今回の話は第1章に出てきた事柄が多く絡むので、2章から読み始めた方には事前に第7話、第24話、第25話を読むことをお勧めします。
『もしかして、私達のファンですか!?』
目一杯の笑顔を見せて嬉しがる少女と向かい合っている光景が浮かんできた。
(……これは……)
『いつも応援、ありがとうございます!』
(……!この人、たしか……!)
髪をサイドテールにしている無邪気な雰囲気の女の子。
自分の知らない記憶が映し出される。
そのなかには何人か見覚えのある人物も確認できた。
合計で九人。おそらくこの記憶の持ち主は彼女達の熱狂的なファンか何からしい。
(そうだ思い出した……μ'sだ……!)
今目の前に浮かんでいる光景に映る少女達の正体がわかったのと同時に、なぜそのような映像が唐突に出てきたのかを考える。
————見たね?
(……!誰だ!?)
周囲に何もない黒い空間。
やがてどこからともなく聞こえてきた男の声に警戒心を露わにする未来。
————ボクが奪った力はメビウスの一部……。一体化している君の精神と少しばかり繋がっているようだ。
(その声……!お前まさか……!)
————ボクの力が増すに連れてその繋がりも強くなっている。……君のなかをボクは覗けるし、逆のようにボクのなかも君は覗けるというわけか。
(待て……!!)
遠ざかっていく声を追い、未来は暗闇の中で無作為に手を伸ばした。
————これからは嫌でもお互いを意識せざるをえなくなる。……じゃあね未来くん、ボクが訪ねるまで死んでくれるな。
忘れることができない男の顔が一瞬、暗闇に揺らめいた。
(ノワール!!!!)
「うっ……!」
ベッドから跳ね起きて自分の心臓が動いていることを確認する。
ひどい夢だった。……いや、本当に夢なのか?
近頃はエンペラ星人やノワール絡みの事件は起こっていなかったので、すっかりその存在を忘れかけていた。
まだノワールという男は何かを企んでいる。それだけはわかった。
『……未来くん、君も見えたんだね?』
「ああ。くっそ……気味の悪い」
『あいつが奪った僕の力のせいだ…………ごめん』
「いや、奪われた責任は俺にあるんだ。……しっかし、まさかこれから先眠る度にあいつと繋がる、なんてことはないよな……?」
奪われたメビウスの力とノワールが未来達と共鳴して起こるシンクロ状態。
ノワールが言うには自由にこちらの“なか”を覗けるとのことだが……。
「夢じゃないみたいだな……」
『……九割の確率で意図的に引き起こされたものだろうね』
「まったく……あいつが怖くて夜も眠れない、なんてことになったら洒落にならないよ」
怖い、というのは言葉の綾だ。別にノワールに屈したわけではない。むしろ勝つ。絶対に。
(というか……)
夢で見た景色はノワールとμ'sの交流する風景だった。そこまで深い間柄ではなかったようだが、少なくともあいつは彼女達に会ったことがあるらしい。
そのなかで感じたノワールの心は、とても穏やかで————
「……いや、そんなわけないか。あれこれ考えるのは性に合わない、俺は寝るぞ」
『そうするといい。また何かあったら僕がなんとかするよ』
「悪いな」
再びベッドに倒れこんで瞼を閉じる。
未来がμ'sについて知っていることはネットの知識と、千歌達から教えてもらったことしかない。
かつて光の欠片を宿したといわれる彼女達について、未来はまだ何も————
(……ふん。どうせノワールがμ'sに近づいたのだって、光の欠片を狙ってたからだろ)
奥底に引っかかる違和感を無視して、未来は深い眠りについた。
◉◉◉
「ふわあ〜……!」
「千歌ちゃん、いい場所あった?」
「うーん……なかなかないんだよねえ……」
近場で練習ができる場所といってもそうやすやすと見つかるわけもなく、事態はやはり行き詰まるばかり。
「ずら丸ん家お寺でしょ?大広間とかないの?」
「花丸ちゃんの家は遠いから難しいかな」
「そうずらね」
あまりにナチュラルに言うものなので一瞬反応が遅れたが、千歌と曜は未来の言葉に食いつかずにはいられなかった。
「未来くん、花丸ちゃんの家に行ったことあるの?」
「ん?ああ、といってもあの時は玄関前まで送っただけ————ってなんだその目は」
二人揃って冷えた視線を注いでくる千歌と曜に思わずたじろぐ未来。
「べっつにー?
