ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題) 作:飯妃旅立
9月間に合わなかったZE
「バンエルティア号は、樹齢千年を超えるウキウ樹で出来ていてな。 器に出来たんだ。 結局、大事故を起こしちまったがな」
「で、アイフリードが船を奪った。 アイフリードはアンタが居る事を承知で?」
「あぁ。 あいつは、そこそこの霊応力を持っていたからな。 それよりも前から共にいたサムサラと違って、最初は俺の事を単に影の薄く目付きの悪い新入りだと思ってたらしいがな」
「死神も形無しね」
「全く同意だが……実際、見えていようがいまいが、奴らは何も変わらなかった。 俺は、俺が呼び寄せる不幸と全力で戦った。 アイフリードたちと、力を合わせて。 そして、とうとう異体陸までの航海を果たす事が出来たんだ」
「異体陸でも見つからなかったの? 呪いを解く方法」
「わからん。 探さなかったからな」
「そのために行ったのに?」
「俺は、死神のまま生きると決めたんだ。 呆れた海賊たちが、俺に生きる実感を……仲間と夢を追う喜びを、教えてくれたからな」
アイゼンと共に行動するようになった事で、凄まじい量のアクシデントとトラブルが生まれた。 アイフリードはそれをアトラクション感覚で楽しんでいたし、船員たちと立ち向かっては少年のようにはしゃいでいた。
アイゼンはそこに混じっている事も多く、私は1人マストの上でそれを眺めている。 そんな日々だった。
降臨の日以降もそれは変わらず、下で騒ぐ男衆は見えるようになったアイゼンを交えてどんちゃん騒ぎ、偶に疲れたベンウィック等がマスト上に昇って来て月見酒。
どこまで行っても、彼らはアイフリード海賊団である。
さて。
――アイゼン。 聞こえる?
――なんだ。 聞こえているが。
――今から、バンエルティア号周辺にだけ私の‘領域’を展開する。
――……何?
――カノヌシの領域を感じ取った。 これ以上の広さにすると感知されるだろうから、ゼクソン港にいる人間はそっちでなんとかして。 あと、ベンウィックも降りてるから気を付けて。
――待て、そもそもなぜお前が領域を……。
――来るよ。
いつも使っている感知範囲に明確な膜を作り、さらに密度を上げて固める感覚。
それにより、バンエルティア号周辺が飴色の球体に包まれる。
「だからっ! 足元見過ぎだってッ――」
「これ以上は――」
丁度、アイゼン達が言い争うベンウィックの元に着いた時。
聖主の御座から、鎮静化の領域が広がった。
「今の……」
「坊も、今のを感じたかえ?」
「うん。 もう消えたけど……北の方から、強い波みたいな力が来た。 それと……」
横目でライフィセットがバンエルティア号を……ひいてはマスト周辺、つまり私を見る。
「聖隷が持つ力の支配圏……‘領域’だ」
「ここの北って……」
「聖主の御座からか!」
「カノヌシとアルトリウスが何かやったって事か?」
「……わからない」
「嫌な予感がする、が……とりあえず全員、バンエルティア号に乗りこめ。 恐らく、中は問題ないだろう」
既に領域は解除している。 あのグリフォンで、喰魔は4体か。
残る口は、あと3つ。
甲板では、フードの人物……パーシバル・イル・ミッド・アスガードとの顔合わせ? が行われている。
しかしパーシバルか。 アーサーがアレだと知っていて、円卓の騎士の名前を付けたのだとしたら……なんという道化か。 円卓の騎士パーシヴァルも高貴な出生とはいえ、奔放で自由なパーシヴァルと違い、第一王子は随分と窮屈だっただろう。
あ、お話が終わったみたい。 そして次は……というような目線をこちらに向ける一同。
そんなに見つめられると照れる。
「サムサラ……さっきの波みたいなのが来た時、バンエルティア号の周りに……何か、したよね」
「じゃのう。 あの波は見事にバンエルティア号を避けて行きよった~。 まるで、そこに何もないかのようにの~?」
「サムサラ。 あの時お前は一瞬早くあの力を感知していたな。 そしてそれが……カノヌシの領域だとも」
聖隷と魔女が質問責めにしてくる。
というかマギルゥは本当に霊応力が高いなぁ。 そこまでわかるのか。
――1度に3人は繋げられない。 誰か私の言葉を話してくれる人を決めて。
「……なら、聞きたいことが無い奴がいいだろう。 エレノア。 サムサラの口になってくれないか」
「え……口、ですか?」
