まだプロローグっぽい感じです。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
俺は暗い、暗い、どこまでも広がっている空間のなかで一人彷徨っていた。
考えるという行為を重ねるごとに俺の意識ははっきりとしたものに変わる。しかしわかる事は皆無だった。
何か大事な使命を与えられたはずなんだ。守るべきものがあったはずなんだ。
……思い出せない。もしかしたら俺は役目を果たすことなく廃棄されたのかもしれない。
自分のなかに強大な力が眠っていることはなんとなくわかるが、それを行使することは結局一度もなかった。
この身体は簡単には死んでくれない。そう設計されているからだ。
今度は、どうしようか。
やるべきことは思い出せない。やりたいこともあるわけではない。ただひたすらにこの何もない空間を漂う、デブリにも等しい生き方。
視界の端に惑星が見える。気づけば俺は自ら進行方向を変え、真下にある一つの星に向かった。
もしかしたら、少し心細かったのかもしれない。たまにはこんな気まぐれを起こすのも悪くないだろう。だって他に何をするべきかわからないのだから。
他の生命と触れ合いたい。いつからか、心の隅でそんな願いが生まれ始めた。
◉◉◉
失敗した。
後ろから“欲”をむき出しにして追ってくる怪物たちの鳴き声が聞こえる。
両手いっぱいに抱えた保存食を落とさないように気をつけながら、少女はひたすら走る。
食べ物の備蓄が少なくなったのを感じ、ゴーストタウンと化した街に降りたところまではよかった。
まさか化け物達がここまで広く生息していたなんて思いもしなかった。
「いやだ……やだ……いや……!!」
一度でも足を止めれば追いつかれる。そして食われてしまう。
あの気持ち悪い皮膜で、無惨に噛み砕かれる。丸呑みかもしれない。
想像したくもない映像が脳裏をよぎり、少女は一層恐怖を色濃くしながら逃げ惑った。
「あっ————」
ごめんね、と心のなかで自分の帰りを待つ人達に謝った。
周囲が暗くて気づけなかった。足を滑らせて谷底へ落下する。
どんどん崖から離れる身体に、例えようのない痛みが貫いた。
「…………ぁぁ」
痛みを感じたのはほんの数秒だった。あとは消えそうになる意識をぼんやりと繫ぎ止めたまま、足を滑らせたであろう崖の方へ視線を移す。
残念そうにこちらを見下ろす怪物達の姿が確認できた。
食べられるよりは、崖から落ちて死んだほうがマシだ。……でも、
「……最後に……もう一度、二人の顔が……見れたらなあ……」
水のなかに溶けていくように視界が薄れる。
「…………」
何かが見える。
天国に誘うかのように少女の目の前を照らす一つの光。
神様————ふとそんな単語が頭に浮かんだ。
◉◉◉
この星にもう希望はない。最初にそう思ったのは妹が殺された瞬間からだった。
自らをボガールと名乗る連中は瞬く間に地上を支配し、暴虐の限りを尽くして自分たちに恐怖を刻み込んだのだ。
「……ノンの奴、遅いわね」
ボロボロになった布で身体を隠している少女——ミコはテーブルの前で頬杖をつきながら呟いた。
「ねえエリィ」
「…………」
軍服に身を包んだエリィは返事することもなく、ただ一つの武器である“ブレイガン”の手入れを行っていた。
この惑星——ハビットの生き残りはおそらくあと三人。他の住人は皆怪物の腹の中だ。
かつては機能していた軍隊も今はエリィを残して全滅。この小さな星で、圧倒的な数で攻めてくるボガールを相手にすることはできなかった。
「ちょっと行ってくる」
低い声でそうミコに告げた後、席を立ってアジトの出入り口へと歩く。
彼女の横を通り過ぎようとしたその時、静かな声で引きとめられた。
「どこへよ」
「……決まっているわ。ボガールを一匹残らず始末するのよ」
「そんなこと、本当にできると思ってるの?」
爆発的に湧いた怒りの感情が思考能力を低下させ、エリィは気づけば鬼のような形相でミコを睨んでいた。
「ねえエリィ、勘違いだったら謝るわ。……あんた、妹の跡を追うつもりじゃないわよね」
「少し黙りなさいミコ」
目に見えるほどの殺意に満ちた視線が突き刺さる。
復讐しか頭にないと訴えかけているような表情が痛々しくて見ていられなかった。
ほんの数日前、今まで存在が確認できなかった“ボガールの長”と思われる人物が姿を見せ、生き残っていた住民のほとんどを喰らい尽くした。
残党のなかで戦闘の心得を持っていたエリィとミコは他の人間を守ろうと必死に抵抗したが、その想いは奴によって簡単に潰えてしまったのだ。
「アリスは……!あの子は何も悪いことなんかしていないのに……!他の子供達も、あなただって!」
エリィはミコの身につけている薄汚れたマントをめくりあげると、その悲壮感漂う姿を目視した。
