

 

「そりゃそうだけど」

 

「じゃあ、それで良いじゃん」

 

 なんか……釈然としない。

 

「じゃあ俺から質問。なんでお前らは人を攫うの?」

 

「何故って? それが私達鬼の存在意義だからだ。怖がらせないと私達は生きていけない。攫う事で食糧を確保すると共に、鬼としての恐怖を都の奴らに植え付ける。そうしなくてはならないんだ。まぁ、あんたには分からないだろうね」

 

「なるほどね。もっと別の理由があると思ってた」

 

「何さ」

 

「単に寂しいから。かまって欲しいのかなって」

 

 寂しい……か。

 

「確かにそうかもしれないねぇ……」

 

 呟くように、あいつには聞こえないように言ったのに、あいつは不意に立ち上がり私にこう言ってきやがった。

 

「なぁ萃香、そんなに寂しいならさ、俺がそばにいてやるよ。お前らの仲間になる。そうすれば、人間の友達第一号だ。勿論、萃香が良ければの話だがな」

 

 そう言ったあいつは、月明かりに照らされた事もあってか、とてもいつもの馬のようには見えなかった。青白く、神秘的な雰囲気に包まれたそいつはとても儚く、弱く見えたが、同時にどこか神々しい感じがした。

 

「……分かった。その方があいつらも喜ぶからな。ただ、一つ約束しろ。嘘だけは吐くな。私達は嘘が嫌いなんだ」

 

「あぁ。約束する。さ、拠点に戻ろう。みんな待ってるよ」

 

 そう言いながら、私に手を差し伸べた。私はその手を借りる時、顔は見せなかった。何故か、そうした方が良いと思ったから。そして私達は手を繋いで拠点に戻って行った。その時のあいつの手はなんとなく冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 それから一週間後……

 

「萃香、少し散歩に行ってくる」

 

「あぁ、気をつけてけよー」

 

 そう言ってあいつは出て行った。

 

「おお〜う、二人共熱々だね〜」

 

「なっ!? 星熊?!」

 

 背後からうちの四天王の一人、額に一本角がある星熊童子が声を掛けた。

 

「聞いたぞ〜酒呑童子、お前、あいつに惚れてるんだって〜?」

 

「惚れっ!? 私はあいつの事なんか!」

 

「じゃあなんで私達には萃香って呼ばせないんだ〜?」

 

 からかうような口調で星熊は言う。ニヤついた顔は明らかに私の事を弄ろという下世話な考えがありありと浮かんでいる。

 

「それは、頭領としての威厳を保とうと」

 

「人間一人に別の名前で呼ばれてる時点で既に威厳のへったくれもないよ」

 

「うぅ……」

 

「さぁさぁ、いい加減吐いちまえよ〜好きなんだろ? 馬の事が」

 

 この下世話野郎め。下世話なのはその胸だけにしろってんだ。

 

「なんか言ったかい?」

 

「その口閉じないと今日の酒はお前だけ抜きにするぞ。って言ったんだ」

 

「うへぇ、それは勘弁」

 

「ほら、さっさと席の準備するよ。料理の仕込みはある程度馬がやってくれたみたいだから、後は調理だけだ。行くよ、星熊」

 

「わぁーったよ」

 

 私達は台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 おかしい。

 

 何時間経ったのだろう。もう既に日は暮れ、空には昨日のような三日月が浮かんでいる。

 

 なのに、あいつが帰ってこない。配下の鬼に探しに行かせたが、報告が一向になかった。

 

「どうしたんだろう……」

 

 早くあいつに会いたい。あいつの笑顔が見たい。

 

「そう不安そうにするな。あいつはきっと帰ってくるから」

 

「星熊……」

 

「それに、さっきはお前をからかったが、私もあいつがいないとなんか調子が出ないんだ。早く帰って来て欲しいものだよ。ほら、帰って来たらそんな辛気臭い顔じゃなくて、笑顔で迎えてやろうぜ」

 

「……そうだね。ありがとう。星熊」

 

 そう言って空の杯に酒を注ごうとした丁度その時、探しに行かせた鬼がやけに急いで帰って来た。

 

「おう、お疲れ。馬はどうした?」

 

「そ、それが……」

 

「なんだい、歯切れが悪いねぇ。さっさといいな」

 

「う、馬の奴ぁ……死んでしまいました」

 

