エピローグ編二話目です。
「お久しぶりです、ダイヤさん!」
「ええ、千歌さん達も。……もう一年も経つんですのね」
喫茶店の一席に座る私服姿のダイヤが軽く会釈し、長い黒髪を揺らしながら集まったメンバーの顔を順に見ていく。
果南と鞠莉を除いた、七人の少女達がその場に集まっていた。
ダイヤは大学の春休み中、空いた時間を使ってこうして顔を見せに来たのだ。
「こうして並んでみると……少し背が伸びましたわね、ルビィ」
「えへへ……」
「善子ちゃんはあまり変わってないずらね」
「ヨハネ!あんたも大して変わってないでしょ!?」
久しぶりに集まっても変わらないやりとりを聞いて吹き出す千歌達。
統廃合先の制服に身を包んだ彼女達はどことなく初々しさを感じさせる。
「やっぱり、果南ちゃんと鞠莉ちゃんは来れないか」
「海外だからね、二人とも忙しいでしょ」
度々電話で会話をする果南や鞠莉は海の向こうで頑張っている。九人全員で集まるのはもう少し先になりそうだ。
「……未来さんはいないのですか?」
「それが連絡つかなくて————」
千歌が言いかけたその直後、スカートのポケットにしまいこんでいたスマートフォンから振動と着信音が届き、手に取り画面を確認した。
「……“ちょっと遅れる”だって」
「せっかくダイヤさんが来てくれたのに!」
「では未来さんが来るまで……この一年間の話でも」
「いろいろ聞かせてよお姉ちゃん!」
◉◉◉
「な……な……!」
未来は目の前にある光景にむき出しになる勢いで目を見開いた。
立ち並ぶ二人の男女。驚く未来とは対照的に何気ない顔でこちらに手を振ってくる彼らの側に駆け寄り、未来は早口でまくし立てた。
「ノワール!ステラ!どうしてお前らが!?」
「落ち着いて未来くん」
「ヒカリとベリアルもいるのか!?もしかしてメビウスも————!」
「落ち着け」
驚異的なスピードで放たれた平手の突きが未来の腹部に炸裂し、鈍い痛みが走るのと同時に膝を曲げる。
引きつった顔を上げると、そこにはうっすらと笑みを浮かべた小柄な少女がこちらを見下ろしていた。
「ひ、久しぶり……ステラ」
「久しぶり未来。……少し背伸びた?」
「みたいだね。最後にボクと会った時よりも一センチほど」
「なんで把握してるんだよ気持ち悪いな」
すぐ横に立つ灰色コートに細めた視線を向けた後、改めて二人を見る。
いつも浦の星の制服を着用していたステラは初めて会った時の黒コートを着ていて、ノワールと並べばペアルックに見えなくもない。当然意識しているわけではないのだろうが。
「……それで?なんでお前らが地球にいるんだよ?」
ステラとノワールはヒカリとベリアルと一緒に光の国へ向かったはずだ。
エンペラ星人が倒され、もう驚異は去ったのだ。ウルトラマンがここに留まる理由はない。
「それも含めて、少し話があるの」
「マイナスエネルギー……?」
「そう」
沼津のとある喫茶店。
涼しげな顔で大量に砂糖が投入されたコーヒーに口をつけるステラ。
話によると以前未来達が隕石を沈めた箇所————つまり海から異常な量のマイナスエネルギーが放出されているのだという。
「そこで調査のためにボク達が派遣されたというわけさ」
「……なるほど。ていうかお前は完全に“こっち側”なんだな」
「警備隊の仕事は飽きないからね。毎日のように戦いが巻き起こる」
『少しは休ませろっつー話だ』
彼のなかから聞こえた声に反応して未来は肩を跳ねさせる。
「ベリアルとヒカリ……。メビウスはいないのか?」
「……それがね」
急に目を伏せたステラの表情で不安が駆り立てられる。
『実は……メビウスは一度、既に地球へと先行して降り立ったはずなんだ』
「……!?え!?」
ヒカリの言葉に思わず席を立つ未来。
一目が集まるのを察知して静かに座り直した後、小声でその詳細を尋ねた。
「……先行したって……もう地球に来てるのか?」
『ああ、そのはずだ。……だが——』
「彼からの連絡がある日急に途絶えてしまってね。ウルトラサインも寄越さない」
いたってその余裕な笑みを崩さないまま語るノワール。やけに他人行儀な彼にとってはどうでもいいことなのだろうか。
「……彼の反応が届かなくなったのは太平洋のど真ん中。……異変が起こっているのと同じ場所よ」
「…………」
一年前まで一心同体であったウルトラマンの姿を思い出す。
メビウスがいなくなった……つまりは何者かに倒された?
