「おはようございますマスターッ!! 今日も一日、人類の未来の為、全力で励みましょうぞッ!!」
ぐだ男の朝は早い。
朝は大抵、こうして誰かが起こしに来るからだ。
今日来たのはむきむきマッチョのスパルタン、ランサーのサーヴァント、レオニダス一世。
何時もの通り金色に輝く兜を被り、日が出て間も無い時間とは思えない全力のテンションで、俺を迎えに来ていた。
もう慣れたとはいえ朝から驚異の大声だ。また部屋に篭って筆を走らせているだろうアンデルセンあたりが、朝から煩いと怒鳴り込んで来そうである。
丁度ジャージに着替え終わった俺は、扉を開けてレオニダスさんを部屋に招き入れた。
「おはようございます、レオニダスさん。相変わらず早いっすね。でもまだ朝の四時ですよね。日の出と共に現れるのは流石に勘弁してくれませんかね」
「おお、もう起きておられましたかマスター。それは結構。早起きは三文の徳ですからな! 三文とはどれほどの価値があるかは知りませんが!」
ははははは! といい声で笑うレオニダスさん。
ダメだ話を聞いてくれない。
しかもそろそろ笑い声を収めないと、本当に近隣住民から苦情が届きそうだ。俺は思わず出てしまいそうになった欠伸を噛み殺すと、レオニダスさんに向けて声をかけた。
「あー……。じゃあ行きましょうか。あんまりうるさくしてるとクレームが入りそうですし」
「これは失敬。私とした事が多弁が過ぎました。……では、早速参りましょうか! これよりは言葉では無く肉体で語り合いましょう!
弾ける汗で魂を洗い、厳しい修行で心を鍛え、燃える情熱で肉体を育む筋肉の聖戦!!
ーー即ち、朝のレオニダス・ブートキャンプ開始でありますッ!!」
集中線を幻視してしまいそうな迫真の表情のレオニダスさん。
俺はその言葉に黙って首肯を返す。
ーーああ。今日もまた始まってしまったか。
筋肉による筋肉の為の筋肉の祭典が。
レオニダスさんにバレないよう、俺はこっそりとため息を吐いた。
♦︎
レオニダス・ブートキャンプ。
それはスパルタ教育の語源となったスパルタ国の王、レオニダス一世が考えた良きスパルタ兵を育成する為の、トレーニングカリキュラムである。名前は黒人の方のビリーからパクったらしい。
各種筋トレから走り込み、軽い戦闘訓練など、軍隊式の訓練かそれ以上の過酷さで肉体を絞り込む鬼の様な特訓。
俺の体力不足を解消する為に始められたその訓練は、短期間で俺の身体をひょろひょろの男子高校生から、立派なスパルタ兵へと変えてくれた。もう腹筋なんてバッキバキである。ライ◯ップも真っ青である。ここまでやれとは頼んで無い。
まあ、体力は嫌という程ついたし、鍛えた体は特異点で大いに役にたったから。
特にオケアノスなんかは鍛えてなきゃ即死だった。小柄とはいえ女の子一人抱きながら、ギリシアが誇る筋肉戦車に猛スピードで追いかけ回されるとか、一般人のままだったら確実に肉片に変えられていただろう。
生き残れて本当によかった。あの後物凄いご褒美も貰えたしな。女神様からのキス。柔らかかったなぁ……。いい匂いしたなぁ……。
今でも脳裏に鮮明に、目を瞑ればこうして簡単にーー
「ーー二百九十八、二百九十九、三百ッ! ……どうですかマスター!! マッスルパワーが、ここにッ!! 上腕にッ!! 溜まって来たでしょうッ!!」
「ローマッ! ローマッ! ローマァッ!!」
「アッセイ! アッセイ! アッセイィッ!!」
ーー思い出せなかった。
幸せな記憶は、一瞬にして圧倒的な筋肉に飲み込まれた。
眼に映るのは飛び散る汗。はじける筋肉。俺を囲うようにして高速で腕立て伏せをするマッスル達。華奢な女神様とは真逆のヴィジュアルの面々は、朝とは思えないテンションでトレーニングをしている。
割と地獄絵図だった。物凄い暑苦しさだった。直視したら目が潰されてしまいそうだ。