 持っていた杯が、ことりと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 死因は出血死らしい。

 配下の奴らに聞くとそう言った。特に胸の辺りからの裂傷が酷く、熊か何かにやられた様だ。私は死体を見なかった。酷い状態のあいつを見たくないからだ。

 葬式は盛大にやった。みんなあいつの事が好きだったらしい。大泣きしながら死を惜しんでいた。あの星熊ですら涙を流していた。

 不思議と私は涙が出なかった。何故かはわからない。出ないものは出ないんだ。仕方ない。

 それから一週間後のある日

 

「おい、酒呑童子」

 

 星熊が声を掛けてきた。手に何か紙を持っている。

 

「葬式の時言わなかったが、あいつから言伝を頼まれてたんだ。俺が死んだらあいつに伝えてくれって。これがその内容だ」

 

 紙を受け取り、内容を見る。そこにはこんな事が書かれていた。

 

『よう、萃香。これを読んでるって事は、俺は多分死んでるんだろう。すまんな。こう言うのはあんまり心配かけさせない方がいいと思ったから星熊に頼んだんだ。

 さて、俺はお前に、いやみんなに隠していた事がある。普段の俺はみんなから見たらとても元気そうに見えた事だろう。だけど、あの夜から俺は分かっていた。老い先長くないだろうと。みんなに合わせて酒をかっくらってたのが祟ったんだ。あ、別にお前らの事を悪くは思ってないぞ。限界を知らずに呑んでた俺が悪かったんだからな。

 だから、俺はお前に初めての嘘をつく。もし俺が散歩に行くって言ったら俺はもうみんなの元には戻らない。いや、戻れない。なにせ死にに行ったんだからな。幽霊にならない限りは無理だ。

 今、これを書き写してる星熊がすごい怒ってる。何発か殴られた。でも、俺の覚悟は決まってんだ。こんな自分勝手な俺を許して欲しい。

 最初に連れ去られた時から今日まで、とても楽しかった。都のみんなは鬼を恐れてるが、俺はそうは思わない。みんな気のいい荒くれ者だ。お前が強がるのを辞めたら、もっともっと人が萃まると思う。

 最期に、嘘つきの俺からお前にこれを言おうと思う。萃香、俺はお前が好きだ。出来れば寿命までお前や仲間と一緒に馬鹿やりたかった。けど、それはもう叶わない。俺の自業自得だ。それだけが唯一の後悔だな。あ、おい笑ってんじゃねぇ星熊。お前の杯に毒仕込むぞ。

 ま、何はともあれ、元気でやってくれ。閻魔様の裁きが寛大である事を祈るよ。もし寛大だったら真っ先にお前に会いに行くよ。何年かかっても、な。これは絶対に嘘で終わらせないから。何時までも待っててくれ。それじゃ、さようなら。

 嘘つきな酒蔵管理人・馬右衛門より』

 

「……なんだよ、これ……」

 

 紙を持つ手が震える。文字の一部が滲んで読めない。

 

「勝手に嘘を吐いて、勝手に死んで、挙句の果てには勝手に告白して、なんなんだよ、なんなんだよ……」

 

 いつの間にか、あの葬式の時には出る事のなかった涙が溢れて止まらなかった。

 

「なんで、今に、なって、好きとか、言うんだよ……なんで、生きてる時に、言わなかったんだよ……私、も、お前の、事が、お前、の、事が……」

 

 そこからは、声が出なかった。星熊が私の気持ちを察したかのように、肩に手を置いた。

 

 この日、大江山の方角からは、鬼の泣く声が聞こえたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

「……ん」

 

「お、萃香。お目覚めかい?」

 

 笑いながら勇儀がそう問いかける。

 

「……すこし懐かしい夢を見ていたよ」

 

「私達があの街牛耳ってた時の事かい? あの頃は楽しかったねぇ」

 

「……そうだね」

 

「あぁ、お前はそんな事よりもあいつの事が思い出されるかい?」

 

 からかいながら勇儀が言う。

 

「バカ。そんな事ないさ」

 

「どうだかねぇ」

 

「ねぇ二人共、そこでダラダラ話してないで、宴会の準備手伝いなさいよ」

 

「そうだぜ。私達だけしか準備手伝ってないから人手不足なんだよ」

 

 不満タラタラに霊夢と魔理沙が言った。

 

「はいはい。霊夢と魔理沙の頼みだから仕方ないね。ほら、勇儀、行くよ」

 

「はいはい。酒呑童子様の命令とあらば、この星熊童子、馳せ参じますよーっと」

 

 そう言って勇儀は立ち上がる。

 

「……待ってるからな」

 

「うん?」

 

「何でもない。さ、行くよ」

 

 そう言って、宴会の準備を手伝う為に二人がいる神社へ、私は歩き始めた。

 


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