あーもうジングルベルが止まらねえ。
ーーーー私には、幼馴染がいます。一人は可愛らしくて、とても元気な女の子。そしてもう一人は……とても負けず嫌いな男の子でした。
日が沈み始めた時間帯。
小学校のグラウンドで、並んで徒競走をする二つの人影が動いていた。
「はいっ!また曜ちゃんの勝ち!」
「クッソォおおおおおお!!」
「えっへへーん!まいったか!」
幼い頃、日々ノ未来は運動も勉強もパッとしない、秀でたものが見当たらない少年だった。
短距離走で競えば、男子の中では平均より少し下。女子の中でトップの実力を持つ曜にはとても敵わなかった。
幼馴染である女子に負けている、という事実が本当に悔しくて、悔しくて、悔しくてーーーー未来は来る日も来る日も、曜に勝負をふっかけていたのだ。
「もう一本だ!」
「え〜?もう諦めたら?未来くんじゃ私には勝てっこないよーだ!」
「うるさい!そんなのやってみないとわからないだろ!」
「やった結果がこれです〜」
「ぐぬぬぬぬぅぅう……ッ!!」
目に涙を溜め顔を真っ赤にし、何度も悔しがりながらも、未来は曜に徒競走の勝負を挑み続けていた。
「千歌っ!もう一本測定頼む!」
「らじゃっ!」
「もう、しょうがないなあ」
もう何度目だろうか。自然に身体が動くほど繰り返した動作をもう一度ーーーー未来と曜は、再びスタートラインに着いた。
「いちについてー、よーい……」
緊迫した表情の未来とは正反対に、曜は薄ら笑いを浮かべるほどに余裕な様子だ。
「どんっ!」
地面を蹴り出したのは、全くの同時だった。
これまでに走った距離をリセットしたかと思うほどに、未来は驚異的な速度で土の上を駆け抜けていく。
一方曜は、なかなか未来との距離を離せないことに焦り始めていた。
(まずい……!追いつかれちゃうっ……!)
どこから力が湧いてくるのか、本気で尋ねたい。今まで何本も競ってきたのに、未来は一番最初に走った時よりも遥かに走るスピードが上がっていたのだ。
「二人ともがんばれー!」
ゴール地点に立つ千歌の声が聞こえる。
未来と曜は、ほぼ横一線に並んでいた。
(まっけるかぁ!!)
曜は残りの精力を全て注ぎ込み、一秒でも速く、一歩でも多く踏み出そうとする。
「「とどけえええええ!!」」
未来と曜の叫び声が、グラウンド中に響いた。
ーーーーこの後は……結局、どうなったんだっけ?
◉◉◉
オレンジ色の光に満ちた夕方。渡辺曜は部活を終えて帰路についていた。
(ん……?)
遠くの方で追いかけっこをしている小さな子供達を見て、不意に昔の記憶が蘇ってきた。
(懐かしいなあ。未来くんとよく走ったっけ)
曜に負けているのが悔しいという理由で、一人だけで毎日遅くなるまで徒競走の特訓をしていたのを覚えている。
”どうして諦めないのか?”。そう聞いた時に彼が返した答えはこうだった。
ーーーー『今回はダメでも次は勝てるかもしれない。次がダメならそのまた次。諦めない心が不可能を可能にするんだ!』
余りにも真面目な顔で言うものだから、その時はつい笑い転げてしまい、割と本気で未来を怒らせてしまった。
「ほんと、いつの間にあんな体力付けたんだか……」
前に自転車で送ってもらった時の驚異的な身体能力ーーーー前までの未来では……いや、人間では考えられない。
以前千歌が言っていた言葉、「未来くんが”なんでもない”と言う時は決まって何かある時」は、曜も全くその通りだと思っている。
(本人は隠せてるつもりだろうけどね〜……。これだから問い詰めるのも気が引けちゃう)
懐かしい思い出を胸に感じながら、曜は止まっていた足を前に踏み出した。
「…………なにあれ」
