何度もフラッシュバックする光景があった。
悲しくも美しいその日の出来事。
命日となるはずだったその日に不思議な存在によって助けられ、未来達は今まで生きてこれた。
ウルトラマンという存在を初めて知ったその日————
『(……ベリアル)』
正面で浮遊している漆黒の戦士を捉える。
三叉の槍を片手に最恐の鎧をまとったウルトラマン。
(…………)
かつての恩人を前にして、未来は左腕の長剣を構えた。
今のベリアルは本人の意思とは関係なく操られている可能性が高い。以前地球で会った時は迷わず襲いかかってきた。
……今回もきっと……
「通りたきゃ勝手に行けよ」
『(え?)』
拍子抜けする答えに思わず間の抜けた声が出た。
ベリアルがここにいたのは門番として配置されているから、と思っていたが…………。
「今俺に与えられている命令は"待機"だ。無駄な仕事はしたくないものでね」
『……!ベリアル、君は……!』
問題なく会話を交わしているベリアルを見て、以前出会った時との変わりように驚愕する。
理性のない猛獣のように襲ってきた彼と、苦しそうに介錯を頼んできた彼。
(……あんたはいったい……何がしたいんだ?)
未来の問いには答えない。ただ無言で虚空を眺めているだけ。
「あのガキはまだ無事だ。助けに来たのなら……早めに向かうことだな」
(……俺は、あんたに————)
言いかけたところで槍の切っ先がこちらに向けられ、その直後赤黒い光線が真横を通り過ぎた。
「さっさと失せろ。これ以上留まれば……俺はお前らを殺すことになるが?」
(……っ)
一変して凄まじい殺気を放ってきたベリアルに圧倒され、ほとんど反射的にその場を離れた。
彼の真意はわからない。……だけど今は敵対しなくて済むようだ。
未来にとってはそのほうがいい。戦って勝てる相手ではないとわかっているし、なにより————
(……命の恩人と争うなんて……)
————今回も、"伝える"ことはできなかった。
◉◉◉
「ありもしない夢物語に心を奪われた哀れな男だ。……闇を超えるものなど存在しない」
「まあまあ、いいから彼とも話してみなよ」
いつ自分を攻撃してくるのかわからない状況のなか、ノワールは冷静な様子でエンペラ星人を繋ぎ止めていた。
ここに連れてこられた時点で助かる可能性は一パーセントもないとわかっていた。
断言しよう、このまま何かしらの乱入がなければ果南諸共自分は死ぬ。
(頼むよ未来くん……?)
内心冷や汗が止まらない。平静を装うのもそろそろ限界だ。
どうにかして皇帝の隙を作り、さっさとこんな場所からトンズラして————
「さっきから光とか……闇とか……よくわかんないけどさ」
「ん?」
背後で怯えていたはずの果南が立ち上がり、エンペラ星人を見上げては言う。
「あなたなんかに未来達は負けない」
「……なに……?」
予想もしなかった地球人の言葉に、エンペラ星人はかすれ気味の声を漏らした。
興味深そうな視線を送るノワールもまた、彼女の思わぬ行動に息を呑む。
「あなたが未来とメビウスの敵ってことは……なんとなくわかる。どうしてこんな……地球を襲おうとするの!?」
「吠える気力があるとは意外だな。……望み通り墓場へ送ってやろう」
まずい、と唇を噛み締めた。
皇帝の腕が振るわれた瞬間に自分達の命は消える。
一秒あれば果南とノワールを同時に始末することは容易い。それほどの力が奴にはある。
「…………っ」
エンペラ星人の左腕が掲げられ、りん、と腕輪がぶつかり合う。
皇帝が二人に向かって手を振りかざさんとしたその時、
「……!」
上空から飛来した光の斬撃がエンペラ星人へと向かってくるのが見えた。
攻撃がやってきた方向には見向きもせず、彼は挙げていた左腕を後方へ振るう。
「うわっ……!」
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃波が広がり、その斬撃を打ち消してしまった。
わずかな沈黙の後、一体の巨人が降り立つのを視界に捉える。
左腕から伸ばした黄金の長剣を構えた赤いウルトラマンが、渾身の力で再び極大の斬撃を飛ばしてきた。
「……ふん」
虫ケラでもあしらうかのように、エンペラ星人は絶大な威力を誇るその攻撃を軽々と払い除けてしまう。
「時間稼ぎ、ギリギリ間に合ったみたいだね」
球体のなかで安心したように尻餅をつくノワール。
その横では障壁に手をつきながら、とある名前を叫ぶ果南の姿があった。
「未来!!メビウス!!」
(果南さん!)
『どうしてノワールまで……?』
へらへらと笑いながら手を振ってくるノワールを無視し、果南が無事であることを確認する。
しかし安心はできない。そのすぐ側には闇の皇帝が立っているのだから。
(とにかく短期決戦だ!果南さんを助けたらすぐに離脱する!)
『えっと……ノワールは……?』
(知らん!)
なぜあいつが果南と一緒に囚われているのか知らないが、助けてやる義理はない。
それに奴なら自分の力だけで勝手に逃げることができるはずだ。いつものように、汚く。
(ぜぁぁああッッ!!)
