【完結】とある科学の超電磁砲 ANOTHER   作:いすとわーる

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第三巻 前編 【地獄の底】

 

 九月二三日。学園都市第七学区、繁華街にて

 

 

「う~、もうやだ~~~こんな毎日やだ~~~~~!!」

 

 と両手を挙げ叫んでいるのは佐天 涙子。時刻は午後九時。学園都市で定められた完全下校時刻はもう過ぎている。とはいえ勿論、街に光はあるし人もそれなりに歩いている。まあ、男女のカップルが日中より多かったりもするのだが……

 近くで微妙にいい雰囲気になってるそんな一組に対して「ガルッゥゥゥゥゥ!!」となんか番犬みたいな感じで睨み付ける佐天。「なにあの子?」「あっちいこうか」何処かに去っていくカップル。

 

「はぁ~、私何やってんだろ……」

 

 ため息をつく佐天。ちなみに彼女は今学校の補講の帰り道である。九月一杯までこれは続くわけだが、そんなわけで彼女の放課後はいつもこんな感じであった。無論、仲良しの五人組――初春、春上、御坂、白井――ともここ数週間会ってない。平日はいつもこの時間であるし、休日はその疲れでそれどころではないからだ。時折電話で「う~い~はーる~~~、もう、もうやだよ~~こんな生活~~~」と話しても「まあ塾行ってる人はそんなもんですよ。頑張ってください」とつれない。ただ一つ良いことがあるとすれば……

 

「えへへへへ、今日は何食べよっかな~~~」

 

 預金残高が七桁になっていることだ。いままで仕送りや奨学金――ほぼ無いようなものではあったが――で細々と「う~ん、欲しい服もあるし……今日はもやしでいっか……」とさもしい毎日を送っていた七月までの事を思うと、その点に関しては佐天にとって僥倖であったといえた。それにどういうわけか……

 

「『う~ん、私はそのお金で買った食べ物いらない。もやしでいいよ』っだなんて、全くインデックスも堅いな~ 貰えるものは貰って使っちゃえばいいのにね~」

 

 「ふふふ、それにしてもあの《赤髪の江戸っ子シスターさん》太っ腹すぎだよ。あの人元気かな~」と佐天。そんな感じで帰り道のスーパーで特上本マグロの握り入り高級寿司盛り合わせともやし一〇袋を買って帰路を急ぐ佐天。気を取り直したのか今はステップしている。と――

 

「ん? あれは?」

 

 そんな彼女の目に入ってきたのは――

 

「お~い、御坂さ~~~ん!!」

 

 そう御坂 美琴である。それに反応して御坂が振り向く。ゴーグルをはめている。武骨な感じの、軍人がはめてる感じの。

 

「イ、イカしたゴーグル? ですね。こんな時間にどうしたんですか? 寮監さんに見つかったら大変ですよ~~~」

 

 とちょっとふざけた感じで絡む佐天。すると、プィッっとそのまま彼女から視線をそらすと何処かへとそそくさと歩いていってしまう御坂。ちょっと固まる佐天。周囲からも「なにあの子?」「アンチスキルに通報したほうがいいかな?」みたいな声も聞こえてくる。え、えぇーーーーーーー

 

「ちょ、御坂さん! わ、私、私です佐天です!! 佐天 涙子ですよ! 最近会ってなかったですけど、ほらっ! 初春の親友の!」

 

 追い付くと前に回り込み必死に御坂にアピールする佐天。しかし――

 

「ちょお! み、みさかさ~~~~~~ん!」

 

 突如全力疾走で何処かへと走り去っていってしまった。なんかこう――

 

「わ――」

 

 そうこれはもう――

 

「私、もしかして嫌われた……」

 

 最悪の気分であった。そのまま魂が抜けたように帰宅する佐天。「おかえりなんだよ~、ってるいこどうしたの!?」「うんただいま……ねぇ、インデックス、私……私っ! びえぇぇぇぇぇん!」「る、るいこ!?」とまあそんなやり取りの後、インデックスになだめられ、「うん、きっとみことも疲れてたんだよ。今度あったら聞いてみたら」「うん、そうする」みたいな感じで終わる彼女の一日なのであった。

 

 

 

 場所は変わり、学園都市第一九学区。とある廃工場跡地に重厚な合成金属製の鎧と白髪のおそらく少年――少女かもしれない、中性的な顔つきである――が数メートルの間隔をあけ立っている。

 

「でっ、今回はどんな感じで進めるンだっだっけかァ?」

 

 少年が口を開くと『はい』と鎧から声が答える。

 

『今回からは《ミサカ》に加えて、同じく《駆動鎧(パワードスーツ)》を着込んだ二人目の《ミサカ》とも戦うことになっています、とミサカは計画書読んでねぇのかよブァァカッ! という気持ちを隠しつつ忠実に答えます』

 

「隠せてねェよ」

 

 と少年。それからしばらくして――

 

『お待たせしました。実践で着るのは初めてなので手間取ってしまって、とミサカは定番の言い訳を口にしながらイソイソと《実験現場》に到着します』

 

 最初にいたスーツが言っていた二体目のパワードスーツが元は入り口であったらしい場所からガコガコ音がしそうな、でも実際は無音でなめらかに動く武骨なパワードスーツを操り工場跡地へと入ってくる。

 

『実験開始時刻は午後一一時です、ちなみに現在の時刻は午後一〇時五五分五七、五八、五九、現在午後一〇時五六分です、とミサカは時報のごとく報告します』

 

「ハイハイ、ありがとありがと」

 

 パチパチと手を叩きながら少年。続けてスーツからの声が答える。

 

『今回はミサカから少し話したいことがあるのですが』

 

『すこしお時間いただいてもいいですか、と』

 

『ミサカは』

 

『問いかけます』

 

 まるで示し合わせたように完璧なタイミングで言葉をつなげるスーツからの声に「リレーすンじゃねェよ、気持ちワリィな」と少年。暫し沈黙が流れる。

 

『暗黙の同意と受け取り』

 

『ミサカは』

 

『話をはじめようと思います、と』

 

『ここに宣言します』

 

 そう切り出すと

 

『一つ質問なのですが』

 

『なぜ』

 

『あなたは』

 

『《かつて》』

 

『戦闘前に』

 

『ミサカ達に話しかけてくれて《いた》のか、と』

 

『ミサカは暗に最近話さないけどなんか心境の変化でもあった?』

 

『という気持ちを込めて問いかけます』

 

「あァ? なンの話だ?」

 

 と少年。しかしスーツからの返答は無い。一応頭に「うーン」と手を当て「あァ、あれな。ハイハイ」と続ける。

 

「そりャあれだろ。《面白かった》からじゃねェか?」

 

『面白いとはどういう意味ですか? と、こいつサディストかなという目測をたてつつミサカは続けて問いかけます』

 

「サディストっておめェ……いやまあ違ェともいいきれねェけど……」

 

 とそこで言葉を区切り

 

「まああれだよ、期待してたからじゃねェか? おめェらが《もうこんな実験したくありません》って言うかどうか」

 

 スーツから息を飲む声が聞こえる。『それはつまりあなたはミサカ達を――』

 

「つまりさ、あれだよ。つまんなかったァってのか一番あってるンじゃねェか?」

 

「だってこちとら『プチプチプチプチ』毎日毎日同じ顔の奴を《なン匹なン匹も》《殺さなくちゃ》ならないンだぜ?」

 

「やってらンねェんだよ正直さ」

 

「だから命乞いで《泣き叫んだり》してくれたら、まァちったァ気も紛れるかとァ思ったんだが」

 

「まァ、徒労に終わったわな」

 

『つまりはサディストであるということでいいのですね? と』

 

『ミサカは確認をとります』

 

 対して「まァオマエがそう思うんならそうじャねェのか」と少年。しかし、しばらくして――

 

「あァ! そうか、そういうことかァ!」

 

