【完結】とある科学の超電磁砲 ANOTHER   作:いすとわーる

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第四巻 後編 【信頼】

 

 とある男が巨大な水槽の中で逆さになっている。しかしどういう構造なのか、男の頭に血が登ることはなく、そして事実男はここ六〇年程この体勢のまま日々を過ごしてきた。

 そんな彼の視界の先に今一人のとある少年が立っている。赤とオレンジの縞模様のシャツに学ラン。右腕の部分はなぜか服もなく丸裸であるが、そんな少年である。

 男は少年に問いかけている。それに対し問答する少年。数時間ほどそんな光景が続いた、そして――

 

「どうだ? 納得してもらえたかな?」

 

 男が話を閉めるように、そんな事を言う。

 

「《幻想殺し(イマジンブレイカー)》」

 

 対する少年は口元に笑みを浮かべる。何か悟りでも開いたかのように。そして男に対し感謝の言葉を口にしどこかへと去る。

 そうこの少年こそが男、アレイスター=クロウリーのプランにとって不可欠な要素であり、その重要な核となる人物なのである。アクセラレータや垣根などは所詮スペアであった。

 顔を歪め笑みを浮かべるアレイスター。そうプランはまだ終わってなどいないのだ……

 

 

 

 

―――とある科学の超電磁砲(レールガン) ANOTHER――

 

第四巻 後編 【信頼】

 

 

 

 

 風紀委員一七七仮設支部。今ここに五人の少女がいる。天井 美琴、佐天 涙子、白井 黒子、初春 飾利、春上 衿衣である。

 それぞれの少女には各々理由がありこの場所に残っている。

 まず第一に天井 美琴、彼女は残念なことに帰る家が《無い》。御坂 美琴であった時代ならば、御坂の父と母、すなわち御坂 旅掛と美鈴のいる家に戻れたかもしれない。しかし今の美琴は天井 美琴である。記憶が戻った今では、本当の家族は《パパ》天井 亜雄であり、彼らは美琴にとっては本当の家族ではない。それ故、ここに残っているのである。

 ちなみに現在は一〇月五日午前一〇時である。

 

「それにしても一体どういうことなのか……驚きですわ……」

 

 そう俯きかげんで呟くのは白井 黒子である。彼女は風紀委員として学園都市解体に向け学生の順次帰宅と各種調整のためまだここに残っている。ただし希望制であったので残らなくても良かったわけだが、残っている。彼女の隣で「……信じられません、そんなこと……」と呟く初春も彼女と同じく居残っている風紀委員である。

 

「でも、御坂さ――じゃなかった、天井さんは私の友達であることに変わりはありません! 今まで通り仲よくやっていきましょう!」

 

「佐天さん。有難う……」

 

 「そうなの~」と春上も付け加える。この二名がなぜまだ学園都市に残っているかというと――

 

「それにしても佐天さん、お家の方心配なさってるんじゃありません?」

 

「いやあまあそうだとは思うんですけど、能力のこともあるし。まあしばらくはこっちですかね」

 

 とは佐天の言である。というのも彼女、実家は関東圏にないのである。もちろん帰ってもいいわけだが、とりあえず無事だったことを報告したあと、学園都市が臨時的に借り上げた学園都市近辺の施設で行っている《能力開発者向けの合宿》を受講中なのである。

 彼女達レベル1は確かに学園都市の中では残念ながらさほど優秀な方ではないわけだが、能力開発を受けていない外部の学生からみれば、桁違いに優秀なのであり、それ故普通の学校に臨時に通うわけにもいかず、また上位の能力者のようにこれを期にと実家に帰り《休憩》していては、伸びるものも伸びなくなってしまう。

 それ故彼女は親の薦めもあって超能力者向けの臨時の講習を受講中であり、そんなわけで場所的にも学園都市とは近いので白井のテレポートの力を借り《無許可で》今ここにいるわけである。

 

「私も帰る家がないの~」

 

 とは春上である。彼女は置き去りと呼ばれる学園都市に学費のみを振り込み、それ以後親が行方をくらましてしまう、という境遇の子供の一人であり当然身の引き受け先がないため佐天と同じく合宿中なのである。

