あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。
この日、一人の使用人の葬式がささやかに行われた。
沈んだ顔で彼女の遺影を見つめるコトハの隣に寄り添い、ステラは苦い表情と拳を作る。
「————くそッ!」
城壁に穴が空くほどの勢いで右拳を打ち付け、燃え上がる憎しみの炎を瞳に宿らせたステラが呻いた。
気まずそうに近づいてきたゼロが頭をかきながら声をかけようとするが、言葉が見つからずに黙り込んでしまう。
「…………この前のボガールは……まだ城のなかにいるわ」
「……そうだろうな。いや、すまない。仕留め損ねた俺の責任だ」
「別に責めてないわよ」
先日現場から逃走したボガールらしき影を追ったゼロだったが、城の複雑な構造を上手く利用され、結果取り逃がしてしまった。
「犯人はおそらくかなりの時間をこの城で過ごした者だ。完全に逃走ルートを確保済みの動きだったよ」
「……となると、少しは絞れそうね」
悔しそうな表情のまま受け答えするステラ。気持ちはゼロも同じだった。
光の戦士が二人も集まっておきながら、みすみす犠牲者を出すことになってしまった。悔しくないはずがない。
ましてや同じ過去を持つヒカリとステラにとっては尚更だろう。
「……戻りましょう。コトハが心配だわ」
踵を返して城の中に戻ろうとするステラの後ろ姿を追う。
(……師匠、親父。……俺、甘く見ていたよ)
◉◉◉
扉を開くと、彼女はすぐに目に入った。
顔の見えないコトハのそばに歩み寄り、視線を逸らして問う。
「……だいじょうぶ?」
「…………」
いつもなら言い終わる前に会話が続くはずだが、今回は数秒の間があった。
「……ステラ様、質問を重ねるようで申し訳ありませんが、今から私がする質問に正直に答えてください」
膝を折り、ベッドに顔を埋めて表情を見せないまま、彼女の声だけが小さく聞こえる。
「ボガールの狙いは…………私なんですよね?」
「……それは——」
一瞬迷うが、「慰めの言葉はいらない」とでも言われているような気がして、ステラは重い口を開いた。
「……その通りよ」
「やっぱり、そうだったんですね」
ぐったりとした様子で顔を上げたコトハの頬には涙を流した跡があり、その瞳からは普段の光は感じなかった。
「……あのメイド——ソフィーさんは最近入った方でして、よく『髪の色が同じですね』って話してたんです」
消えそうな声で語るコトハは今にも泣き出しそうに肩を震わせていた。
「ボガールがこの惑星を標的にした理由は……私の戦神の力に興味を示したから、違いますか?」
「……ええ、そうよ」
「…………夜の城は暗くて、かなり近づいてみないと顔も判別できません。ソフィーさんは……私と間違えられて、殺されたんですね?」
「…………」
「答えてください」
「——その可能性も、ないとは言い切れないわ」
精一杯のフォローだった。
実際のところステラもそうだと確信している。……だが、コトハの心が真実の重みに耐えられるかはわからない。
「……どうして…………どうして彼らは、こんな酷いことができるのでしょう……?こんな、進んで命を奪うようなことを——」
「それに関してはわたしも同じ立場だから一概には言えないわ。……でも、そうね」
目を伏せ、常々考えていたことをふとこぼす。
「強いて言うなら、本能なんじゃないかしら」
「本能……?」
「例えばそうね……わたしはヒカリと融合しているから食事はしなくても生きていける。けれどわたし自身“何かを食べたい”って欲求はあるわ」
食べたいから食べる。身体を綺麗にしたいからお風呂に入る。ほとんどの生命に共通することだ。
しかし————
「…………でもね、ボガール達の“食欲”は放っておいていいものじゃないわ。これ以上犠牲を増やさないためにも……」
ゆっくりと手を伸ばし、彼女の目の前までもっていく。
「わたし達と一緒に、戦ってほしい」
差し出された手のひらをしばらく見つめた後、コトハは首を横に振り、立ち上がった。
「……ごめんなさい」
それだけ言い残した彼女はステラの横を通り、悲しげな背中をこちらに向けながら部屋を出て行った。