 突然笑いだす少年。『どうかしましたか?』と声。それに――

 

「さっきのオマエの言葉をもう一度考えたらちょっと面白れェことに気づけてよォ」

 

 つまりあれだ、と続ける。

 

「オマエはこう思ったわけだ。まさか俺がこんな事をいうのは『自分を助けてくれようとしてるんじゃないか?』っておい、どう? これェ、当たってるかァ? アァ?」

 

 そこで再び爆笑する少年。『かもしれません、と』『ミサカは息を飲みつつ答えます』 返す声。「……オィオィマジかよ」と少年。

 

「オマエは本気で思ってたわけか? もしかしたら自分達を助けてくれる《ヒーロー》みたいなやつがこの世にいるんじゃないかって?」

 

 すると少年はニンマリと顔を歪め。

 

「いるわけねェだろバァーカッ! オマエ《単価一五万》で造れるただの《モルモット》だってのォ! 俺を《絶対能力者(レベル6)》にするためのなァ」

 

『実験まで残り五秒、とミサカ一〇二八二号は報告します』

 

「オィオィまさか俺、オマエの中でヤンデレみたいな扱いになってたわけじゃねェよなァ? 気持ちワリィナ……一応言っとくけど俺オマエのこと《踏み台》としか思ってねェから」

 

『実験を開始します、とミサカ一〇二八三号は報告します』

 

 とそこまで言ったところで少年を挟むように立っていたパワードスーツが、地面を蹴り少年へと突撃してくる。「つまんねェなァ」と少年――学園都市第一位、最強の能力者であるアクセラレータ――は呟く。

 彼の能力はベクトル操作。動きの向きを変える能力。そして、彼が常時発動しているのが――

 

「(たくっ、《反射》で終わりたァつまんねェ戦いもあったもンだよな)」

 

 そう反射である。向かってくる物体の向きを変えその運動量をそのまま跳ね返す。つまり、次の瞬間アクセラレータの《顔面》と《心臓》を貫くであろうパワードスーツの攻撃は――

 

『ミサカは――』

 

『期待していました……』

 

 《反射》の結果――

 

『しかし――』

 

『これで良かったのかもしれません』

 

 ズブッという音と共に――

 

『なぜならミサカ達は――』

 

『これで心おきなく実験を終了させることが出来るからです、とミサカはここに高らかに宣言します』

 

 彼の首と手と足以外のすべてを吹き飛ばしてしまったのである。しかし、パワードスーツのアームはアクセラレータの頭や胸を《貫いてはいない》。

 つまりはこういうことである。数瞬後に来る攻撃を自動的に《反射的に》感じ取ったアクセラレータがその運動量分を《反対》に向けようとする。そこをタイミングよく腕を引き戻すことで、アクセラレータが引き戻しているはずの運動量の向きを自動的に自分の方に引き戻す。結果、その運動量分を自らに対して科すことになる。つまりはこの場合、人間の数百倍の腕力を誇る《パワードスーツ》の力を、アクセラレータは頭と胴体部分に《反射》を使ってフルに引き戻してしまったということである。

 結果、アクセラレータはその胴体と脳を含めた頭部を完全に失ってしまう。つまりは死んでしまったわけである。

 九月二三日午後一一時。かくして、学園都市最強、核戦争が起きても一人生き残れるとまでもて囃された第一位《一歩通行(アクセラレータ)》は、この《見捨てられた学区》で人知れず、その一生を終えたのであった……

 

 

 

―――とある科学の超電磁砲(レールガン) ANOTHER――

 

第三巻 前編 【地獄の底】

 

 

 

「ようやく終わったよーーーーー! 皆さん、私ようやく終わりました!!」

 

 と第七学区にあるとあるファミレスで佐天が五人――初春、春上、インデックス、御坂、白井――に宣言する。対して「「「「「おめでとう(ですの)!!」」」」」とまあそんな感じで、(祝)佐天補講終了パーティが開催されていたのであった。

 

「なんかこう、本当に『お久しぶり』ってかんじなの~」

 

 とは春上。実際佐天とは学校で会っているはずだが、カウントに入っていないらしい。内心ショックを受ける佐天。そんな佐天に気づき「は、春上さん、佐天さんとは今日も学校でお話ししてたじゃないですか」と初春がアシスト「そういえばそうだったの」と春上。ただなんか「あれ? 本当に話したかな?」という感じではある。「ま、まぁとにかくよかったじゃない! さ、さっ食べましょ!」とは御坂である。「そ、そうですわね」とは白井。なんかこう悲しい気分の佐天。それでふと一週間前の事を思い出す。

 

「(あれ聞いても大丈夫かな? でも……)」

 

 インデックスが言うように何か事情があったのかもしれないし、特にこんな雰囲気だし、御坂さん盛り上げようと頑張ってくれてるし、うん、ま、いっか、テヘッっと佐天。

 とまあ話しているうちに、やはり気が合うのかいつも通りの何となくいい感じで進んでいくパーティ。うん、やっぱり言わなくてよかった。

 そう思いパクパクと食事を食べていると……あっ、あれは!?

 

「み、御坂さん!?」

 

「ん? 何?」

 

 と前の席に座っている御坂が答える。対して、佐天が呆然とビックリした様子でファミレスの窓を指し示す。「なになにどうしたんですか?」と初春も話に混ざりつつ指の先を視線で追うと……

 

「わ、私!?」

 

「み、御坂さん!?」

 

「御坂さんが二人いるの~」

 

「お、お姉さまが二人。こ、これは!」

 

「み、御坂さん、一体どういうことですか!?」

 

 佐天が驚きとそして若干目をキラキラさせつつ御坂に迫る。「え、いや私にもよく……」とは御坂の言である。実際、彼女にも訳がわからない。え、ドッペルゲンガー? 私まさか殺されちゃったりするの? ……そんな内心である。

 

「みことは双子とかだったりするの?」

 

「あっ、そういうことですか。ビックリしましたよまったく」

 

 ふぅ~と心を落ち着かせる初春。佐天も、また一同も同じく落ち着く。しかし――

 

「いや、私一人っ子だから」

 

 冷静に返す御坂。ちなみに窓の外にいるもう一人の御坂――今佐天の前に座っている御坂そっくりの容姿の、しかも同じ常盤台中学の制服を着ている――は駐車場で猫と戯れている。別に邪悪そうな感じは無い。「初春、ちょっと話してきてよ」と佐天「え、えーーー。む、無理ですよーーー」とは初春。そんな中――

 

「私が行ってくるの!」

 

 と突然立ち上がる春上。「えっ!? は、春上さん!」と四人が驚くなか、スパッとそのままファミレスから出ていくと、駐車場に入り割りと普通に話し始める。こっちを何度か見返す春上と少女。結果――

 

「呼んできたの」

 

 対して「こんにちは、私の名前はミサカです、とミサカはお姉さまとそのご友人の方々に挨拶します」と凄く落ち着いた、表情筋一切動かさない感じで《ミサカ》は奇妙な喋り方で自己紹介をする。「あの~、失礼ですがミサカ? さん……あなたはお姉さま、ここにいる御坂美琴お姉さまと何か関係あったりしますの?」と白井が質問すると――

 

「はい、深い関係があります、とミサカは答えます」

 

 とミサカ。「えっ、あの私あなたと初めて会うんだけど……」と馴れてきたのか御坂がミサカに質問すると「当然です、なぜなら――」

 

「ミサカは御坂お姉さまのクローンであり、学園都市のSクラス級機密プロジェクト《超電磁砲量産計画(レディオノイズ計画)》の関係者であったからです、とミサカはそこらへんのファミレスで『これ言っちゃて大丈夫だよね?』と疑問に思いつつもまあもうメンドイしいいよねと思いつつ言ってしまいます」

 

 と凄い言葉使いで、とんでもない事を喋り始めたのであった……

 