と、声に出るほど驚くべき光景が目に飛び込んできた。
下から上まで段々と細くなっていくフォルム。横から見える後頭部の一部分には黄色い吸盤のようなものがある。……そして、やけにカラフルな
道の傍に腰を下ろし、ソレは脱力感溢れる体勢で顔を俯かせている。
「着ぐるみ……?」
その変わった風貌を恐る恐る眺めながら素通りしようとする曜だったが、あまりにも気になってしまい、寸前で立ち止まる。
「あ、あの…………」
ゆっくりと近づき、顔を覗き込むようにして声をかける。
「お、起きてますか〜……?」
「ぎゃあああああああああ!?!?」
「うわあああああああああ!?!?」
目の前にいた曜を認識した瞬間叫び出したその人物に驚き、咄嗟に曜も喉を痛めそうになるほどに叫んだ。
◉◉◉
「都市伝説でも広める気か?」
「ホントだよ!嘘じゃないって!!」
次の日。
昨日起こった出来事を部室にいた未来に話してみるが、予想通り信じてはくれなかった。
「なんか鯉みたいなのがいたんだって!」
「カラフルな半魚人が内浦にいるなんて聞いたことないぞ」
「なになにー?新しいコスプレの話ー?」
曜と未来の言い合いの中にトンチンカンな事を言いながら部室に入ってくる千歌。
「千歌ちゃん!千歌ちゃんなら信じてくれるよね⁉︎」
「え?なになに?」
「曜にコスプレ仲間が出来たんだとさ」
「えー⁉︎そうなの⁉︎どんな人⁉︎」
「ちっがーーーーう!」
部室内に曜の主張が響き渡る。
深呼吸を数回繰り返した後、曜は未来と千歌に向かってスマートフォンを突きつけた。
「写真だってあるんだからね!ホラ!」
と言って見せてきた写真は、撮る瞬間にブレたのか、ボヤけててよく見えないものだった。
「……?なんかやけに堅い走り方してる人影は写ってるな」
「よくわかんないよ?」
「うぅ……、すぐ逃げられて上手く撮れなかったんだもん」
涙ながらにそう語る曜からは、本気で悔しがってる雰囲気が感じ取れる。
(カラフルな半魚人ねえ……。どう思うメビウス?)
『うーん……確かに最近宇宙人をよく見かけるけど……』
(え?なにそれ初耳なんだけど)
『ヒカリの言ってた時空波に引き寄せられたんだろうね。大丈夫だよ、今のところ悪さをしてる宇宙人はいないみたいだし』
(そういう問題かなあ……)
メビウスは長考した後、閃いたように「あっ」と声を上げて言った。
『話に聞いた見た目で一番に思いつくのは、メトロン星人かな』
(メトロン……星人?)
『うん』
素っ気なく答えるメビウスに面食らった未来は、思わず質問を重ねる。
(侵略者の可能性は?)
『……一応警戒はしといたほうがいい』
(ラジャ)
といっても何をするべきか。パトロールでもすればいいのか。
「ん、他のみんなは?」
いつもこの時間には揃ってるはずのメンバーがいないことに気がつき、曜は二人に尋ねた。
「花丸ちゃんとルビィちゃんはもうすぐ来るって言ってたよ〜」
「ステラは…………今日は用事があるって言ってたな」
未来はステラに”頼まれた通りの事”を伝えた。
彼女とヒカリは今、ボガールがまだ近くに潜んでいないか調査している途中らしい。
「こんにちは〜」
「こんにちはです」
「あっ来た!」
部室の戸を開けて入って来た赤毛と茶髪の少女ーー花丸とルビィだ。
「未来くん。着替えるから少し外にいてほしいずら」
「る、ルビィも……」
「へいへい」
すっかりフレンドリーになった花丸とルビィの訴えに応じ、未来は外に繋がる出入り口へ向かった。
ぼーっと景色を眺めながら暇つぶしにメビウスへと声をかける。
(……そういやヒカリが前に言ってたけど、この地球にも怪獣がいるのか?)