 しかし現状備品も十分にあるわけではなく合宿とはいうものの授業が行われるかは日によって決まるという感じであり、今日は休みの日であったためこうして集まっているのである。

 ちなみに、白井と初春にとっての風紀委員の先輩である固法は用事でどこかに出掛けてしまっている。

 

「許せない話ですよね、全く! 人間をなんだと思ってるんだか!! あ、天井さんのことじゃないですよ、ただ勝手に人のクローンを大量に作って軍隊にするなんて……」

 

 と先程から憤慨した様子の佐天。

 とはいえそれで生まれた天井がいる以上下手なことが言えないのも事実。場に沈黙が流れる……

 

「まあとにかくですわ、今考えなくてはいけないのはそこではありませんの。実は、初春が掴んだのですが、初春あれを持ってきて!」

 

「わ、分かりました!」

 

 話題を転換するため白井は今日ここに集まっている理由であるもう一つの議題を切り出す。「これです!」と初春が取り出したのは『Engel』と書かれた資料である。

 

「風紀委員の仕事の合間に探してて見つかったんです。どうやら《レベルアッパー事件》にも関係してるみたいで……それで今日は佐天さんもいるのでちょっとお話を聞こうかなと」

 

「ふ~ん、そうだったんだ」

 

 そんな軽い調子で佐天。

 ちなみにインディアナは学園都市が崩壊したのと同時に安全の確保の観点からステイルが引き取り現在はイングランド共和国である。

 昨日、『実は私の名前はインデックスではなくてインディアナ=クロムウェルだったんだよ』という今更もう一度自己紹介される、よく意味のわからない電話を受けた彼女であるわけだが――当然『知ってますけど、何か?』と佐天は返した――とにかくレベルアッパーといえば、むしろインディアナが活躍したという印象の彼女であるだけに「(私で役に立つかな~)」と思うところもあるわけだが、基本的に彼女はこういう話が大好きである。少し心が浮き立ってくる。

 

「……これなんですが――」

 

 そう言い資料の概要を話す初春。内容は以下のようであった。

 《Engel》とはAIM拡散力場からなる力の集合体。レベルアッパー事件の際現れたAIMバーストがこれの一種であるらしく、これを世界規模で展開するためレディオノイズで作り出されたシスターズを技術協力という形で世界各地に展開させ、それを元に世界規模で《Engel》を発現させようという計画があった。

 しかしどうやらそれには、学園都市に住む学生が発するAIM拡散力場の集合体とシスターズが必要だったらしく計画は実行不可能となった為凍結する。という内容であったらしい。

 

「……学園都市解体と同時に流れてしまったらしい機密文書なんですが、ミサカというと御――天井さんかなと思いまして、それで」

 

「はぁ~」

 

 とため息をつくのは天井ではある。分かっていたことではあるが少し空気がおかしな雰囲気になってしまっている。どうしたものかと天井。

 とはいえまあ仕方の無いことなのかもしれないと思い直す。

 クローンであるということはこの四人以外に明かす気は毛頭無い天井だが、これからは天井 美琴として生きていくことは決めたこと。《世界都市》において常盤台が復校したとしても彼女はそこではなく別の中学――霧ヶ丘女学院あたり――に通学しようと思っている。

 

「(ま、頑張って行くしかないわよね)」

 

 そう思い返し元気な調子で話を続ける天井。初春や佐天も極力いつも通りな様子で会話を続けてくれる。春上はどちらでもよいといった様子。白井は白井で特に気にしていないようだ。

 

「ごめんなさい。お役に立てなくて……」

 

「ううん、いいんです気にしないでくださいな」

 

 と、しばらく話し合っていたものの特に成果は出なかったことに対し言う佐天に白井はそう返す。「もとより話のついでという感じでしたから」と付け加える。

 そんなこんなで話し合っていると支部の備え付けの電話が鳴る。

 

「はい。風紀委員一七七支部」

 

「すいません! この近くに住んでいる学生なんですが、スキルアウトがなんかたむろしてて、それで通報を」

 

「了解いたしましたの。そちらの詳しい場所を教えていただけます?」

 

「はいっ! えーと場所は――」

 

