7話後半です。
この辺りから物語が終局へと向かっていきます。
『浦の星学院は次年度より、沼津の高校と統合することになります。皆さんは来年の春より、そちらの高校の生徒として、明るく元気な高校生活を送ってもらいたいと思います』
全校生徒の前で伝えられる、あまりにも哀しい報告。
マイクを通して聞こえる鞠莉の声も、どこか無理しているような明るさが感じられた。
やれることはやった。精一杯頑張った。
————その結果が、これだ。
受け入れたくない現実が千歌達の心を傷つけていく。
「千歌ちゃん。次、移動教室だよ」
「あぁ……そっか」
「大丈夫か?さっきからぼーっとして」
窓の方を向いて上の空な表情を作っている千歌に曜と未来が声をかける。
「千歌!」
「いよいよ決勝だね!ラブライブ!」
「このまま優勝までぶっちぎっちゃってよー!」
「また良い曲聞かせてね!」
駆け寄ってきた友達の声も抜け落ちていっているような、中身のない笑顔を浮かべる千歌。
ガタン、と椅子を引いて立ち上がった千歌に皆の驚いたような視線が集中した。
「そうだよね!優勝目指して頑張る!」
不自然な笑顔。それに気づいているのは、その場にいる曜と未来————そして、廊下でその様子を聞いていた梨子だった。
◉◉◉
「学校が統合になったのは残念ですが、ラブライブは待ってくれませんわ」
「昨日までのことは忘れ、今日から気持ちを新たに、決勝目指して頑張ろう!」
「もちろんよ!五万五千のリトルデーモンが待つ魔窟だもの!」
「みんな善子ちゃんの滑り芸を待ってるずら」
「ヨハネ!」
皆が無理やり元気を出して練習に臨もうとしている光景を、未来とステラは少しだけ離れた位置で眺めていた。
「……何よあなたまでうじうじして、昼は平気だったじゃない」
「…………」
空の方を向いて一点を見つめる未来。
すぐに気持ちの整理がつくわけがない。それはみんな同じだ。これ以上落ち込んでばかりじゃいられないのもわかってる。
…………けど、
「……あとたったの二だったんだぞ?一日とは言わない、あと数分あれば————」
虚しいことを言ってるうちに悲しくなった未来は、それ以上口にするのをやめた。
「……なるようにしかならない。確かにその通りだな」
小さくこぼした未来の言葉を聞いて、ステラは少々怒気を孕んだ声で言った。
「それは物事を諦めて思考停止した奴が最後にこぼす言葉よ。……みんなはわたしとは違う。まだラブライブっていう目標が————」
「勘弁してくれよ」
震えた声を絞り出した未来の横顔を見て、ステラは思わず目線を彼から外した。
「…………ごめんなさい」
「……でも、お前はいつも正しいよ。冷静で、的確で、迷いがなくて……俺なんかとは大違いだ」
「そ、それに!お姉ちゃん達は、三年生はこれが最後のラブライブだから……だから……だから……!絶対に!優勝したい!」
向こうから聞こえてくる芯の通った声音に反応し、顔を上げる。
彼女達の背中を押すのは自分達だ。辛くても……前に進まなきゃならない時がある。
「……ほら」
「……あーもう、こうなったらヤケだ!」
優勝するぞ、と意気込んでいる皆のところへ戻り、未来とステラは指示を出す。
「じゃあ、アップを始めましょうか」
「ライブが終わったばっかりだし念入りにな」
おー!と声を上げたみんながそれぞれ位置につき、いつも通りのメニューを始めていく。
「イチニ、サンシ、ニーニ、サンシ!」
気を紛らわすために未来とステラも輪に加わり、同じようにストレッチを開始。
この数秒間だけは笑顔を維持できた。身体を動かしているうちは、なんとか嫌なことを忘れられる。
————そう考えているのは自分だけではないと……未来は勝手に思い込んでいた。
「…………!」
何気なく目を向けた先にあった千歌の顔が視界に入る。
頬を伝う一筋の雫が、笑っている彼女の顔を濡らしている。
「……千歌」
「……?どうしたの?」
みんなそれに気がついたのか。手を止め、棒立ちの状態で千歌に心配そうな瞳を向けた。
伝染していくように次々と皆の笑顔が消え、きょとんとした表情の千歌が首を傾ける。
「みんな……?」
「今日は……お休みにする?」
