それを打ち破る鍵となるのは…………。
時は数時間前に遡る。
生身で殴っても壊れる気配のない障壁に痺れを切らし、未来が左腕に手を添えた時。
————おっと、いいのですか?手を出せば中にいる人間を焼き払いますぞ?
「……!?誰だ!!」
夜空に投影される巨大な影を見上げ、未来は鋭い目つきでそれを睨んだ。
『メフィラス星人……!!』
「お前……ッ!!何をするつもりだ!?」
先ほどまで追っていた宇宙人の姿を見せられ、さらに憤慨する未来。
————なに、ちょっとしたゲームですよ。君達の“絆”とやらを試す、ね。
「ゲームだと……!?」
————君達の仲間である高海千歌……、バリア内にいる彼女以外の人間の脳にとある細工を施しました。
ふと視線をずらすと、内浦全体を囲むようにして何らかのエネルギーを放射している宇宙船が目に留まった。
どうやら幻影で未来を誘い出したのは、一時的に街から離れさせるためだったらしい。
————彼女達の命が欲しければ、大人しく見物していることですね。
「……ふざけんな……!ふざけんなァ!!」
高笑いを残して消えていく影を、未来とメビウスはただ眺めることしかできなかった。
「……みんな……っ!!」
◉◉◉
理解が追いつかない。今彼女は何と言ったのか。
「どちら様でしょうか」と、確かにそう聞いてきた。嘘なんてついていないとでも言うかのような純粋な瞳で。
千歌は引きつった顔で再び問う。
「どちら様でしょうか……って……。やだなあ梨子ちゃん、冗談きついよ……」
微妙な空気が漂うなか、ついに会話が続かないまま学校へと向かうバスが到着する。
いつも一緒にいたはずの友達は妙によそよそしくて、気まずく感じた千歌はほとんど無意識に梨子と離れた席に腰掛けた。
(梨子ちゃん……だよね。人違いじゃない……よね?)
後ろの席に目を向けて再度確認するが、姿から仕草までどこからどう見ても桜内梨子本人だった。
————どちら様…………でしょうか?
(梨子ちゃんはこんな意地悪する子じゃないと思うけど……)
知らないうちに彼女が嫌がることでもしてしまったのか、と不安になる。
「あ、梨子ちゃん!おはヨーソロー!」
「おはよう曜ちゃん。閉校祭、楽しみだね!」
後ろの方でそんな会話を聞き、千歌は耳をそばだてた。
「そうだ、曜ちゃ————」
「ところで梨子ちゃん、外で話してた子って知り合い?」
席を立とうとしていた身体が固まる。
幼馴染である曜ですら他人行儀な物言いを口にしたのだ。
「ううん、違うよ。……浦の星の制服着てたけど……あんな子今まで見たことないわ」
「ちょっ……ちょっと待ってよ!」
今度は考えるより先に身体が動いた。
二人のもとへ大股で歩いて行き、必死に問いかける。
「やめてよ二人とも!エイプリルフールにはまだ全然早いよ!?」
「えっと……ごめん、そのリボン二年生だよね。どこかで会ったかな……?」
心底困ったような表情でそう聞いてきた曜を見て、つい語気を荒げてしまう。
「……!もういいっ!!」
頬を膨らませて背を向ける千歌に、梨子と曜はただ呆然とするだけだった。
「どういう……こと……?」
学校に着いてからも顔見知りの生徒に話しかけてみたが、誰一人自分のことを知らないような素振りだった。
頭を動かすのが苦手な自分でも異常だということくらいわかる。
「……あっ!」
うちっちーの着ぐるみを着て顔だけ出している果南を遠くに見つけ、泣き出しそうな顔で廊下を駆け出した。
「果南ちゃん!果南ちゃーーーーん!!」
「ん?」
「あっ」
彼女のところに到達しかけたところで足をつまずいてバランスを崩してしまう。
「おっと、大丈夫?」
着ぐるみの大きな腕で千歌の身体を受け止めた果南。
果南の身体に触れたことで一気に安心する千歌だったが————
「ありがとう果南ちゃん」
「あれ?どこかで会ったことある?」
「…………え?」
震える瞳で果南の顔を捉え、確かにそれが自分の幼馴染であることを何度も確認する。
「ま、いいや。閉校祭、楽しもうね!」
「…………」
そう言い残して去っていく彼女からは、悪意といった類の気配を全く感じなかった。
————嘘はついてない。騙そうともしていない。本当に自分の存在が忘れ去られている。
「……なんで」
その後も必死に校内を駆け回るが、自分を覚えている人物には誰一人会えなかった。
家族である美渡や志満でさえも怪訝な目線をこちらに向けてくるばかり。
「…………どういうこと?」
————ごめんなさい、覚えてないわ。
「…………いったい何が……」
————もしかして説明会応募してくれた子かな?
