ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題) 作:飯妃旅立
そしてゼスティリアの区切り。
「はぁ~、戻ってこれた……けど」
「っとに、やっぱりここか……」
「なにもかも非常識すぎる景色……さっきの島もそうだったけど……」
「どちらも、膨大な穢れと埒外の術式が産んだ光景ですのね……」
「この世ならざる景色、ってヤツ?」
「こんな感じなんだ、あの世って?」
――全然違う。一緒にしないでほしい。もっと安心できる所だよ。
「……今、本気であの世を知ってる人から苦言が届いたんだけど……」
「え? 誰?」
「あ、いや、なんでもない」
――別に、言ってもいいのに。
――今言わなくても良い事だから。この戦いが終わったら、君が直接言えばいいよ。
「心配しなくても、すぐに見られるかもしんねぇぜ?」
「ふふふ、大丈夫ですわね。冗談が言えるのならば」
――頼もしい限り、だね?
「……ええ、本当に」
全ては今、そこへと――。
「ヘルダルフ……決着の時だ」
彼の者と、対峙する。
「……苦しみと共に生きねばならぬ世界。全ての物は、これからの解放を望んでいることは明白。何故、それに抗う。導師よ」
「確かに、お前の目指す世界は苦しみから逃れられるかもしれない。でも、やっぱ違うと思う」
「僕らは苦しみから眼を背けたくない」
彼らは言う。辛い事があるから、楽しい事があるのだと。
生きていると、そう思えるのだと。
「……苦しみに抗う事でのみ得られる安寧。そんなものを、世界が享受するはずなどあるまい」
……正直な話をすれば、私は彼の王……ヘルダルフの言い分も、納得できてしまう。
何故なら私は輪廻のノルミン。転生の加護を与える一部の者を除き、他全ての魂は
だが。
「摂理に従う事が、生きるって事だっていうのか」
「無論のことよ」
「違う! それは死んでないだけだ!」
そうだ。
それは、死んでいないだけ。
生き返ったわけでも、転生したわけでもなく……死んでいない。
「もう一度言う。導師スレイ。我に降れ」
「断る!」
「……やはり災禍の顕主と導師。世の黒白という事か……」
そうだ。
そうだ。
そうだ。
クロガネも、シルバも。
死んでいなかったわけではない。彼らはしっかりと生きていた。
そこか。そこに……そこに糸口があったのか。
願いの結晶たるノルミンにいないわけだ。だってそれは、願いにすらならない――本能。
――”もっと”では、ダメ。”まだ”でも、ダメ。”もう”も、ダメ。
動かない私を余所に、彼の王とスレイ達は戦闘を行う。
黒白が交わらないのならば、どちらがを滅すしかないと。
――許される道は、一つだけ。
「自らの家族だけは失いたくない……大した覚悟だ」
「ふざけんな! おじいちゃんもミューズって人も、ホントだったら犠牲になる必要なんてない! 全部アンタのせいでしょ!」
――申し訳ないけど、これはスレイやミクリオのためじゃ、ない。
――これは試金石。今ようやく掴んだ、ようやく見つけた糸口を、確かなものとするための。
「それで……どうするというのだ」
「あたしがなんとかする! そうするって、決めたんだから!」
だが、紫電によって身を焼かれるロゼ。
導師でなければ、災禍の顕主には対抗できない。
「従士の出る幕ではない……」
「――?」
「『ルズローシヴ=レレイ!』」
スレイとミクリオの神依。
その神なりし矢を、腰だめに番える。
……弓の悲鳴が聞こえる。
目の前で肉親を失った、神の如き者。
彼が、神なりし獅子までもを悲しませたくないと、悲痛に訴えてきている。
曲がりなりにも、導師アルトリウスを倒し、世界をこうあるように変えた――ベルベットの仲間である、私に。
「この痛み――忘れない!」
「ぬぅっ!?」
「『光……!?』」
「『うぉおおおおおおおぁぁああああああ!!』」
神依化したスレイとミクリオの身体が、光に包まれる。
我が名を冠す、私の第二秘奥義。秘奥義にして強化を主とするモノ。
