力を失ったノワールが下した決断とは……?
深い闇の中に落ちていく。
自分の力で這い上がろうとしても、ボクは光を得ることが許されなかった。
誰かが引き上げてくれるわけでもない。ただ運命という名の法則に従って、一直線に落下していくのみ。
————もう、疲れたな。
何もかもどうでもよくなった。
拠り所だったものも無くなって、今度は自分が光になろうと努力してきた。あまりにも自分勝手な努力を。
暗闇のなかで少しだけ考えてみる。
どうしてエンペラ星人は闇を受け入れることができたのだろう、と。
ウルトラの一族もボク達と同じ悲劇を体験していながら、プラズマスパークを開発して再び光を手に入れることができた。
ボクも諦めなければ彼らのように光が取り戻せると信じてきた。……けれど皇帝はそんな願いは早々に捨て去って、闇だけを抱いて生きることを選んだ。
————ああ、ダメだ。もう頭がうまく回らない。
日々ノ未来。彼ほど恵まれた人間はそういないだろう。
太陽が天で輝く星に生まれ、光の欠片を宿し、ウルトラマンにまで認められた少年。
彼と何が違うんだ。彼が地球人だから、ボクが違う星の人間だからという理由だけでは片付けられないワケがあるはずだ。
————ボクは……何を間違った……?
「じゃあね未来くん、梨子ちゃん」
「……ああ」
「またね千歌ちゃん、ステラちゃんも」
「ええ」
黒いメビウスは倒され、雨も止んだ。
今日の分の練習は一旦終わりにし、千歌達はそれぞれの家に帰るところだ。
梨子と未来が帰宅するのを見届けた後、千歌はステラの隣に並んで十千万の前に立つ。
「ねえステラちゃん、さっきの黒いメビウスのことなんだけど……」
「知ってることは何もないわよ」
質問が終わる前にそう返された。
たまに未来にも怪獣やウルトラマンについて聞いてみたことはあったが、彼もその質問になると話を濁してくる。
未来もステラも、正体がバレているとはいえ千歌達に余計なことを話す気にはなれないのだろう。
「……私達のことを心配してくれてるのはわかるよ。でも、私は未来くん達の支えになるって決めた。みんなが何と戦っているのか……それくらいは知っておきたいの」
「…………」
はあ、と小さくため息を吐いたステラと向き合う。
「あのね千歌、これは軽い気持ちで踏み入っていいことじゃないの。たとえあなたが光の欠片を宿しているとはいえ————」
「……光の欠片?」
「————ごめんなさい、何でもないわ」
そう言い残したステラは次の質問が飛んでくる前にさっさと旅館に入ってしまった。
彼女の後ろ姿を見つめながら、今の不自然な態度の理由を考える。
(光の、欠片————)
以前未来が険しい顔で睨んでいたメモ用紙に書かれていたことがチラリと脳裏に浮かんだ。
「もしかして————」
と、その時。
横から何かが倒れた音が耳に滑り込み、反射的に右へと視線を移す。
「……!大丈夫ですか!?」
それは意識を失った、黒いコートに身を包んだ青年だった。
全身に痛々しい裂傷と打撲の痕。口元からは血を流した痕跡が残っている。
咄嗟に肩を担いで旅館まで運ぼうとしたところでふと気づいた。
(この人……前にどこかで……)
唐突に感じた違和感を頭の隅に追いやり、千歌は青年を連れて十千万へと足を踏み入れた。
◉◉◉
ボクは光の欠片を見分ける目なんて持っていない。そもそも見分ける必要なんてなかった。
欠片は時が来ればいずれ発現する。表に出ている光が見えれば誰が宿しているかは一目瞭然だ。
しかし未来くんの場合は少し違った。
以前の彼が宿していた欠片は光になりきれていない闇色が混じった状態だった。ボクはそれを判別していたにすぎない。
————闇を見分ける目、か。
皮肉なものだ。誰よりも光を望んだボクがこんな力を手に入れるなんて。
徐々に視界が明るくなる。
————ああ、ボクは気絶してたのか。
うっすらと明らかになる周囲の状況。
自分は今布団のなかで寝かされているらしい。目の前には天井が広がっていた。
「……いつは……ちゅうじん……よ……!」
「……ってる……も……」
すぐ近くで誰かが話している声がする。
片方が部屋を出て行く音が聞こえた後、ノワールは初めて瞼を開けた。
「あ、目が覚めたんですか?」
「ほのか…………ちゃん……?」
「え?」
覗き込んできた少女の顔を見て咄嗟にそうこぼした。
顔立ちが似ているというわけではない。どことなく雰囲気が————いや、
「……!どうして君が————ぐっ……!」
「まだ起きちゃダメですよ!」
上体を起こそうとしたところで彼女に止められる。
この少女のことをノワールは知っている。
高海千歌。スクールアイドルAqoursのリーダーであり、“一の光”の発現者。
「……どうしてボクはこんなところにいる?」
身体中に巻かれた包帯を軽く手でなぞりながら問う。
「家の前で倒れていたので。……あなたが宇宙人だっていうのは、ステラちゃ——友達から聞きました。だから病院に連絡するわけにも……」
「……そうか、さぞ反対されたことだろう。放っておこうとは思わなかったのかい?」
「……だって、目の前で苦しそうな人がいるのに、見て見ぬ振りなんてできませんよ」
……まったく
それとも今まで自分がやってきた仕打ちを知らないのか?
