「今日からこの学校に転校してきた、
(マジで来やがった……)
今朝のホームルームで転校生が来ると担任から聞かされ、嫌な予感が現実となって目の前に現れた。教師達に催眠をかけたとはいえ、梨子がやって来たばかりなのだから違和感は感じないのだろうか。
「あの子転校生だったんだね」
「珍しいね。短期間で二人も」
千歌と曜が何気ない会話を交わす中、未来だけがステラへ明らかに喧嘩腰な視線を注いでいる。
『未来くん、殺気ダダ漏れだよ……』
(ワザとだよ)
担任の教師の指示で自分の席へと移動するステラ。未来の隣を通り過ぎる瞬間、ステラも未来へとプレッシャーをかけるように視線を向けるのがわかった。
(なんて感じの悪い……!!)
『君もだよ……』
後ろの席から伸ばされた手に肩を軽く突かれ、反射的に後ろを向くと、目の前に千歌の顔があった。
(近い……)
「未来くんさっきもあの子と何か話してたみたいだけど、友達なの?」
「誰があいつなんkーーーーうん、この間たまたま知り合ったんだ」
未来が大声を張り上げようとした瞬間、メビウスが咄嗟に主人格へと移り変わり、事なきをえる。
千歌は未来の口調に違和感を感じつつも、「そうなんだ」とだけ言って自分の席に腰かけた。
『おい!勝手なことするなよ!』
(彼女達とトラブルを起こすのは好ましくない!騒ぎになるようなことは避けたいんだ!)
『……わかってるよ。落ち着いたからとりあえず身体は返してもらうぞ』
身体の主導権を取り戻した未来は、深呼吸をして乱れている心身を整える。
こんなことで取り乱してはいけない。これからステラとツルギはクラスメイトとして常に近くにいるのだから、できるだけ早くこの環境に慣れてしまわないと。
ホームルームが終わると、案の定他のクラスメイト達がステラの所へと集まり、質問マシンガンを浴びせていく。流石に圧倒されたのか、ステラの氷のような表情が一瞬引きつったのが見えた。
(でも、なんであいつはわざわざ学校なんかに……)
『情報収集のためかもね。ーーーーボガールが、どこに潜んでいるかわからないし』
(……?ちょっと待てメビウス、それはまさか……この学校の中にボガールの仲間が紛れてるかもしれないってことか⁉︎)
『その可能性は無視できない。この街にその中の一体が現れたということはーーーー間違いなく近くにいる』
「確定的ではないけどね」、と最後に付け足すメビウスだが、未来にとっては気休めにもならない言葉だった。
(また……あいつと戦うのか……)
ウルトラマンとしてまだ二回目の戦闘だったとはいえ、完膚なきまでに叩きのめされた未来の心には、不安と恐怖が蠢いていたのだ。
(なあメビウス)
未来は初めて怪獣と戦った日から不思議に思っていたことをメビウスへと尋ねた。
(どうして、俺を選んだんだ?)
メビウスが、自分を憑依する相手として選んだ理由。無数に存在する人間達の中から、なぜ自分が選ばれたのか。未来はその理由がわからなかった。
『君が、誰よりも”ヒーロー”に憧れていたからだよ』
(なんだよそれ……?)
『ただの直感さ。あまり気にしなくてもいいよ』
(直感で選んだのかよ)
『意外とわかるものだよ。君は特にわかりやすかったけどね』
(はあ?)
言ってる意味がわからない。そもそも未来がヒーローに憧れているなんてこともメビウスの憶測に過ぎないはずだ。
『僕には見えたんだ、君の中の光が』
(光……?)
ますます話が見えなくなるばかり。
未来はさらに質問を重ねようとするがーーーー
ーーーー”これから先の未来、お前に”ーーーー
ノイズがかった映像と声が脳裏をよぎり、同時に激しい頭痛に襲われた。
「うっ……⁉︎」
「未来くん?」
苦しそうに身を縮める未来を見て、後ろの席に座っている千歌が心配そうに声をかけてくる。
「なんでも、ない……」
「…………そう?」
腑に落ちない表情で椅子にストン、と腰を下ろす千歌。
ーーーー聞こえた声はおそらく男性だった。姿はよく見えなかったが、間違いなく未来に向かって何かを語りかけている様子だ。
(今のは……?)
