「遅かったね。今日は入学式だけでしょ?」
「まあ、色々ありまして……」
「はい、回覧板と、お母さんから」
未来と千歌と曜は海の上を通り、とあるダイビングショップまでやって来ていた。
そこにはもう一人の幼馴染、松浦果南の姿があった。
果南は怪我をしている父親の代わりに家業を手伝う為、今は学校を休学しているが、もちろん3年生には進級している。つまりは、三人の先輩でもあるのだ。
「どうせまたみかんでしょう?」
「文句ならお母さんに言ってよ」
持ってきた物を渡した後は、このダイビングショップで少しだけ時間を潰す。
三人は外に設置してあるテーブルの席に適当に座った。
「それで、果南ちゃんは新学期から学校来れそう?」
「うーん、まだ家の手伝いも結構あってね。父さんの骨折も、もうちょっとかかりそうだし」
「大丈夫なんですか?お父さん」
「あはは。そこまで大事じゃないから、安心して」
並べられたボンベを運ぶ果南の姿は、高校生とは思えないほどに苦労の跡を感じる。休学までして家の手伝いをする彼女は、尊敬の思いすらある。
「そっかぁ……。果南ちゃんも誘いたかったなあ」
「誘う?」
「うん!私ね!スクールアイドルやるんだ!」
「っーーーー」
何かあったのか。一瞬だけ果南の動きがフリーズしたように止まったのだ。
「ふぅん……。まあ私は、千歌達と違って3年生だしね」
「知ってるー⁉︎すごいんだよー!」
「はいっお返し」
「ゔぁっ⁉︎」
スクールアイドルの何たるかを語ろうとする千歌に干物を突きつける果南。ーーそれはまるで、千歌の言葉を遮ったようにも見えた。
「また干物〜?」
「文句はお母さんに言ってよ。ま、そういうわけで、もうちょっと休学続くから、学校でなんかあったら教えて」
「う、うん」
『未来くん。あれは何だい?』
「い”っ⁉︎」
突然頭の中にメビウスの声が響き、上ずった声が飛び出してしまった。
「……?どうかしたの未来くん?」
「すごい汗かいてるけど……」
「ちょ、ちょっとお腹痛くて!果南さんトイレ借りますね!」
「いいよ。場所わかる?」
「わかりまっす!」
そう言うと未来は瞬時に席を立ち、脱兎の如くトイレへと向かっていった。
『どうして逃げたんだい?』
「メビウス!話しかけるのは極力周りに誰もいない時にしてくれ!びっくりするから!」
『あ、ご、ごめん。あの乾いた物が気になってつい……』
「干物だよ。魚とかを乾燥させたやつ」
『食べ物なのかい?』
「ん、まあ食べたり出汁取ったり……」
不意に一つの疑問が、未来の頭に浮かんだ。
メビウスと自分は今一体化している。ならば感覚などは共有されるのだろうか。
「なあ、俺が何か食べたら、お前にもその味が伝わるのか?」
『もちろん。身体が動かせないだけで、五感全てを共有してると言っていい』
「へえ、なんか変な感じだな」
『悪い宇宙人の中には、身体を奪った後に意識を潰してしまう者もいるから、注意してね。僕は絶対にやらないけど』
「やられても困るけどな」
つまり今の未来のスペックは、メビウスのものとプラスされていることになる。弱体化しているとはいえ、身体能力等も並の人間より遥かに高いだろう。
(それにしてもウルトラマンが自分の中にいるって、なんか実感ないな……)
◉◉◉
バスを降り、未来と千歌は自宅への帰路を歩いていた。
二人の家は隣同志であり、幼馴染という関係が築かれているのもその理由が大きい。
「どうにかしなくちゃなあ……。せっかく見つけたんだし……」
「申請、通らなかったんだっけ?」
「あー!そういえばあの時どこに行ってたの⁉︎手伝ってくれるっていったくせにー!」
「え⁉︎いやぁ……それは……」
「生徒会長の人にも色々言われたし!散々だよー!」
「わ、悪かったよ。明日からはちゃんと手伝うからさ」
「……ほんとに?」
「ああ、ほんとだ」
一気に晴れた笑顔を見せる千歌。本当は大して落ち込んでいなかったんじゃないかと思うほど切り替えの早さだ。
「でも今日のことは許しませーん!」
「ええ⁉︎なんで!」
「今度喫茶店で何か奢ってくれたら許してあげるー!」
「お、おまっ!調子にのるなぁ!」
「わー怒ったー!」
走り出す千歌を反射的に追いかける未来。周りが夕日で燃えている中のその風景は、まさに青春の1ページのようなシチュエーションだった。
「ん……?」
唐突に立ち止まり、空を見上げる千歌。あまりにも突然なことだったので、未来は目を丸くして同じ方向へと視線を向けた。
「どうかしたのか?」
「なんだろう、あれ……」
「
確かに、空の上に何か光る物が見えた。まだ星がはっきり見える時間帯ではない。
そしてしばらく見ていると、ソレはこちらに落下してきているとわかった。
『ーーーー!未来くん‼︎』
(……‼︎だから話しかけるのは二人きりの時だって言っただーー)
『今すぐ彼女を連れてこの場から離れるんだ!早く‼︎』
(はあ……⁉︎なんでーーーーってまさか⁉︎)
『あれはーーーー
「■■■■ーーーー!!!!」
『怪獣だ!』
◉◉◉
世界が揺れる。
街中に降り立った巨体を見るのと同時に、過去の光景がフラッシュバックしてきた。
なぜなら奴はーーーーーー
「なんで……あいつが……!」
「う……あ……!」
「……!千歌!」
青い怪獣を一目見ると、千歌は全身を震わせて酷く怯え始めた。
この反応も当然だ。今視界に映っている化け物は、自分達にトラウマを植え付けた原因そのものなのだから。
「い……や……!いやぁ……!」
「くそ!」
膝を折り、頭を抱えてその場から動かなくなってしまった千歌を背負い、怪獣がいるのとは真逆の方へ駆け出す。
ーー
(悪いメビウス……!まずは住民の避難を優先したい!)