「確かにボクは宇宙人だ。……それもさっきまでこの街で暴れていた“黒い巨人”だ」
この一言で彼女の態度は変わると————思っていた。
しかし千歌は顔色一つ変えずに首を縦に振ると、
「……やっぱり、そうだったんですね」
納得したような様子でそう言った。
「なんとなく……そうかな、とは思ってました。……私達、前にも一度会ってますよね?」
そう聞かれた自分の顔は、たぶんこれまでにないくらい間抜けな表情をしているだろう。
いつかの早朝。既に欠片を宿していた千歌に興味が湧き、ノワールは近くにある海岸で彼女に話しかけた。
まさか覚えてくれているとは夢にも思わなかった。
「ああ……そうだね」
無意識に片目を覆って窓から差し込んできた光から守る。最近はもう慣れてきたはずなのに。
ノワールの身体の構造は完全に闇に特化してしまっている。皇帝と同じく、光を発するものは視認しただけで不快感が湧き上がってくるのだ。
……だけど、それでも彼は光を求め続けた。
「……君はあの時とは比べものにならないくらい成長した。憧れを捨てて、真の太陽の輝きを手に入れた」
そんな彼女達が羨ましかった。
「君だけじゃない。……未来くんや、Aqoursのメンバー……。みんな以前とは見違えるような存在になった」
「……ずっと見てくれてたんですね」
「ははっ……違うよ。ボクは君達を利用しようとしていた。君の友達が、この星を守るために戦っているような悪い宇宙人なんだよ、ボクは」
束の間の沈黙が部屋を満たす。
うつむきながら目を閉じていると、横から澄んだ声音がもやもやした頭のなかを照らした。
「私にはそうは見えません」
「……なんだって?」
「こうして話してみるとどこにでもいる普通の人みたいで……なんか、親近感が湧いてくるんです」
「……ボクはともかく、君は普通なんかじゃないだろう。スクールアイドルとして、精一杯輝こうとしているじゃないか」
無言で首をふるふると横に揺らす千歌。
「私は“普通”なんですよ。……その気になれば誰にでもできることしかやってません。この前だって……結局統廃合の話は————」
千歌は言いかけたところで口を閉じてしまった。
ノワールは肩をすくめ、柄にもなくつい励ましの言葉を贈ってしまう。
「……それは違うよ。誰かのために行動を起こしている時点で、それは“普通”を超えている。胸を張っていいと思う」
「……ふふっ!やっぱりいい人だ!」
千歌の笑顔を見て一瞬、違う少女の顔が重なった。
…………ここに居るとどうにかなってしまいそうだ。
「……ボクはそろそろ退散するよ。あまり長居すれば未来くんに見つかりそうだし」
「あっ……!ちょっと!」
「さよなら、千歌ちゃん。……君と話せてよかった」
黒い霧と共に姿を消した青年をただ唖然と見送ることしかできなかった千歌。
「……名前、聞きそびれちゃった」
部屋の外で聞き耳を立てつつ待機していたステラが安心したように息を吐く。
『……奴からはもう以前のような力は感じない』
「しばらくは様子見……ね」
手に持っていたナイトブレードをしまい、その場を後にした。
◉◉◉
「う〜ん……」
ベッドに倒れこんでは腕で目を覆って唸る未来。
『……気になるの?』
「……何がだよ」
『ノワールのこと』
「んなわけないだろ!」
弾かれるようにして起き上がった未来は大股で移動し、クローゼットを開けると上着を引っ張り出してきた。
口では気にならないと言っても落ち着きのない行動でバレバレである。
『……今まで感じていたノワールとの繋がりが途切れた気がするんだ。もしかしたら彼はもう————』
「いいことじゃないか。……あいつはエンペラ星人の手先だ。いなくなったって俺達が困ることはない」
『……そうだけど……』
私服に着替えた未来は早足で玄関まで行くと、不器用な手つきで靴を履き始めた。
『どこに行くの?』
「果南さんとこでダイビング。少しは気が紛れる」
『やっぱり気になってたんじゃないか』
「うっさい!」
扉を開けるのと同時にメビウスが身体の中に戻る。
……前に見たノワールの記憶。
μ'sと楽しげに話す奴の心は、とても穏やかだった。
それがどうしても忘れられない。
(……くそっ……!なんで今になってあいつのことなんか……!)