地面を抉りながら前進し、広範囲に煙幕を張る。まずはエンペラ星人の視界を奪い、一気に攻める作戦だ。
(あれが……エンペラ星人……)
遠くに見える漆黒の巨人を見て、自然と身体が震えた。
先ほど放った光の斬撃は、未来とメビウスが持てる全ての力を結集して繰り出したつもりだったが……結果は見ての通り、まるで通じていない。
まさに最強、最悪の敵だ。
(ザ・ラスボスって感じだな……。でも……っ!)
必ず隙はあるはずだ。
メビウスは煙幕を張りながら奴へと接近し、背後に回る。視界の外から奇襲を狙う考えだ。
「…………さて、脱出しようか。君も来るかい?」
「え?」
果南は隣でゆっくりと立ち上がったノワールの顔を見やった。
「まだ未来達が……」
「ああ、あの二人はよく働いてくれたさ。でももう終わりだ、彼らのしたことが無駄にならないよう、ボクらはさっさと退散しよう」
「何言って————」
ふと視線を未来達のいる方向へと戻す。
「……え?」
一瞬理解が追いつかなかった。
数秒前までエンペラ星人を翻弄していたはずのメビウスが、全身に傷を負って倒れ伏していたのだ。
◉◉◉
…………あれ?
吹き飛びかけてた意識を無理やり引き戻す。
…………なにがあった?
たった今エンペラ星人との戦闘が始まって……それで————
動かない身体に四肢が付いている感覚が戻るが、視界は黒いままだ。
全身に力を込めても全く反応してくれない。暗闇のなかで一人取り残されたかのようだ。
…………あれ、
気づいたのと同時に深い絶望に襲われた。
戦闘なんかしていない。ただ一方的に蹂躙されただけだ。
数秒前、未来とメビウスはエンペラ星人に一太刀浴びせようと接近した。
……そうだ、思い出した、その直後に————
(げはッ……!)
『うっ……ぐ……ッ!』
攻撃する前に吹き飛ばされた。奴は片腕を軽く動かしただけなのに、それなのに触れることも叶わずに————
「貴様は……ああ、以前葬ったウルトラマンか」
足音が近づいてくる。絶対的な力を誇る闇の皇帝が歩み寄る音。
「……なぜ生きているのか、などとは聞くまい。問うたところで意味がないのだからな」
『……!』
やっと戻った視力を凝らして上を向くと、漆黒のマントを翻した影が見えた。
(これが……エンペラ……星人……)
勝てない、と確信した。こんな奴、たとえこの先いくら努力しても————
(……うごけ……動け……カラダ……うごけ……っ!!)
…………死ぬ。
『未来くん……!』
自分の敵がどんな奴なのか、今やっとわかった。
ヤプールの言葉が頭のなかで蘇る。
————たとえ全ての四天王を討ち取ったとしても……闇の皇帝には敵わない。
「ちょっと!離してよ!」
「ちょっ……痛い、痛いって」
腰に打撃を喰らいつつ、ノワールは片腕で果南を抱えながら異次元空間を移動していた。
未来とメビウスがここへやってきたということは、足止めに向かったヤプールは既に敗れている。故に————
(今の時点では異次元空間を支配している者はいない。警戒する必要なく移動手段として使える。……まったく便利だねえ)
ダークネスフィアから地球までの距離はこの空間を使うことで数分で移動できる。自分の力だけで移動するよりもずっと良い。
「離してったら!」
「いたァ!?」
強烈な肘打ちを背中にもらい、ノワールは目に涙を浮かべながらつい手を離してしまった。
異次元空間に浮遊する果南と視線を交差させた後、困ったように口を開く。
「もう……なんだっていうんだい?」
「未来とメビウスを残して逃げるなんてできるわけないでしょ!?……どうすれば戻れるの?」
「戻ってどうするの?」
「……それは……!」
口ごもる果南を見て自然とため息をついた。
「あのね果南ちゃん、君一人戻ったところで足手まといにしかならないよ。さっきも言っただろう?彼らの覚悟を無駄にしないためにも——」
「だからって……私だけ逃げるなんて嫌だよッ!!」
大した正義感だ。光の欠片を宿すのに相応しい。
だが果南が持つ光だけでは皇帝に勝つことはできないのはわかっていた。光の欠片は……十全てが揃った時に初めて真価を発揮する。
「……言っておくけど、ボクはその気になれば一人で逃げることもできたんだ。いろいろと後が怖いから助けてあげただけ、ということを理解してもらいたいね」
あのまま果南を置いていけば地球に残っているステラとヒカリに報復を受ける可能性もある。安全第一を目指すのならそれは定石ではない。
それと————
(一応ファンだから、というのは黙っておこうかな)
ふと果南へ視線を戻すと、何やら目を丸くして驚いていることに気がつく。
「どうかした?」
「あれは……」
彼女が指差したのはノワールの背後。
ゆっくりと異次元を漂っている無数の巨影が見えた。
「……ああ、だいぶ前にボクが作った怪獣達だね。ヤプールに頼んでここにしまっておいたのを忘れてたよ」
「ねえ!」
詰め寄ってきた果南から仰け反る。
突然のことに驚愕しつつ、ノワールは彼女が言わんとしていることを聞いた。
「な、なんだい?」
「あの怪獣達、動かせる!?」
『弱気になるな!!』
(……!)
