「前途多難すぎるよ〜……」
海辺で肩を落として腰掛ける千歌。横には並ぶように未来と曜が座っている。
「じゃあ……やめる?」
「やめないっ!」
「だよね!」
このやりとりは千歌のやる気を出させるために、曜が毎度口にしているものだ。
曜曰く、「そう言ったほうが千歌ちゃん燃えるから」らしい。
「やっぱり人数揃わないとダメかぁ……。桜内さんには断られちゃったし……」
「あれ?未来くんも説得してたの?」
「マネージャーだからな」
やはり作曲ができるという能力はかなりの美点だ。本当は土下座して靴を舐めても梨子を部員に加えたいが、そこまでしたら完全なる迷惑行為の域だ。
(なあメビウス、作曲とかできる?)
『ははは、逆にどうしてできると思ったんだい?』
(っすよねぇ……)
千歌が作曲するという最悪のケースは何としてでも避けなくてはならない。幼少児向けの音楽本を見せてきた時点でこの先どうなるかが容易に想像できる。
「あっ!花丸ちゃん!おーい!」
「あ、入学式の時の……」
後ろを振り向いて手を振る千歌を見て、静かに道を歩いていた茶髪の少女ーー国木田花丸は立ち止まると、「こんにちは」と軽く頭を下げて挨拶を交わしてきた。
「わぁ〜やっぱりかわいい〜……!」
「ん?あれは……」
花丸の後ろに生えている木の物陰から飛び出す赤い髪が見える。おそらくは花丸といつも一緒にいる少女だろう。
「あっ!ルビィちゃんもいるー!」
「ピギィ……!」
千歌はポケットから一つの飴を取り出すと、餌で猫を釣るようにゆっくりとルビィの方へと近寄って行った。
「ほーらほらこわくな〜い。食べる?」
「わ……えへへ……」
ルビィが道路に足を踏み込むと、千歌は持っていた飴を真上に放り投げ、ルビィの視線が上空へと逸らされたところを見計らってガッチリと抱きつく。
「捕まえたっ!」
「うっう〜!う〜!……むっ」
落下してきた飴が見事にルビィの口の中へと収まる。
(なんだこの光景……)
花丸とルビィを加えた未来達三人はバスに乗り、各々の帰路へと向かった。
「スクールアイドル?」
「すっごく楽しいよ。興味ない?」
やはりバスの中でも花丸とルビィを勧誘する千歌だったが、二人共期待していた答えを返してはくれなかった。
「いえ、マルは図書委員の仕事があるずら。……いや、あるし」
「そっかぁ……。ルビィちゃんは?」
「へっ⁉︎あ、え……ルビィはその……、お姉ちゃんが……」
「お姉ちゃん?」
「ルビィちゃん、ダイヤさんの妹ずら」
「えっ⁉︎あの生徒会長の⁉︎」
衝撃の事実が発覚。
思い出してみても似てるところが少ない姉妹だと思う未来であった。
「なんでか嫌いみたいだもんね、スクールアイドル」
「あんなに詳しいのにな」
「はぃ……」
落ち込むように俯くルビィ。入学式の時に見せた反応を考えると、ルビィ自身はスクールアイドルというものに興味を持っているはずだ。だが身内にそれを嫌う者がいるとなれば、やりずらいのもわかる。
「今は、曲作りを先に考えたほうがいいかも」
「そうだな。何か変わるかもしれない」
「そうだねぇ。花丸ちゃんはどこで降りるの?」
「今日は沼津までノートを届けに行くところで」
「沼津まで?ノートを?」
「はい、実は入学式の日ーーーー」
花丸が言うには、どうやら入学式の時に木から落ちてきた女の子ーー津島善子がクラスの自己紹介の時に急に教室を飛び出して、それ以来学校に来ていないのだと言う。
ーーーーおそらくは厨二全開の自己紹介をぶっ放してしまったのだろうと予想する。
「色々、大変そうだな……」
「あはは……」
ふと、バスから見える窓の外の景色へ視線を移す。
ゆったりと流れていく空、木々、コンクリートの道路。その全てがほんの一瞬だけ、止まったかと思うほどのスローモーションに感じた。
大木に紛れて、一つの人影が見える。
全身に悪寒が駆け巡り、未来は思わず目を見開き、その人影を凝視した。