ノワールは間違いなく悪だ。
己の目的のためならば手段も選ばない冷酷な男…………のはずだ。
自分に無理やりそう言い聞かせた未来は玄関から飛び出すように外に出ては果南の店がある方へと急いだ。
「チッ……!下っ端がコソコソと嗅ぎ回って……!」
近くの建物に身を潜め、徐々に距離を縮めてくる刺客をやり過ごそうとノワールは息を殺す。
エンペラ星人が送り込んできた者だ。相手は拳銃を持ったナックル星人一人。隙を見て襲撃すれば勝てるかもしれないが————
(……いや、この傷では難しいか……?)
奴は仮にも戦闘に慣れた個体だ。一対一で抑えきれるかどうか……。
「……あれ?お客さん?」
「……っ……!?」
背後からかけられた少女の声に動揺し、物音を立てて振り返ってしまった。
……ぬかった。ふと周囲を見渡せばここはダイビングショップ。店員の一人や二人がいてもおかしくはない。
「……!あなたは……!」
「そこかッ!!」
直後、こちらに向かって放たれた銃弾が少女もろともにノワールを貫こうと迫る。
「しまっ……!」
体勢を立て直そうとするが既に弾丸は半径二メートルほどにまで接近している。
(このままじゃ……!)
死ぬ。そう確信したすぐ後だった。
「……!なにっ……!?」
ナックル星人が驚愕の声をあげる。
ノワールの眼前にまで迫っていた銃弾は、風のように飛んできた一筋の光によって弾かれた。
駆けつけた一人の少年が猛スピードでナックル星人へと迫り、左腕から光り輝く剣を伸ばして迎え撃つ。
「ぐぉおお……ッ!?」
「はあああああっ!!」
目にも留まらぬ速さで拳銃を両断した少年は、流れるような動きでナックル星人を蹴り飛ばしたのだ。
「誰だ貴様は……!?」
「失せろ。次にここを襲えば命はない」
「チッ……!」
武器を失ったナックル星人が背後に異次元空間を開いて逃走する。
敵の姿が吸い込まれるように消えていったのを見て、ノワールは安心したようにその場に膝をついてしまった。
『なんだかステラちゃんみたいな台詞だね』
「やっべ、口調まで移っちゃったかな————ってそれより!」
すぐに後ろへ向き直った少年は、呆然と立ち尽くしていた少女の安否を確認した。
「果南さん!大丈夫だった!?」
「未来!」
お互いに駆け寄ろうとしたところでうずくまっている黒い青年に気がついた。
「……!ノワール……!?お前なんで……!」
「……!待って、この人怪我してる……!」
「う……」
地べたにノワールを寝かせた果南が躊躇なく彼の服をめくっては巻かれている包帯を凝視した。
「……出血は止まってるようだけど……。……ってあなた、あの時の……!?」
「……あっはは……また会えたね」
冗談めかしく薄ら笑いを浮かべるノワールに果南は一瞬眉をひそめるが、すぐに引き締まった表情になって彼の傷を観察する。
「果南さん、そいつは……」
「わかってる。……前に私達を襲った奴。宇宙人でしょ。……けど、それとこれとは別問題。救急箱取ってくる!」
そう言っては店に戻っていく果南。
彼女の後ろ姿を見送り、未来はおそるおそるノワールのそばまで歩み寄った。
「お前、どうしてこんなところに……それもそんなボロボロでいるんだよ」
「……勘弁してくれないか。ボクに戦う力が残っていないことくらいわかるだろう」
険しい目で自分を睨む未来に力のない声で語るノワール。
『君からはもう僕の力は感じない。いったい何があったんだ……!?』
「……大したことじゃないさ。パワーゲームに負けたってところかな。君達から奪った力も横取りされたよ」
どこか遠くを見ているような目でそう口にするノワールに、未来は徐々に敵意を感じなくなっていた。