「……?お前らとだっていっつもバスで一緒になるだろ」
つい「二人きりで」という重要な部分が抜けてしまったことに気がついた千歌は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「もういいっ!」
「なんで怒ってるんだよ……?なあ曜、俺何か悪いこと言った——」
「未来くんのスケベ」
「なんで!?」
二方向からの謎の怒りに困惑する未来を尻目に、練習場所の相談は続いていく。
「なら、善子ちゃんの家のほうで……」
「どこにそんなスペースがあるのよ!」
と、ルビィの提案は善子によってすぐさま切り捨てられてしまった。
前途多難といった感じだ。このままでは時間だけがどんどん過ぎていくばかり。
「……あれ?そういえばダイヤさん達は?」
ふと三年生組が部室からいなくなっていることに気がついた曜がそう口に出した。
「さっきまでいたのに……」
「鞠莉さんは電話かかってきてたみたいだけど……」
「じゃあ理事長室かな————」
言いかけたところで部室のドアが開かれたことに気がつく。
深刻そうな顔つきで入ってきたのはスクールアイドル部もう一人のマネージャー、七星ステラだった。
「あ、ステラちゃん」
「珍しいな、お前が遅刻なんて」
「未来、ちょっといい?」
「えっ————っておい!襟を掴むな!」
外に連行されていく未来を、残った六人はぽかん、と呆けた顔で見送った。
◉◉◉
「なんだよ急に。正体はとっくにバレてるんだから別に場所を移さなくたっていいじゃないか」
「あの子達に余計な不安を与えたくないでしょ」
ステラの言葉を聞いて只事じゃないのを察し、未来は開きかけた口元を閉じる。
「“黒ずくめの男”についてちょっと調べててね。……今のキーワードに心当たりはある?」
どすり、と胸に何かが刺さったような感覚が疾った。
「……ノワールのことか」
「やっぱりあなた達も会ってたのね」
ため息をついたステラが面倒そうに頭をかきながら壁へもたれかかる。
洞察力の良い彼女のことだ。一目見ただけで奴の厄介さに気がついたのだろう。
『何かその……ノワールという男について知り得てる情報はないのか?』
『そういえば……以前東京で会った時にエンペラ星人と同じ惑星の出身、とか言ってた気がする』
『なんだと……!?』
ヒカリとステラはアークボガール討伐の任務で地球を離れていたので詳しくないと思うが、未来とメビウスにとってはかの暗黒宇宙大皇帝に匹敵する因縁を感じている人物だ。
『本部には伝わっているのか?』
『光の欠片について記されている“光の預言”の内容を盗み出したのも奴だ。大隊長も把握しているはずだよ』
「そう……それよ、光の預言。すっかり忘れてた」
疲れ切っているようにも見えるステラの表情は、いつも以上に険しいものだった。
「わたしとヒカリが
「……それがな、Aqoursのなかで発現しているメンバーが何人かいるけど……肝心の“何が引き金になるのか”ってのがひどく曖昧で」
何度か千歌達の胸が輝くのを目の当たりにしたが、どうしてそうなったのかがわからない。
「前に持ってたメモは残ってるの?」
「ああ、いつも持ち歩いてるぜ」
ポケットから取り出した紙を広げ、ステラに見えるよう差し出す。
一から十。全ての“光の欠片”について記されたメモだ。
「ノワールの言葉を信じればだけど……過去にμ'sのメンバーは全員光の欠片を持ってたらしい」
「それはわたしもいくらか把握してるわ。……何か他にない?発現した時の共通点とか」
「う〜ん……」
そういえば以前現れたナツノメリュウを倒せたのは、花丸が光の欠片の力を与えてくれたからだ。