そこにいたのは、白衣に身を包む中年の女性だった。不気味にこちらを眺めていて、不快感を覚えるような舌舐めずりを見せる。
ーーーー女の口が開く。
い
た
だ
き
ま
す
「『…………ッッ⁉︎』」
直後、凄まじい衝撃がバス全体を襲い、バランスを崩した車体がガードレールへと突っ込んでいった。
「きゃああっ!?!?」
「ピギッ……⁉︎」
車内をゴロゴロと転がる未来達。
咄嗟に運転席の方を見ると、運転手が気を失っていることに気がつく。
「ルビィちゃん、大丈夫ずら⁉︎」
「う、うん……」
「な、なにぃ……⁉︎事故……?」
頭をさすりながらよろよろと起き上がる千歌だったが、窓の外の光景を見た途端に悲鳴を上げてその場に尻餅をついてしまう。
「どうしたの千歌ちゃん⁉︎」
「か、か、かかか……!」
「か?」
曜と未来もすぐさま窓へ駆け寄り、外を確認する。
「「……!」」
灰色の肌に鋭い目。背中には特徴的な巨大な口を思わせる被膜を持っている。
「怪獣……⁉︎なんでいきなり……⁉︎」
「早くバスから出るんだ!」
気絶している運転手も中から降ろし、千歌達は急いでその場から離れようと走る。その一方で、未来は千歌達とは真逆の方へと疾駆していった。
上空に見える怪物の顔を見上げる。
『未来くん!奴は……!』
「ああ。あのでっかい口……、俺達を襲ってきた奴だな」
『うん。ボガールだ!』
左腕を構え、メビウスブレスを出現させる。
『いいかい未来くん。今回は前に倒したディノゾールとはわけが違う。用心して』
「わかった!」
クリスタルサークルを右手で回転。天を貫くように左腕を突き上げる。
「メビウーーーース!!」
◉◉◉
「なんでまた怪獣が〜⁉︎」
「ピギィィイイイイイ!!お姉ちゃああああん!!」
「もうこりごりずら〜!」
必死に逃げ惑う少女達の中、バスの運転手を背負っていた曜が未来がいないことに気がついた。
「未来くん……っ⁉︎」
周囲を確認するが、周りにいるのは千歌、ルビィ、花丸の三人だけ。
「どこ行っちゃったの……⁉︎もう!」
ボガールの足音が迫ってくるのを感じ、仕方なく逃げることを優先する曜。
(もう……千歌ちゃんに心配かけるようなこと、しないでよ……!)
◉◉◉
オレンジに輝く光がボガールの背後へと降り立ち、その中心から巨人の影が見える。
ーーそれは他でもない、ウルトラマンメビウスだった。
「セヤ!」
勇ましくボガールへと両手を構えるメビウスであったが、内心は不安で埋め尽くされていた。
(うぉ……近くで見るとすごいキモい……)
前回襲われた時は夜中ということもあってか、はっきりとした姿は拝見できなかったのだ。
想像以上の異様さに思わず生唾を飲み込む。
「ハァッ!」
メビウスブレスに添えた右手から光刃、メビュームスラッシュを放ち、牽制する。
「■■■■ーーーー!!」
弾丸の如き速度で迫るメビュームスラッシュを、ボガールは片手のみで弾き、お返しとばかりに紫色に禍々しく色付いた光弾を繰り出してくる。
「ウワァアッッ!!」
反応しきれずに胸部へ直撃。後方へ吹き飛ばされたメビウスは近くの建物を下敷きにして倒れてしまった。
(いってぇ……!反撃喰らっちまった!)
『すぐに次の攻撃に移るんだ!』
「ハッ!」
次々に放たれてくる光弾を回避し、隙を探る。
流石に高度な知能を持っていると言われるだけあって、ディノゾールと違いそう簡単には隙を見せてくれない。光弾を回避しながらでの接近はほぼ不可能だろう。
(なら……!)
両腕をクロスさせエネルギーを集中。一気に前方へ解放し、バリアを展開する。
これもメビウスの技の一つ、メビウスディフェンサークルだ。
「ハァァァアアア!!」
『未来くんダメだ!それは強引すぎるーーーーッ!』
バリアで光弾を防ぎながら突進し、ボガールとの距離を縮める。
(近づけばこっちのもんだ……!)
瞬時にバリアを解除し、今度はメビュームブレードをメビウスブレスから伸ばし、ボガールへと振り上げる。
『未来くん!よすんだ!!』
(もらった……!!)