「……お前には聞きたいことが山ほどある。知ってること全部、包み隠さず話してもらうぞ」
「別にいいよ。……ボクはもう当事者になることに疲れた。何もかも話して楽になれるならそれも本望——とは思うけどね、やっぱり君達は自分の力で輝くのが一番だ」
「は……?」
にやり、と口角を上げながら意味深な発言をする青年に再び苛立ちが湧き上がってくる。
「お待たせ————え……!?」
世界が止まったような感覚。
救急箱を抱えて走ってきた果南を見るや否や、何を思ったのかノワールは彼女に思い切り抱きついたのだ。
唐突なハグに困惑しているのは果南だけでなく、もちろん未来とメビウスもである。
「はああああああああ!?!?」
「えっ……ちょっと……!?なに……!」
「なにやってんだお前えええええッッ!!」
勢いをつけて繰り出した拳は寸前で身を翻したノワールによって躱された。
「おっと……危ない危ない」
「ノワールてめぇ……!」
「……ふむ」
追撃しようとしたところで気がつく。
ノワールは自ら巻かれていた包帯を外し、
「……!治ってる……!?」
「やっぱりね、果南ちゃんが宿しているのは“九の光”か」
「なに……!?おい、待て!」
「ボクは“傍観者”。……もうこの戦いに手を出すことはないだろう。まあ、見物くらいはさせてもらうけどね」
黒い霧に包まれて霧散していく青年。
……奴は最後まで笑っていた。
「果南さん、何かされなかった?」
「私は大丈夫だけど……“九の光”って……?」
「あー……えっと……」
最後にちょっとした面倒事を残して立ち去っていった奴を、未来は一生許す気にはなれないと悟った。
◉◉◉
結局のところ、ボクの考えは振り出しに戻った。
太陽にならなくてもいい。月のように光を浴びていたい。
……彼女達が踊っていた時のように、ボクは遠くから眺めているだけでいい。
「……ああ、全く…………なんて情けないんだろう、ボクは」
これからはエンペラ星人の追っ手から逃げながら地球で暮らすことになるだろう。
光を手に入れたいという気持ちは変わらない。けれど無理だとわかってしまった以上、いくら足掻いても仕方ないじゃないか。
「……さて」
————既に光の欠片は揃い始めている。
全て揃え、欠片の“真の力”を発揮した暁には皇帝すら凌駕する力を得るだろう。
「君達がそこまでたどり着けるのか……
闇が舞う。
自分が光を掴めなかった原因は、ついに最後まではっきりしなかった。
……いずれ、もしもう一度光を求めることが許されたのなら、次こそ————
「……いや、やめておこう。やっぱりボクには、“観客”の方が性に合ってる」
真夜中のドームステージ。
恐ろしく広い空間に、ノワールはただ一人取り残されたように席に腰掛けていた。
「————μ'sic start……なんてね」
はい、とりあえずは退場しないですみましたね。
傍観者……といってもストーリーにはちょくちょく絡んでくると思います。結構おいしいところを持ってくかも……?
解説は果南の能力について。
九の光。人一倍の包容力で敵をも静める、愛情の輝き。
この欠片がもたらす力はコスモスやアクロスマッシャーを想像するといいでしょう。傷を癒し、心を癒す力です。
その特性から人の悲しみの感情や痛みには敏感になる時があります。
一章7話に光の欠片の詳細が全て書かれているので、今後どのメンバーが当てはまるのかなんとなくわかっちゃいますね。
次回からはサンシャイン本編の話を進めます。
ノワールが手を引いたということでついにエンペラ陣営が動き出す……⁉︎