 

 

 場所は変わり第一九学区。とあるワゴン車にて――

 

 

「なんで私達が《ゴミ》の掃除なんかやんなきゃなんないのよ!?」

 

『しょうがないでしょうが! そういう命令なんだから! 私も好きでこんなことやってるわけじゃねーっつーの!』

 

「……結局相変わらずな訳よ……」

 

「麦野超落ち着いてください」

 

「むぎのとりあえず話聞いてみよう」

 

 「チッ」と舌打ちしつつも落ち着く麦野。『そうそう、大人しく聞いてたらいいのよ、この糞ガキ!』との返答に「アァ!」とキレるも、とりあえず話は進む。

 

『なんか今日の午後二時ぐらいのことなんだけど、第七学区で《スキルアウト》とちょっとした戦闘があったらしいのよ。ただ《目標》には逃げられちゃったみたいで、その残党がこの一九学区に逃げ込んだらしいわけ」

 

 『でまあそれをあんたらに始末してきてくれって話ね、わかった? うん! 分かった! そう、そりゃ良かった、じゃ、詳しいことは携帯に送るから! 宜しくねー!』っといきなりブチッという音と共に通話が切れる。 

 

「超訳わからないです。あいつなんでクビにならないんですかね?」

 

「ホントな訳よ……」

 

「まあ、とにかく始めるわよ」

 

「そうだね。私はそんな切り替えの早いむぎのを応援してる」

 

 送られてきた資料に目を通す四人。内容はこうだ。

 今日の午後二時、テレスティーナ=木原=LL率いる《ハウンドドッグ》部隊が第七学区路地裏にて駒場利徳をリーダーとする《スキルアウト》に攻撃を仕掛けるもリーダーを中心に少数が逃走。事前に一九学区に集結していた他の《スキルアウト》のグループと合流してしまった。その討伐を《ハウンドドッグ》及び《アイテム》、《グループ》に任せる。そんな内容であった。

 

「ハウンドドッグてのは前に聞きましたが、グループってのは超なんなんですかね?」

 

「なんでもいいでしょ。にしてもタリィな」

 

 と足を投げ出し麦野。「今回は《パワードスーツ》の配給があるらしい訳よ!」とのフレンダの発言に「でも超一着だけですよ」との絹旗。「じゃあ滝壺、あんた着なさい」と麦野。

 

「えぇぇぇぇ~~~~~。わ、私が着るべきだと思うのよ!!」

 

 反論するフレンダに「お前は自力で頑張れ」と冷たく麦野。滝壺も……

 

「ごめんねふれんだ。でもそんなふれんだを私は応援してる」

 

 と少し申し訳なさそうに言う。というのも今回は対超能力戦ではなく超能力を使わない対スキルアウト戦。刃物や爆弾、場合によっては火器を中心に使ってくる彼らに対して、体術の使えない滝壺は完全に足手まといになってしまうとの麦野の判断があったからである。フレンダは「私が使うのが一番活用できるのに……」と残念そうに言う。というのも彼女の武器は、爆弾とそして《体術》であるからだ。身体能力を強化できるパワースーツとの相性は抜群だ。

 とはいえ麦野の、アァッ! なんか文句でもあんのか? とでも言いたげな不機嫌そうな視線に黙るフレンダ。車に沈黙が流れる。

「にしても許せねぇよな」

 

 突然、麦野が口を開く。緊張が走る車内。しかし――

 

「どうして私がこんなことしなくちゃなんないんだって話だよ。お前らがちゃんと面倒みてやればきっと、コイツらだってこんなんになっちまわずに済んだかもしれないってのに……」

 

 彼女は一同の予想に反し寂しげな顔でそんなことを小さな声で呟く。最初は「(一体何の話な訳よ?)」と思うフレンダだったが、次第に理解が追い付いてくる。

 

「む、麦野が他人に同情している……」

 

「超信じられません」

 

 と驚愕を露にするフレンダと絹旗。無論「ンァッ」という麦野の言葉に、一方は口笛を吹きどこふく空、もう一方も「いえ、超信じます」と即答する。

 

「私はそういう優しいむぎのすごく応援してるよ」

 

 ただ一人滝壺が優しい笑みを浮かべて一言。舌打ちしつつも、少し照れた様子で、窓の外へと顔を向けるアイテムのリーダー:麦野沈利なのであった。

 

 

 

 

「――という訳です、とミサカはふぅ~メンドくさかったという本音を隠しつつパフェを口にする為話を締めます」

 

「し、信じられません……」

 

 そう呟く初春を他所に目の前に置かれたパフェをバクバクと食べ始めるミサカ。凄まじい勢いで食べ進めていく。一方「ちょっと待ちなさいよアンタ!」と口を挟むのは御坂 美琴である。

 ミサカの話は簡単に纏めると以下のようであった。自分はレベル5を量産する事を目的に生み出されたクローンである。しかし計画は凍結することになった。というのも、レベル5を量産することは不可能であることが分かったから。ちなみに、自分はレベル2相当である。そして長い間行き先が決まらず待機状態が続いていたが、最近になり《海外》にある学園都市の協力機関に配属されることが決まった。今は自由にしていて、と言われたので学園都市を散歩している……そんな内容であった。

 

「どういう事? あんたクローンってことは私のDNAを元に作られたってことよね? 私そういう情報提供した記憶……ま、まさか!?」

 

 とそこまで言って突然考え込む美琴。そんな中パフェを食べ終えたミサカが、「いらないのなら頂きますね」と御坂の前に置かれていたミルフィーユの皿を自分のところまで持ってくると再びガツガツと食べ始める。「すごい食欲なの~」と春上。ちなみに彼女もわりと食べる方である。証拠にテーブルにはそれなりに皿が多めに積まれている。ちなみに一番食べているのは不思議シスターことインデックスである。「久し振りのもやし以外の食事なんだよ!」と一人ミサカのことなど眼中に無く食べ物を黙々と平らげていっている。

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 そういい席を立つ御坂。顔は完全に青ざめている。おそらく気分を変えようという事なのだろう。しかし数分後テーブルに戻ってみると……

 

「い、いない!? あいつどこいったの!」

 

 自分のクローンであると宣言した少女が見当たらないことに驚愕しつつ御坂。それに対し「すいません。突然『ではミサカはお金ないのでこれで失礼します』って言ってどこかに行っちゃって……私もちょっとビックリしてたものでそのまま……」と佐天。「あ、白井さんが追ってますよ。だからたぶん大丈夫だと思います」と付け加える。数一〇分後、白井が再びファミレスに戻ってくる。

 

「逃げられましたの……」

 

 テレポートから直後の一声。「申し訳有りませんお姉さま……」と頭を下げる。「アンタのせいじゃないわよ」と落ち着いた様子で御坂。しかし深い溜め息。結局その後しばらくして佐天の(祝)パーティは「ごめんなさい。今日はこれで帰らせてもらうね」という御坂の言葉と共になし崩し的に解散することになったのだった。

 

 

 

 

「で、黒子。本当はアイツの居場所は掴めてるんでしょ?」

 

 解散から数分後、佐天達と別れ、寮へと向かう道中で御坂は隣にいる白井に問いかける。「もちろんですわ」と白井。「ただ」と続ける。

 

「ただこの話なんだか、きな臭い香りがしますの。一度支部にいって初春に――」

 

「その必要はないわ!」

 

 断言する御坂。「しかし……」と続ける白井に「そう思うからこそよ。こんな危なそうな橋、初春さん達にも、そしてアンタにも渡らせられない。私一人で行くわ」と御坂。「危険ですわ!」そう言う白井に対し御坂は何も答えない。

 

「もしそういうことでしたら、ミサカさんの行方を教える訳にはいきませんの!」

 

「黒子!!」

 

「なぜわたくしを信頼してくれませんの!!!」

 

 顔を下に向け大声をあげる白井。そして――

 