その時は……そうだ、
「ウルトラマンへの信頼…………とか?」
「————ちょっと待って」
メモを片手にしたステラが言葉を失い、もう片方の手で顔を覆った。
「…………もしかしたら、酷い勘違いをしていたのかも」
「どうしたんだ?」
「ここを見て」
彼女がメモの上を指で示し、その一文を読む。
————四の光。他者を思いやりその背中を押す、信託の輝き。
「今あなたが言ってた状況に似ていない?」
「ああ、そうなんだよ。ルビィちゃんと花丸ちゃんが加入した時も思ったんだけどさ。この“四の光”と“五の光”ってのがやけに二人と合致するというか……」
「それよ」
何かを感づいたステラの顔の前にピンときていない、といった未来の間の抜けた表情が浮かぶ。
「いい?光の欠片は
「は……!?」
衝撃的な言葉を聞かされて面食らってしまう未来。
「で、でもそれだとノワールの言ってたことと違うんじゃ……」
「……敵のことをずいぶん信用しているのね。おそらくそれはあの男の勘違いよ」
ステラが言うには、光の欠片とは地球人だけが持つ“現象”なのだという。
「光の欠片は誰でも秘めている————けれどそれを引き出せる者はごくわずか。この預言に記されているような素質を持つ者だけ。ノワールが言うμ'sも、あなたが言うAqoursの子達も、みんなそれに当てはまっていたのよ」
「じゃあ、あいつが言ってた“十の光が発現したことがない”っていうのは……?」
「それは合ってるわね。単純に十の光を引き出せる者が、μ'sが活躍していた当時にいなかったのよ」
一の光も、二の光も……十の光も。その全て、例外なく誰もが発動させる可能性を持っているということだ。
『……つまり、なんだ。今まで我々が思っていた“ウルトラマンのみが光の欠片を秘めている人間を判別できる”というのは……』
「発動しているものを見て判断してただけってこと。……気に病まないで、間違ってはいないわ」
テーブルに置かれているりんごを見て「りんごが置かれている!」と言っていたようなものだ。
しかしこれで完全に欠片を探す手段とやらは無い、とわかってしまった。
今まで判別していた手段がただ“発動している光”を見て判断していたとわかった以上、“発動するかもしれない素質を持つ者”は探すことは不可能だ。
普段から複数の人間の性格等を観察して、光の預言のなかに当てはまる人物を探す、などということができれば話が別だが。
「二人ともー!曜ちゃんが練習場所のアテがあるかもって!」
唐突に開かれた部室の戸から上半身だけを出してこちらに手を振ってくる千歌が見えた。
「……続きはまた今度にしましょう」
「……そうだな」
ノワールの知らないことに一つ気がついた、というだけで少しだけ勝った気分だ。
しかしまだ引っかかることがあった。
(ノワールが“俺の中に光の欠片がある”って教えてきた時……胸が光ったとか、特に変わったことは起きなかったはず……)
————ならどうして奴は、俺の中に欠片があることに気がつけた……?
最後の会話、少しややこしかったですね(笑)書いてて混乱しました。
光の欠片についての詳細は何度か解説で紹介したので、覚えている人にとっては「知ってる」と思われるかもしれませんね。
今回の解説は光の欠片について簡単にまとめてみましょう。
・地球人の誰もが発動できる可能性を持っている。
※電池と繋がっていない電球のような状態。
・力を引き出せる者は予言に当てはまる人間のみ。
・μ'sが活躍していた時代に"十の光"は現れていない(?)
※あえて「?」をつけます。
究極の光を生み出すといわれる光の欠片。それがもたらすものは一体……?
それではまた次回。