「……なんで……なんで……!」
————その制服って、手作り?すごいわね!
「どうして!?」
————どちら様…………でしょうか?
無意識にたどり着いた場所はスクールアイドル部の部室だった。
中庭で出店を開いている鞠莉が視界に入る。おそらく彼女に会いに行っても同じ反応をされるだろう。
部室に置いてあった千歌の私物は綺麗さっぱり無くなっており、まるで自分だけが世界からいなくなってしまったかのようだった。
「どうしちゃったんだよ、もう!!」
机に顔を埋める千歌。
しばらくそうしていると、よく通る声で呼びかけてくる声音の存在に気がついた。
————顔を上げて。
「……!?誰……!?」
青色の髪をサイドテールにした小学生くらいの女の子。
宝石のように美しい瞳と木目細かく、透き通るような白い肌。
————あたしはこの学校が放つマイナスエネルギーによって、辛うじて精神体を維持している状態。あまり長くは保たないの。
藁にもすがる思いで眼前に立つ少女の言うことに耳を貸す。
————どうにかして他の人達の記憶を復活させて、このエネルギー波を弱めて欲しいの。このままじゃあたしも手出しできない。
「でもどうすれば……!?」
————ごめんね、もう……限界……。
消えかける少女に手を伸ばすが、空しくも千歌の手は何もない空間を掴んだ。
「……なんで……私だけが……」
そう言いかけてふと気づく。
「……千歌……だけ?」
いや、違う。未来がいない。
「そうだ、未来くんとメビウスは……!?」
パッと体育館の方を振り向いて、部室の出入り口の戸を開こうと手をかけた瞬間————
「…………!」
その扉は千歌が触れる前に開かれ、目の前には曜が立っていた。
◉◉◉
「……あの宇宙船をどうにかできれば……」
空に浮かぶメフィラスの乗った宇宙船を睨みつけるが、奴に言われた言葉を思い出して表情を曇らせた。
余計な手出しをすれば無条件で千歌達が命を落とす。
『……くそっ』
「……どうすれば……!!」
途方に暮れる未来とメビウス。
顔を地面に向ける彼を勇気づけるように————その男性は現れた。
「顔を上げなさい、少年」
『……!?あなたは…………!!』
「え……?」
落ち着いた雰囲気の初老の男性を見上げ、メビウスは驚愕の声を上げた。
「今は信じるしかない。彼女達が……メフィラスの呪縛を振り払うことを」
「あなた……さっきの」
「曜ちゃん…………」
なんとかして、みんなの記憶を————
「曜ちゃん!」
「はいぃ!?」
彼女の肩を掴み、目と目を合わせて説得を開始した。
「私だよ!高海千歌!!幼馴染の!!」
「たか……?ごめん、なんのことかさっぱり……」
困惑した顔を向けてくる曜を見ていたたまれない気持ちになるが、めげずに彼女を見据える。
泣きそうになるのを堪え、千歌はこれでもかと口を開いた。
「去年の……春……!」
「え?」
「去年の春!!一緒に校門の前で部員集め頑張ったじゃん!!」
「どうしてそれを……!?」
共通の記憶に引っかかった、と表情を明るくさせる千歌。
ふと今朝持ってきた荷物の中を思い出し、テーブルに置いていた鞄を開いてある物を取り出す。
「ほら、これも!!」
千歌はオレンジ色のシュシュを引っ張り出しては曜に見せつけた。
「みんなそれぞれ色は違うけど……同じ物を梨子ちゃんからもらったよね……!?」
「な……なんであなたがそれを————」
そう言いかけた曜は一瞬考え込むが、すぐに我に返ったように千歌の顔を見直した。
「…………ごめんなさい、やっぱり————人違い、とかじゃないかな……?」
「…………!」
直後、抑えていた感情が一気に爆発し、千歌は脱力したように掲げていたシュシュを下ろす。
「…………どうして……?」
「…………あ」
曜は目の前に立つ見たこともない少女の顔を見て、理由もなく悲しい気持ちになった。
「どうして……!忘れちゃうのぉ……!!」
「あっ…………あの…………!!」
涙を流した千歌は、伸ばされた曜の手を振り払って部室から飛び出してしまった。
地面に落ちたオレンジ色のシュシュを拾い上げ、じっと見つめる。
「…………なんで……こんなに傷ついてるんだろ……?」
自然と曜の目元からも一筋の雫が溢れ、床へと落下する。
みかんを連想させる色が目に焼きつき、気づけば曜はその場から駆け出していた。
◉◉◉
「あ、梨子ちゃん!」
「曜ちゃん!」
廊下の曲がり角で鉢合わせした梨子と対面した曜は、彼女の焦ったような様子を見て咄嗟に質問した。
「もしかして……さっきの子探してた?」
「……!曜ちゃんもなの……!?」
曜の手に握られているオレンジ色のシュシュに視線を下ろす梨子。
「それって……私達が持ってたのと同じ……」
「……あの子が持ってたの」
「……!?それってどういう————」
口を閉じた梨子はふと顎に手を添えて思考を巡らせた。
「……教室のお店、少しだけお仕事大変だった……人数はきちんと調整したはずなのに……」
「…………私達しか知らないはずのことを知ってて、私達しか持ってないはずの物を持ってた」
つぶやき、お互いに顔を見合わせてその場を駆け出す。
————スクールアイドル部でーーーーす!!