「逆にお聞きしますわ、もしお姉さまはわたくしが危機に陥ったとしたらどうします?」

 

「それは――」

 

「なら!」

 

 顔をあげる、その顔は涙に濡れている。

 

「もっとわたくしを……頼ってくださいですの……」

 

「黒子……」

 

 言葉を無くす御坂。白井は涙を拭っている。しばしの沈黙、そして――

 

「分かった。でも危なくなったらすぐ逃げなさいよ」

 

 そう言い歩き出す御坂。「もちろん、お姉さまも一緒にですわよ」と白井。「たくっ、アンタってやつは」そう返し歩を進めつつ「ごめん、私道知らないや」と苦笑い。白井もつられて笑う。

 

「じゃ、先導宜しくね」

 

「もちろんですの!」

 

 こうして白井のテレポートでミサカの後を追う二人の親友なのだった。

 

 

 

「ここですわ」

 

「研究所ね……それも結構大規模な……」

 

 一〇数分後、白井達はとある白壁の研究所門前にいた。もちろん、近くの物陰から覗き混むようにではあったが、とにかく周囲の様子を窺う。

 

「人の出入りは無いわね」

 

 「そうですわね」と白井。事実研究所とその周囲の人通りは、大通りから離れているということもあってか車も含め行き来するものは全くといっていいほど無い。

 

「ではテレポートで潜入いたしましょう。守衛はいるようですので可能な限り慎重にいきますわよ」

 

「そうね。宜しく」

 

 テレポートで研究所の敷地内に侵入する白井。門で見張る守衛はいたが内部を巡回している警備員は見当たらない。近くの建物に侵入すると、情報端末から御坂お得意のPDAでのハッキングを開始する。特に何があるという訳でもなく、なんなく研究所の中心となっている建物を探し当てる。とりあえずそこに向かおうとする二人。と……

 

「だ、誰だ!?」

 

 白衣を着た二〇代後半風の少しやつれた巻き髪の男が御坂達の姿に気づく。

 

「……お、お前は、まさか!?」

 

 そう驚愕した様子の男。しばし呆然としたものの少しして二人に向かって近づいてくる。「ヤバッ!」そんな呟きと共に御坂が電撃を男へと放つ。バタリと倒れる男。「どうしますの?」という白井の質問に、とりあえず近くの研究室らしき部屋に男をテレポートさせ外から御坂の電流操作で特殊なロックをかける。御坂の言によると一時間くらいは大丈夫だろうとのことで、ロックのことも含め二時間は大丈夫だろうと見積もり、そこを後にしメインの研究所らしき場所へと向かう。人影は気味が悪いほど見当たらなかった。

 

「これね。ここにハッキングすれば……」

 

 と情報端末らしき場所からシステムを起動させる。そこにあったのは……

 

「《絶対能力者進化計画》……なんですの? これ?」

 

「詳しく見てみるわよ」

 

 さらに内部へと潜入する、その中で計画に関しての最新の調査報告書らしきものを発見した御坂がそれを起動させる。モニターに情報が表示される。

 

「……英語ですわね、まあ問題有りませんが、え~と九月二三日……」

 

 と読み上げ始める白井。

 

「『第一〇二三二次実験においてアクセラレータがシスターズに敗北。調査の結果アクセラレータの肉体再生は不可能と判断。よって実験は終了、計画は所定の手続きの後、永久凍結とする』……ってなんですの? これ?」

 

「さっぱり分からないわね。レディオノイズとは関係のないプロジェクトも扱っていたということなのかしら?」

 

 もう少し日付を遡ってみる。

 

「『第一〇一六七次実験、シスターズ《ミサカ》がアクセラレータのベクトル操作の能力を状況判断より理解したと思われる。実験はいよいよ大詰めということなのかもしれない』」

 

 今度は個人が記録していたのかと思われるテキストが表示される。「ミサカ……やっぱりレディオノイズと関係のある実験だったのかもしれないわね」と御坂。続きを探し始める、しかし情報量が膨大なせいかなかなか目当てのものが見当たらないらしい。数一〇分程して諦めて同趣旨のレポートを起動する。

 

「『第一〇二三〇次実験、シスターズ《ミサカ》がベクトル操作:反射に対しての対策を練っていることが推測された為、《ツリーダイアグラム》を使用した実験の勝率の計算を《統括理事会》へと申請した。念の為ではあるが、この結果次第では実験の中止もありえるかもしれない』……《統括理事会》に《ツリーダイアグラム》ってこの実験は学園都市上層部の了解のもと進められていたということですの!?」

 

 「し、信じられませんわ。まさか、そんな……」と白井。クローンの製造は学園都市の自治法はもちろん日本の法律や世界の国際条約にも違反する重大な犯罪行為である。これを学園都市の上層部:《理事会》が了承、少なくとも黙認していたことに衝撃を受ける白井。御坂は黙々と検索を続ける。そしてそれから一時間程してようやく目当ての情報を見つけたらしい御坂が「これね!」とファイルを立ち上げる。

 

「『《シスターズ》を運用した《絶対能力者進化計画(レベル6へのシフト計画)》』どうやらこれのようですわね、読みますわよ……『学園都市には七人のレベル5が存在するがツリーダイアグラムの予測演算の結果まだ見ぬレベル6へとシフト出来うるのは第一位《アクセラレータ》のみと判明した』」

 

 「アクセラレータ……どこかで聞いた名前だとは思いましたが……」とは白井黒子。時折《バンク》――学園都市の学生、教員の超能力等の情報が保存してある――にアクセスし個人情報を閲覧していた白井には見覚えのある言葉であった。学園都市第一位、最強の超能力者《一方通行(アクセラレータ)》。確かこの世に存在するあらゆるベクトルを操作する、そんな能力の持ち主で長点上機学園の高校二年生であったはずだ。性別は女性、本名は鈴科 百合子……いやそんなことはどうでもいいことか。白井はレポートを読み進める。

 

「『この被験者に対し通常の超能力開発カリキュラムを施した場合、レベル6にシフトする為に二五〇年の歳月がかかるが、我々はそれを短縮する《絶対能力者進化計画(レベル6シフト計画)》でシフトさせることとした』いよいよですわね……『すなわち、特定の戦場でシナリオ通りに戦闘を進めることで成長の方向性を操作しシフトを可能とする案である。予測演算の結果、第三位――』……お姉さまのことですわね『ならば一二八回、第二位ならば三二回の戦闘をこなすことでレベル6にシフトすることが判明した。しかし、レベル5を複数名用意することは不可能であるので、我々はこれの代用として、過去に凍結された第三位の軍事用クローン量産計画:レディオノイズ計画において生み出された《シスターズ》を流用することで計画を実行することにした』……シスターズとは、あの《ミサカ》さんのような方達のことでしたか、どうやら何人かいらっしゃたようですわね。では続きを……」

 

 そこまで喋ったところで白井は息をのむ。パッと見てどのような内容か分かったからだ、そして――

 

「クッ! な、何!?」

 

「み、耳鳴りが!? こ、これは!?」

 

 突然、部屋のスピーカーから響く不快な音に地面に倒れこむ二人。そして――

 

「『武装した二万体の第三位のクローン、すなわちシスターズとの戦闘をもってレベル6へとシフトさせることで決定した』……か、一時はどうなるかと思ったが、どうやら神はまだ私を見放したわけではないようだ」

 

「あ、アンタ!」

 

「電撃で私を気絶させようとしたらしいが甘かったな……それへの対策はもとより万全だ」

 

 と白衣の中から絶縁体で縫い上げたらしき服をみせつつ男はほくそ笑む。

 

「気……絶した、フリでしたの……」

 

 地面で悶えつつ白井。「キーのロックを解除するのには手間取ったよ」と男。隣でバタリと地面に倒れこむ音がする。どうやら御坂が気絶したらしい。テレポートを使おうとするものの強烈な耳鳴りで演算に集中できない。

