「ただいま〜……」
すっかり日が暮れ、街灯が点き始めた時間。
黒澤ルビィは泥だらけになった制服を手で払いながら玄関の戸を開けた。
「ルビィ!こんな時間まで一体何をして……って何ですのその格好は⁉︎」
「うぅ……ご、ごめんなさい……」
「ちょっとそこに座りなさい!みっちりお説教ですわ!」
姉であるダイヤに小一時間ガミガミ色々と浴びせられた後、すぐに汚れを落としにお風呂へ向かう。
結局サファイアの”落とし物”は見つけることができなかった。
彼女は明日もーー見つかるまで探すつもりらしい。一度付き合ったということもあり、ルビィもサファイアの気の済むまで一緒に捜索する気でいた。
(お姉ちゃんに怒られちゃうかな……)
自分に厳しい部分のあるダイヤの方を見やる。ルビィを心配してのことだが、やはり怒鳴られるのは嫌だった。
(それにしても……変わった子だったな、サファイアちゃん)
数分前まで共に泥だらけになりながら人形を探していた女の子の顔を思い出す。
(もし妹ができたら……あんな感じなのかな)
短い時間だったが、サファイアと会話をしていてとても楽しいと感じることができた。
そして、ダイヤがーーーー姉がかつて自分にそうしてくれていたように、ルビィも誰かに甘えてもらいたいという欲もほんの少しあったのだ。
「よしっ……!明日もがんばルビィ!」
◉◉◉
「ねえ、どうしてここまでしてくれるの?」
「え?」
次の日の放課後も、ルビィはサファイアの探し物を手伝いに淡島神社へと訪れていた。
唐突な質問に言葉を詰まらせ、少し考えた後に返答する。
「なんだかほっとけなくて。迷惑だったかな?」
「ううん。そんなんじゃなくて……。どうしてあたしに、優しくしてくれるの?」
ルビィは、サファイアが侵略者だという事を知らない。それを抜きにしても、彼女はお人好しが過ぎると感じていた。
「うーん……。るびーー私ね、お姉ちゃんがいるんだけど……、いつも迷惑かけてばかりで……。だから、誰かに頼られたいって気持ちがあるんだと……思う」
「えっ!お姉ちゃんがいるの⁉︎」
「うん。……もしかして、サファイアちゃんも?」
ルビィがそう尋ねると、サファイアはバツが悪そうに顔をしかめ、小さく口を動かした。
「うん……」
「そうなんだ!私のお姉ちゃんはちょっと厳しいけど……ほんとはとっても優しいんだよ!サファイアちゃんのお姉ちゃんは、どんな人なの?」
「あたしのお姉ちゃんはーーーー」
サファイアは目元に溜まった宝石のような涙を拳で拭い、顔を上げた後に震える声音で言った。
「優しくて、すごく尊敬できる人で……。ほんとは、地球に来るのはあたしじゃなくて、お姉ちゃんで……」
「地球……?」
「うっ……ぐすっ……!」
とうとう泣き出してしまうサファイアを見て、ルビィは慌てた様子で彼女の方へ駆け寄った。
「ど、どうしたの⁉︎」
「なんでもないの……!なんでも……ないもん……!」
ーーーークォーツ星人の兵器である”ジュエルゴーレム”。これは本来、元々生きていたクォーツ星の住人から生成されたものだ。
彼らは生命活動を終えると、人間で言う心臓に当たる部分から一個の宝石を生み出し、他の肉体は消滅する。
その宝石にはクォーツ星人の最後の力が込められており、それを複数集めて錬成されたものが”ジュエルゴーレム”。……ゴーレムを操るのには巨大な生命力が必要であり、使役する者は寿命を削りながら戦うのと同義だ。
サファイアの姉は、ジュエルゴーレムを使用しようとして生命力を使い果たし、地球での任務の前に命を落としたのだ。そして他にゴーレムを扱えるほどの力を持った存在ーーーー妹であるサファイアに白羽の矢が立った。
「泣かないで……!」
ハンカチで自分の小さな顔を拭くルビィの姿がかつての姉と重なり、サファイアはつい、彼女に言ってしまった。
「お姉ちゃんって……呼んでもいい?」
「え?」
「ルビィお姉ちゃんって、呼んでもいい……っ⁉︎」
ルビィはその問いに目をパチクリさせて驚いた後、快い笑顔を浮かべて答えた。
「うんっ!いいよ!」
そんな二人の様子を、木陰に隠れて窺っている人影が一つ。
(……宇宙人の気配がするって言うから来たけど……なんでルビィちゃんがいるんだよッ⁉︎)
『な、なんか出て行きにくい雰囲気だね』
メビウスの言葉を聞いて駆けつけた未来が見たものは、クォーツ星人の女の子と仲良くしているルビィの姿だった。
『でも彼女が侵略者であることは間違いないよ。
未来はつい先日この近くで拾った虹色の鉱石で作られた人形に目を落とす。今自分の右手に握られている物が巨大化して兵器と化すというのだから、ゾッとする。
(どうすんだよこれ……返さなきゃ悪いんじゃないか?)