俺はなるべく筋肉を見ないように、腕立て伏せをしながらレオニダスさんに答える。
「あー……。……はい。凄い溜まってきました。でも溜まったのはパワーじゃなくて乳酸だと思います。疲労だと思います。筋肉痛の元になるやつだと思います」
「ははははは! そうでしょうそうでしょう!! パワーが滾ってきたでしょう!! それでは続けて行きますよ!! 腕立て伏せ三百回ワンセット!! レッツ、スパルタァッ!!」
「ローマァッ!!」
「アッセイィッ!!」
「■■■■■■■ーーッ!!」
一人増えた。
やっぱりマッスルはマッスルを引き寄せてしまうものなのだろうか。
背後に感じる圧倒筋肉。恐らく叫び声的にヘラクレスさんだろう。あれ以上鍛えてどうするつもりなのだろうか。疑問は尽きない。
というかサーヴァントが筋トレとか意味ない気がするのだが。皆んな俺に付き合ってくれているのか。だったら割とありがた迷惑なんで早々に帰って欲しい。頼むから。いやマジで頼むから……!
「いやぁ、こうして身体を鍛えていると思い出しますなぁ! 我がスパルタ兵達の訓練を! 皆精強な兵士になる為、身を粉にして鍛えたものです!!」
「トレーニングもローマである!! 鍛えた身体に高潔な魂は宿る!! 精進せよ!! 貴様もローマに成りたければ!!」
「苦境! 苦心! 茨の道こそ進む道! はははははははっ!! 苦しい時こそ反逆だッ!! 今こそ圧政を討ち滅ぼすべしッ!!」
「■■■■■■■■ーーッ!!」
「イスカンダルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
また一人増えた。
いやアンタも絶対トレーニング必要無いだろ。と、内心で加わったダレイオスさんに突っ込む。
会議室の一つにトレーニング機材入れ、即席のジムにしているこの部屋はあまり広くない。二メートルを超える大男達が集えばあっという間に筋肉で溢れかえる。即ちここは阿鼻叫喚、大筋肉地獄である。
そこに更に、騒ぎを聞きつけたのか金髪おかっぱ頭のゴールデンなマッスルがやって来た。
「よぉ、大将!! 朝っぱらから派手にかましてんな! 右もマッスル、左もマッスル! こいつぁ、なかなかゴールデンだぜぇ……!」
「おはようゴールデン。早速で悪いが回れ右だ。お前は絶対こっちに来るな。マスター命令だ」
「おお、金時殿! 貴方も一緒にどうですかな? 朝のトレーニング、筋肉を鍛えるのは気持ちいいですぞ!!」
「止めるんだレオニダスさん。これ以上この部屋に筋肉を招き入れるんじゃない。もう限界だから。もうこれ以上筋肉はいらないから」
「いいねぇ! スパルタの旦那! その話乗った! 俺も行くぜ!!」
「乗るなっつってんだろふざけるな!! ……おいやめろ! スペース足りないからちょっと詰めてみたいに寄ってくるんじゃない! つーかお前ら大半バーサーカーだろ! なんでそんなに紳士的なんだ!!」
「ムフハハハハハハハハッ!! 血ダァ! 血ダァァァァァァァッ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? また増えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
筋肉でぎゅうぎゅうの室内。
最早地獄絵図では無い。ここはただの地獄だ。
俺は数多の英霊達の肉体に囲まれながら、レオニダスさんが終了の合図を出すまでひたすら腕立て伏せを続けるのであった。
♦︎
「……あ、おはようございます。ブーディカさん。マスター……、いえ、先輩を見ませんでしたか? いつもトレーニングをしている部屋に行ってみたんですけど、そこにはもういらっしゃらなくて……」
カルデアの廊下を歩いていると、丁度食堂の前でライダーのサーヴァント、ブーディカさんに出会った。
私、マシュ・キリエライトは朝の挨拶を済ませると、早速捜索中の先輩の居場所を尋ねてみる。
