地球に来て、最初に見たのは空だった。
故郷では失われたはずの太陽が光を放ち、世界を照らす。この星の住人にとっては当たり前のことだろうけど、ボク
右も左もわからずただ街中を彷徨っていた時に、ボクはまだ小さな子供だった彼女に出会った。
”光の欠片”と呼ばれる現象の存在は噂程度に捉えていたが、それが実際にあるとわかったのはその時が初めてだった。
そして、地球人に興味を持ったのもその時が始まりだ。
…………いや、正確には”光の欠片を宿した地球人”だ。ボクは光の力以外にはあまり興味がなかったからね。もっとも、今ではそれすらも変わってしまったけれど。
まあ、とにかくボクは一人の少女と出会い、数百年ぶりに光に
それからというもの、ボクはすっかり彼女に夢中になってしまってね。いつしかあの子の成長をそばで見守るようになった。
……いや、気持ちが悪いのは理解しているよ。でも今は話を聞いてほしい。軽蔑の目を向けるのはそれからでも遅くはないだろう?
えっと……どこまで話したっけ。
ああ、そうだ……それから何年か経って彼女が高校生になった。
たぶん君が聞きたいことはここから先の物語にあるよ。
彼女の光の欠片は今まで何の変化も感じられなかった。でも、あの子が高校二年になった春から……全てが始まったんだ。
……ああそうだよ、スクールアイドルだ。
驚くべきことに、彼女のもとに集まった女神達は例外なく欠片をその身に宿していたんだ。そりゃあ、びっくりしたさ。
……どうして彼女達が揃って光を持っていたのか、正直今でもよくわからない。彼女達が選ばれし者だったのか、それとも…………
……え?そこが重要だって?そんなこと言われてもなあ。
ボクだって必死で探したさ。”光の欠片が発現する条件”をね。
どう考えても彼女達は普通の女の子だった。今では遠い存在だけどね。少なくとも最初はどこにでもいるただの人間だったよ。
……だからね、ボクが知っている情報だけを頼りにすれば……欠片が発現する条件はランダムとしか言えないよ。
……でもそう考えると、やっぱり内浦に集った欠片達が不自然になる。彼らも偶然発現したとは考えにくいしね。
それに……今度は”あの子達”の時には無かった”十の光”が混ざっている。
ああ…………そういえば君は一度、彼らの命を救っていたね。その時になにか気づいたことは……ってあれ?
どこに行くんだい?
◉◉◉
「梨子は?」
「ここで待ち合わせだよ」
沼津の駅を軽く凌駕する圧倒的な人口密度に囲まれ、未来達は東京の地へ降り立った。
駅で待ち合わせる予定の梨子を探し、歩きだす。
「まさかこの短期間で二回も東京に行くことになるとは……」
「スクールアイドル始めてから電車に乗る機会も増えたよね〜」
「おかげで帰宅部の時じゃ考えられないくらい忙しくなったよ。……あ、メビウス、身体の外には出るなよ?」
『大丈夫、わかってるよ』
他愛もない会話をしている最中も、メビウスは周囲に目を光らせている様子だった。
この前クロノームに襲われたことで神経質になってしまったのだろうか。
「あれ梨子ちゃんじゃない?」
「ほんとだ。…………なにやってんだ?」
ロッカーの中へ必死に荷物を押し込んでいる梨子の後ろ姿が視界に入り、声をかけようと近寄る。
「おっす梨子。ピアノコンクール受賞おめでとう!」
「きゃぁぁあぁあ!?」
話しかけた途端に不審者でも見るような目を向けられ、思わず半端引いてしまう。
「梨子ちゃん?」
「み、みんな……」
「なに入れてるんだ?」
「え、ええっと……お土産とか、お土産とか、お土産とか……」
「わーっ!!お土産!?」
詰め寄って来た千歌に驚いた梨子がバランスを崩し、彼女が支えていた紙袋がロッカーからこぼれ落ちた。
「わ”ぁ”あ”っ!!」
「なにこれ…………」
「だめぇ!」
「め”ぇっ!?」
梨子が繰り出した両腕での張り手が両の目に直撃し、未来は背中から思い切り倒れた。
「ご、ごめんなさい!」
「ちょっ梨子ちゃん!?」
千歌の瞳を塞ぎながら未来に謝る梨子は、なぜかはわからないが紙袋の中身を見られまいとしている様子だった。
『だ、だいじょうぶ?』
「……いたい」
少し離れたところで一連のやりとりを眺めていた果南達が苦笑するのがぼんやりと見えた。
「それで……最初はどこに?」
「タワー?ツリー?ヒルズ?」
「遊びに来たんじゃありませんわ」
「そうだよ、まずは神社!」
「また?」
