ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題)   作:飯妃旅立

55 / 60
dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

 

「この穢れは……」

 

 マビノギオ山岳遺跡。

 過去、天族ゼンライを祀り上げていたこの遺跡は今、途方もない程の穢れに満ちていた。

 遺跡の中にはハイランドの兵士の死骸がちらばり、その中にはあのバルトロもいたが、既に事切れていた。 イズチに戦略的価値を見出し、自ら文字通りの死地に入ったというわけだ。

 

「ミューズさん!!」

 

 その死骸の先に、倒れ伏すは先代導師ミケルが妹・ミューズ。

 誓約によって命を延ばしていたのだろう彼女はしかし、封印を強引に破ったヘルダルフによって既に戻りかけている。

 

「ライラ! サム――! 治癒の天響術を!」

「はい!」

 ――……。

「サ――ラ!?」

 

 ライラがミューズへと治癒術を施すも、治るのは傷だけ。

 サムサラの目にはもう、彼女の魂が狭間の世界へと足を付けているのが見えていた。

 それより、監視しているだろうサイモンに自身の存在を明かさないために、消音の聖隷術を行使する。

 

「おい……」

 ――人間が自ら戻る事を選んだのに、それを私が止めるはずがないでしょ。 ましてや穢れも少なく、使命と誓約を果たした上での事。 それを踏みにじるようなことはしないよ。

「チッ……」

 

 ミクリオは決意し、自らの母であるミューズに杖を持たせる。

 ミューズは言う。 スレイとミクリオが、必ずや希望の光になると……信じていると。

 

「ミューズ。 あなたの願いが、きっと叶うと……僕も信じる」

「ありがとう」

 

 その命を糧に、膨大な霊力がミューズの杖に収束する。

 文字通り一身を賭した、全生命力を振るっての封印。

 美しく、心地の良い力がマビノギオ山岳遺跡をかけぬける。

 

「さようなら、ミューズ」

 ――おかえり、ミューズ。

 

 お疲れ様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一行が山岳遺跡を進んでいると、一瞬視界が白く染まり、気付けば砂漠にいた。

 

「スレイ! 今の!」

 

「ああ!」

 

 見渡す限りの砂漠。 そして、最早恒例となりつつあるが、サムサラの姿がない。

 

(きっとサイモンだ)

 

(でしょうね)

 

(さーて、今度はどんな手でくるか……)

 

 スレイの中で天族が会話をする。

 最早「サムサラは何処へ行ったんだ?」というリアクションは一行に存在しないようだ。

 

 砂漠を進み、現れた自分達と同一の姿をした幻覚を下すと、場所は山岳遺跡に戻っていた。 ミクリオの肩にサムサラもいる。

 

 ――初めに言っておくけど、私がどっかに行ってたんじゃなくて、スレイ達の意識が飛んでたんだからね。 出会った頃に言ったと思うけど、私の交信術は相手の意識がはっきりしていないと使えないから。

「あ、ああ! べ、別に疑ってないよ!」

 ――ならいいけど。

 

 がっつり、「まーたどっか行ったのか……」とか思ってないよ、とスレイは独り言ちる。

 スレイは自分の中にいる天族達に同様の説明をした。

 

「サムサラは……なんでサムサラには幻術が効かないんだ?」

 

 山岳遺跡を駆け抜けながらスレイはサムサラに問いかける。

 小声で。

 

 ――多分サムサラが説明したと思うけど、私は死んでるの。 それはいい?

「う……あ、あぁ」

 

 面と向かって「私は死んでいる」と言われたスレイが、理解していながらも納得しきれていない表情で頷く。 

 

 ――幻術というのは、得てして”生者に良い夢を見させる”というのが本質。 スレイ達にはわからないだろうけれど、本当の本当に絶望した人間は、時として終わらない夢に意識を預けたくなるものなの。 サイモンの幻術はそれを叶えることができる。

「……そういう考え方も、あるのか」

 ――そして私は生者ではなく死者。 それも、’もっとも安らかに眠り得る安寧の地’を知っている。 だから、まやかしによる幸せや絶望は効かない。 それに、わかってるんでしょ? サイモンの幻術がとても弱くなっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)って事。