 それを聞き終え「それでは少々お待ちくださいな。すぐ参りますので」と答えると、電話を置く。「どうしたんですか?」と聞く佐天。対して白井は呆れ様子で

 

「スキルアウトの残党ですの。それにしても……今学園都市に住んでいる学生って、もうちょっとマシな言い訳はなかったのかしら」

 

「まあ不良に同情してもしかたないですよ。どうするんです? アンチスキルに通報しますか?」

 

 と初春。「この程度アンチスキルの手を煩わせるまでもありませんわ!」とテレポートしようとする白井。天井が彼女の手を掴む。二人が風紀委員支部から消える。

 

「相変わらずですね~」

 

 そう微笑ましげに呟く佐天なのであった。

 

 

 

 

 

 第七学区とある裏路地にて――

 

「上手くいきましたね」

 

「あぁ。後は駆けつけてきた馬鹿な風紀委員を人質に……」

 

 と喋っているのは金髪に鼻にピアスをしている、いかにもチンピラという容姿の少年。仲間達一〇人程と共にたむろしている。

 とはいえ装備はアサルトライフルであり危険度からいえば不良の領域を大きく逸脱している。

 そんな路地裏に二人の少女が現れる。白井と天井だ。一瞬のうちに顔が醜く歪むスキルアウト達。しかし――

 

「「「「「グハッ!!」」」」」

 

 天井の電撃により瞬時に無力化される少年達。一人リーダーらしき男だけは白井がテレポートを使い武装解除した後、釘で壁に張り付けにする。

 驚きのあまり声を失う少年。ちなみに彼が金髪に鼻ピアスの少年である。

 

「ひ、ヒィィィィィッ!」

 

 目の前の光景に思わず悲鳴をあげる少年。そんな彼に対し天井が口を開く。

 

「……で、なんか企んでたみたいだけど。一体何をするつもりだったのかしら?」

 

「お、俺たちはただ……」

 

 と最初は答えるか迷い気味の少年だったが、天井が電撃を近くにあったゴミ箱に当てると恐怖して喋りだす。

 

「窓の無いビルにいる理事長と直接交渉をしようと思って、それで人質を取ろうと……」

 

「なんの話ですの?」

 

 とは白井の言である。何を目的にこんなことをしていたのかと思ったらそんな無意味な事を。力を失った統括理事長ごときに何が出来るというのだろう。

 興味も失せた白井は携帯を取り出すとアンチスキルへと連絡する。少年達の身柄を引き渡す為だ。「ではお姉さまも――」と顔を向けようとして

 

「成程、統括理事長ね。そういや、そんな奴いたわよね……」

 

 と何やらブツブツと呟き考えている様子の天井。「あの~お姉さま?」と問いかける白井に「よし! 行くわよ黒子!!」と電撃でリーダーらしき男を気絶させると、どこかへと走り出していく天井。

 「お姉さま。ま、まさか!?」とは白井。そう彼女には分かってしまったのだ。天井が何をしようとしているかが。そう彼女がしようとしている事は……

 

「ちょっと行ってみましょうよ黒子。窓の無いビルに。もし統括理事長がいたなら、今までの責任きっちりと取ってもらいましょ! さ、行くわよ!!」

 

 とテレポートをせがむ天井。もちろん白井の発言は決まっている。冷静な彼女のことである。そう答えなど決まっているのだ。

 

「了解しましたの!!」

 

 彼女は白井 黒子。学園都市の治安を守る風紀委員にして熱血漢、そして始末書常習犯。

 悪がいるとすれば、裁けない悪がいるなら自ら乗り込みジャッジメントする。それこそが、彼女白井 黒子なのである。

 早速、窓の無いビルへと連続テレポートで向かう二人。

 

「……結局、随分と面白いことになってる訳よ」

 

 そう呟く少女の声が白井達が消え失せた通りに響く。

 

「ねぇ、さっきからそこで隠れてるあんたも一緒にどう?」

 

 そんなことを少女は裏路地の屋根に向かって叫ぶ。鼻を鳴らすような声が裏路地に響き渡る。そして何か物音がしたかと思うと上空から小さな石ころらしきものが降ってくる。

 

「面白くなってきた訳よ!!」

 