私の加護を、牙として一瞬だけ貸し与える術技。
神弓が、ヘルダルフに取り込まれたゼンライを――
そうしてそれは、弾けるわけでも、爆ぜるわけでもなく……世界に溶けて行く。
「……ぐぅっ……!」
「い、まのは……」
腕を抑えて蹲るヘルダルフ。感情の高ぶりからか、神依が解け……しかし、膝は付かないスレイとミクリオ。
彼らには聞こえていたはずだ。
ゼンライのその声が。
しっかりとした、生きている声が。
「……何をしたのかは、わからんが……よかろう、真の孤独をくれてやる!」
「『マオテラス』!」
――
「ミクリオ……」
「……ああ!」
四肢の頭に、竜の肢体。
異形。数々のドラゴン化した天族たちをしても、異形と称する他ないその姿は、それほどまでにヘルダルフの怨念が強い証。
「決意、覚悟、全て無駄! この力の前ではな!」
「もうお互い引けない……引いたらこれまでの事を否定する事になる!」
――大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。
――回復は任せて。
「スレイ、僕達の策は都合上四回が限度だ! それまでに決めろ!」
「神依による最大の攻撃を四度撃ち込んでください!」
「『ヘルダルフ……処断せし瞬天の先導!』『いい頃合いだな……!』」
スレイがジークフリートを構える。
「『それは……!?』
「『シルフィスティア!』」
そこから打ち出されるは、風の天族たるザビーダの全て。
そしてそれは、ヘルダルフの中に吸い込まれるようにして消えて行く。
「『なんたる残酷、なんたる無為! 仲間を撃ち出すなどという非道に、何の功も奏しておらん!』」
「『オレは……俺達は……! 信じた答え、信じてくれた道を貫く!』」
ザビーダに続き、ライラ、そしてエドナ。
最後に、ミクリオまでもが天なる弾丸となって、ヘルダルフに撃ち込まれた。
しかし、それでもヘルダルフは倒れない。
そしてスレイは――ロゼを突き離し、地を砕く。
砕け、堕ちる玉座。
穢れの満つ空間に玉座ごと落ちて行く二人。
「……先程から、邪魔をしていたのは……そこの凡霊か」
「サムサラ……君も戻っていいんだよ?」
――私は輪廻のノルミン。ノルミン・レインカーナート。ここからの戦いに於いて、私はどちらの方を持つ事も出来ない。災禍の顕主。導師。どちらもが摂理であり、どちらもがシステム。
――同時に、スレイ。
「……邪魔をする気はない、ってさ」
「ふん……もはや語るべくも無し」
そうして、男二人の泥臭い戦いが始まった。
神依はない。天族の力を借りる事無く、浄化の侵攻と不浄の穢れさえもなく。
ただ、己の武を叩きつける、泥のような戦い。
だが、その戦いも、幕を告げる時が来る。
双方、同じタイミングでそれを構えた。
そうして、全く同じ、鏡合わせのような呼気で撃ち放つ。
「「獅子戦吼!」」
獅子の闘気。
その、ぶつかり合い。
相討ち――ではない。
「ッまさか!」
「これが、俺の――全てだ!!」
更なる獅子の追撃。
それはセルゲイ・ストレルカから受け継いだモノ。
奇しくもヘルダルフは、自身の後世の者が編み出した術技によって――敗れるのだ。
眼下。
ゆっくりと……ヘルダルフへと歩み寄るスレイ。
――ねぇ、聞こえてる?
――ライフィセット。ねぇ、覚えている?
――シルバが、貴方を覚えていたよ。彼の事を、覚えている?
スレイは剣を取る。
そしてまた一歩、また一歩と……彼の者に近づいていく。
――夢を見ていたかった。誰もが笑っている夢。
――私にはそれが叶わなかったみたいだから、せめて夢だけは。
――ねぇ、ライフィセット。貴方は、生きているの?
ヘルダルフの前に立つ、スレイ。
そして剣を構える。
――ベルベットのいない世界がつらい? ロクロウのいなくなった世界がつらい? エレノアがいなくなったこの世界がつらい? マギルゥもビエンフーもいないこの世界が、つらい? アイゼンが去ったこの世界が……怖い?