『いや……でも一応危険なものだし……』
(でも、まだ子供だぞ?)
『それでも見過ごすわけには……』
未来とメビウスがそうやりとりしてる間に、ルビィとサファイアはゴーレム探しを諦めて一度帰宅するようだった。
階段を下りていく二人の背中を物陰からじっと眺め、再びジュエルゴーレムを見る。
「おっと手が滑った」
『ちょっ⁉︎』
未来は祠の側に向かって持っていたジュエルゴーレムを放り投げ、知らぬ顔で階段の方へ歩いて行く。
『な、なんてことをぉ……ッ⁉︎』
「大丈夫だって。それにもしでっかくなって暴れても、俺達でぶっ壊せばいい話だ」
『君は宇宙警備隊失格だ!』
「そんな組織に所属した覚えはありませーん」
メビウスの言葉を聞き流しながら、未来はルビィ達に追いつかない程度の速度で階段を下りた。
◉◉◉
(うぅ……こっそり抜け出して来たけど……帰ったら怒られちゃうよね……)
そのまた次の日。
日曜日なのだが、ルビィはダイヤに罰として外出禁止令が出されていたのだが、隙を見て家を出て神社へ足を運んでいた。
「うゅ……?」
不意に空を見上げると、何やら巨大な水晶のようなものが浮かんでいるのが見えた。
そこがいつもサファイアと一緒にいる場所だとわかると、ルビィはすぐさま階段を登るスピードを上げ、頂上へ急ぐ。
(やっとジュエルゴーレムが見つかったのはよかったけど……)
サファイアは祠の側に落ちていたジュエルゴーレムを見つけ、無事回収することができた。
…………だが、迷っていたのだ。このまま地球を攻撃していいものかと。
ルビィに対して恩を仇で返すような真似をすることに抵抗を感じていたのだ。
ーーーーそして、運悪くたった今、クォーツ星からの増援が到着したところだった。
宇宙船からゾロゾロと外に出てくるクォーツ星人に、サファイアは何もできずに立ち尽くす。
「今まで何をしていたんだサファイア。我々が到着する前には攻撃を開始しろと言ったはずだ」
「……あっ……えっと……」
「まあいい、今からでも遅くはない。さあジュエルゴーレムを出せ」
「ぁ……っ!あっ……あ、あのっ!」
「どうした?」
集団のリーダー格である男に向かって、サファイアは震える身体に力を入れながら叫ぶように訴えた。
「こっ……!この作戦、あたしはやっぱりやめた方がいいと思います!」
「……なに?」
「ち、地球人とは友好関係を結んだほうが、我々のメリットになると思います!」
「馬鹿を言え。我々が欲しているのは友ではなく領土だ」
「で、でもっ……!」
「まったく……。姉が姉ならば妹も大概だな。血の繋がりというものは度し難いものだ。ルビィもそうやって、侵略行為を最後まで否定していたよ」
男はサファイアにゆっくりと近づき、彼女の手にある七色に輝く人形を乱暴に奪い取った。
「お前がやらないのならば、我々がやるまでだ」
男はジュエルゴーレムを思い切り前に投げると、突き出した手から虹色の光を放つ。
それを浴びたゴーレムは徐々に身体を肥大化させていき、街目掛けて凄まじい質量を持って落下していく。
ーーーードスン……!と大地が揺れるほどの衝撃が街中に伝わり、ジュエルゴーレムは活動を開始した。
◉◉◉
「なっ……んだあれぇ⁉︎」
『だから言ったじゃないかぁ!!』
今までにないほど怒号を上げるメビウスを流しつつ、未来は遠くに見える巨大化したジュエルゴーレムを見上げた。
「大丈夫だ、問題ない!勝てばいいんだよ勝てば!」
左腕に宿したメビウスブレスのクリスタルサークルを回転させ、身体の中のウルトラマンの名前を叫ぶ。
「メビウーーーース!!」
光と共にゴーレムの側へ着地したメビウスは、神社の方にクォーツ星人の集団がいることを確認する。
(仲間が来たのか……)
『未来くん避けて!』
(ん……?)