「……ああ」

 ――そろそろ、着くよ。 彼女の元に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……お前は……誰だ……!」

 

 スレイ達は、サイモンを下した。

 彼女の問答も彼女の悩みも、全てが筋違いであると強制的に気付かせた。

 苦しまぬ方法こそが救いであると信じた彼女は、その裏にあった「自分は存在してはいけない天族なのではないか」という生涯の慟哭を導師に許されてしまったのだ。

 

 遥か昔、メルキオルに使役されていた「特殊な幻術を扱う聖隷」。

 意思を剥奪され、従うままに幻術を使っていた頃、生の実感はあったのだろうか。

 今なおヘルダルフに言われるがまま、人間同士を争わせるこの瞬間に、生の実感はあったのだろうか。

 

 ――私はサムサラ。 はじまりのノルミン。

「はじまりの……ノルミン? ノルミン天族風情が、私を見下しているのか……?」

 ――いいえ。 ただ、そんなに苦しみから解放されたいのなら……私がやってあげようかと思って。

「な……に……?」

 

 輪廻のノルミンとして、「自身を含めた生物の殺傷が出来ない」という誓約から自死を選べない者へのサービスだ。

 戻ってくるのならなんだっていい。 カノヌシの鎮静化による連続自死は管理が面倒なので勘弁してほしい所だが、自らの加護に絶望して自死を選ぶのなら、それを止める事はない。 むしろ手伝って上げても良い。

 

「ふ、ふん! 殺すというのなら、殺すがいいさ……。 どの道、もはや私に道など残ってはいない。 命を果たせぬ端末など、廃棄処分は確定だからな……」

 ――ダメ。 それだと動けない。 殺してくれ、って頼んで。

 

 ギネヴィアの時とは違い、まだ生きている命だ。

 憑魔になっているのならいざ知らず、ただの天族を私の意志だけで殺せるはずもない。

 

「……」

 ――どうかしたの? 殺してほしいって、戻してほしいって願って。 あぁ、安心してね。 本来は人間の願いのために存在するノルミンだけど、天族の願いがかなえられないわけじゃあないから。 

「……わた……し、を……」

 ――でも、勿体無いとは思うけどね。 幸せな夢が必ずしも悪い事に繋がるわけじゃないんだし。 良い夢をみた、だから今日も頑張ろう、って思う人間だって少なからずいるし、珍しい夢をみた、良い閃きが来た! なんて人間だってたくさんいる。 あなたの加護はそもそも’人間に良い夢を見させてあげる’というものなのだから。

「ころ……」

 ――けれど、戻りたいのなら是非も無し。 大丈夫よ、痛みも苦しみも死の実感も無く消し去ってあげる。 さぁ、心から願いを口にして。

「……さ」

 ――やめるの? じゃ、いいや。 死にたくなったら言ってね。 できればこのまま憑魔になるのだけは選ばないでほしいかな。

 

 心より願えないのなら、私が手を下すわけにもいかない。

 私はスレイ達を追いかける事にした。

 振り返る程、暇ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっそろしい量の穢れだな。 スレイがいなけりゃドラゴンになってるぜ」

「マオテラスが発しているのか、マオテラスに流れ込んでいるのか……」

「そういえばサムサラは平気……なんだよな。 今更だけど」

「本当に今更ね。 今更過ぎて逆に新しいわ」

 ――サムサラだって天族だから、(コレ)が穢れれば憑魔化、果てはドラゴン化すると思うよ。 もっとも、(コレ)は私の身体みたいなものだから、死んでいる私が穢れない事を考えると、私と(コレ)との繋がりを切り離してから穢れの坩堝に5000年くらい置いておけば少しくらいは穢れるんじゃないかな。

「あ、あはは……サムサラは自衛手段があるから大丈夫、だってさ」

「……まぁ、お兄ちゃんの領域に居てもフェニックスと私は平気だったし」

「そうか、フェニックスとサムサラは同じ存在なんだったな」

 ――ミクリオ。 半身なだけで同じ存在じゃない。 同じ未練(ねがい)から生まれただけで、決・し・て、同じ存在じゃあないからね?