 それを見届け金髪に青と白が基調のロリータ風の可愛しい服を着た少女:フレンダ=セイヴェルン――まるで不思議の国のアリスの主人公のようだ――は空を見上げ、楽しげに明るい調子で、手を空に伸ばしつつ言うのであった。

 

 

 

 

 第七学区、窓の無いビル。学園都市統括理事長が住んでいると噂されているビルであるここに、今白井と天井はいる。

 内部の状況はいたって普通。どこか真新しい研究所のようであり、床は綺麗に磨かれた青光する金属で敷き詰められている。

 

「ここですわね」

 

「じゃ、行くわよ」

 

 そんな掛け声を交わし二人は進む。セキュリティシステムのようなものは無いのか、それとも二人が気づけていないだけなのか、とにかく道なりに進んでいく。しかし――

 

「ここ、階段とかありませんの?」

 

 とは白井である。とりあえず散策という感じで歩いているもののどういうわけか、同じところを何度も歩いているような感覚になってくる二人。

 というのも、道の途中にいくつか部屋のようなものはあるものの同じような構造の連続であり、没個性化されており、どこを歩いているのかよく分からなくくるような構造になっているからだ。

 とはいえ、なんとか階段らしき場所を見つけ登ってみると……

 

「おお、久しぶりじゃねぇか! ビリビリ中学生!」

 

「あ、アンタ!?」

 

 大きな広間のような場所に出る。どういう構造なのか、ビルよりも遥かに広い床面積があり、横幅は七〇〇メートル強、縦幅も同じくらいの長さがある。そんな部屋に一人の少年が立っている。黒髪のツンツン頭の少年だ。

 

「あの人から侵入者があるって言われてきたけど、オマエかよ。たくっ、相変わらずだな」

 

「誰ですの?」

 

 とは白井。天井へと振り向いてみると――

 

「……アンタ……」

 

「なんだぁ、その顔! ひょっとして俺と会えなくて寂しかったけど、久しぶりに再会できてワッフーとか喜んじゃってる。いやー流石に上条さんもそういうのは――」

 

「付き合ってられないわ」

 

 と急に冷たい声でそう返すと、鋭い目で天井と白井を睨み付ける。思わずビクリとする天井。白井は戦闘態勢へと移り変わる。

 

「……黒子。ここは私に任せてくれる?」

 

「お、お姉さま!?」

 

 驚愕の様相で天井を見つめる白井。だが天井の決意は変わらないのか、それ以上なにを口にすることもない。

 

「分かりましたの。絶対に生きて帰って来てくださいね」

 

「勿論よ。アンタもね」

 

 直後白井の姿がその場から消える。天井と上条と名乗った少年がそこに残る。不敵な笑みを浮かべる少年。そして――

 

「じゃあ《本気でやっていいんだよな?》」

 

 そんなことを言うと相変わらずの笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 上条 当麻。それがこの少年の名前である。

 彼に転機が訪れたのは七月二〇日早朝のことだ。それ以来彼の人生は変わった。

 そう《能力に目覚めた》のだ。彼の超能力は《未来予知》。未来に起こりうるあらゆる可能性を幻想することで最適な一手を打てるようになる能力。

 無論彼が気づいていなかっただけでそれはこの学園都市に来た当初からすでに開発されていた能力。ただ彼が《気づいていなかった》だけなのだ。

 少年は正義感に溢れた人物だった。路地裏に《不幸にも》迷いこんでは《不幸にも》不良達と出くわし《しかし何度となく無事に》時には《不良に絡まれていた被害者を助けだし》路地裏から這い出してきていた。それは快挙といえるだろう。

 学園都市の不良、それは日本や文明国の不良とはまるで別物である。

 能力者を敵外視する彼らにとっての生き甲斐は超能力者狩り、そしてそれに味方する生徒達への暴行、窃盗、強姦、そして誘拐行為だ。

 それ故、学園都市は再三に渡り生徒達に裏路地を進まないよう警告していたわけだが……時には路地裏を進んでしまう生徒達も現れる。彼らが無事に出てこれるかは《運》しだいであり、不良達と出くわせばまず《無事》には出てこれない。

 そんな中で少年は、ただの一度たりとも病院送りになったり、カツアゲされたり、《失踪》してしまうことなく、何度もそんな路地裏を切り抜けてきた。

 