『もちろんさ。様々な怪獣が、様々な場所で眠っているはずだよ』
(で、その……なんだ。時空波ってのが怪獣を呼び起こすと)
『……らしいね』
エンペラ星人打倒、と言ってもやる事は他に山積みのようだ。宇宙警備隊とやらはこんな仕事を毎回こなしているのか。
(務まるかなあ……俺に)
『何を言ってるんだ。君は僕が選んだということを忘れないでほしいねっ』
(そんな自信満々に言われても)
間の抜けた顔で視線を動かす未来。
流れる景色の中、ある一点を見た瞬間にメビウスは驚愕の声を上げた。
『……!?未来くんアレ!!』
(あれ?)
キョロキョロと目玉を動かし、メビウスが示したものを探す。
ーーーーそれは、すぐに見つかった。
派手な体色にギョロリとした目。腕は人間のような指が無く、ネギの先端のようにザクザクしている。
『メ ト ロ ン 星 人 だ よ!!』
「ええええええええ!?!?」
脳内で会話していたはずが、思わず声に出して驚いてしまう。
メトロン星人は上半身を曲げ、落ち込むようにトボトボと歩いていたのだ。
「曜ーーーーっ!よおおおおおおおお!!」
自然と身体が動いて後ろにある部室の戸を開けて曜を呼ぶ。
「ピギャアアアアアア!?!?」
「ずらあああああああ!?!?」
迂闊だった。
なんとまだ着替え終わっていなかった花丸とルビィが下着姿で並んでいたのである。
露出させた肌を必死に隠す二人に一瞬目を奪われーーーー
「ああっ!!ごめんなさーーーーぐぼあぁっ!?」
眼福、と思う前に曜の背負い投げが炸裂する。
反転する世界の最中、未来の目には先ほどのド派手な宇宙人の姿が焼き付いていた。
◉◉◉
「全身がイガイガする……」
「未来くんが悪いんでしょ」
「でも本気で背負い投げしなくても……」
部活を終えた帰り。曜と未来はメトロン星人を捜索しに街をぶらついていた。
「それにしても、やっぱり私の見間違いじゃなかったわけだね」
「そうみたいだな。メトr……その変な着ぐるみはどこら辺で見た?」
「えっとね……あっ!そうここら辺!」
曜が指差した先は、住んでいる人がいるかわからないほどにボロボロなアパートの前だった。
……違う。記憶によれば、ここは実際に使われていない廃墟。空き家のはずだ。
「よーし。入ってみるか」
「ええ⁉︎いいのかなあ……勝手に……」
「大丈夫だって。へーきへーき」
最近恐怖心とか警戒心とかいうものが薄れてきていて困る。怪獣を相手にしていると肝が座るのだろうか。
日が沈んできたこともあり、明かりのないアパートの廊下はそれなりに不気味だ。
曜もほんの少しだけ怖がっているのか、未来の制服の裾をしっかりと掴んで離さないでいる。
「…………」
ゴクリ、と生唾を飲み込んで端から順に部屋の扉を開けていく。
ーーーー左端の部屋には、誰もいない。
「ま、当たり前か」
「暗くなったら困るし、早く確かめて終わらせようよ」
「そうだな」
隣、また隣、と順番に部屋の中を確認していく。
ーーーー結局、まだ中を見ていない残りの部屋があと一つになるまでおかしなことは起こらなかった。
右端の部屋のドアノブを掴む。
(まあ……何もなくて正直安心……)
ガチャリ…………
「…………」
「「…………」」
最も右端にある部屋。
そこには唯一の住人ーーーーメトロン星人がいた。
「ぎゃあああああああああああ!?!?」
「「わあああああああああああ!?!?」」
念願のメトロン星人登場!!!!
結局前後編と分けることに……。眼兎龍茶は次回登場させます、絶対させます。
ではプチ解説いきましょう。
今作において内浦の街の様子などを解説していきたいと思います。
今回登場したアパート……もちろん原作であるラブライブサンシャインには存在しないものです。今回は曜の帰り道にある、という設定で登場させました。
今作ではたまにこのような存在しない建造物などが出てくるので、その辺はご了承を。
……やばい。次回解説することが思いつかない……。