「あ、あぁ。 わかったからそんなに顔を近づけないでくれ。 無表情で詰め寄られると、怖い」

 ――わかったのならいい。

 

 サムサラも私も、フェニックスが苦手である事に変わりは無い。

 そりゃあ最初の頃はちょっと遊んでもらったけど、あのテンションはついていけない。

 

「しっかし……アルトリウスの玉座、ねぇ……」

「ん? なんだ、ザビーダ。 何か思う所があるのか?」

「いやぁ……歴史はめぐる、っつーか……盛者必衰というか……」

「??」

 

 ――でも、1100年経った今でもアルトリウス、って名前が残っているのは凄い事だよね。 求心力でいえばスレイやヘルダルフの比じゃないし。

「まぁ、そりゃなぁ。 今の時代、人間を先導する組織って奴がねェから、比べようもないワケだが」

 ――まぁね。

 

 聖主の御座が、アルトリウスの玉座に変わったのは、「聖主」という言葉が廃れてしまった事に一番の要因があるのだろう。 「坐す場所」から「座る場所」に変わったのは、アルトリウスという導師が最も鮮烈で崇めやすかったからか。

 

「うわ、この辺はもう崩れてるな……仕方ない、迂回しよう」

 ――なんで? 私がいるじゃん。

「へ? ……ああ! あの浮き上がる天響術!」

 ――誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に。 トラクタービーム。

「わわわっ! ちょ、サムサラ! 一言なんか言って……って無理かぁ~」

「でも流石だな、ロゼ。 着地が様になってる」

「いやまぁ、これでも風の骨の頭領だからね」

 

 そうして、史実では行けなかったルートを通って最短距離でてっぺんまで辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? あそこにあるの……なんだろう」

「あれは……天響術、のようですわね。 なぜあのような所にあるかはわかりませんが……」

「どうする? スレイ。 触ってみる?」

「……ああ! ヘルダルフとの戦いの最中に起動するものだったりしたら、大変だし」

「なるほど、確かにそれは有り得るね。 この玉座そのものを崩壊させるような天響術だったら、危険すぎる」

「よし……触るぞ!」

 

 ――ザビーダ。 あっちへ行ったら適当な所に私の黒水晶転がして。

「あン? ……あぁ、アンタ効かないのか、これ」

 ――うん。 自分で地脈通って行くから、お願い。

「あいよ」

 

 そうして、目の前で導師一行が消える。

 

 ここは地脈深点で、次元も所々危うい。 ……見つけた。

 

 久しぶりに地脈の中に入る。 ベルベット達といた時はバレないように意識だけ飛ばしていたけど、身体を入れる事も出来なくはないのだ。

 ただ目印がないと迷うというだけで。

 この迷う、というの。 単純な事に見えて、地脈の中で、という冠が着くと大参事になる。 知っての通り地脈は全世界を流れ、巡り、循環している長大にして膨大な脈流だ。

 故に、この中で迷うと距離も時間も一切把握できないまま進み、ようやく出られた場所は大海の真ん中で、しかも云千年の時が過ぎていた、なんてこともあり得る。

 だからこうして、「私の霊力で励起した黒水晶」という分かりやすい目印をザビーダに持って行ってもらう事で、安全策を取ったわけだ。

 

 ――ありがと、ザビーダ。

「うわっ!? 地面からサムサラが出てきた!?」

 ――やっほーロゼ。 

「やっほーって……アンタそんなキャラじゃないっしょ?」

 ――後悔はない。

 

 さて、カースランド島である。

 

 意気揚々と調査に向かったスレイとミクリオ、お守のロゼとエドナから離れて、ザビーダとライラが立ち止まる。 私も首をがっつり掴まれる。

 

「……ライラ。 あんた、どこまで覚えてンの?」

「……知識としてなら、ある程度、ですね……。 カノヌシ様の紋章があった事から予見はしていましたが……」

「ここでカノヌシがやった事は?」

「……断片的ですが……」

 ――ザビーダ。 あくまでライラは残滓だから、カノヌシの記憶があるわけじゃないよ。 

「……そぉだな。 すまん、ちっとばかし気が立っちまってたわ」

「いえ……」

 

 シルバは戻った。

 それは確実だ。 だが、この穢れは……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。