「私がアンタに会ったのって、どこの路地裏だったかしらね?」

 

「……さあな。昔の事で忘れちまったよ」

 

 そして天井が上条に会ったのもそんな路地裏であった。

 彼女、天井もまたそんな路地裏の状況を嘆いている一人であったからだ。しかし彼女はレベル5の超能力者だ。レベル0が大半である不良など敵ではなかった。しかし少年は違った。

 天井が電流を発生させると上条へとそれを放つ。高速で移動する電気。しかし――

 

「タクッ。あぶねぇな」

 

 いつの間にか彼はそれを、本当にいつのまにか電流の行き着く先へと右手を振り向けると、パリンッ、という効果音とともにそれを打ち消す。

 そうこれこそが彼の《二つ目の》能力。《幻想殺し(イマジンブレイカー)》である。

 上条 当麻は《多重能力者(デュアルスキル)》。

 脳への負担が大きすぎるため実現不可能と言われていた二つ以上の能力を持つ学園都市第一の超能力者であり、アレイスターの切り札であったのだ。

 

「相変わらず気味が悪いわね」

 

「フンッ! これがなきゃ、お前今ごろ殺人罪で牢獄送りだぜ? むしろ感謝してほしいぐらいだけどな」

 

 相変わらずヤレヤレといった様子の上条。

 そう彼は七月二〇日まで未来予知の能力を知らずこの能力だけで路地裏をすり抜けてきたのだ。

 無論、どこかで自覚していたのも確かだろう。実際彼は運が良かったのだから。

 普通の人間が、路地裏で不良に、ある時は《拳銃》を持った不良を隙を見つけてとはいえ素手で倒してきた上条である。

 自覚していなかったかつての方がおかしかった、といえるだろう。

 

「俺って《幸運》だよな」

 

「はぁ?」

 

 突然そんな事を呟く上条に怪訝な様子で天井。少年は続ける。

 だって俺は《選ばれたからさ》と。

 

「なあビリビリ。この世で《自分の幻想》を現実に出来る奴ってどれくらいいるんだろうな」

 

「……」

 

「ダンマリか、まあいいけどさ。俺はさ選ばれたんだよ《彼に》。この世界を変える力を与えられたんだ! 俺はこれを使って《世界を救う!》」

 

「……気でも狂ったの? あんたごときに世界が救えるわけないでしょ、身の程を弁えなさい」

 

「随分と喧嘩腰だな……でもまあ思わねぇかビリビリ。この世にはクズな奴が多すぎるって」

 

 そう言うと今度は顔を歪めつつ上条は続ける。

 

「常識の通じねぇ奴等。目の前の困ってる奴を助けねぇ奴等。核爆弾を止めることの出来るスイッチが目の前にあっても押さない奴等。こいつら全員クズ野郎だとは思わねぇか? 生きている《価値》なんてあるのか?」

 

「ならさぁ、この俺が変えてやればいい。アイツらを変えてやればいい。正しいのは《俺》だ。俺の正義こそが《絶対》。他の奴等は全員俺の言うことを《聞いていればいい》。世界は俺の考える通りに《進めばいい》。世界の行く末はこの《俺が決める》」

 

「そんな力を《俺》は《アレイスター》から与えられたんだよ」

 

 そこまで言うと爆笑し始める上条。

 そう彼は狂っているのだ。正義に捕らわれた者の末路、それが上条当麻、彼である。

 

「……とんだ《クソ》野郎もいたものね」

 

 だからこそ天井は続ける。

 

「人を助けるか助けないか、それは各個人が決めることよ。アンタが決めることじゃない。人は人によって色んな状況に生まれて、そして育つ。その中で大切なものや大事にしようってものを決める」

 

「価値観は人それぞれ、でもそれは皆が違うから。似ていても全然別の存在だからよ。人が何を大事にするかは人それぞれで決めること。そして《正義》だってそんな価値観の一つ! 他人にどうこういわれる筋合いなんか無い!」

 

「はっ、偽善者が何をほざ――」

 

「偽善者はどっちよ!!」

 