◉◉◉
「未来くん帰ろー!」
放課後。
いつものように曜と千歌が一緒に下校しようと誘ってくる。が、未来にはこの後やることがあった。
「ごめん、先に帰っててくれ。用事が出来たんだ」
「あっ、じゃあ私も手伝おうか?」
「いやいいよ。バスなくなっちゃうかもしれないし」
「ーーーーそっか」
残念そうに俯く千歌だが、すぐに普段の明るい笑顔を浮かべて未来へ背を向けた。
「また明日ね!」
「ヨーソロー!」
「ああ、またな」
教室を出て行く二人を見送った後、未来以外で唯一残っている女子生徒の方を睨む。
「いいの?お友達と一緒に行かなくて」
「本来ならそうしたいところだがな」
一定の距離を保ちながら、目の前に立つステラを見据える。
「答えろステラ。どうして浦の星に来た!」
「別に、暇つぶしよ。アークボガールを倒すまでのね」
「暇つぶしだと……?」
「ええ、”故郷にいた頃の習慣”を取り戻したくて。ーーーーそれと」
地面を蹴り、天井に届くほどに飛び上がったステラは、制服の袖から滑らせるように短剣ーーナイトブレードを取り出すと、一瞬で未来に肉薄し、顔面にそれを突き立てようとする。
「気安く名前を呼ばないで」
「それは悪かった……なっ!」
迫り来る光の刃。それが握られているステラの腕を寸前で払い除け、軌道を逸らす。
カァンーーと教室の壁に刃が衝突する。少し当たってしまったのか、未来の頰から流れた血液が刃を伝って床に滴り落ちた。
「…………戦いになるとすぐ”彼”に頼る癖、直した方がいいわよ」
「やっぱバレてたか……」
攻撃を受ける瞬間のみメビウスに前へ出て来てもらい、なんとか受け流すことができたのだ。
「で、忠告は受け入れてもらえた?」
「無理に決まってるだろ」
「ふんーーまあいいわ。精々ボガールに食われないようにね」
ステラはナイトブレードを壁から引き抜くと、未来へ背を向けて早足で教室から出て行った。
「どうしよこの壁のキズ……」
『あ、直せるよ僕』
「便利だなあ、ウルトラマンの力って」
特にこれといった情報を聞き出すことはできなかった。ただ言えることは、ステラはこの先しばらくこの内浦に留まるということ。
ーー次にボガールが出現した時は、おそらく三つ巴状態になる。
『彼女達とは、早めに和解したほうがいいね』
「和解だって?ムリムリ。今だっていきなり切りかかってきたんだぞ?」
『どういうことなんだろうね……。ノイド星人は比較的温厚な人が多いって聞いたけど……』
「のいどせいじん?」
『うん。ツルギと融合している彼女、人間の姿を借りてるわけじゃなさそうだ。だとしたらあの外見はーーノイド星人としか考えられない』
「宇宙人……なのか⁉︎あいつが⁉︎」
『だとしたら、あの身体能力も頷ける』
ツルギが身体を操らなくとも発揮される驚異的な身体能力。人間よりも高い力を持ったノイド星人ならではの荒技だ。
『それに、なぜボガールを追っているのかもわからない。僕達と同じ敵がいるなら、どうして協力して倒そうとしない……』
「なんでもいい。とにかく俺はあいつが気に入らない」
不機嫌そうに眉をひそめる未来。
(こんな時、ベリアルっていうウルトラマンなら、どうしたのかな)
◉◉◉
日曜の朝。
ベッドから起き上がった未来は、隣に設置されている机の上へおもむろに視線を移した。
数年前ディノゾールが襲来した時、命を落としてしまった両親が写真立ての中で暖かな笑顔を浮かべている。
「おはよう」
口にした本人にしか聞こえないほど小さな声でそう呟くと、未来は枕元に置いてあったスマートフォンを手に取り、通知が来ている事に気がついた。
(千歌と……曜からもきてる……)
何事か、とメールの内容を確認しようとした瞬間、通話を知らせるバイブレーションと音楽がかかり、思わずスマートフォンを落としそうになる。
「はっはいもしもし?」
『あっ!未来くんもしかして寝てた?』
慌てて電話に出たので声を聞いて千歌からの電話だと理解した。
「今ちょうど起きたところだけど」
『そっか。これから果南ちゃんの所のダイビングショップに来れる?』
「え?なんで急に?」
『梨子ちゃん連れてダイビングしようと思って!曜ちゃんも来るし、せっかくだから未来くんもどうかなーって』
正直寝起きということもあり、あまり身体を動かしたくないし、外にも出たくないのだが、誘いを断ってまでやることは特にない。
「わかった。もう少ししたら行くよ」