…………違う。
————スクールアイドル、始めませんか?
…………違う。
————スクールアイドルは絶対二人で一緒にやりたいって!!
…………この記憶は…………ッ!!
「「違うッッ!!」」
二人の胸の中から発せられる眩い光。
それが凄まじいエネルギーの波を起こし、上空から流れてくるメフィラスのエネルギーを相殺した。
「「千歌ちゃーーーーん!!」」
「……!?」
屋上で膝を抱えて俯いていた千歌のもとへ駆け寄った曜と梨子は、言葉を交わす前に衝動的に彼女へと抱きついた。
「……!二人とも————」
「ごめん……!ごめんなさい千歌ちゃん……!!」
「こんな大事なことを忘れてたなんて……!!」
涙を流して謝り続ける二人のぬくもりに包まれた千歌は、枯れていたはずの瞳の泉を再び溢れさせた。
「元に…………戻ったの……?」
「うん……!うん……!!」
「私の名前……わかる……?」
「千歌ちゃんよ!Aqoursのリーダー……千歌ちゃんに決まってるよ!」
「本当に……?嘘じゃないよね……!?」
止めることなどできない嬉しさが目から流れ落ちる。
ここがみんなのいる学校だということも忘れて、千歌は大声を上げて泣いた。
————なっ……!馬鹿な……!?
光の欠片によって生み出された予想外のエネルギーに驚愕し、メフィラスは普段の冷静さを忘れて狼狽した。
————はっ……!しかしこんなもの、一時的な現象に過ぎません。もう一度エネルギーを流してしまえば……!
再び作戦を実行しようとした直後、
————なにぃ……!?
真下から発射された礫がメフィラス星人の乗っていた宇宙船を貫き、木っ端微塵に爆散させた。
咄嗟にその場から脱出したメフィラスが地上へ降り立つ。
「何者だ……!?」
攻撃が発射された方向へ顔を向けると、そこに立っていたのは
この兵器の名前くらいは聞いたことがある。
「ジュエルゴーレム……クォーツ星人の兵器がなぜこのような所に……!!」
ゴツゴツとした身体に太い腕。サファイアブルーに輝くそれはまっすぐこちらに照準を定めた。
「チイッ!!」
マシンガンのように腕から射出される硬質な弾丸を回避。
反撃に出ようとゴーレムへ接近するメフィラスだったが————
(どぉぉおおおおりゃああああああッッ!!)
「ぬぅ……!?」
横から繰り出された強烈な拳を両腕でガードし、後方に衝撃を逃しつつ距離をとる。
宇宙船が撃墜されたことでエネルギー波に加えて展開していた障壁まで消滅したのだ。つまり————
『みんな無事みたいだね』
(ああ……本当によかった)
バリアが解除されて速攻で駆けつけたメビウス。
学校の付近で行なわれている戦闘を見て、浦の星学院の生徒達が巨人達を見上げていた。
そのなかに一人、ジュエルゴーレムに見開いた瞳を向けている者がいた。
「さ…………サファイアちゃん……なの……?」
ルビィは突如現れた鉱石の巨人を見上げつつ、首から下げていたはずの青い石が無くなっていることに気がついた。
『えっと……君は味方……でいいのかな?』
メビウスの問いに反応してジュエルゴーレムの頭が縦に振られる。
(……さて)
気を取り直してメフィラスと対峙し、手のひらと拳を合わせて言い放つ。
『(覚悟してもらおうか!!)』
「ええいっ……!!」
お返しとばかりに禍々しい光弾を学校へと向けて放つメフィラス。
瞬時にその行く手を阻み、メビウスの拳と蹴りがそれを撃ち落とそうとする————
「甘いッ!」
(……!?)
メビウスに触れる直前、突然軌道を変えた光弾が上空へと飛翔した。
そのままメビウスの反応しきれない方向から再び皆のいる学校へと向かっていく。
「しまっ————!」
校舎に直撃してしまう、と思われたその時————
閃光と共に空から現れた一人の巨人によって、それは防がれた。
「……!?あなたは……!!」
降り立った者の姿に驚きを隠せないでいるメフィラス。
鍛え上げられた筋肉にシンプルな赤と銀の体色。胸に宿る流星の如き輝きを放つのはカラータイマーだ。
浦の星学院の前に現れたのは————
「ウルトラマン……!!」
『兄さん!』
(助太刀感謝します!!)