 電磁力の力を利用し上条に突撃しながら天井。

 しかし上条はそれを避けきると、いつの間にか天井の後ろに回り込み停止し振り返った天井の頬に右手を振りかぶる。一〇メートル近く飛ばされる天井。どういう訳かすさまじいパンチである。床に倒れ込む天井。

 だが彼女とてレディオノイズ計画で軍用クローンの素体として生み出された少女である。受け身を取り体勢を立て直すと、一気に距離を取る。

 

「はっ! か弱い女の子かと思いきや、なかなかやるじゃねぇか!」

 

 今度はこちらの番とばかりに天井に突撃してくる上条。磁力の力を使い天井(てんじょう)へと移動する天井(あまい)

 

「アンタは一体何がしたいわけ?」

 

「何だ突然」

 

「いいから答えろ!!」

 

 電流の槍を生み出し上条に投げつけながら叫ぶ天井。

 右手でそれを打ち消すと上条は答える。

 

「だから言ってんだろ、俺は世界を――」

 

「だから《アンタは》何がしたいのよ!!!」

 

 顔を歪める上条。つまり怒っているのだ、お前は何を言っているのだと。

 この《俺が》分かるように話せと。

 

「さっきから聞いてたら、他人がどうの、世界がどうのって、一体あんたは何がしたいのよ! 一体、何に捕らわれちゃってるわけ? 世界は一体何の為にあるわけ? その正義の果てにアンタは一体どういう世界を予想してる!!」

 

「他人が他人を思うだけの世界? はっ! 私は嫌よそんな世界。確かに他人も大事だけど、それは私が他の人と居て《楽しい》って思うから。結局はあんただってそうなんでしょ?」

 

「私はこの世界で自分のしたいことをしたい。自分がやりたいって思うことをね。そしてそれは誰だって、皆思ってること。だからこそ協力して、違う価値観を持ちつつも皆、毎日を過ごしていってる!」

 

「アンタは結局自分の気に入る奴だけを世界に居させようとしてるだけじゃない! 正義とか常識とか、結局それってアンタの《価値観》でしょ? んなもん押し付けられても、こっちは迷惑なだけだっていうのよ!」

 

「……そんなこと俺だって分かってるよ!!!! でも捕まっちまったんだ!」

 

 そこで突然上条の様子が激変する。先程とはうって変わってである。

 表情も怯えているように見える。

 

「両親が、吹寄 制理(彼女)が人質に取られた……親友だと思ってた奴がいきなり俺の右腕を切り落としやがった!! もう、訳分かんねぇんだよ!」

 

「助けてくれ! 助けてくれよ!! 誰か俺を助けてくれよ!!!」

 

 そう地面に伏せると泣きじゃくる上条。

 

「だったら、素直にそう言えバカァァァァァ!!!!」

 

 電撃を発生させると、それを上条へとぶつける。上条が右手を動かすことはない。彼は気絶する。

 そうつまり彼は自分を止めてほしかったのだ。

 心の内では分かっていたのだ。世の中の全ての人を救えると思っていた《かつての》自分が間違っているということを。

 何故なら彼は、七月二〇日、あの日すでに決めていたからだ。自分の人生を生きると。地に足を着いて出来る範囲で正義を為すと。

 たとえ世界のどこかでインデックス(嘆いている者)が居たとしても自分の幸せを追求しようと、あの日決断していたからだ。

 優しく温かい家族と意地っ張りでも真面目でお節介で可愛い彼女:吹寄 制理とのかけがえのない思い出を大切にして、これから一緒に過ごしていくのだと。

 未来予知の能力によって《インデックスと関わると記憶喪失に陥る》と、それが分かった上条はあの日、インデックスを助けることなく、その直前にメールで告白してきた吹寄とデートに向かったのだ。

 

「ありがとな、ビリビリ……」

 

 そう言い残し彼は気を失う。怒りに燃える天井。上条が通って来たとおぼしき階段を登りビルの最終層へと向かう。そしてそこでは――

 

 

 

 

「ふむ。来訪者か……」

 

「本当に人がこんな所に住んでいたとは……驚きですわね」

 

 巨大な水槽の前にいるのは白井 黒子。そして彼女の目の前で水の中逆さに浮いているのは、アレイスター=クロウリーである。

 