「実はね、ある人に話聞きたくて、すっごい調べたんだ!…………未来くんが!」
一気にみんなの視線が未来の方へ集まる。
咳払いをした後、若干のドヤ顔で口を開いた。
「千歌からある人に連絡とれないかって頼まれてな。ダメ元でメール送ってみたんだけど……なんとびっくり、会ってくれるってさ」
緊張で手を震わせながらメールを打ち込んだ記憶が蘇る。
「ある人って……誰ずら?」
「ん?せーーーー」
「それは会ってのお楽しみ!」
言いかけたところで千歌に遮られたので、ふっと口を閉じる。
「話を聞くにはうってつけのすごい人だよ!」
千歌の言葉にうんうんと首を縦に振る未来。
神社、東京、すごい人、とキーワードを頭の中で整理したルビィとダイヤがハッと顔を上げて瞳を輝かせた。
「まさか……」
「まさか……!」
(……誰を連想してるんだろ……)
駅の出口に向かう途中、人混みの中だからかすっかり警戒心を解いていた未来。
彼の背後に近づく禍々しい気配を、まだ誰も気づいていない。
◉◉◉
「お久しぶりです」
「「なんだぁ〜……」」
「誰だと思ってたの?」
神田神社へと足を運んだ千歌達を待っていたのは、彼女達もよく知る二人の少女だった。
北海道のスクールアイドル、
「お久しぶり。みr……マネージャーから話は聞いてますか?」
「ええ、ちゃんと。ずいぶんとお堅いメールでしたね」
冗談めかしてそう語るのは姉の聖良だ。
あはは、と小さな笑いが巻き起こったところで、千歌がある異変に気づいた。
「あれ…………未来くんは?」
『……くん!未来くん!』
「あ……?」
ぼやけた視界の向こうからメビウスの声が聞こえる。
頬を撫でる優しい風と木々が揺れる音が通り過ぎ、未来は倒れていた上体を起こした。
『よかった……身体に異常はないかい?』
「異常……?俺、寝てたのか……?」
全身をくまなく確認するが、外傷らしいものは見当たらない。
すぐに自分のことよりも、そばに千歌達がいないことが気になった未来は短く声を上げて周囲に視線を巡らせた。
「お……き……たか……?」
今にも消えそうなかすれた声が前方から聞こえ、未来は立ち上がって顔を向き直す。
少々歳を重ねた様子の男性が一人、未来に目を固定して膝立ちしているのが見えた。
『迂闊だった……!まさかあんな人の目があるところで……!』
「あなたは……?」
『近づいちゃダメだ未来くん!彼は…………!』
苦しそうに胸を抑えてゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる男。
ふと駅での記憶が蘇る。
出口に向かおうとしたところで急に意識が遠のき、メビウスの声だけが最後まで頭の中に響いていた。
身体を乗っ取られていたんだ。それもノワールとは違う……むしろメビウスに近い感じの…………
「俺は……うぅっ…………‼︎く……っ!」
足がもつれて転倒してしまう男の方へ咄嗟に駆け寄り、とある名前を口にした。
「ベリアル……なのか……?」
今にも血反吐を吐いて死にそうな顔をした男を見下ろし、考える。
以前戦った時とは様子がまるで違う。こんなにも弱々しいベリアルは今まで想像したこともない。
なんの理由があって自分の前に姿を現したのか、それも含めて彼には色々と聞きたいことが山積みだ。
「俺にはもう時間がない…………‼︎どの道死ぬ運命にある……!だから……!」
「なに……?おい、なんだって……⁉︎」
右腕を掴まれたかと思えば無理やりに何かをつかまされた。
鋭利な刃が日光を反射し、ギラつく。
「手遅れになる前に……メビウス…………!お前が俺を殺せ……‼︎」
「は……⁉︎」
自分を殺せと言ったその男の身体からは絶え間なく闇のオーラが湧き出している。
ベリアル自身のものではない、これは…………
「…………!」
男の全身に、漆黒の鎧のイメージが重なった。
この作品、情緒不安定なキャラが多すぎかもしれませんね……笑
前に登場した時はヒャッハーキャラだったベリアルが今回はしおらしい感じに……。
そして身体を乗っ取られることに定評のある未来くんです。
解説はいきましょう。今回は短めで。
前々からベリアルにはシーンごとにテンション差が見られるよう書いてきましたが、今回でそれも決定的なものに。
そして明らかにその原因っぽい漆黒の鎧さん。ええ、もう隠す気ゼロです。
次回で今作においてのベリアルのポジションがだいぶハッキリしてくると思います。