『当然!……だけど気をつけて、ディノゾールの舌は回避するのは難しいんだ。どうか、死なないように!』
(死ねるかよ……!やっと、やっとだぜ……⁉︎あのクソ野郎をぶっつぶせる時がきたんだ!!)
「助けて……!未来くん!未来くん!」
完全にパニック状態に陥っている千歌。
メビウスがディノゾールと呼んでいたあの怪獣ーー奴こそ、数年前この内浦に現れーーーーいや、世界で初めて確認された怪獣だ。
あの時は同時に現れたウルトラマンに倒されたが……。
「まさか、何体もいるってわけか……⁉︎」
『いや。ディノゾールは確かに群れで行動するけど……、今回地球に来たのは一体だけみたいだ』
「じゃあなんで一体だけ……」
「未来くん、何言ってるの……?」
先ほどよりも落ち着きを取り戻したのか、千歌は未来の背中に顔を沈めながらそう尋ねた。
「なんでもない!それより早く避難……!」
周りには自分達の他にも逃げ惑う人々で溢れている。皆災害が起きた時の避難指定場所に向かっているのだろう。それも、できるだけ遠くの。
「いたっ……!」
「……⁉︎」
すぐ側で一人の少女が転んだことに気づき、未来は千歌を下ろし、近くまで走った。
「大丈夫ですか⁉︎」
「え、ええ……。ちょっと擦りむいただけ……。ッ……⁉︎」
やはり足を強く痛めているようで、一人で歩いてもおそらくかなりの時間を要するだろう。
「……千歌。もう大丈夫か?」
「うん、ごめんね……。だいぶ落ち着いてきた」
「なら、この人と一緒に避難所へ向かってくれ」
「それはいいけど……未来くんはどうするの?」
「俺は少しやらなくちゃならないことがあるんだ!頼んだぞ!」
「ちょっと!未来くん⁉︎」
その場から飛び出した未来が向かったのは、もちろんディノゾールがいる方向だった。
千歌は少女と未来を交互に見た後、迷いつつも少女の肩を抱えて立つのを手伝う。
「乗って!避難所まで連れてくから!」
「あ、ありがとう!」
千歌は彼女を背負うと、必死に足を動かして避難所がある方へと走り出した。
「本当にありがとう……。私、この街の避難場所がわからなくて……」
「へ?観光か何か?」
「ううん。引っ越してきたの」
「そうなんだ……。災難だね、いきなりあんなのに遭遇しちゃって……」
千歌は一度振り返って未来がいないかを確認しようとするが、ディノゾールが近づいてきていることを考えるととてもそのような行動はできなかった。
◉◉◉
ーーーーウルトラマンとなり、怪獣と戦う。
改めて考えると、どんなに危険なことかが理解できる。
未来は路地裏に身を隠し、建物の隙間から見えるディノゾールの姿を一瞥した。
『大丈夫かい?』
「正直怖いさ。小さい頃にあいつを見た時よりもな。……ただ」
『ただ?』
「ウルトラマンがついてくれているんだ。それだけで、俺は安心できる」
『はは。照れるなぁ……』
未来は深く深呼吸し、覚悟を決めたように目つきを変えた。
「で、どうすれば変身できるんだ?」
『左手を前に構えて。あとは僕の名前を叫べばいいんだ』
「……よし」
手の甲が前にくるように、左手を構える。するとオレンジ色の光が発生し、瞬く間に赤いブレスが現れた。
メビウスの力の元となる、”メビウスブレス”だ。
クリスタルサークルを回転させ、思い切り左腕を突き上げる。
「メビウーーーース!!」
全身が光に包まれる。
自分の身体と、メビウスの身体が交わっていくのがわかった。
◉◉◉
「■■■ーーーー!!」
耳をつんざくような叫びを上げながら舌を伸ばし、容易く数々の建物を切り裂きながら移動するディノゾール。
破壊することだけが目的なのか。とにかくこの怪獣は、残虐の限りを尽くしていた。
が、ディノゾールは急に活動を止めたかと思うと、ゆっくりと後ろを振り向いたのだ。何もないはずの空間を。
天から降り注ぐような、光が見える。
その光を見た瞬間、避難しようと散り散りになっていた住民さえも足を止める。
そして、”まさか”と身震いした。
赤と、銀。
二色の体色の中心に輝く、青い光。紛れもなく、”ヒーロー”の姿がそこにあった。
そして、誰かが呟いた。
「ーーーーウルトラマン」
胸を張る光の巨人が現れるのと同時に、溜まっていたものが一気に噴き出るように歓声が上がった。
「ウルトラマンだ!」
「ウルトラマンが……また来てくれたんだ!」
逃げるのも忘れ、メビウスというウルトラマンが助けに来てくれたことをただ歓喜する人々。
それは光の巨人が、平和としての象徴であることを表していた。
(すっげぇ!家が!学校が!めちゃくちゃ小さい!)