『オッケー!ふふんっ♪』
やけに上機嫌な様子だったが、何か嬉しいことでもあったのだろうか。千歌の場合いつもニコニコしてるので、その辺の区別がイマイチわからない。
スマートフォンをベッドに放り投げるようにして置き、早速着替えをしようとクローゼットを開ける。
『未来くん、ダイビングってーー』
「海に潜って魚観賞したり、泳いで遊んだりすること」
『なるほど。地球には色んな娯楽が溢れているんだね』
「どちらかというとスポーツだと思うけど」
適当な服を身につけ、急ぎめで準備を済ませた後、未来は飛び出すように玄関から出て行った。
◉◉◉
「海の音?」
「うん。私、ピアノの曲を作ってるんだけどーー」
梨子は海をテーマにした曲を作りたいのだが、具体的なイメージが浮かんでこないのだという。
「だからダイビングってわけか……」
「単純、かな?」
「音楽のことは正直さっぱりだけど……いいんじゃないかな、こういうのも」
ウェットスーツに着替え、船で少し移動した場所へ潜る。これだけで何か掴めるのかわからないが、他に方法も思いつかないらしい。
『海の中かあ……。僕は初体験だよ』
「俺は小さい頃に何度か……」
「……?日々ノくん、誰と話してるの?」
「いやなんでもないですっ!」
話を逸らすためにいち早く海へとダイブする。勢いよく飛び込んだのでかなりの水柱が出来、数秒後には海水の雨が降り注いだ。
「こーらっ。あんまりはしゃぐと危ないよー?」
「ご、ごめん果南さん」
船の上で腰に手を当ててそう言う果南にペコペコと頭を下げる未来。
たまに気が抜けるのは直していかないとまずい。メビウスの存在を勘付かれでもしたら……。
(下に行くほど暗くて……不気味だな)
周りを見渡す。
音の届かない静寂の空間が身体を包み、なんとも言えない不安が湧いてくる。
少し遅れて千歌と曜、そして梨子も水中へ入って来た。4人が一箇所に集まり、”海の音”を探す。
(イメージするにしても……こんな真っ暗な所じゃーー桜内さんの様子はーーーー)
水を掻き分けて梨子の方を向く。
目を閉じて、作りたい曲の雰囲気、メロディをイメージしているが、やはりそう簡単にはいかないだろう。
千歌と曜も自分達なりにイメージを膨らませてはいるが、二人とも梨子と同じく何も浮かんでこないようだった。
一旦船の上へ戻り、小休憩を挟んでいた。
「ダメ?」
「残念だけど……」
曜の問いに浮かない顔で答える梨子。
「イメージか……確かに難しいな」
「簡単じゃないわ。景色は真っ暗だし」
「まっくら?」
「そっか、わかった!もう一回いい?」
梨子の言葉から何かに気づいたように、千歌はすぐさま立ち上がって再び海の中へと潜っていく。
曜と未来と梨子の三人も、それに続いて海へ身を預ける。
千歌の進行方向を見て、未来はなんとなく彼女が何をしようとしているか予想がついた。
(明るい場所を探しているのか)
さっきいた場所とは違い、日差しが水中まで差し込んでいて、暗闇が晴れ渡るように見える。
四人はとある所で止まると、先ほどのように周りの雰囲気に意識を集中させ、イメージを固める。
そして数秒後ーーーー
(…………⁉︎)
ポロロンーーとピアノのような音色が聞こえ、ハッと目を見開く。梨子にもそれは聞こえたようで、驚いた顔で千歌、曜、未来と順に見合わせた。
音はそれだけでは止まらず、旋律のように、ハッキリとした曲が流れるように耳朶に触れてくる。
ーーーー海の音。
そう表現するに相応しいものだった。
◉◉◉
「ぷはっ!」
「聞こえた⁉︎」
海面から顔を出した四人はすぐに寄り合い、確かに聞こえたであろう海の音の存在を確かめる。
「うん!」
「私も聞こえた気がする!」
「本当⁉︎私も!」
「俺も……確かに聞こえた!」
海の音が聞こえたことで現れた達成感と満足感。四人はそれに浸り、しばらく海面で笑い合っていた。
テレビのメビウスと違うところを少し解説入れておきましょう。
この作品でのツルギーーつまりヒカリの復讐の対象はボガール単体ではなく、”アークボガールが率いたボガールの集団”です。アークボガールを倒さないとこの件は解決しません。が、案外すぐに退場させると思います。
そして「展開が遅い!」と思ってるあなた、まだまだ本当に書きたい話は先なので、気長に読んでくれると嬉しいです。曜ちゃん回とか、ルビィちゃん回とか、かなまり回とか……etc