 

「もとはシスターズの反乱に備えたシステムだったが、こんな形で役にたつとはな……」

 

 と男。白井達へと近づいてくる。「い、いったい……なんの……つもりですの」そこまでいい終えて、もはや正気を保てなくなった白井が地面に倒れこむ。彼女が最後に耳にしたのは――

 

「ふふふっ、まさかこんな形で再会できるとはな、《ミサカ――

 

 御坂に対して放たれた――

 

「00000号フルチューニング》」

 

 男のそんな言葉だった。

 

 

 

「あれ、絶対白井さん嘘ついてたよね……」

 

「ですね」

 

 ところ変わってとある喫茶店。解散の後、佐天達はここで続きの(祝)パーティ……ではなく少し神妙な雰囲気で話し込んでいた。ちなみに春上とインデックスは相変わらず食い気のようで二人で「ここのケーキおいしいね!」「そうなの~」となん皿か並べたケーキやお菓子をパクパクと食べ進めている。

 

「やっぱり白井さんに聞いてみよ!」

 

 と携帯を取り出そうとした佐天。しかし、手は動かない。なぜなら……

 

「ダメだよ、るいこ」

 

「い、インデックス!? な、なんで……」

 

 いつの間にかケーキから目を離したインデックスが佐天の顔を見つめギュッと彼女の手を握っていたからだ。そして――

 

「るいこ、るいこはみことの為に《地獄の底》までついていこうと思う?」

 

 そう切り出す。「も、もちろん――」と言いかけようとしてインデックスの問いただすような真剣な眼差しに怯む佐天。ちゃんと真剣に考えていないのが見切られていたのかもしれない。一度考えてみる。

 地獄の底……無論佐天にそのようなところに行った経験はない、比喩的な意味で言えば《レベルアッパー事件》がそれに近いかもしれないが、結局の話、あのときも彼女は寝ていて、そしていつの間にか助け出された《だけ》であった。

 

「ない」

 

 そうはっきりと佐天は返答する。

 確かに御坂とは気も合うし、一緒にいるだけで楽しい友達である。実はそのレベル5としての実力に密かに憧れていたりもする。しかし――

 

「だよね。ただの気の合う《友達》の為に地獄に落ちるなんていう人がいたら……るいこそれはただの《大馬鹿野郎!》なんだよ」

 

 力強く断言するインデックス。

 

「るいこにはやりたいことがあったはずだよね。《恋》とか《ちょうのうりょく》とか《たいせつなかていを築く》とか、地獄に落ちたらね、るいこ、そういうかけがえなのい夢を希望を心を、全部捨てなくちゃならないんだよ」

 

 「みことにその《価値》はある?」その問いかけに「無い」と今度もはっきりと明確に答える佐天。「ちょ、ちょっとヒドイの」「そ、そうですよインデックスさん……そういう言い方は……」そう返す春上と初春に今度はインデックスが彼女達の方を向き話しかける。

 

「私はね、かざり、えりー、地獄の底から《這い上がって》きたんだ」

 

 そう返すインデックス。ハッとした顔になる初春。春上はなんのことだか分からず? という感じであったが初春の顔を見て神妙な顔になる。 

 

「だからこそ分かる。るいこ、かざり、えりー、この大切な《日常》を簡単な気持ちで捨てるなんてことをしたら《絶対に》駄目なんだよ!」

 

 そして続ける。

 

「きっとたぶん、みことやくろこにはその覚悟が出来てるんだと思う。みことは強いし、くろこはみことの事を《愛してる》からね。でもみんなはどう?」

 

 その問いかけに空気が静まり返る。

 

「違うよね。分かってる厳しいこと言ってるっていうのは。でもね、これは絶対に考えなきゃいけない、重要なことだから……ごめんね」

 

 それに「いえ」「こちらこそごめんなの」と二人。再び沈黙が場に流れ結果的にそれからしばらくして四人は解散することになった。佐天と春上、インデックスは自宅に、そして――

 

「私は、支部に行って、何かやれることがないか考えてみます!」

 

 そんな彼女に対し「分かったんだよ」と悲しそうにインデックス、そして「でも、危ないって思ったら、すぐに引き返すんだよ」と付け加える。「分かってます」と初春。そして、彼女達は各々の目的地へと向かう。しかし――

 どの道にもこの先決断と恐怖が待っていることを今の彼女達には知る由もなかったのであった……

 

 

 

 

「――という計画で進めようと思っています。何か質問は?」

 

「その案には乗れないわね」

 

「ちょっ、麦野!?」

 

「アンタは黙ってなさいフレンダ。私はアンタ達とは動かない。一人で行くわ。《敗軍の将》なんぞの道ずれになるのもあれだしね。フレンダ、滝壺アンタ達は彼女と一緒に行きなさい。絹旗は私とよ。分かった!」

 

 第一九学区、とある広場。今ここには総勢一〇〇人近いハウンドドッグのメンバー、四人のグループ、そして同じく四人のアイテムという三つの暗部の組織が集結している。ちなみにアイテムのメンバー以外は全員パワードスーツで武装している。

 「超分かりました」と絹旗。ちなみに、この暗部の連合部隊を率いているのが、二〇代後半くらいの西洋人とアジア人のハーフ風の女性で《ハウンドドッグ》のリーダー:テレスティーナ=木原=ライフラインである。麦野の発言に対しため息をつき「勝手にしなさい」と一言。「もちろんそのつもり」と麦野は絹旗を連れどこかへと歩いていく。恐らく作戦会議だろう。

 

「じゃあ、フレンダさん、滝壺さん宜しくね」

 

「宜しく」

 

「よろしくお願いします」

 

 とそれぞれ挨拶を交わす。ちなみに、彼女テレスティーナが午後二時に第七学区路地裏での戦闘に敗北――大半のスキルアウトは捕縛、殺害したもののリーダーを取り逃がした――した《ハウンドドッグ》のリーダーである。

 彼女が提案した作戦はこうだ。

 スキルアウトは何処からかは不明だが大量の武器を入手している。それゆえに単独行動は危険である。全体を数チームに分けつつも相互に連携し、確実に安全を確保しつつ前進する。この数のパワードスーツを動員していることを考えても妥当な判断といえるだろう。しかし、麦野は気に入らなかったようだ。

 

「(おかしいな~、さっき携帯見てた時はそんな感じじゃなかったけど……)」

 

 と考えるフレンダ。ワゴン車の中で、麦野が批判していたのはハウンドドッグのリーダーであった彼女ではなく、むしろスキルアウトのリーダーの方だった。『外道のクズが!』とか実際はもっと汚い言葉で敵のリーダーを罵っていた。まあ、テレスティーナのことも含めてだったのかもしれないが……

 

「(まっ、やるしか無い訳よ!)」

 

 この数のパワードスーツが揃っているのだ。相手は所詮路地裏の不良である。制圧はおそらく余裕であろう。ちなみに「余ってるパワードスーツない?」と聞いてみるフレンダだったが「ごめんなさい。こっちもかき集めてこれだから」とテレスティーナ。どうやらこのまま生身で戦わなければならないようだ。

 

「大丈夫。私がふれんだのこと守るから。そんな玉砕覚悟な装備のふれんだもわたし応援してる」

 

 「ありがとうな訳よ」とフレンダ。まああれだ、滝壺の背後に隠れつつロケットランチャーを放っておけばおそらく大丈夫だろう。いや、むしろ安全なくらいか。

 

「それじゃ作戦を始める。チームA付いてこい!」

 

 と三〇分程して準備が整ったらしく、そんなテレスティーナの掛け声と共に作戦が開始される。ちなみにチームはAからDまで、フレンダと滝壺は同じくもっとも後方から進む予備部隊としてのD班に――おそらくフレンダの装備の点からだろう――配属された。故に出発はもう少し後だろう。麦野と絹旗はいつの間にかいなくなっている。