――後悔したんだよね。五大神になって、
――責めてしまったんだよね。誰も救えなかった自分を。
スレイは、剣を――ヘルダルフに、突き刺した。
――それが穢れを生む事を知っていたのに。大地が穢れたから、なんて理由じゃない。だってベルベットの傍にいた貴方は、決して穢れなかったから。貴方は、自ら穢れたんだよ。自ら穢れを生み出して、それに浸った。
――いけない事じゃない。逃げるのも手段の一つ。決して、悪い事じゃない。
――でも、ベルベット達は選ばなかった。スレイ達も、選ばない。ただ、それだけ。
ヘルダルフの身体から穢れが溢れ、それはスレイに纏わりつき……しかし定着する事が出来ずに、空間へと溶けて行く。
さらなるは、四つの光。
それぞれ地水火風、共に旅をした天族たちが現世へと帰って行く。
――さぁ、ライフィセット。選択の時だよ。
――あなたは”もっと”ベルベット達といたかった? あなたは”まだ”彼らと離れたくなかった? あなたは”もう”苦しみたくない?
――ねぇ、ライフィセット。あなたは、誰に縋る?
「サムサラ……ここにいたんだ」
「マオテラスとは、旧知の仲だからね」
「あれっ? サムサラが喋れるってことは……ここはもうあの世、なのかな」
「ううん、違う。交信術は今
「……もしかして……だけどさ」
「『本当は、喋る事が出来たんじゃないか』かしら?」
「……うん」
「残念だけど、現世では無理よ。私の身体はほとんど生命活動をしていないもの。だけど、ここでなら、この霊力が飽和したこの世界でなら、喉を使う事が出来る。これはあの子には無理な事。この身体の本来の所有者たる私だけが、出来る事よ」
「そうなんだ」
「ええ――ほら、マオテラス。私の声なんて、初めて聞いたでしょう?
「……」
「なんて……私らしくなかったわね。さぁ、スレイ。後は任せるわ。マオテラスも、あの子の事も」
「うん。……死のうなんて、思っちゃダメだからね」
「ええ――今度は生と死の狭間で、会いましょう」
「……ありがとう」
それは誰に向けた言葉だったのか。
私ではわからない。
――
「何、サムサラ」
――夢は往々にして、掴み取れるのは一握りの者だけ。追いかけても追いかけても、決して辿り着けない存在も少なくは無い。
「うん」
――その上で問う。貴方の夢は、何?
「変わらないよ。導師になったオレも、今全てを終わらせた……オレも。いつか世界中を回って、全ての遺跡を見つけて――」
――全てを語ってはダメ。夢は形にしない方が、遠くていい。
「それ、誰の言葉?」
――……バン。バン・アイフリード。
「そっか」
――貴方はまだ、追いかけるためのスタートラインにすら立っていない。走り始めていない。夢を追い続けた人間の船に乗っていたノルミンとしては、貴方を夢追い人とは認められない。
「……うん」
――必ず、帰ってきて。貴方のおかげで、ようやく罅を手に入れた。貴方が起きる頃には、少しは穢れも減っている事を約束する。
「うん」
――じゃあ……私の真名を。
「……行くよ、サムサラ。『
スレイが、私を纏う。
ヒトがヒトを纏う。それは神依ではなく……敢えて名を付けるのなら、霊依か。
互いに地脈流の中という、不安定な状態だからこそ成し得る力技。
「『輪廻めぐる闇叡の決断……』」
――ライフィセット。言ったよね。
「『レイン・カーナート』!」
――間違えたら、サメの餌にするって。
輪廻が宿るその手が、マオテラスに触れる――。
そうして、光が溢れた。溢れ出した。
穢れに包まれていた大地が、信仰の光に満たされていく。
導きし者。導かれし者。
導師。主神、マオテラス。
彼の青年の眠りと共に……世界に
こぽこぽこぽ……。
暗闇の中。泡が下から上へと上がって行く。
「ふぅ……まったく、柄でも無い事はやるものじゃあないわね……そう思わない?」
答えは無い。それは、当たり前だ。
「全く、迷惑な話よね。あれだけの事をして、あれだけ人を振り回して……満足している、なんて」
急速に泡が拡散し、浮上していく。
引き留める物、繋ぎ止める物は何もない。
未練の欠片も無い魂は、この場所に留まる必要が無い。
「……なんて、感情のあるフリ。……あの子の前では大人ぶっているけれど、私もまだ若いのよ?」
そうして――彼の王の魂は、狭間を抜け出していった。
「……また、長い眠りに就くのかしらね……」
こぽこぽこぽこぽ……。
泡は絶えず、下から上へと上がって行く。
過去から未来へと。
絶える事無く、堪えることなく、耐える事無く。
「……じゃ、後は任せたわ、フェニックス。見つけたらしっかり掴まえて、説教してやんなさい」
こぽこぽこぽこぽこぽこぽ……。
泡が。