気の毒そうに尋ねてきたステラは、気まずい雰囲気のなかやり場に困った手を腰に当てていた。
「えっ……なんで?平気だよ!」
「ごめんね……無理にでも前を向いた方がいいと思ったけど……。やっぱり、気持ちが追いつかないよね」
「そんなことないよ。ほら、ルビィちゃんも言ってたじゃん!鞠莉ちゃん達最後のライブなんだよ!それに……!それに……!!」
「千歌だけじゃない」
果南が千歌のもとへ歩み寄り、彼女の手を握っては視線を交差させる。
「みんなそうなの」
「ここにいる全員……そう簡単に割り切れると思っているんですの?」
「やっぱり……私はちゃんと考えた方がいいと思う。本当にこのままラブライブの決勝に出るのか、それとも……」
固まった表情のまま、千歌はみんなの顔を見渡していく。
その誰もが心の傷を引きずっているような顔のままだった。
「……そうですわね」
「まっ……待ってよ!そんなの出るに決まってるよ!決勝だよ!?ダイヤさん達の————」
「本当にそう思ってる?自分の心に聞いてみて。……ちかっちだけじゃない、ここにいるみんな」
◉◉◉
自宅に帰り、ベッドに倒れこんだ未来が呻き声にも似た音を出す。
『……大丈夫?』
メビウスの声も右から左へ通り過ぎ、頭のなかにあるのは先ほど鞠莉達に言われたことだけ。
「……学校を救う。……“救う”ってなんだ……?」
ごちゃごちゃになった思考は一向にまとまる気配がなく、終始未来の平静を奪ってくるのだ。
————起こしてみせる!奇跡を絶対に!……それまで、泣かない!泣くもんか……!
(……ここまで順調に進んできたと思ってたのになあ……)
今日の千歌の涙は、未来の心にも大分くるものがあった。
学校を救いたい。
諦めきれない思いが胸のなかで疼いている。
……どうにかして、彼女を————
「……!」
ベッドから上半身を起こし、未来はふと浮かんだ単語をつぶやく。
「……ラブライブ……学校……優勝……」
翌日。
屋上に集まった千歌達は、すっかり心の整理がついたような表情でその場に立っていた。
「……結局、みんなここに来るんだな」
「出た方が良いっていうのはわかる」
「……でも、学校は救えなかった」
「なのに、決勝に出て……歌って」
「たとえそれで優勝したって……」
未来が薄々思っていた通り、皆の意見は一致していた。
学校を残すという目的は果たせなかった。故にこのままラブライブに出ても意味はない————と、
(……でも、俺はやっぱり……)
塀に寄りかかる千歌の背中を見る。
今回の出来事だけで、随分と弱々しく見えるようになってしまった。
「確かにそうですわね」
「でも、千歌達は学校を救うためにスクールアイドルを始めたわけじゃない」
「……輝きを探すため」
「みんなそれぞれ、自分達だけの輝きを見つけるため。……でも——」
「見つからない」
未来が鞠莉の言葉に頷きかけたところで、遮るように千歌が口を開いた。
「……だってこれで優勝しても、学校は無くなっちゃうんだよ?」
しん、と空気が張り詰めるのと同時に沈黙が訪れる。
ゆらりと立ち上がった千歌は、曇りきった目で言い放った。
「奇跡を起こして、学校を救って、だから輝けたんだ。輝きを見つけられたんだ。……学校が救えなかったのに、輝きが見つかるなんて思えないッ!!」
「……!待ってくれ千歌、まだ————!」
「私ね、今はラブライブなんてどうでもよくなってる。私達の輝きなんてどうでもいい……!学校を救いたい!!みんなと一緒に頑張ってきた此処を……!」
高校生の少女の、純粋な悔しさ。
それを一身に受け止め、未来は強く握った拳を前に掲げて声を張り上げた。
「だったら……!」
「「じゃあ救ってよ!!/だったら救ってくれよ!!」」
遠くから聞こえた声と重なるのを感じ、未来達は反射的に後方へと顔を向けた。
駆け出し、塀から顔を覗き込んで真下に広がる校庭を見下ろす。
「だったら救って!ラブライブに出て……!優勝して!!」
何人もの————いや、全員だ。
全校生徒が校庭に集まり、千歌達に対しての言葉を大声で伝えている。
「みんな……」
「できるならそうしたい!みんなともっともっと足掻いて!そして……!」
「そして!?」
「……そして————!」