 

「まっ、気合いいれていくわけよ!」

 

 とフレンダ。「そうだね」と滝壺。再び三〇分程して彼女達D班も一九学区の深部へと足を踏み入れることになるのだった。

 

 

 

 

『それにしても超意外でしたね』

 

『オラオラ!! 這い出してこいクズ共! で、何が?』

 

 周囲にビームのようなものを発しつつ麦野。ちなみにこれが彼女の能力《原子崩し》である。粒子にも波形にもなれない曖昧なまま固定された電子を強制的に動かすことで、線上にあるすべての物体を跡形もなく消し飛ばす。それが麦野沈利、学園都市第4位のレベル5である彼女の能力である。今彼女は、そこら中の建物に向けそれらを挑発的に放っている。彼女の原子崩しを受け建物が右に左にと崩れていく。

 

『こんな風に独立して動いてることですよ。敵の《リーダー》を超探してるんですよね』

 

 そう話すのは絹旗最愛。ちなみに彼女はレベル4《窒素装甲(オフェンスアーマー)》と呼ばれている能力の使い手で、その名の通り体から数センチのところまでを圧縮した窒素で固めており、拳銃程度の弾丸ならば衝撃を完全に吸収し、数トン級のものを持ち上げる事もできる。そんな彼女は、今麦野よりも前線に立ち周囲を警戒している。ちなみに彼女達は今、服に着けた小型の無線で会話している。

 絹旗の発言に対し鼻を鳴らす麦野。しばらくして口を開く。

 

『アタシ許せないのよね。こういう輩が』

 

『というと?』

 

『感情だけで動いてるって奴等? 正直、見てて腹立たない?』

 

 それは麦野には超言われたくありません、と内心思う絹旗だがもちろん黙っておく。ちなみに麦野の精神の不安定ぶりは、他のアイテム三人の全員が知っていることである。麦野は、いや、と言ってさらに続ける。

 

『いや正確に言えば違うわね。正しくいうとつまり――』

 

 ちょうど建物内から備え付けのライフルらしきものを構えていた女に麦野が原子崩しを放つ。しかし標準は彼女ではなくやはり建物。数秒後、倒壊する。女が助かるかどうかは運次第だろう。

 

『仲間を《裏切る》ってのがやっぱり許せないのよね』

 

 そう返す麦野。恐らくリーダーが第七学区から仲間を盾にして逃げたことを言っているのだろう。

 いざとなれば麦野も超仲間を使い潰しそうですが……、と思いつつもやはり何も言わない。彼女はここら辺気が利いていると自負している。危ない橋は渡らないのが人間関係の鉄則。そう彼女、絹旗は心に決めているからだ。それゆえ、「超なるほどです」と無難な答えを返しておく。麦野も満足したようで何も言わない。どんどんと敵の深部へと迫っていく二人。と――

 

「ふむ。先行している別動隊ありとの情報で来てみたが……これはどうやらレベル5と、レベル4級の能力者か……なるほどな…」

 

 前方に身長二メートル近く、横幅もある筋骨隆々の男が現れる。対して「超《駒場利徳》ですね」と絹旗。彼女達の携帯に送られてきた画像とそっくりの男と思いそう言う。男からの返答はない。当然であろう、自らリーダーですと名乗る者がこの状況でいると思えない。なぜなら――

 

「ってことはアンタを潰せばすべて解決ってことね。んじゃ、《死んで》」

 

 今回の彼女達に発せられた命令は、《スキルアウトの殲滅》ではなくスキルアウトの全グループをまとめあげている《リーダーの抹殺》であったからだ。もとより、スキルアウトは目的も経歴もバラバラの路上生活者や夜間に路地裏をたむろしている不良の寄せ集めである。駒場というリーダーさえいなくなれば、あとは自然消滅、烏合の集として離散するより他にない一匹狼の集団だ。それを理解しているからこそのこの目の前の男:駒場も何も言わないのだろう。

 麦野は手に白い電子を集結させると粒機波形高速砲とも呼ばれるそれを駒場に向けて放つ。しかし――

 

「……速いですね」

 

「チッ! ゴキブリみたいに動きやがって! テメェはここを台所か便所とでも思ってんのか? ンァ!」

 

「……よく喋るな……だが――」

 

 次の瞬間、男は彼女達の視界から消える。近くのビルに足をつけると左右の外壁を利用して高速移動を開始する。レベル5麦野沈利。学園都市第4位の超能力者であり、かなりの戦闘経験の持ち主である彼女。けれど――

 

「グハッ」

 

「む、麦野!」

 

「よく喋るというのは戦闘に集中できていないのと同じこと……とんだ4流のレベル5もいたものだ……」

 

 その能力にも弱点がある。能力の発動が《遅い》ということだ。対してどういう訳かレベル0にも関わらず、テレポート能力者のごとく高速移動をしている駒場。そう結果は始めから見えていたのである。無論麦野とて電子を操る超能力者である、周囲の人や物の動きを直感で感じとることは出来る。しかしそれでは遅すぎた。

 背後にいつの間にか素早く回り込んでいた駒場が麦野の心臓を後ろから一突き、麦野の胸中央を駒場の手が《貫く》。電子を周囲に展開することで防御壁を作ることのできる麦野であったが原子崩しを乱発していた為か間に合わず絶命し、そのまま地面に倒れこむ。そんな駒場に向けすぐさま絹旗が圧縮した窒素を後ろへ向けて噴出し突撃する。しかしすでに駒場の姿は無い。

 

「どういうわけかと思っていましたが、その運動能力《発条包帯(ハードテーピング)》ですか……」

 

「仲間がやられたというのに随分と冷静だな……」

 

 と今度は後方に後退していく駒場。追いかける絹旗。しかし念の為圧縮窒素による高速移動は控える。どうやら相手はかなりのやり手らしい、そう彼女が判断したからである。防御壁である窒素装甲を外してしまうと、普段は反射的に――第一位アクセラレータのデータを元に叩き込まれた《反射》で――ガードすることで銃弾を無力化しているが、当然防壁がなくなれば彼女はただの小柄な女子中学生である。一撃であの世行きだ。

 どんどんと後退していく駒場。一度は撤退するということも考えてみるがそのまま直進する絹旗。窒素装甲で身を固めれば彼女はスキルアウトの持つ拳銃程度の武器ではダメージを受けることは無いし、またいくら《ハードテーピング》で補強しているとはいっても駒場は所詮生身の人間である。パワードスーツ程度の威力を仮に出せたとしても窒素装甲をやぶることはできないし、むしろ返り討ちにすることが出来る、絹旗はそう考えたからだ。ちなみに《かつての》リーダーに対する復讐の気持ち、というのは特には無い。もとより暗部とはそのような場所であると彼女自身心得ているからだ。

 

「(というよりここで超手柄をあげれば確実に私が《アイテム》……いえ、暗部で大きな影響力を持つことが出来る……麦野には申し訳ありませんがこの機会超利用させてもらいます!)」

 

 そんな気持ちも抱きつつ、周囲への警戒は怠らずどんどんと進んでいく絹旗。狭い行き止まりの路地へとたどり着く。外壁の高さも相当なものだ。おそらく、ここで決着をつけることになるだろう。駒場も覚悟を決めたのか振り返り構えを取る。ダッシュする絹旗。ここで仕留める!