『……今はそっとしておこう。彼女にはまだ荷が重すぎる』
「……今回の件はわたし達の落ち度でもあるわ。……今に見ていなさい」
ボガールの王の不気味な笑い声がふと頭のなかで再生される。
ノイド星を蹂躙されるなか、恐怖のあまり何もできずに身を潜めていた自分。
「わたしは……もう目の前の命を奪わせたりはしない」
◉◉◉
「ボガールが……コトハを狙っていると?」
「はい。……ですがご安心ください、我々親衛隊が全力を以って対処いたします」
横たわる女王の前に跪いたダイモンは、顔を伏せたままそう語った。
「……そういえば、光の国とやらの戦士達も協力してくれるようですね」
「————はい、そう聞いております」
こう答えるのは大変不本意だったが、女王の前で私情を挟むわけにもいかない。
この状況だ。悔しいが認めるしかない。今の自分達にボガールを討つ策は無いのだから。
これ以上犠牲者を出さないためにも、一時の感情は奥底に沈めよう。
「ところで、その光の戦士の名前は……?」
「……は。ステラとヒカリ……それにゼロ、と名乗っておりました」
不自然な沈黙が部屋を満たす。
何も言おうとしないヒルメに違和感を感じた直後、妙な寒気が全身を走った。
「……陛下……?どうかなされましたか?」
「……いいえ、なんでもありませんわ」
くうう、とお腹の虫が鳴く音が響く。
つい顔を上げてしまうと、恥ずかしそうに頬を紅潮させたヒルメと目が合った。
「……失礼、そろそろ昼食をお願いできるかしら?」
「ふふ……、直ちに」
ゆっくりと立ち上がり、一礼してから退室しようと背を向ける。
「では遠慮なく、いただきます♡」
神経が引き裂かれるような苦痛が、ダイモンを襲った。
◉◉◉
城の近くから聞こえる鮮烈な地響きが耳朶に触れた。
立て続けに発生する地鳴りの正体を探るために、城にいた者は揃って窓際に駆け寄る。
使用人や兵士に混ざって外を確認したステラとゼロは、あまりにも想定外の事態に目を見開いた。
「なによ…………っ……これ……!」
五十……いや、もっといる。
人々は城を囲むようにして並んでいる巨大な影に息を呑んだ。
「ボガールだと……⁉︎どうしてこんなに……しかも同時に!?」
「……統率をとってる存在がいるわね」
考えるまでもなくアークボガールの仕業だろう。
しかし奴は一切自分の姿を見せようとはしない。
手下を大量に投入して、こちらの戦力を削ぐ気か————
「ゼロ!しばらく時間稼ぎをお願い!」
「それはいいが……お前はどこに行くんだ!?」
「奴らの狙いはコトハよ!まずはあの子の安全を確保しなくちゃ……!」
人混みを避けるために地面、壁、天井を順に伝って飛ぶように廊下を駆けた。
遠ざかっていくステラを見届けた後、ゼロは改めて窓の外の地獄へと顔を向け直す。
「まったく……初任務にしては重労働だな。じゃあご期待に応えられるよう——頑張るとしますか!」
ジャケットから取り出した眼鏡型アイテム——ウルトラゼロアイを目の前まで持ち上げ、
「デュア!」
目に充てる。
竜巻のような光をまといながら、ゼロは窓から身を投げた。
巨人の姿となったゼロは城に近づこうとしているボガールの集団を睨み、頭部のスラッガーを取り外して構えた。
「——いくぜ」
「——この臭い」
覚えのある鉄臭さを感じたステラは壁を蹴ってT字路を曲がった。
徐々に強さを増していく血液の気配に怯えながらも、彼女はその元を辿る。
『……!ステラ!』
「ええ!」
ふと視界の端に捉えた人影のもとへ急ぐ。
その青年は横腹から大量の血を流し、壁に背中を預けてうずくまっていた。
「あなたは確か……ダイモン……!?」
「……お前、か……」
曇った眼でステラを見つめるダイモンの顔からは生気が感じない。
『その怪我はいったい……!?』
「応急処置は済ませた……心配はいらん。少々血が足りないようだが……」
「誰にやられたの!?」
言いにくそうに口ごもった後、ダイモンはか細い声で伝えた。
「気をつけろ……ヒルメ様……女王陛下は既に……!」
「女王……?」
刹那、横からの殺意に反射的に動いたステラがダイモンを抱えたまま後方へ回避した。