「サムサラは1度に1人しか繋げられん。 多人数に話しかけるには、こうして誰かの口を使う必要があるというわけだ。 お前はサムサラの言ったことを声に出してくれるだけでいい」
「な……なるほど。 やってみます」
――まともに話しをするのは初めてかも。 サムサラ。 よろしくね。
「まともに話しをするのは初めてかも。 サムサラ――ってあぁ、初めまして、エレノア・ヒュームです」
「……サムサラ。 自己紹介は後にしろ」
――答えられる質問と答えられない質問がある。
「答えられる質問と、答えられない質問がある……そうです」
「さっきの力……カノヌシの領域と言ったな。 アレは、何が起きた?」
――鎮静化。 カノヌシのチカラ。
「鎮静化。 カノヌシのチカラ……だそうです。 えぇ!?」
「鎮静化、か……なるほど、利欲を……ひいては欲という全てを抑えられたか」
「なら、さっきバンエルティア号を覆った力は?」
――私の領域。 私を起点に、球体の領域を創り上げた。
「私の領域。 私を起点に、球体の領域を創り上げた……そうです」
「なら、アンタはカノヌシの力に対抗できるって事?」
――時と場合による。 鎮静化みたいなのには対抗できるけど、直接的な手段を取られたら簡単に死んじゃうと思う。
「時と場合によるそうです。 先程の様な力には対抗できるようですが、直接的な手段を取られると危険、と言っています」
あ、自分の言いやすいように訳し始めた。
「直接的な手段って?」
――近接攻撃。
「そんなの見たらわかります! って、あぁ。 近接攻撃の事だそうです」
「アンタに戦わせる気はないわよ……」
「サムサラに出来るって事は、グリモ先生やビエンフーも領域を展開できるのかな」
「領域を展開するだけなら私達じゃなくとも、聖隷なら誰でもできるわよ」
「と言っても、サムサラ姐さんのように体外に広く展開するには、相当な年数と実力を持っている必要があると思いまフが……」
「少なくとも今の俺には出来ん。 それこそ聖主と呼ばれる存在でないと、地表を覆うなんて事は不可能だろうな」
――1つだけ訂正。 領域は聖隷だけの支配圏じゃない。 モアナやベルベットも無意識に使っている。
「え……それは本当ですか!? じゃ、なく……えっと、領域というのは聖隷だけのものではなく、無意識ながらモアナやベルベットも使っている、そうです」
「……喰魔も、か」
「副長ー! そろそろタイタニアに着きます! でも、見張りも何もいないみたいですよー! 一応サムサラ姐さん感知お願いしますー!」
――酷く、強い穢れ。 対魔士はほとんど死んでる。
「酷く、強い穢れを感じるそうです。 対魔士はほとんど……死んで……え?」
――ごめん、ベンウィックに繋げ損ねた。 切るね。
「なるほどのぅ……聖寮は業魔に敗けたのかぇ?」
「不自然だな……かなりの量の対魔士が投入されたはずだが」
「中の様子を確かめるわよ」
――業魔出現。 しかも港側を背に。 こういう物理現象には向かないんだけど、数十秒なら止めておけるから早く戻って来て。
――エレノアが感じた悲鳴は本物か。 わかった、すぐに向かう。
領域を
強まりすぎてて困る。 史実では間に合ったが、万一も有り得る、か。 仕方ない、出るとしよう。
――ベンウィック。 緊急事態。 タイタニアに向かって投げて。
「へ? あ、アイマム!」
一切の状況を理解していないベンウィックだったが、目の前に降ってきた私の頭を掴んで思いっきりタイタニアの方向へ投げる。 ないすぴっちん。
ぽふんと着地すると、レアボードの要領で身体を滑らせて移動する。 うわこれ本当に疲れるな……。 走ろう。
グリフォンがいるとはいえ、弱っていない蠱毒の業魔を喰らうには無理があるだろう。
扉を開ける。 わぁおこんなに近くに。 タイタニアの構造をもっと覚えておくべきだったかな。
「うぉ、サムサラ!?」
「お主、戦えるのか!?」
――無理。 でも、数秒の足止めならできる。
黒水晶化はダメだ。 第一王子や船員がいる。 黒水晶はこういう地脈点には残り続けるから。 彼らはとびきり霊応力が高い、というわけではないようだし、黒水晶に一部でも触れれば侵食しかねない。 ロウライネのは知らない。
だから、ここで使うのは聖隷術だ。
基本意識とか魂とかにしか作用しない聖隷術しか持っていないけれど、一応戦うことも出来るのだ。 フェニックスのようにはいかないが。
――『アタックスレイブ』。 『スピードスレイブ』。
無属性の聖隷術。 遥か未来では天響術でこの系列が使われている。
能力を剥がすこの術は、私と相性がいい。