詰まりかけた言葉を引き出し、千歌は声に出す。
「学校を存続させられたら……!」
少しの静寂。
彼女が何も言わないのを見て、みんなは————未来が言わんとしていたことを伝えてくれた。
「それだけが学校を救うってこと!?」
ハッと目を見開いて俯いていた頭を上げる。
「私達、みんなに聞いたよ!千歌達にどうしてほしいか、どうなったら嬉しいか!」
「みんな一緒だった!ラブライブで優勝してほしい!千歌達のためだけじゃない!私達のために!学校のために!」
「この学校の名前を、残してきて欲しい!!」
「学校の……」
思わぬ言葉にぽつり、と同じ言葉を繰り返すダイヤ。
力強い、生徒達の言葉を受けて————
「千歌達しかいないの!!千歌達にしかできないの!!」
「浦の星学院、スクールアイドル!Aqours!その名前を、ラブライブの歴史に……あの舞台に!永遠に残して欲しい!!」
「Aqoursと共に、浦の星学院の名前を!!」
……だから、と彼女達は何度も重ねて————
「「「輝いて!!」」」
皆が伝え終わったのを見て、未来は隣に佇んでいた千歌の肩を軽く叩いた。
「……未来くん」
「俺からも頼む。……この学校のことを……みんなのことを……ラブライブに刻み込んで欲しい。……みんなが“ここにいた”ってことを……!!」
統廃合が防げなくてもいい。
……だからせめて名前を。一生消えない、栄誉ある歴史の中に————この名前を……!
ささやかなみんなの願いを、叶えて欲しい。
「……千歌ちゃん」
「「や・め・る??」」
にやけた顔で揃って尋ねてきた曜と梨子に対して、千歌は震える足で地面を何度も踏みつけた。
「……やめるわけないじゃん。決まってんじゃん……!決まってんじゃん決まってんじゃん……!!」
一斉に上げた顔と広げた両腕。
一転して頼もしい表情へと変わった千歌は、先ほどの落ち込みようが無かったかのように輝いていた。
「————優勝する!!ぶっちぎりで優勝する!!相手なんか関係ない!!アキバドームも……決勝も関係ない!!優勝する!!……優勝して、この学校の名前を……!一生消えない思い出を作ろう!!」
この日、新たな願いを乗せて動き出す。
————十個の光が、新しい目標へと向かって。最高の輝きを残しに————
「……これまで見てきたなかで、一番強そうな“怪獣”だな」
天を見上げる千歌を見やる。
彼女の胸に————とびきり強い光が宿っているのが見えた。
◉◉◉
「……おや」
宇宙船内の気温が凄まじく底下していることを察知し、メフィラス星人はふと声を上げる。
ところどころに転がる氷塊。明らかに何者かが戦った痕跡だ。
メフィラスは周囲に
「まったく……無駄な争いはよしなさいとあれほど言ったのですがねえ」
参謀宇宙人デスレム————その亡骸。
氷結し、ひび割れた身体は痛々しくて見ていられない。
大方自分が留守の間に二人の幹部によって、どちらが先に出撃するかの揉め事があったのだろう。
まったく馬鹿な愚か者達だ。目を離した隙にこの有様とは。
「……ということは」
ヤプール、デスレムが命を落としたとなれば————残る四天王は自分を抜いてただ一人。
「グローザム……。どうやらウルトラセブンが潜伏している北海道という地に向かったようですな」
メフィラスが軽く腕を振るうと、それと連動するように氷漬けになったデスレムが粉々に砕け散る。
もともとグローザムは連携に向いていない。
「不死身の身体を持つ彼が負けるとは考えられませんが……」
単独行動で勝手に敵を始末してくれるならそれも良し。万が一敗北してもこちらの支障は多少の戦力を失うだけだ。
「……時空波で集めた“軍団”の構成は順調。決戦の時は近いですぞ」
まさかのデスレム退場。
そしてグローザムはかつての決着をつけるために北海道へ……?
解説いきましょう。
グローザムはウルトラ大戦争でも氷結能力で光の国の戦士達を苦しめた強敵ですね。
原作のメビウスでも一度は敗北してしまうほどの相手でした。
次回からの舞台では北海道という寒地+グローザムというかなり厳しい状況での戦闘に……?
前に一度交戦したことがあるヒカリとステラが鍵になりそうです。
次回からの8〜9話ではオリジナルの展開が多くなります。