ブーディカさんは朗らかな笑顔で朝の挨拶を返すと、人差し指を顎に当てて、
「んー……。私も今日は見てないなー。……あ、でも心当たりならあるよ。さっき広い方のトレーニングルームの前を通った時、なんだか凄く盛り上がってたんだよね。中は覗いてないから確証は持てないけど、多分そこにいるんじゃないかな?」
「レオニダスさんと朝のトレーニングをしているのでしょうか? アンデルセンさんと孔明さんが不機嫌そうに先輩のお部屋の前をうろうろしていましたし」
「あははは。あの人声大きいからねー。あの声があるから、
「はい。先輩だけトレーニングさせておいて、サーヴァントの私が寝ている訳には行きませんから」
私が両手を握って答えると、ブーディカさんはまあ朗らかに笑って、
「じゃあちょっとタオルとか持って行ってくれるかな? 皆汗かいてるだろうし」
「了解です」
私が首肯を返すと、ブーディカさんはついて来るように手招きして、再び歩き始めた。
彼女の背中を追って着いたのは、ベッドのシーツや変えのタオルが置いてあるリネン室だ。
扉を開けると洗濯したばかりの柔らかなタオルの香りが僅かに漂ってきた。
「はい。じゃあこれ、お願いね」
「承りました。確実に、迅速に、先輩の元へとお届けします」
「それは頼もしい。頼んだよ。私は朝ごはんの準備してるから、何かあったらキッチンに来てね」
ブーディカさんは私にふかふかのタオルを持たせると、手を振りながらキッチンへと向かって行った。
私も踵を返し目的地へと歩いていく。
「……と。ここかな」
「フォウ!」
途中に出会ったフォウさんを伴って、一際大きな扉の前で足を止める。
確かに部屋の中からは男性たちの歓声が聞こえてきた。ブーディカさんが言っていた通り、非常に盛り上がっているようだ。
一体何をしているんだろうか。普段行っているトレーニングもなかなか盛り上がっているが、今日はそれの比ではない。
興味をそそられた私は、ノックをしてから扉を開けて中に入った。
『さあさあ皆さんお立ち会い!! 本日大注目の一戦!! ギリシャの大英雄ヘラクレス対アイルランドの光の御子クーフーリン!! 夢の対決が実現だぁ!! ステータス的にはヘラクレス有利! しかし技量を生かせるクーフーリンにも充分以上の勝機あり!! どちらが勝つか予測不能! どちらが勝ってもトーナメントはデッドヒート! 第一回カルデアアームレスリングマッチ準決勝、いよいよ開幕だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『ウォォォォォォォォォォォォォォォっ!!』
他の部屋四つ以上の広さを持つ室内では、半裸になったサーヴァントの皆さんが、一堂に集まり雄叫びを上げていた。
割れんばかりの歓声の中心でマイク片手に立っているのは、上半身裸で声を張り上げている先輩だ。
机の上で肘をついて手を組み合うヘラクレスさんとクーフーリンの手の上に、押さえるように自身の手の平を被せていた。
見るにアームレスリングの審判をしているのだろう。レフェリーをするだけなのに、何故服を脱ぐ必要があるのか、未熟な私にはよくわからなかった。
「ああ、マシュか。おはよう。マスターならあそこだぞ」
「おはようございますエミヤさん。えっと、色々お尋ねしたい事があるんですが……。取り敢えず一つだけ。ーーどうしてこうなったんですか?」
「いや私も途中参加した身なのでよくわからんのだが、筋トレしていたらいつの間にか複数のマッチョマン達による筋肉番付が始まっていたらしい。このアームレスリングもその内の一つなのだとか」
「なるほど。よくわかりません。フォウさんはわかりますか?」
「フ、フォウ……」
足元のフォウさんにも尋ねてみた。
しかしフォウさんも曖昧な表情で理解に苦しんでいるような様子であった。