左側にぽっかりと空いたスペースに————腕はどこにもない。
「私の右目もあなたの左腕も……アリス達の命もみんな……!あの“ステラ”とかいう女に奪われたのよ!?」
忘れることはできない。
生者とは思えないほどに冷徹な瞳と漆黒のコート。
辺り構わず、死神のように遺体を積み上げていく姿を覚えている。
慈悲の欠片も持ち合わせていない、食欲を体現したかのようなその女は、ボガール達を率いてこの世界を暗闇に包んだ。
「アリスの跡追いね……それも悪くないわ。でもね……あいつを殺さない限り、私は死んでも死にきれない」
じっと身を潜めて震えるだけなんてとても耐えられない。
軍の同胞は皆死んだ。だがたとえ自分ひとりになったとしても、このハビットを守るという使命は変わらない。
そして何より、まだ仇を討てていない。
「無謀でも構わない。生きている限り、私はこの剣を奴らに向け続ける」
再び背中を向けて扉の前に立つエリィ。
彼女が手を伸ばしたその時、軋む音と共にそれは開かれた。
「ただいまエリィ、ミコ」
「……ずいぶん遅かったわね」
「いやあ、ちょっと予想外の事態が発生してな」
紫色の長い髪を後ろで二つに束ねた少女が大量の食糧と水を抱えて入ってきた。
エリィやミコと同じ、この星最後の生き残りであるノンだった。
「でもほら、食べ物はこんなに手に入ったよ。ここのところ節約してたし……たまには二人もパーっとしたらええんやない?」
「ごめんなさいノン、私はこれから出かけるの。ミコと二人でやってて」
そう言ったエリィは表情を見せずにアジトを出て行く。
「……心配やね」
「あいつも馬鹿じゃないわ。自分の身に危険を感じれば戻ってくるわよ」
エリィが一人でボガール狩りをしに出て行くことは初めてではないが、今回のは少し違う。
妹を殺されたことでタガが外れたのか、今までとは比べ物にならない殺意を感じた。
我を忘れた結果命を落とす可能性も考えられる。
「ウチに……できることはないのかな」
やるせない顔になったノンを一目見た後、ミコはマントに顔を埋めては苦い表情で歯を食いしばった。
◉◉◉
誰もいなくなった街を歩き回るのはいつになっても慣れない。
かつては活気に包まれていたこの街も、今は化け物が彷徨う廃墟と化している。
侵略者にとって住人がたったの三人という物件は願ってもない好条件なのだろうが、ボガールが徘徊しているとなれば話も別だ。
惑星ハビットはすっかり死んだ星になっていた。
(……くさい)
不快な臭いを感じ取ったエリィは腰に下げていたブレイガンを握り、光の刃を伸ばす。
建物の陰に隠れていた三体のボガールが姿を現し、一斉にエリィのもとへと突進してきた。
欲望の獣が向かってきたのを流し目で確認しつつ、腰を低くしてブレイガンを構える。
「「「◾︎◾︎◾︎◾︎————ッ!」」」
「…………っ!」
息を止め、込めていた力を解放。胴を捻り、身体ごと回転させて三百六十度の斬撃をお見舞いする。
凄まじい熱で編まれた光剣がボガール達の身体を焼き切った。
「……どこにいるの……あの女は……!」
妹を殺した憎き奴の名を呟きながら歩き出す。
「ステラは……!どこだッッ!!」
直後、上空から降ってきた殺意に目を見開いた。
「————…………!」
先ほどの三体とは別に、もう一体がそばにある建物の屋根に隠れていたのか。
しまった、と声に出す前に降り立ったボガールが背中の被膜を広げてエリィに迫る。
(こんなところで……!)
握りしめたブレイガンを振り上げるが、間に合わない。
エリィは自分を食らわんとするボガールのあまりの醜さに目を閉じた。
「はっ……!」
「……!?」
自分が食われる代わりに、ボガールが斬り伏せられる音が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこにはボガールの亡骸と————面妖な風貌をした一人の男が立っていた。
「御免。貴様……先ほど“ステラ”と口にしていたな?」
「あなたは……?」
血の滴る刀を一振りし、鞘に戻す。
「俺の名はザムシャー。わけあってこの星を訪ねてきた者だ」
まさかのザムシャー再登場です。
新しい舞台になるにあたって追加戦士を考えていたのですが、ザムシャーの他にもう一人います。
冒頭のモノローグにヒントがあるので、気づいた人には「アレを出すのか……」とにやけてもらえればいいかな、と(笑)
今回の解説はエリィについて。
【挿絵表示】
外見は絵里ですが、性格は彼女より少々過激です。
ボガールとの戦闘で右目を失い、包帯で顔半分を覆っています。
使用している武器はスターウォーズに出てくるエズラのライトセーバーをイメージしてくれればいいと思います。