「……死んだってことか……?」
『それを調べるために俺達が来てるんだよ』
「それと忠告ね」
ここからが本題だと言わんばかりの気迫でステラが未来の顔を見据えた。
「わたし達との関係はこれまでよ。この先何が起ころうとも……どこにでもいる普通の人間として生きなさい」
「それはどういう……」
「今の君はただの一般人、ということさ」
未来は向かい合っている二人と目を合わせ、彼らが言わんとしていることを察した。
これから先、もし怪獣が現れたとしても……千歌達と一緒に逃げろと。戦いに加わろうとするのはやめろと。そう言っているのだろう。
実際メビウスがいない今、未来一人で何かができることは限られている。
「安心して。今回の件はわたし達だけで片付けるから」
それだけ言い残して席を立ったステラと、それに付いていくように立ち上がるノワール。
奇妙な虚無感だけが胸の内に残り、未来は不快感を紛らわせるように机の隅に残っていた水を飲み干した。
「……メビウス」
◉◉◉
「あ〜楽しかった!」
「こんなに遅くまで遊んだのは久しぶりだな」
星が見え始めた頃。
建物の多い街——その歩道を歩きながら未来達……元二年生組は数分前の想いに耽る。
久しぶりに顔を合わせたダイヤはほんの少しだけ大人っぽくなっていて、もうスクールアイドルをやっていた時とは違うのだな、と不思議と寂しく思った。
ルビィや善子、花丸の三人も同じ学校とはいえ話す機会が減ったのも事実。こうしてもう一度集まれたことは確かに意味があった。
「そういえば、未来くんは集まる前にどこで何をしてたの?」
「え?」
不意にそう聞いてきた梨子と目が合い、咄嗟に視線を逸らす。
ステラ達に会ったことはまだ皆に話してはいない。彼女達もそれは望まないだろう。
……もう自分達が関わっていいことじゃないんだ。
「なんでもないさ、ちょっと野暮用があっただけ」
怪しさ満点な未来の言い訳に眉をひそめつつ、千歌達は詳しいことは尋ねなかった。
「ほら、もうすっかり深い時間だ。早く帰らないと美渡さん達に心配かけちゃうぞ」
「じゃあバス停まで競争!」
「あ、こら!この辺りは人が多いんだから迷惑よ!」
内浦にいた時と同じ感覚で突っ走る曜を制止する梨子。
そんな何気ない一コマを、未来と千歌は後ろの方でぼんやりと眺めている。
「……いこっか」
「お、おう」
千歌がこぼしたいつも通りの自然な笑顔を見て、未来はなぜだか胸を押さえた。
周囲の環境はこんなにも変わってしまったのに、彼のなかで一年前と同じ感情が残り続けている。
バスの席で揺られながらぼうっとした瞳を落とす。
「俺達にとっての輝き……」
見つけることはできたのだろうか。
千歌達と共に駆け抜けた日々————その末に手に入れたこの平和な日々。
どこか寂しい気持ちに溢れたこの世界は、本当に日々ノ未来が望んだものなのか?
どこからともなく湧き上がってくる虚無感に苛まれ、未来はふと顔を伏せた。
————未来くん。
「え……?」
耳をつんざく爆音と共に空から巨大な落下物が一つ。
世界が揺れる。
凄まじい騒音と被害を運んでやってきた隕石が内浦の海に吸い込まれていくのが見えた。
「きゃああっ!?」
「なに!?」
衝撃が走るのと同時にバスが車線を外れ、道路を大きく回転。中にいた未来達もなすすべなく全身を打ち付けてしまう。
「いっつ……!?」
「……!あれは……!?」
微かに開いた瞼の隙間から見えた景色に驚愕する。
海から塔のように伸びていく生命体————無数の触手を持ち、その頂点には黄金色の悪魔が鎮座している。
————フハハハハハハ!!!!
「この声は……!」
聞き覚えのある高笑いに反応し、未来は千歌達を連れていち早くバスの外へと飛び出した。
夜の空の下。遠くに見える巨大な怪物を視界に捉え、その正体を瞬時に察する。
「ヤプール……だって……!?」
————ついに……ついに復活を遂げたぞ……!一年間蓄えたエネルギーに加え……このウルトラ戦士の力……!!
天辺に居座る獣の中に浮かぶシルエット。
未来はそれを視認し、直後に掠れた悲鳴をあげた。
「あれって……」
隣に立つ曜が口元を押さえ、恐れるように後ろへ下がる。
その赤い身体を忘れることはできない。
未来は強く手を握りしめ、かつて共に戦った相棒の名前を呼んだ。
「メビウス……!!」
吸収されているのか、向こうからの返事はない。
————さあウルトラ戦士よ……ヤプール人は帰ってきた。今こそ全ての決着を付けるときだ……ッ!!
おそらく次回で最終回になると思います。
ここまで長く書き続けることができたのは今までこの作品を応援してくれた読者様達のおかげです。
エンペラ星人戦ほどのインパクトは難しいかもしれませんが、どうか未来達の戦いの終わりを見届けてください。