 

「ゲボッ。っな、そ、そんな馬鹿な……装甲は……」

 

「やはりショットガン《二〇丁》の同時発射に耐えられる程の能力ではなかったようだな……俺たちスキルアウトは一人では戦わない、絶対に《勝てないから》な。一人の能力者に対し一〇人の《レベル0》。これが基本だが、今回はさらに上積みさせてもらった……」

 

 そう相変わらず陰気な口調で駒場。目の前には、体中に風穴を空けられた絹旗の姿がある。最後に一言喋る気力はあったようだが、今はもう絶命している。それを確認し、駒場は戦場を後にした。

 ところで《散弾銃(ショットガン)》の有効射程は普通一〇〇メートル程である。しかし近辺に、そのような人影は見当たらない。絹旗はその謎を最後まで理解できなかった訳だが、一体どういうことなのであろうか? と、しばらくして、そこから一キロ程離れたところで、数人のスキルアウトが、ガッツポーズをして互いに手をハイタッチさせ合っていた。彼らが手にしているのは学園都市モデル。年に数回開かれる学園都市の公開軍事兵器買い付けにて売られている型番のショットガンである。素人でも、下手をすれば子供でも、オート標準システムにより標的を狙い打てる高性能な銃である。つまり彼らはこれを使って、一キロメートルも離れたところから絹旗を狙い打ったのであった。

 

 

 

 一方、アイテムの残り二人、フレンダと滝壺はというと……

 

「……ま、こんな感じよね」

 

 思わず呟くフレンダ。今彼女は敵の側面を叩いてほしいという、テレスティーナからの要請により動き出したチームDの後ろの方で残党処理のようなことをやっていた。

 時折建物の物陰や室内から飛び出てくる伏兵をロケットランチャーや小型ロケットミサイルで撃破しているわけである。彼女の能力は《瞬間取捨(ダブルポート)》である。しかし、取得に関しては精密さを誇る彼女だが、エクスポート、すなわち物体のテレポートにおいてはその《捨》の字の通りあまり精度がよくない。東西南北の指定は容易だが、距離感においてはよほど近接した場所なら別だが、三〇メートル以上になると、もはやどこかに落ちる、程度である。それゆえ遠方の建物、特に四、五階にいる敵を倒すとなると能力ではなく遠距離武器、すなわちロケットランチャーを使う他ないわけである。しかも――

 

「ごめんねふれんだ。私パワードスーツ実践で着るのは久しぶりで……」

 

「気にすること無い訳よ。滝壺は敵の位置をマークして、私を守ってくれれば大丈夫だから(う~ん、結局私が乗るべきだったわけよ!)」

 

 と外面上は大丈夫なふりをしているが内心少しオカンムリのフレンダ。一体麦野は何を考えているのか、そんな思いが沸々と心の中で煮えたぎる。

 ちなみに、現在足手まといになってしまっている滝壺の能力はレベル4《能力追跡(AIMストーカー)》。超能力者が無自覚に発生させているAIM力場という波長を記録し、例えどこまで行こうとも――一説には太陽系の外に出ても――追跡できるという《暗殺》――アイテムに依頼される仕事のほぼ全てはこれである――にはとても便利な能力な訳だが相手がレベル0となれば、あまり意味がない。滝壺が敵をマークするのも、能力ではなくスーツに内蔵された普通のスコープでである。

 

「ふれんだ、そろそろ目標ポイントだね」

 

 そんな滝壺の発言に「そうね」とフレンダ。十字路を左に曲がると物凄い銃声と爆音が聞こえる。戦場は近い。手に汗握る二人。いくら暗部に所属している彼女達とてこのような《戦場》は初である。いつもは逃走する外部からのスパイや裏切り者の暗殺、重要人物のこれまた暗殺など基本的に《数》でも《能力》でも《圧倒しての戦い》であったからだ。緊張しつつ進んでいくフレンダ。だんだんと距離が近くなっていく。そして――

 

「……な、なにここ……」

 

「……」

 

 二人の前に広がるのはまさに地獄絵図のような情景。三脚式の《機関銃(マシンガン)》や《自動小銃(アサルトライフル)》でパワードスーツ部隊に攻撃を仕掛けるスキルアウト数一〇人。応戦するパワードスーツも爆発力の高いグレネードなどを発射し、大口径の備え付けのマシンガンで敵が陣地にしている建物群を破壊している。瓦礫や肉塊がそこら中に散らばり、実際フレンダの近くにももはやなんだか分からない、なんであるか考えたくもない、よく分からないものが転がっている。そして――

 

「……ぱ、パワードスーツが……」

 

 遠方、百数十メートル先で戦っていたいたらしきパワードスーツが大破し瓦礫に埋もれているのを発見する。ちなみに、パワードスーツは学園都市がその技術の粋を結集して作った全地形対応型の兵器である。むろんその用途によって性能は様々である為、視界にあるスーツはたまたま装甲が脆かっただけなのかも知れない。しかし、もとより戦場など初めてであるし、他の暗部部隊の装備状況も分からないフレンダには、目の前の光景は絶望の局地であると風にしか映らない。そして――

 

「ふ、ふれんだ!」

 

 彼女は戦場から逃走した。もとよりDチームのメンバーとは指揮系統が違う、仮に戦線を離脱したところで止めるものなどいない。

 一気に今までの道をかけ戻っていくフレンダ。一キロ程走り、ようやく戦場からの爆音も収まる。ひと安心の彼女。しかし――

 

「ふれんだ、どうしたの? 戻ろう」

 

「た、滝壺!?」

 

 もちろん同じ暗部組織《アイテム》に所属する滝壺は追いかけてくる、きっと気づかなかっただけでずっと側で走っていたのだろう。パワードスーツの脚力をもってすれば容易なことだ。そんな彼女に対し、フレンダは声を震わせながら訴える。

 

「……滝壺、む、むりよこんなの……逃げないと、コロサレル……」

 

 イントネーションもおかしくなりつつフレンダは返す。そんな彼女の様子に気づいたのだろう。「ふれんだ……」と呟きしばらく沈黙する滝壺。そして――

 

「分かった。ふれんだ逃げても大丈夫だよ。むぎの達にも報告しない。じゃあね……」

 

 と背を向きどこかへと去っていこうとする。そんな彼女を見てフレンダはハッと気づき言葉を発する。

 

「滝壺も一緒に逃げようよ。さっきのパワードスーツ見たでしょ? あんなの勝てないよ。きっと麦野も許して――」

 

 そこまでいい終えたフレンダに滝壺が口を挟む。

 

「例えそうだったも私は逃げるわけにはいかない……前にも言ったけどフレンダ、私の居場所はここしかない。それにたぶん、むぎのは逃走すれば《絶対に》許さないし、仮にむぎのが来なくても、他の暗部の組織が、学園都市から出ても、私達を潰す為に《追っ手》がやって来る……私にそこまでして逃げる《理由》はないの」

 

「前にふれんだが話してくれたふれめあちゃんのこと私いまもはっきり覚えてるよ」

 

「その時のふれんだすごく嬉しそうだった。すごく生き生きしてた……でも同時に、ふれんだは暗部以外に居場所のない《私達》とは違うんだなって思った」

 

「私ふれんだと話してるときだけは自分が暗部の人間だってこと忘れることが出来た。そしてたぶんこれは《むぎの》だって《きぬはた》だってきっと思ってた。だって、ふれんだが来てからアイテムの雰囲気変わったから」

 

「……た、滝壺……」

 

「だからこそふれんだはこんなとこで死んだら駄目、ちゃんともとの世界、ふれんだがいるべき《表》の世界に帰らないと……じゃあね、ふれんだ……」

 

 そういい終え駆け出していく滝壺、「たきつぼーー!」とフレンダが後ろから声を掛ける。しかし、返ってくる言葉はなく――

 

「滝壺!!!」

 

「……あ、私……」

 

 バンッという爆音と共に、銃弾が滝壺の胸あたりを貫く。視線の先をたどると――

 

「や、やった! 俺やったぞ!!!」

 

 と馬鹿みたいに小躍りする金髪のチンピラが目に入る。すぐさまロケットランチャーで、ビルの屋上付近にいたその男に迎撃する。ドォォォン! という音がしてビルの天井コンクリートを爆破される。男が構えていた対戦車用ライフルも弾け飛ぶ。すぐさま視線を移し、転けそうになり、実際何度か地面に倒れ込みながら滝壺へと駆け寄る。