『未来くん』
(はははは!!人がゴm『未来くん!』あ、ごめん、なんだって?)
この姿になっても脳内会話は健在のようだ。
『今この身体を動かせるのは君だ。集中して、目の前の敵を倒すことを考えるんだ』
(任せとけ。俺は……!)
「セヤッ!」
(ウルトラマンなんだからな!)
両手を構えながらジリジリと距離を縮めていくメビウス。……だが、やはり初めての戦闘なだけあって、恐怖が行動に現れていた。
『ずいぶんと慎重なんだね。意外だよ』
(ばかやろう!人間で言えば熊と戦うのとそう変わらないサイズ感だぞ⁉︎)
先手を取ったのはディノゾールだった。
舌を振動させ、一気に解放。刀の如き切れ味を持った斬撃が殺到してくる。
「フッ!」
飛び込み前転の形で回避、そして懐へ潜り込む。
一気に肉薄したメビウスは、そのままディノゾールの腹部へと渾身の右ストレートを放った。
「■■■■ーーーー!!」
が、中々に硬い装甲で覆われているようで、大したダメージは見られない。
ディノゾールは背中からミサイル弾のようなものを射出し、それはまたもメビウスに向かって一直線へ伸びてくる。
『メビュームブレードだ!』
(なに⁉︎そんなカッコいいのあるの⁉︎)
メビウスブレスへ意識を集中させる。すると光で構成された剣身がブレスから現れた。
「ハアッ!!」
迫り来る焼夷弾の全ての軌道を見切り、一つずつ、尚且つ迅速に切り落としていく。
『すごいよ未来くん!初めて戦うような動きじゃない!』
(なんか……わからないけど……目がすごい冴えてる)
どんなに速い攻撃でも、視認することができる。そして、それに対応することも容易だ。
(これもウルトラマンのなせる業か!)
全ての弾を切り落とし、一旦メビュームブレードを解除する。
ディノゾールの繰り出す舌を避け、接近。その巨体に掴みかかり、海の方へと投げとばした。
「■■■■ーーーー!!」
断末魔らしき鳴き声を上げ、海岸近くに落ちるディノゾール。
『未来くん、トドメを!』
(ああ!)
メビウスの情報が、頭の中へと流れ込んでくる。
ーーーーメビュームシュート。必殺技と言ってもいい、強力な光線技。
メビウスブレスのクリスタルサークルを回転させ、上の方で両手を揃える。
「セヤァッ!!」
最後に手で十字を組み、オレンジ色の光線がディノゾールへと放たれた。
「■■■■ーー…………!!」
光線が直撃したディノゾールの身体は爆散し、跡形もなく完全に消え去った。
どっと湧き上がる歓声を背に、メビウスの身体は光に包まれ、徐々に消滅していった。
◉◉◉
「未来くんのばかばかばかばかばかぁーーーーっ!心配したんだから!!」
「ご、ごめんて!イタイイタイ!!」
避難所。
ポカポカと未来を叩く千歌を、曜はあくまで微笑ましく眺めている。
「ほんと、怪我なくてよかったよ」
「もう!びっくりしたんだから!生きてたのが奇跡だよっ!」
「ごめんって……。あ、そういえば、あの子は無事だったか?」
千歌に任せていた少女のことを思い出し、ふと尋ねる。
「ああ、あの子なら大丈夫。怪我も大したことなかったし。果南ちゃんもお姉ちゃん達も無事だよ」
「そうか……よかったあ……」
安心した途端に疲れが波のように押し寄せてきた。
ーーーー今度は、守ることができたと言っていいんじゃないのか?
幼い頃の借りは返した。
あとは正真正銘、これからもウルトラマンとして人々を守らなくてはならない。
(これからもよろしく頼む、メビウス)
『こちらこそ、だ。君と僕で、地球を脅威から守ろう』
◉◉◉
「……やはり、この街に潜んでいたようですね」
「人間の身体まで借りて……ククッ、奴はもう実体が保てないでいるようだ」
「まずは奴を倒すのが先だな。この街に、続けて怪獣共を送り込む」
暗い空間の中で話す四人。
彼らこそーー皇帝と呼ばれる、エンペラ星人に仕える四天王達だ。
「皇帝の手を煩わせずに、私達だけでメビウスを始末するのです」
いきなりエンペラ星人の名前を出しちまいました。まあ、もちろん登場はまだまだ先ですが。