声が聞こえた。
『今まで散々頑張ってきたんだろう!?地球を……千歌ちゃん達を守るために!!』
エンジンがかかる。錆び付いていた頭のギアを強制的に回転させるような、とても気合いの入る声だ。
『君はいつだって困難を乗り越えてきた……!何度くじけそうになっても……!立ち上がってきたじゃないかッッ!!』
……メビウスだ。相棒が自分を呼んでいる。
消えかけていた正気を引き寄せ、未来は光のなかで目を覚ました。
(ァ……ああアアア……!!)
グラグラになったバランス感覚で立ち上がり、エンペラ星人と対峙する。
痛みでどうにかなりそうだ。体力なんてとっくに尽きている。……けれど、ここで死ぬわけにはいかない。
「……先の一発で殺したつもりであったが……」
黒い巨人は改めてメビウスを睨み、こちらに殺気を放ってきた。
「諦めろ。貴様らでは余に触れることすらできない」
(……まだだ……)
諦めてたまるか。
……自分達の戦いは、絶対に負けられない戦いなんだ。こんなところで易々と殺されるなんて冗談じゃない。
(俺達が……みんなを守るんだ……!!)
最後まで諦めず、不可能を可能にする。それが————
『(ウルトラマンだッッ!!)』
爆発的な圧力がエンペラ星人の手の中に収束するのを感じた。
奴の腕が振り下ろされる直前、瞬時にバーニングブレイブへと姿を変えて拳を構える。
『(メビューム…………!!)』
腰を低く構え、エンペラ星人の放つ衝撃波を迎え撃とうとした直後、
『(インパ————!)』
————バリィィイイイイン!!!!
周囲に現れた無数の空間の亀裂に気を取られ、メビウスとエンペラ星人は動きを止めた。
(……!なんだ……!?)
『……異次元空間……!?』
五十近くのゲートが開き、まるで軍隊のように揃ったタイミングで複数の怪獣達が現れたのだ。
キングジョーブラック、ギャラクトロン、ゼットン……過去に一度戦ったことのある怪獣達も所々に確認できる。
(うわっ……!)
一斉にこちらへ向かって突撃してくる怪獣達を前にして、思わず防御姿勢になるメビウス。
しかし————
『(…………へ?)』
無数の怪獣軍団は自分達を素通りし、エンペラ星人のもとへ一直線に向かって行ったのだ。
「ぬぅ……!」
軽々と怪獣の集団の一部を吹き飛ばすエンペラ星人だったが、次から次へと襲いかかるそれらに足止めをくらってしまう。
(一体なにが……)
直後、後方から聞こえる叫びに反応し、振り向く。
「未来ーーーー!!メビウスーーーー!!」
「早く来たまえ!!こんな足止め数秒保つかどうかだぞ!!」
(果南さん……!?ノワール……!?)
いつの間にか脱出していた二人が立っていたのだ。
「「早くッッ!!」」
二人の呼び声に応じ、反射的に地を蹴る。
メビウスが走ってきたのを視認し、ノワールは異次元へと繋がる門を広大に開いた。
巨人の身体が全て入りきった後、果南とノワールは同時にゲートの中へ戻り、即座に閉める。
「ぬ……ォォオオオ……!!」
十秒足らずで全ての怪獣達を始末してしまったエンペラ星人が辺りを確認した時には、既に彼らの姿は消えていた。
◉◉◉
「はあっ……!はあっ……!!」
人間の姿に戻った未来は、まだら模様の空間で鎮座している黒い青年を見た。
「間一髪だったね」
「なんでお前が……。俺達を……助けたのか……!?」
「彼女に無理やり言われて、だけどね」
横に視線を向ければ、うっすらと笑みを浮かべた果南が立っていた。
「無事でよかったよ、二人とも」
『果南ちゃん……!』
「それはこっちのセリフ……だよ……!」
泣きそうになるのを堪えた未来は…………そのまま眠るように意識を失う。
「未来!?」
倒れる寸前のところで彼を受け止める果南。
お互いの心臓が動いているのを感じ、自分達が生きて帰ってきたことを実感するのだった。
みんな無事生還しました。
ノワールが放置していた怪獣達がここに来て役に立ちましたね。
では解説です。
忘れてた人も多いと思いますがノワールは自分が作った怪獣達をヤプールの異次元を通して地球へと放っていました。
いくらか蓄えはありましたが、未来達に敗れ、エンペラ星人からも命を狙われたことでせっかくの戦力が台無しに……。ということで今回はその怪獣達に助けてもらうことに。
以前記述したと思いますが、これらの怪獣達はあくまでノワールの模造品なので、オリジナルの力よりだいぶ劣ります。
次回からは少し落ち着いた回になりますね。