 

「ふ、ふれんだ……私……」

 

「喋っちゃ駄目! いまそこから出してあげる!」

 

 と能力を使い、連結部分の部品を何個かそこらへんに飛ばすと、スーツ頭部を外し中から滝壺を引きずりだす。予想通り、滝壺は右胸を撃たれている。とりあえず、自分の服を切り応急処置的にそれを巻く。「しんじゃうかな?」と目も虚ろに呟く滝壺に「喋らない!!」とフレンダ。一分程しかたっていないが、このままでは滝壺は……

 携帯へと手をのばすフレンダ。あるかつての《同僚》に連絡しようとしてだ。しかし……

 

「(な、なにを考えてるわけよ!? あの子を《叩き落とす》つもり!?)」

 

 ギリギリのところで踏みとどまるフレンダ。滝壺を背中に担ぐとなんとか歩きだす。

 

「ふれんだ……」

 

「絶対大丈夫! 安心して、絶対病院まで届けてみせるから!!」

 

 火事場の馬鹿力なのか、どういうわけかいつもと同じくらい、一人で走っているのと同じくらいの速度で進んで行く。だが……

 

「ッガッ!」

 

 石につまづき地面に倒れこんでしまう。滝壺も手から離れ隣に転がり落としてしまう。これは……もう……

 

「連絡するだけだし、届けたらすぐに立ち去ってもらえば……きっと……」

 

 そう思い携帯に手をだす。風紀委員やアンチスキルに連絡するわけにはいかないのだ。どう考えても不審がられる、そうすれば――

 

『っっつ、はい、もしもし黒子ですの』

 

 長いダイヤル音の後、かつて《表の世界》に居たときの後輩《白井》の声がする。

 

「……黒子? わたし、ふれんだだけど……」

 

 彼女は震える声で白井に事のいきさつを話したのだった。

 

 

 

 

 病院に、白井黒子に紹介された病院に滝壺を預けそのまま何処かに去っていこうとするフレンダ。隣にいたツインテールの少女:白井黒子がその腕を掴む。

 

「どういうことですの……先輩……」

 

「くろこ……」

 

 「説明してください」と白井。分かっていたことだった。正義感の強いこの後輩は、決して自分のことを黙認はしないだろうということを……

 

「アンタも《落っこちちゃうわよ》」

 

 だからこそ冷たく突き放すように言う。こうなった以上仕方がない。フレメアのことも諦めるしかないかもしれない……勿論助けたい。でも……

 

「しっかりしてくださいですのっ!!!!」

 

「く、黒子……」

 

「先輩らしくありませんわ! どうして先輩がそんなことを言うんです」

 

「仕方ないじゃない……」

 

 フレンダは呟く。そう、もう仕方ないのだ。もう私は風紀委員だった頃のフレンダ=セイヴェルンではない。暗部《アイテム》の《フレンダ》なのだ。選択肢は限られている。生き残るためなら――

 

「かつての先輩ならこう言ったはずですわ《妹を助けるのを協力してくれ!》と。《私が学園都市から逃げるのを手伝ってくれ!》と。そうでしょ!?」

 

「あ、アンタ何言ってんの!」

 

 この後輩は何を言ってるんだ? そんなことをすれば――

 

「かつて先輩が……風紀委員を辞める直前の、わたくしが小学六年生だった冬。《銀行強盗事件》の時に先輩がわたくしに言ってくれた言葉を、わたくし今でも《よく》覚えていますわ!」

 

「あんた一体!」

 

 手を離そうと振り払おうとするフレンダを今度は壁に押さえつける。「グッッ!」と声を洩らすフレンダ。そうか、白井は私を捕まえようと――

 

「どうしてあの時、銀行強盗を《捕まえよう》としたのか!? と。どうして初春を《助けよう》としたのか!? と。そして――」

 

 白井は力を込める。

 

「そしてどうして《強盗の手伝い》をしなかったのかと! 先輩確かにそう言ってましたわよね!!」

 

「あんた一体何を?」

 

 この後輩は一体何を言っているのだ? 次の瞬間、フレンダはハッと気づく。そうか、この子は――

 

「『自分の命より大切なものなんてない! 相手の靴裏を舐めてでも、顔を踏まれても、何が何でも生き残これ! アンタの命以上に大切なものなんかない!! その為なら目の前にある全てのものを利用しろ!!!!』先輩は、確かにそうおっしゃていましたわよね! それが、どうしたっていうんです!?」

 

 この子はまさか――

 

「先輩ならこうするはずでしょ! 『この自分を助けてくれ!』と『後輩のお前を信頼しているからこそ頼むんだ!』とかなんでもあるでしょう! 自分で言うのも何ですが、今の黒子駒として使うのであればこんなに《操りやすい》駒はありませんわよ!!」

 

「何いってるわけよ!! そんな事すればアンタ――」

 

「いつまで《ヒーロー》ぶってますの!」

 

 《ヒーロー?》 今のこの自分のどこが――

 

「戦場で《すぐに》逃げればいいのに、たかだか五、六ヶ月の付き合いの《仲間》を助けて、不可能なのは分かってるはずなのに《いまだに》妹さんを助ける方法を考えて。あげくせっかく《利用しやすそうな》正義感に燃えた《馬鹿な》後輩が助けようとしてるのに、どうして躊躇ってますの!! もうそんなことを言ってる場合ではないでしょう? どうして何もかも全部自分で背負こもうとしてますの!! どうしてわたくしの《尊敬する先輩》は揃いも揃って馬鹿《ばっかり》なんですの!!!!!」

 

 そこまで言って突然瞳から涙を溢し始める白井。相手に泣かれると人は逆に落ち着いてくるもの。どこかで聞いたことがあったがどうやら本当であったらしい。

 

「アンタが泣いてどうする訳よ」

 

 と苦笑いを浮かべつつフレンダ。「だぁって、だぁって……」ともはや涙声でしゃべり方もおかしくなる白井。そんな彼女に

 

「分かったわ。黒子、私あんたのこと後輩として《すごく》信頼してる。だからこそお願い、私とフレメア、私の妹を学園都市から脱出させてください! お願いします!!!」

 

 九〇度近くまで腰を折り頭を下げるフレンダ。「仕方ありませんわね。そういうことでしたら、フレンダ《先輩》の頼れる後輩として、そしてジャッジメントとして、この白井黒子、全力で尊敬すべき先輩を学園都市外部までご案内します!!」白井が、いつも風紀委員の活動終わりにする左手で右腕の裾を引っ張って風紀委員の腕章を見せ付ける動作をしつつ、そう叫ぶ。「まだやってたのね、それ……」と急に冷静にフレンダ。「まっ! これは先輩を真似してのものですのよ、先輩だって――」と急に日常めいた会話を始める二人。

 それから一時間後、フレンダは妹のフレメアと共に白井の手助けを得て学園都市を去ることになる。時刻は午後六時三〇分。これから三〇分後学園都市を襲う未曾有の大惨事をこの時はまだ白井もフレンダも、そして学園都市に住むほぼ全ての者がそれを予期することが出来ていなかったのである。そう――

 

「駒場さん、敵パワードスーツの敗走を確認しました! 捕縛したスーツには今メンバーを選んで――」

 

「時間はない……急がせろ……」

 

「は、はい! ほらっ、お前ら! 聞いたろ、準備急げ!!!」

 

 彼らスキルアウトと暗部数名、そして学園都市上層部を除いてである……

 




・あとがき

 作者の《いすとわーる》です。

 今回はフレンダのハイライトの場面のあるお話でした。
 ちなみに私がとあるシリーズで一番好きなキャラは、フレンダです。
 
 感想など頂ければ、嬉しいです。

 それでは、またお会いできる日を心待ちにしております。

  二〇一六年九月二四日

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