「アレイスター=クロウリー。《Engel》を利用し学園都市を、そして世界を混乱に陥れようとしたこと、決して許されることではありませんわ。大人しくお縄につきなさい。わたくし――」

 

「ジャッジメントですの!」

 

 と左手で右腕の裾を引っ張り腕章を見せつつ白井。対してアレイスターは笑う。

 

「何を言うかと思ったら随分と面白い子が来たものだ……そんなくだらないことの為に命を使うとは。これはもう道化としか言いようがないな」

 

 そう呟くと白井の横からもう一人アレイスターが現れる。当然驚く白井。瞬間的にテレポートする。

 そしてそれは正解であった。なぜなら数瞬後そこには何も無くなっていたからだ。空気もなにもなくなる。そして気圧の関係から暴風が部屋を吹きすさぶ。

 

「その攻撃は――」

 

「そう君も良く知っている《魔術》だよ。私は学園都市第6位レベル5の能力者:《幻想転移(イマジンインポート)》。かつて有り得たかもしれない自分を呼び出す能力。そこにいる私は聖人の力を失っても、最強の《魔術師》となった私だ。君ごときでは太刀打ち――」

 

「黒子ぉぉぉぉ!!!!!」

 

「お、お姉さま!!」

 

 とそんな掛け声と共に部屋の左端、階段下から天井が掛け上がってくる。「チッ!」と舌打ちをするアレイスター。「イマジンブレイカーをたぶらかしおったな!」と口調も古めかしいものになる。

 そんな彼を他所に彼の周囲にある機械を破壊しようと天井が電撃を放つ。ショートさせるためだ。

 しかし、機械が不調になる気配はみられない。

 

「無駄だ。その程度の攻撃は予想済みだよ」

 

 そう呟きつつ、もう一人の自分に天井を攻撃させようとする。天井をテレポートで拾う白井。攻撃を避けきる。再び舌打ちをするアレイスター。

 どうやら彼は本当に追い詰められているらしい。と――

 

「こ、こんな時に電話ですの! それもテレビ電話? フレンダ先輩?」

 

『あー、もしもし? 黒子聞こえてるー?』

 

 と携帯を起動してもいないのに声が携帯から響き渡る。どういうことかと思っていると……

 

『白井さん! そこの座標を取得しますので、絶対に携帯を切らないでください!!』

 

「う、初春?」

 

 今度は響く初春の声に驚く白井。もちろんこの間も戦闘は続いている。テレポートで逃げ続けている白井。と――

 

『座標確認しました! 白井さん、携帯のカメラでその部屋を映し出してください!』

 

『頼んだわけよ!』

 

「?? どういうことですの?」

 

 良くわからない様子の白井。しかし『早くしなきゃだめなの!』と春上の声まで響いてくると、とりあえず何だか良くわからないものの、部屋を携帯のカメラで映し出し始める。

 『結局これで終わりな訳よ!!』と今度はフレンダの声。すると――

 

「ど、どういうことだ!」

 

「す、凄いですの!」

 

 目の前の機械。凄まじい重量とそして大きさの機械がドンドンと消え失せていく。

 焦るアレイスター。何かを確認するような素振りを見せると――

 

「砂皿! 第七学区エリア一四の六六五の校庭だ! 狙え!!」

 

 と叫ぶアレイスター。『了解……』そんな声が部屋に響く。何か銃らしきものが発射される音がする。

 しかし『テレポートか!』っという怒声がしたかと同時に『グハッ!!』という男の声が聞こえると、それきり通信が途絶える。

 そして『ふふふっ、これで私を能力者にしたあの男にもようやく復讐できたわね!』という女の声と『エアーシュートの力をみ――』バタリと地面に倒れる音と共に佐天の声が響き渡る。

 

「おのれ、こうなったら!」

 

 と我を忘れ何かをしようとするアレイスターだが、その顔に驚愕が走る。というのも――

 

『あっ、例の超小型カメラはこちらでハッキングさせてもらいました! あとそこの通信システムは全部遮断しましたんで』

 

 そんな初春の声が響く。そして――

 

『全部テレポート完了な訳よ!』

 

