さて、敵が狙ってきたものとは……?
「おやおや、これはまた随分と……」
薄暗い内浦の自然のなか。
ノワールは周囲を囲まれていることを察知し、抵抗する素振りも見せずに両手を頭上に挙げた。
暗闇に紛れて詳しい数はわからないが、刺客の数はざっと三十人は超えている。一人で振り切るのは不可能だ。
「すぐに殺さないってことは、何かしらの用があるわけだ。……皇帝くんの指示かい?」
————ええ、あなたのおっしゃる通りですよ。
直接頭に送り込まれてくる声。この冷静な雰囲気はメフィラス星人だろう。
「まさかボクの力が必要だ————なんて言うんじゃないだろうね?今更彼が心変わりするわけがない」
自分は皇帝にとって既に用済みだ。今まで身を潜めながら過ごしてきたのも彼が送り込んでくる刺客から逃げるため。
————部分的にはそう解釈してもらって構いません。……では、詳しい話は向こうで。
目の前の空間が捻れ、ノワールを招くようにワープゲートらしき穴が開く。
「……さて、どうしたものか」
そして連行されていく青年の様子を後方から見ていた者が一人。
両手に煌めく銀色の指輪。上部にはめ込まれた宝石が神々しく輝いていた。
「……これはまずいな」
◉◉◉
「未来さん……!起きてください!未来さん!!」
「うっ……!」
身体を揺すられる感覚と左腕の痛みで目が覚めた。
眼前には必死な表情でこちらを覗き込んでいる少女の顔が見える。
「ダイヤ……さん……?怪我はありませんでしたか?」
先ほど起こった出来事を思い出す。
バイトが終わった後、急に地面が裂けたかと思えばダイヤが真っ逆さまに異次元空間へと落下し、それを追いかけて未来も反射的に飛び込んだのだ。
とりあえずは生きていることを確認し、安堵のため息を吐く。
「私は大丈夫ですわ。……けど」
「……?」
地面に触れると妙な感触が手のひらを刺激した。
アスファルトではない、
「……!これは……!おいメビウス!いるか!?」
『大丈夫、ちゃんと君のなかにいるよ。…………それにしても』
思わず何度も目をこすっては視界が捉える景色を確認した。
果てまで続いているような砂の大地————砂漠に覆われた乾いた世界だ。
先ほどまでそばに建っていた施設も、千歌達の姿もどこにも見当たらない。
「……ここは……どこですの……?」
不安で仕方がない、といった顔で自らの身体を抱えるダイヤ。
未来もまた未知の光景に戦慄するばかりである。
「……どういうことだ……?みんなはどこに……!?」
一歩踏み出せば足を取られそうな砂の海に片足が埋もれる。
「みんなーーーーーーッッ!!どこにいるんだーーーーーーッ!?」
張り裂けんばかりの声を張り上げて返事を待つも、どれだけ時間が経とうと返ってくる気配はなかった。
「……まさかとは思いますけど、私達が眠っている間に……この世界は……怪獣達に……!」
「違う!!」
縁起でもない。これは誰かが見せている幻————あるいは未来とダイヤが何かしらの結界に囚われているかだ。
「でもあの後ルビィは……!皆さんはどうなってしまったのですか!?」
「……わからない。けど、ずっとこうしてるわけにもいかない。まずは歩こう、ダイヤさん」
突然の事態に頭がいっぱいいっぱいだが、不安な気持ちを押し殺して何とか彼女に手を差し出す。
「……そ、そうですわね……」
「それでこそダイヤさんだ」
こんな状況だからこそ正気を失ってはダメだ。
ダイヤの手を取りゆっくりと立ち上がらせた後、宛てもなく砂漠のなかを歩き出した。
移動を開始して一時間ほど経っただろうか。
周囲には元々建物だったであろう瓦礫等で埋め尽くされている。
いくら歩いても同じ景色ばかり見えてくるのは正直くじけそうになる。
「さっきから歩きっぱなしだけど……ダイヤさん足とか痛くならない?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「ん……?」
ちくり、と胸に引っかかる違和感。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……大したことでは」
「そうですか」
きょとん、と首を傾げるダイヤは見たところ普段と変わりない。むしろこの状況でよく落ち着いていられると思う。
未来ですらどうにかなりそうだというのに、彼女は先ほどの取り乱しようが嘘のように冷静だ。
『…………』
無言の時間が続く。
千歌達の安否も気になるが、ここから脱出しない限りは何もできない。
(……無事でいてくれ)
◉◉◉
「未来とダイヤが消えた……!?」
ステラは目を見開きながら驚愕の声を漏らした。
慌てて周囲を警戒するも、既に異様な気配が近くにいることに気がつく。
「お姉ちゃん……!?」
「ステラちゃん……!二人はどこに————」
「伏せてッッ!!」
警告した直後に凄まじい騒音に囲まれた。
千歌達と自分を覆うようにして放たれた何らかの攻撃。衝撃の檻に閉じ込められた彼女達は、なすすべなくその場で身を縮めることしかできなかった。
「きゃあああああ!!」
「ぐっ……!」
ぬかった。未来とダイヤをこの場から消したのは注意を逸らす囮だったのか。それともこちらはただの足止めか————
「どちらにせよ……!」
ステラは懐から引き抜いたナイトブレードを握りしめ地を蹴り、弾丸らしき物の雨の隙間を駆け抜けた。
「好き勝手やってくれるわね!!」
攻撃を放っている者の居場所を暗闇から探し当て、ブレードを振り下ろす。
しかしその斬撃は、驚異的なスピードによって現れた防壁によって防がれてしまった。