障壁の外で未来とメビウスが出会った男性。彼こそがウルトラマンの地球上においての姿。
三対一。この戦力差ではもはやメフィラスに勝ち目はないだろう。
(よーし……!)
「待つんだ」
(へ……?)
再び戦おうと一歩踏み出したメビウスを手で制止させ、ウルトラマンはメフィラスに対して語りかけた。
「もう終わりだ。貴様が仕組んだこのゲームは、彼女達が見事勝利を収めた。ウルトラマンの力を借りずに……自分達の力でだ」
「…………」
身構えていたメフィラス星人の腕がゆっくりと下ろされる。
やがて考え込むように数秒間黙ると、ゆっくりと口を開いた。
「…………わかりました。ルールを設けたのはこの私。どうやら今回の勝者は地球人のようですね」
潔く負けを認めたメフィラス星人は、対峙していた三人に対して続ける。
「今回は引きましょう。……しかし諦めたわけではありませんよ。いつの日か必ず……再び君達に挑戦しに戻ってきます」
うっすらと消えていくメフィラス星人を最後まで油断することなく見送る。
「いつの日か————必ず…………!!」
◉◉◉
ーー勇気はどこに?君の胸に!ーー
暗くなり始めた時間。閉校祭の最後はキャンプファイヤーで締めることとなった。
校庭に組まれた燃え上がる木々を囲みながら未来達は歌う。
それぞれの気持ちを乗せた声が学校中に奏でられた。
「————」
ルビィは胸に手を当て、無くなったはずの石を探るように摩った。
————ジュエルゴーレムは、メフィラス星人が去ったのと同時に姿を消した。役目は終わったとでも言うかのように。
以前メビウスはルビィに言った。「器となる存在があれば、再びサファイアは生命体として活動できるかもしれない」と。
何度も何度も家のぬいぐるみで試したが上手くいかず————そして今日。
燃え尽きた大木を寂しそうに見つめる生徒達。
未来はふと、少し前に千歌やメビウスと話した会話の内容を思い出していた。
「……なあ、メビウス。マイナスエネルギーってのは意図的に発生させることもできるのか?」
『……わからない。少なくとも僕は前例を知らないよ』
サファイアは単独では活動できないほど弱体化した状態だった。
その器となってくれたエネルギーの出所は————
————ありがとう。
歌い終えた直後、千歌達浦の星学院の生徒達は突然頭のなかに響いてきた声に驚愕する。
みんなを救ってくれた力。
その正体はこの先もずっと、はっきりとはわからないままだった。
◉◉◉
「……光の欠片、ですか」
宇宙空間から地球を見下ろし、不意にそう呟くメフィラス。
ノワールという男が語っていた力は確かに存在した。このままいけば戦いがどのような結末を迎えるのか、とうとうわからなくなってしまった。
「さて、私も指揮に戻りましょうか」
「その必要はねえよ」
「…………!?」
後方から飛んできた攻撃に反応できず、そのまま直撃。
メフィラス星人の身体に深々と突き刺さる三叉の槍。それを投擲した人物は、悶え苦しむ彼の眼前までやってくると静かに言い放った。
「皇帝が“負け犬に用はない”、だとよ」
「こう……てい…………!?」
「所詮はお前も、あいつの遊び道具の一つでしかなかったってわけだな」
漆黒の戦士はそう言い残し、勢いよくメフィラスの胴体から槍を引き抜く。
「ぐはァ……ッ……!!」
鎧に身を包んだ戦士に手を伸ばし、最後の力を振り絞ってメフィラス星人は言った。
「は……ハハハ……!最初からこうなる運命だった、ということですかな……?君も気をつけることですな。生き延びたいというのであれば……戦うしか方法はありませんぞ……ッ!!」
爆散するメフィラスを背に、ベリアルは小さくこぼす。
「……生き延びたい、ねえ。————冗談だろ」
ジュエルゴーレムは1章「ルビィの妹」に登場した今作オリジナルの怪獣です。外見はその時とは少々違いますが。
そしてメビウス本編と同じく処刑されてしまったメフィラス星人。
ついにあとは最後の戦いを残すのみです。
今回解説はお休みにして12話以降の予告をします。
この後始まる12話の内容が終わると、ついにこの作品を通して最もクライマックスとなるエンペラ星人との最終決戦編へと突入です。
たぶん今までで一番長いオリジナルエピソードになると思います。
宇宙へ調査に向かったステラとヒカリ、そして地球に残った未来とメビウス、千歌達が遭遇する絶対的な闇の力。
果たしてそれを乗り越えることができるのか……。
ではまた次回。