刹那、ボガール背中の被膜が膨大に広がり、メビウスを飲み込まんと迫ってきた。
(えっ……?)
『未来くん!!』
「グアァ……!!」
咄嗟に両腕広げ、左右から迫り来る被膜を受け止める。が、体勢を崩してしまったせいか力負けしている。
「ウッ……!アァ……!」
ボガールの狙いはメビウスを倒すことではなく、”食う”ことだと、この時やっと理解した。
「ウワァアッッ!!」
両腕が塞がっている所を見計らい、ボガールはメビウスを蹴り飛ばす。
地へ倒れ伏し、動きが鈍くなっている瞬間を狙って、ボガールはさらに追い討ちの光弾を放ってくる。
「ウワァァアアア!!!!」
胸に宿る輝きーーーーカラータイマーが青から赤へと変わり、点滅し出す。
立ち膝でなんとか身体を支えるのがやっとだった。一瞬でここまで体力を奪われるなんて余りにも予想外すぎる。
(甘く見てた……!)
ディノゾールよりも知能が高い、ただそれだけで、こんなにも遅れをとるとは。
「グアアッ……!」
ボガールが両手を突き出すと、メビウスの全身は硬直したかのように身動きがとれなくなり、その場を離脱することすらままならない。
(メビュームシュートで一気に……!)
メビウスブレスに右手を添える。
だが次の瞬間、ボガールは突然メビウスの視界から姿を消した。それが瞬間移動であることは感覚的にわかったが、反応できるかは別のことだ。
「ヘアァアッッ!!」
背後から鋭い爪の斬撃を受け、今度は顔から地面へと倒れ込んでしまう。
(くっそ……が……!)
『未来くん!気をしっかり保つんだ!このままじゃやられーー』
未来はぼやける視界の中、状況を確認しようとするも、全身の痛みで考えがまとまらないでいた。
メビウスの声すらもただただ木霊するばかりで、全く頭の中に入ってこない。
(死ぬのか……俺……?)
なんとか力を振り絞り、立ち上がるメビウス。その前方ではボガールがトドメの光弾を作るため、エネルギーを溜めている。
灰色の手の中に灼熱の塊が生まれ、それをメビウスに向けて放とうとした次の瞬間ーーーー
「■■■■ーーッッ⁉︎」
蒼い光線がメビウスの頰を掠め、通り過ぎるようにしてボガールの頭部へと直撃した。
『……⁉︎今のは……⁉︎』
「■■■■ーーーー!!」
急所に当たったのか、ボガールは先ほどまでの余裕を失い、狂ったように痛みに苦しんでいる。
やがてボガールは徐々に縮小化し、森の中に紛れて見えなくなってしまった。
(逃げた……?助かったのか……⁉︎)
咄嗟に後方へ振り向くが、そこには誰の姿もなかった。
『今のは……、かなり遠距離からの攻撃だ。それにあの光線は……』
「ウゥ……!」
メビウスの身体が光に包まれ、分散するように消滅していく。
(くそ……意識が……)
◉◉◉
「あっ!千歌ちゃん、未来くんが!」
「見つかったの⁉︎」
数分後、引き返してきた千歌達は道端に倒れている未来の姿を発見し、大慌てで介抱し始めた。
「た、大変ずらぁ……!!」
「救急車呼ばないと……!」
今にも泣きそうな顔と震える手で携帯を握り締めているルビィと、オロオロと右往左往している花丸。
そんな二人を尻目に、千歌と曜は未来の容態を確かめる。
「外傷は命に関わるほどでもない……。意識がないのは頭を打ったせいかも」
「未来くん……!」
一人の少年を取り囲む少女達。
常人ならその光景は見えないであろう距離。しかし黒いコートを身に纏った少女は、それをしっかりと捉えていた。
◉◉◉
「私達の他にも、ウルトラマンがいたの……?」
『そのようだな。……だがどうであれ、俺達の目的は変わらない』
「…………」
少女は明らかに不機嫌そうに眉をひそめ、その場から立ち去ろうとする。
『どうした、ステラ』
「……なんでもない」
少女はもう一度少年ーーーー未来の方を睨むと、地を蹴り風のような速度で山の中へと駆けて行った。
次回はついに、あの青い奴が登場……⁉︎するかもしれないし、しないかもしれない……。