『!?』
いきなり遅くなった体に驚いているようだ。 デュラハン故に、声は出せないようだが。
しかし面倒な。 馬の方は自力が違いすぎる。 これが馬力か。
あ、アイゼン達来た。
――後は任せる。
――任せろ。
頼もしい。 やっぱり近接攻撃が出来るのは安心するよね。
――クロガネ。 もう少し寄って、身を屈めて。
「む、お、おぅ。 これでいいか?」
――うん。 ちょっと息苦しいかもだけど、我慢してね。
結界を張る。 気配遮断となけなしの物理防御を兼ね揃えた素晴らしい結界だ。
これで、少なくともデュラハンのヘイトがこちらへ向く事はないだろう。
「サム、サラ……エレノア達、大丈夫かな……」
――大丈夫。 エレノア達は、強いから。
「そう……だよね」
「最悪クロガネを盾にすればいいんじゃないか? 俺ァ、そんじょそこらの盾よりも硬いんじゃないかと思ってるぜ」
「うむ。 いざとなれば、後ろに隠れるといい」
そんな心配をする必要はないと思うけど。 あ、ほら。
「流石蠱毒だ。 さっきの首なし鎧より強かったな!」
「首なし鎧?」
「お前の事じゃあない!」
――ロクロウ。 左後方殴り上げて。
「セイ!」
流石常在戦場。 一切の迷いなく動いてくれる。
「きゃっ!?」
ガィンと音を立てて弾かれたレリーフは、そのまま喰魔グリフォンに穢れを喰われる。
「離宮にいた業魔!?」
「いや、穢れを吸い込みよったぞ。 そやつは喰魔じゃ」
「いいや、その鷹は私の唯一の友、グリフォンだよ」
悠然と歩いてくる第一王子。
「タバサが近いうちに必ず、と言っていたのはこういう意味だったのね」
――やっぱり戦闘は疲れる。 寝ていい?
――いいぞ。 よくやった。
おやすみなさい。
「で、どうするの?」
ベルベットの声に目が覚める。 よく眠った。
――状況説明が欲しい。
――ライフィセットが地脈点を感じ取れるかどうかの実験だ。
――的確な説明ありがとう。
「えっと……地脈は大地を流れている自然の力。 それで、地脈点は地脈が集中している場所の事」
「そうだ。 カノヌシは地脈を利用して穢れを喰らい、覚醒しようとしている」
カノヌシ……
世界の安全弁とされるこの聖主だが、
「お前は、地脈の力を感じる事に長けているようだ。 ある程度近づけば地脈点の位置を……」
「近づかなくても感じたんだ。 昨日ここに来た時に……ずっと先にも、ここと同じ場所があるって」
地脈点は地脈円に添って点在しているのではなく、地脈点を結んだ円が地脈円になると言うだけの事。 地脈点を感じ取る力は、稀有なものだろう。
「地脈を通じて……離れた地脈点を探知できるのか」
「多分。 どこまでやれるか、喰魔がいるかどうかはわからないけど……」
「それでも重要な手がかりよ。 お願い、試してみて」
私の知識はソレを知っているが、それを彼らに話すわけにはいかない。
ソッチは誓約だから。
「うん」
少しだけ……視させてもらう。
交信をライフィセットにつなげる。
……。
……。
……。
!
おお。 すごい情報量。 私は慣れているけれど、ライフィセットはよく裁ききれるな。
「はっきり感じた。 地脈点は何十個もあるけど、特に大きいのを見つけたよ」
「大きさまで感じ取れるのか……」
「うん。 この島の地脈点も、他より大きいみたい。 同じくらいのが東と南東にある。 多分、ワァーグ樹林とパラミデスだと思う」
「だとすると、大きな地脈点に喰魔がいる確率は高いわね……」
これを利用して癒しの銭湯見つけられないかな……。
「残る喰魔は三体。 数が絞り込めれば、総当たりもできますね」
「だな、お手柄だぞライフィセット」
ねこにんは天への階梯からワープポイントを作っていた。
だとするならば、あの銭湯は直接地脈に繋がっている……。 そもそも銭湯だっていうんだから、誰かが経営しているはず。 しかも魂の抜け出る銭湯? そういえば天への階梯に出てくるドラゴン達は皆、遥かな未来でザ・カリスに集合していた……つまりカースランド島の近く? ただ現在は聖寮の……メルキオルが管理している、か。
キララウス火山から無理矢理地脈を開く、のは噴火を促しそうで怖いからダメ。 あとはアバル村……も、メルキオルがいるか。 メルキオルが私の銭湯への夢を邪魔してくる。
ぐわんぐわん。
頭を揺すられて思考から浮上すると、何故かライフィセットに顔を覗き込まれていた。
「あ、起きた? サムサラ、
――確か765年前におっきい塊が出土したとか?
「それがさっき言ってた海に沈んだ奴かな……」