「受け止めた……!?」
「……ふん」
剣を防御している壁を見ると、それは分厚く構成された
青いフードを被った何者かが一瞬のうちに作り上げた氷の壁。
「カアッ!!」
「きゃ……ぅ……!?」
前方から吹雪く凄まじい冷気と雹を受け、ステラの身体は宙を舞った後にアスファルトの地面へと叩きつけられる。
「ステラちゃん!」
「うぅ……!大丈夫……!」
駆け寄ってきた千歌に抱えられながら、ステラは自らの片腕に視線を移した。
右腕を覆う巨大な氷の塊。咄嗟に防御したのが間に合ったが、少しでもタイミングが遅れたら全身氷漬けだった。
「誰なの……!?」
「お前は……“違う”な。今回の俺の目的はそのガキ共だ」
ステラの背後に立つ八人の少女達を指差すと、フードの男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「待ちなさい……!」
『ステラ、よせ!』
ヒカリの言葉など耳に入っていないように、寒さで凍えている身体を無理やり奮い立たせ、男の前へと立ちはだかる。
「ほう……あれを喰らってまだ動くか。しかし無理をすればその右腕が砕けるぞ?」
「く……そォ……!」
「上手く避けろ」
片腕から伸ばされた銀色の剣がステラめがけて勢いよく振り下ろされ————
「やめ……ろおおおおおお!!」
「なんだぁ……?」
その場を駆け出した果南が二人の間に割り込み、フードの男を突き飛ばそうとする。が、奴はそれを物ともせずに彼女の腹部に重い打撃を放った。
「うっ……!」
「果南!!」
気を失い、力なく倒れかける果南を軽々と抱えた男は背を向けて足を踏み出す。
「はっ!手間が省けた。一人生け捕りにすれば充分だろう」
「待て……!」
追いかけようとするステラに再び絶対零度の風が襲う。
「くうっ……!」
『ステラッ!!』
「……!果南ちゃん!!」
果南は冷気をまとった男と共に暗闇のなかへと消え去ってしまった。
青ざめた顔で立ち竦む鞠莉。
薄れゆく意識のなか、ステラは緊急の事態に対応できなかった自らの無力さを呪った。
◉◉◉
「なっ……!」
信じられない光景を目の前にした未来は、目を見開いて
「「どういうことですの!?」」
同じ顔が二つ————黒澤ダイヤが二人いる。
先ほどまで身体を休めていた未来とダイヤの前に、もう一人のダイヤが現れたのだ。
「まったく意味がわかりませんわ!いきなりこんな砂漠に飛ばされて一人で孤独な旅をしたかと思えば……私がもう一人!?」
「それはこちらのセリフですわ!」
言い争いを始める二人のダイヤを見てとうとう頭がおかしくなってしまったのかと唸る。
しかし確かに、間違いなく二人存在しているのだ。
後からやってきたダイヤも未来と一緒にいたダイヤも外見はもちろん口調も同じ。
「……どっちかが偽物ってことだよな……」
「「私は本物ですわよ!!」」
少しの狂いもなく同時に発したダイヤ達の言葉を聞いて余計に頭を抱えたくなる。
『……未来くん、ちょっと』
(どうした?)
『おそらくどちらかが僕達をこの空間に連れ去った張本人。……ヤプールだ』
(……!ヤプール……!?)
確かに異次元を操る、といえば奴が当てはまる。
自分達をここへ引きずり込み、バラバラになったところをどちらかになりすまして始末するつもりだったのだろう。
「……!いや待て、確かめる方法はある」
そうだ。すっかり頭から抜け落ちていたことがあった。
どちらのダイヤが本物か、未来は確かめる術を知っている————!
「二人とも!!」
「「なんですの??」」
同じ表情の二人を見比べた後、未来ははっきりとした口調で言った。
「…………ダイヤ
直後、両者の顔にそれぞれ違う変化が現れた。
後から合流したダイヤはほんの少しほおを赤らめて「はい?」と返事を。
未来と行動を共にしていたダイヤは————
「……?い、いきなりなんですの……?ダイヤちゃんだなんて————」
刹那、瞬時に左腕に出現させたメビウスブレスから光の刃を飛ばす。
後者めがけて放った不意の一撃は————命中することなく空を切った。
数分前まで未来と二人きりだったダイヤが表情を一転させ、距離をとってからこちらを睨んでくる。
「…………ほう」
「ダイヤさん、俺の後ろに」
「え、ええ……」
ダイヤの姿をしていた奴の外見がみるみる変貌していく。
歪んだ影へとなったヤプールを睨み返し、未来はいつでも変身できるよう左腕に手を添えた。
「正体を現したな、さっさとここから出してもらうぞ」
「我ながら名演技————と思ったが、どうやら不覚を取ったらしい」
ヤプールは影の姿のまま飛翔すると、ガラスを突き破るように砂漠の空を割った。
「逃がすかッ!!」
上空に開いた巨大な穴めがけ、未来はダイヤの手を引いて走り出した。
「メビウーーーース!!」
オレンジ色の輝きが偽りの世界を照らし、一人の赤き巨人が手のひらに少女を乗せて、空に浮かぶ大穴へと飛び上がった。
連れ去られてしまった果南。
そして何やらノワールもエンペラ星人に呼び戻されたようで……?
では解説です。
冒頭でノワールがあっさり降伏した場面。もう彼に以前のような力がないことが現れていますね。
かなり前に記述した通り彼自身の力は大したことありません。複数の戦闘員が一斉にかかれば簡単に制圧できるでしょう。
「それでも最後に足掻く気はあるだろう」と思うかもしれませんが、実はそうでもありません。テンションとは裏腹に本心では自分がいつ死んでも仕方がないと思っております。
まあ少しでも可能性があれば迷わず逃げますけどね(笑)
次回はついにヤプールとの決戦です。