『お姉ちゃん! これがレベル5の実力にゃー。アレイスターとかいう奴、思いしったかー』

 

 そんな声が響いたかと思うと巨大な水槽が無くなり、そこにいた《アレイスター》も姿を消す。

 と、水槽の基盤になっていた機械から一人の男が這い出してくる。「そ、そんな馬鹿な!!」と叫んでいるが風前の灯火という様子である。それを見つめる二人。気を失う男、いや《生身の本物のアレイスター》。

 こうして学園都市統轄理事長は、この街で築き上げた全てを失うことになったのであった。

 

 

 

 

 

 とある日。朝。男は病室で目覚める。白い壁で囲まれた個室であり、太陽光が差し、風通しも良いという心地よい部屋だ。そしてそこには――

 

「ふふふっ、久しぶりですわね、お父様」

 

「グランパ、お久しぶりです」

 

「初めまして級に久しぶりなんだよ」

 

「やっぱり生きてたのね。さすがお父様、ゴキブリ並みにシブトイわね」

 

 彼の家族が、ローラが、ステイルがインデックスが、シェリーが立っていた。しばし呆然とするアレイスター、いやオリヴァー=クロムウェル。そして――

 

「ふぅー、ようやく出てきてくれたね? オリヴァー、君は信じていなかったみたいだが僕は君を救おうとずっと思ってきたんだよ? どうだい久しぶりの生身の体での世界は?」

 

「ヘブンキャンセラー……」

 

 そう呟き思い出す。そうだ俺はあの日……

 

「オリヴァー、君はもうちょっと人を信頼するべきだと思うね? 君、別に《大魔王》になりたいって訳でもないんだろう?」

 

 とヘブンキャンセラー。

 そうだった、と思い出すオリヴァー。

 リチャードに裏切られ、もう誰も信じられないと思い、何としてでも自分の望みを叶えると、その為に名乗ったアレイスター=クロウリー。

 だが、そんなことをしなくても、自分にはすでに自分を慕い、信頼してくれる家族が仲間がいたのだとオリヴァーはそんな当たり前のことを思い出す。

 

「時は進み、人は変わり、そして世界も変わっていく? 君ももう歳なんだ? そろそろ引退してみるのもいいんじゃないかな?」

 

「そうだな……」

 

 呟くオリヴァー。もういいのかもしれない。ベットから起き上がり窓へと近づいていく、どこかから小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 

「世界はこんなにも美しかったのだな」

 

 振り向くとそこには彼の愛する家族がいる。これ以上の幸せはないだろう。

 その後、オリヴァーは彼の家族と共にイングランドに帰り、その永い寿命が尽きるまで穏やかに暮らしたという。世界は平和になったのであった。

 

 

 

FIN

 

 

 

 

 




・あとがき

 こんにちは。作者の《いすとわーる》です。
 《とある科学の超電磁砲 ANOTHER》は、これにて完結です。楽しんでいただけたでしょうか?

 さてところで、原作《とある科学の超電磁砲》のテーマは競争社会に生きる人々の苦悩です。これに関しては、《とある科学の超電磁砲 ANOTHER》でも同じくテーマになっています。
 一方で《とある科学の超電磁砲》の姉妹作品であり、このスピンオフ作品が生まれる元となった《とある魔術の禁書目録》で伝えたいことは
『たとえ何者であれ目の前で困っている人がいれば助ける』
 ということの大切さです。
 加えて
『正義とは常識であり、それを全ての人に徹底していくのが真理である』
 ということです。

 他方でこのANOTHERの伝えたいことは
『正義は大切だけれども、地に足をついて出来る範囲で人を助けていこう』
 ということです。また
『正義は多様であり、人によって様々な形がある』
 ということです。

 二次創作をするとテーマや伝えたいことが、原作と重なり合ったり、時には反発したものになることもあると思います。
 その上で純粋に物語に向き合い、自由に発想して、登場人物達を動かし、創作活動を楽しむこと。
 これこそ二次創作の本懐ではないでしょうか?

 さて話すべきことは終えたので、これであとがきを締めたいと思います。
 感想など頂ければ、嬉しいです。
 それではまたどこかでお目にかかれる日まで。

 二〇一六年一〇月一五日

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