二人がいた場所に禍々しい光弾が炸裂し、地面には巨大なクレーターが形成される。
「——外したか」
低い声が耳に滑り込んできた。
ただならぬ気配を察知し、警戒しつつ顔を上げる。
「……あなたは……」
白いドレスのような衣服に身を包んだ女性が一人、奥に立っている。
「久しいな、ノイド星の小娘。……そしてハンターナイトツルギ」
異様でありながら見覚えのある雰囲気に驚愕する。
……コトハの話では、女王はもう動ける状態ではないと聞いた。なら今目の前にいるコイツは——
「アークボガール……!」
「察しが早いな」
普通の人間がしていい顔ではない、歪んだ笑みを浮かべるアークボガール。
女王の姿のままゆっくりと近づいてきた奴にナイトブレードの切っ先を向けた。
「止まれ!」
「なんだ……?攻撃してはこないのか……?」
悪寒が走る。汗が止まらない。
対峙しただけで過去の忌々しい記憶が蘇ってくる。
氷像のように硬直したステラを嘲笑い、アークボガールは右腕を上げて光弾を作った。
「……ステラ様に、ダイモン……それにお母様!?」
後方からの声を聞いて三人の視線が流れる。
驚いた顔でこちらに駆け寄ってくるコトハの姿が見えた。
「お母様!?歩けるようになられたのですか!?」
「…………はっ!」
「え?」
笑い飛ばしながら放たれた光弾が、コトハを襲った。
「——ッ!!」
神風のごとき速度でダイモンを抱えたまま移動したステラが、ナイトブレードを駆使して射出されたすべての光弾を斬り落とした。
なにがなんだかわからない、といった顔で呆然とするコトハと死に体のダイモンを後ろで守り、勇ましくブレードを構え直す。
「ククッ……!あははははハハハハ!!」
「お母様……?」
「コトハ……ダイモンを連れて逃げなさい」
アークボガールが困惑するコトハの顔を見て愉快極まりないといった表情で笑った。
「あの女の娘か……滑稽だな。既に母親はいないことに気づかぬまま、この城に我と今まで過ごしてきたというのだから」
「コトハ!早く逃げて!」
言葉の意味を理解していないコトハに追い打ちをかけるように、アークボガールは本来の姿を自ら明かした。
「…………!」
口元を押さえて目の前の怪物に死人のような瞳を向けるコトハ。
紫色の肌に大きな鉤爪と角。
ボガールの王が、その全貌を露わにしたのだ。
「我の名はアークボガール。……お前の母親はなかなか美味かったぞ、
最大の侮辱を含んだ笑い声が憎たらしく耳の奥を侵食してくる。
「お母様が……ボガール……?とっくの昔に食べられ、て……?」
理解したくない事実がコトハの頭を埋め尽くし、抱えきれなくなった感情が爆発する。
「コトハ様……!」
「いや……!いやあああああああああッッ!!」
泣き崩れる姫を計算通りと言わんばかりの様子で眺めるアークボガール。
「いい反応だ。絶望の感情はいいスパイスになる。我が食すまでの間、そのまま泣き喚いてもらおうか」
「————おい下郎」
殺意に満ちた声音が伝わる。
「死ぬ覚悟は……当然できているわよね」
ナイトブレードを持った手を引き、腰を低く下ろすステラ。
「それは、自分に言い聞かせているのか?」
凄まじい力で地面を蹴る。
最後の言葉を皮切りに、ボガールの王と蒼雷の騎士は殺し合いを開始した。
いやー悪いことばかり起きますね。
元々カノン編はそんなに長くやる予定はなかったので、あと2〜3話程度で終わると思います。
では解説も含めて今後のストーリーを少しだけ予告していきます。
まずゼロの人間態のビジュアルについてはこんな感じです。
【挿絵表示】
人間でいえば高校生くらい、とのことなので少し幼めにしてみました。
ウルトラゼロアイはブレスレットに収納するのではなく、ジャケットにしまう感じですね。
そしてちょっと早いですが、カノン編が終わった後のことを話します。
二つめの舞台はキャラクターを除いて完全オリジナルのものになりそうです。
カノン編と同じく、μ'sのそっくりさんが登場します。
そのヒントとしてイラストも用意してみました。
【挿絵表示】
拙い画力ですが、もしキャラが判別できたら誰を元にしたキャラが出るのかわかると思います。
それではまた次回。