よそ見していた所へジュエルゴーレムの剛腕が顔面に叩き込まれ、メビウスの身体は回転しながら街中へ倒れた。
「ウアァ……ッ!」
一撃受けただけでもかなりの体力を消耗させられた。……つまり、かなりの馬鹿力だ。何度も受ければただじゃ済まないだろう。
「セヤ!!」
負けじとジュエルゴーレムの身体に掴みかかる。が、やはり向こうの方がパワーが上のようで、簡単に振り解かれた挙句胸部にもう一撃、硬く重いパンチを貰ってしまった。
さらにメビュームブレードを展開してゴーレムの身体を連続で切りつけるが、全く傷ついている様子もなく、おそらくダメージも通っていない。
(かったいなこいつ……!)
『メビュームシュートだ!』
(わかった!)
メビウスに言われた通り、光線を撃つためにメビウスブレスのクリスタルサークルを回転させ、力を増幅させる。
「ハアアアーーーーッッ!!」
オレンジ色の光線がジュエルゴーレムを焼き尽くさんと、その巨体へ殺到する。
しかしゴーレムは両腕をクロスさせ、盾のようにしてメビュームシュートを受け止めた。
(なんだって……⁉︎)
光線を防ぎきったジュエルゴーレムは再びメビウスに狙いを定めると、大きな足音を轟かせながら接近してくる。
(こいつ…………攻撃が全然通じないぞ⁉︎)
『全身がダイヤモンド以上に硬いんだ……!これを砕くには……どうすれば……っ!』
メビウスはただ繰り出される強烈な拳をいなし、回避することしかできずにいた。
◉◉◉
「宇宙警備隊員がいるとは聞いていたが……ジュエルゴーレムの前に手も足も出ないみたいだな」
「やめて!」
サファイアはゴーレムを操る男に必死にしがみついて邪魔しようとするが、非力な力で大の男を止められるはずもなく、軽く突き飛ばされてしまう。
「目障りな奴だ……」
「うっ……!」
男はレーザー銃を取り出すと、その銃口をサファイアに向ける。
飛び道具を向けられ、サファイアは胸の中から恐怖が迫り上がるのを感じた。
「だ、だめぇ!」
「…………⁉︎」
その時だ。
二人の間に割り込んで来た一人の赤毛の少女。腕を広げ、サファイアを庇うような姿勢で男を睨んでいる。
「ルビィ……お姉ちゃん……?」
「なんだ貴様は……?」
男のレーザー銃を握る手が一層強くなる。
ルビィは一歩間違えれば死ぬことになるこの状況を理解していながら、サファイアを守るために飛び出したのだ。
「地球人か……。そいつを庇ったところで、何も得することはないぞ」
「ルビィお姉ちゃん……逃げて……!」
ルビィは泣きそうな表情を無理やり引き締めると、男を見据えながら勇ましく口を開いた。
「何が何だかわからない……わからないけど……!妹が困ってたら、助けるのがお姉ちゃんだもん!!」
今にも腰が抜けそうなはずなのに、ルビィは恐怖を押し殺して目の前の殺意に耐えている。
「そうか。ならその愚か者共々…………死ね」
トリガーが引き絞られ、細いレーザー弾がルビィの心臓目掛けて放たれる。
ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めるルビィだがーーーー
「殺させるもんですか」
「ピギッ……⁉︎」
「わっ⁉︎」
ルビィとサファイアは揃って誰かに抱えられるようにして拾われ、レーザー弾は何もない場所を貫く。
ゴロゴロと転がるのも束の間、ルビィは自分達を助けてくれた人が顔見知りだと気付き、名前を呼んだ。
「ステラちゃん⁉︎」
「逃げるわよ!」
ステラは二人の手を引くと疾風さながらに階段を駆け下り、ものの数秒で地上へと到達してしまった。
ルビィが見ている前でヒカリに変身することはできない。危険な賭けだったが、何とか救うことができた。
「まったく。偶然わたしが通りかかったからよかったけど……普通なら今頃蜂の巣よ?」
「あ、ありがとう。運動神経凄いんだね……」
ステラは顔を上げ、メビウスとジュエルゴーレムの戦闘を見る。
明らかにメビウスが劣勢だ。
(加勢する……?)
『待てステラ。見たところ青髪の少女もクォーツ星人だ。念の為見張っておいたほうがいい』
(たしかに、それもそうか……)
『彼らには悪いが、ここは頑張ってもらおう』
(あなた、結構無慈悲な時あるわよね)
ステラは苦渋の表情を浮かべ、悔しそうに拳を握った。
「あ、あたしが……!」
「サファイアちゃん?」
「あたしが、アレを止める……っ!」
サファイアは両腕を掲げ、ジュエルゴーレムに向かって念を送った。
◉◉◉
「ア……⁉︎」
メビウスは今まで防御していたラッシュが急に止まったことに違和感を覚え、ゆっくりと目の前のゴーレムを確認した。
ギギギ、と軋むような音を上げ、動きを止めているジュエルゴーレム。
ーーーーサファイアが、ゴーレムの動きを止めているのだ。
(な、なんだ……?急に大人しくなったぞ?)
『よくわからないけど……。今がチャンスだよ!』
(で、でもどうやって……!)
『……こうなったら最終手段だよ。未来くん、奴にしがみついて!』
(えっ?なに?)
未来は言われるがままにジュエルゴーレムの巨体に手を回し、抱きつくような体勢になる。
刹那、メビウスの体内から強烈な熱が吐き出され、まるで発火しているようにも見える。
『メビューム……!ダイナマイトだ…………ッッ!!』
身体の内側から焼けるような痛みと熱が広がり、意識が飛びそうになる。
(ぐぅっ……⁉︎がっ……!ォォオオオオオオオオ!!)
ーーーードオオォォォオオオオオン……!!とジュエルゴーレムごと大爆発を引き起こしたメビウスの身体が爆散する。
体内のエネルギーを使って敵に特攻する捨て身の技、メビュームダイナマイト。身体に負担のかかるこの技は、まさに最終手段であった。
数秒後、光の粒子が集まり出し、カラータイマーが点滅した状態のメビウスが再構成されていく。
「ウッ……!グァ……」
膝をつきながらもジュエルゴーレムを破壊したことを確認し、未来は安堵のため息を漏らす。
(はぁ……はぁ……)
「ば、馬鹿な……⁉︎ジュエルゴーレムが……!」
淡島神社頂上でゴーレムがメビウスに破壊される光景を見たクォーツ星人達がざわつき始める。
メビウスは彼らの方を向き、未来がテレパシーで彼らに話しかける。
(さて……お前らはどうしてくれようか?)
「ひっ……!」
一瞬で顔を青くしたクォーツ星人達が乗ってきた宇宙船に逃げるように乗り込むのを見届けた後、ルビィがどこにいるのかを探した。
◉◉◉
「けほっ……!」
サファイアの小さな口から大量の血が吐き出される。
別の誰かが使役しているジュエルゴーレムに無理やり干渉したことによって、拒絶反応を起こされた彼女の内側から生命力が暴走しているのだ。
「さ、サファイアちゃん⁉︎どうしたの⁉︎ねえ!」
倒れるサファイアの手を両手でしっかりと握る。
「ごめんね……。あたし……ほんとは……このほしを……しんりゃ、く……」
一言一言、言葉を伝える度に胸が張り裂けるように痛み、出血を起こす。
「宇宙人でも……。あたしでも……お姉ちゃんの妹でいていいかな……?」
「……!」
ルビィは滝のように次から次に溢れてくる涙を払い、今にも事切れそうなサファイアの顔をしっかりと見据えた。
「当たり前だよ!だからサファイアちゃんも……ルビィの妹として、これからもずっと……!」
「ありが、とう……うれしい……。おね、ちゃーーーー」
サファイアの全身が海のような青色に輝き、雪のような光の粒となって天へと消えていく。
最後までサファイアの手を握っていたルビィの手中には、
◉◉◉
ジュエルゴーレムが街に現れて数日後の黒澤家。
「……随分大切そうにしていますが、それはなんですの?」
ダイヤは小瓶に入っている手の平ほどの青い宝石を眺めるルビィにそう問う。
ルビィはダイヤの方を振り向くや否や、笑顔でこう答えた。
「ルビィの、妹だよ」
そんな事を口走る妹に少し困惑しつつ、ダイヤは幸せそうなルビィの横顔を柔らかな視線を注いだ。
ーーーー『ルビィお姉ちゃん!』
たった数日間だけ現れた妹の姿を思い出す。
青い宝石の中で、彼女が笑いながら自分の名前を呼んでいる気がした。
結局死んじゃうのかよ!って思ったあなた、サファイアちゃんの出番はこれだけで終わらせるつもりはないので……安心してください(?)
次回は花丸回ーーーーにしようと思っていたのですが、予定を変更してサンシャインパートを進めたいと思います。つまり次回はヨハネが堕天します。オリジナルエピソードはもう少し後にまた書きます。
プチ解説はオリジナル怪獣であるジュエルゴーレムについて。
本文で説明があった通り、ジュエルゴーレムはクォーツ星人が命を落とした後に生み出す宝石から作られています。
同じクォーツ星人の魂と呼応し、操ることが可能です。ただし使い過ぎると死にます(直球)。
今回の最後でサファイアが遺した物がまさにゴーレムの元となるものです(ネタバレ)。
善子回が終わった後はそれぞれのメンバー回の続き、そしてサンシャインパートを進めつつ主人公とメインヒロインである未来と千歌にスポットを当てたいと思ってます。