SRC島探偵部『SRCD』。
「SRC島に起きる怪事件を解決する」という名目の元立ち上げられた部活で、部室棟に事務所を構えている。
情報収集生徒会「広耳堂」とのつながりも深く、その手腕の確かさもあって、ここぞと言う時には頼りにされている部活だ。
そのSRCDの部長が、惣一たちの目の前で安楽椅子に腰掛けている仮面の女性「マスターD」だ。
「見慣れない人物、ね」
彼女は、その本名から学籍、年齢に至るまで謎に包まれており、その素性を知る者は少ない。
知る者は知っているというが、知っている者は口を開かないし、無理に素性を探ろうとする者は次の日に全裸で校門前に転がっているという噂も囁かれているため、正体不明の謎の探偵で通っている女性だ。
そのマスターDに対して、惣一は淡々と言った。
「ああ。この島に来る人間の顔ぶれは、それほど幅広いわけではない。本土からの船員、三財閥の事務職員など、身なりを見れば身分は大体はっきりするはずだ」
「そういうパターンに収まらない例外を探せって事ね」
「あと、町を歩いてるモンスターにも気をつけてもらいたい。この島も色々な生物が住んでるとはいえ、モンスターが普通に住んでるわけでもないようだからな」
凪が横から言い、懐から一枚の写真を出した。
「それにこの写真の娘を優先的に探してほしい。見つかる確率は低いが、もしいたとすれば、たぶんこの服装をしてるからすぐわかる」
それはルーミアの写真だった。
黒いゴスロリ服に金髪といういでたちを見た杏子が呆れた声を出した。
「おいおい、本当にこんな目立つゴスロリ服なんか学園の島で着てるのかよ? 敵さんも学生服に変装させるぐらいはするんじゃねえのか」
「そうとも限らないさ。彼女を騙して連れて行く場合、変装までさせることはできないからな。まあ、人に見られないうちに、すでにアジトに隠している可能性もあるから、こっちは念のためだけどな」
「引き受けてくれるか? 謝礼は弾む」
惣一の問いにマスターDは、
「わかったわ。情報を集めてみるわね。何のためにそんな依頼をするのかは、聞かない方がよさそうね」
「わかっているなら話は早い。貴様が余計なことに首を突っ込むような人物なら、こうまで探偵部が信用を得ることはなかったろうからな」
「一言多いのは相変わらずね、河内正騎士。まあいいわ、すぐに捜査を始めるわ」
肩をすくめるマスターDに、凪が言った。
「なるべく急いでくれ。人の命がかかってるかも知れないんでね。それも詳細を話せない理由のうちだが、緊急度は高いと思ってくれ」
「わかったわ。……それにしても貴方」
「?」
今の会話の流れで、自分に言及される理由がわからず、凪が首を傾げると、
「なかなか凛とした美人じゃないの。スタイルもいいし、そそられるものがあるわね。どう? 用事が片付いたら、私と一緒にディナーでも」
「……考えとくよ」
露骨な色目を向けてくるマスターDに、凪は疲れた口調で言った。
杏子は疑わしげな視線を惣一に向け、惣一は無言で視線を逸らした。
「これで本当に見つかるのか?」
中央商店街の賑わいを歩きながら、杏子が惣一に聞いた。
「俺達3人だけで島中回るよりはな。人手を使った方が効率がいい。それに、俺達があちこちをかぎ回っているということが、敵に知られたら面倒だ」
「顔を知られたくないと?」
凪が言った。
「八雲紫が、わざわざ騎士団でも目立たない俺に依頼したこと自体、あまり事件を知られたくないことを物語っているからな。幻想郷の存在は隠されている。なるべく手がかりは残したくないということだろう」
「あまり時間をかけて、新聞部にすっぱ抜かれでもしたら、目も当てられないだろうしな……」
「そういうことだ。学園治安保持部隊の高見沢だの、姫士組の伊佐美だのといった有名人が動くと、すぐに話題になる。今さら俺が動いていても、気にとめる者などいるまいよ。あまり噂になるのも面倒だが、動かないと情報が集まらないのも確かだしな。俺は騎士団の麻生のもとへ行く。霧間、貴様はPCに詳しいというから島のセキュリティにアクセスして――」
惣一がそう言いかけると、不意に杏子が言った。
「なあなあ、あたし腹減ったんだけど。もう昼飯時だし、飯食いに行かねー?」
惣一は杏子を半目でにらんだ。
「……遊びじゃないのだぞ、佐倉」
「しょうがねーだろ、腹が減っては戦は出来ないって言うしさ。あたし、もう腹ペコで動けねーよ。飯食わせてくれなきゃ動かねーぞ!」
惣一は顔をしかめた。
「……八雲紫め。面倒なガキをよこしおって」
それへ、凪がなだめ顔で言う。
「まあまあ、河内さん。いざという時のために、栄養はとっておく必要があるだろ。人の多く集まるレストランなら、聞き込みにも向いてるだろうしな」
「フン、もっともらしいことを……まあ、一理あるか。ならば海月楼がいいな。あそこの店長は、島に長くいる情報通だ。一応聞いてみる価値はあるだろう」
「中華料理チェーン『海月楼』か。今あそこの社長がSRC島支店を直接経営してるんだったな」
「中華か! ひゃっはあ、ギョーザ大好きだぜ!」
目を輝かせる杏子に、惣一は呆れ顔で言った。
「まるっきりガキだな……」
「いいじゃないか。まだ中学生なんだろ。子供は子供らしくしてられるのが一番なんだよ、ホントはね……」
その言葉に込められた、どこか重たい感情に、惣一は気付かぬふりをして、ただ肩をひとつすくめた。
SRC島中華料理チェーン『海月楼』。
中華風の装いのファミリーレストランで、このSRC島支店は社長のクレア自ら経営している。
「かーっ、うめっ! このチャーハン最高だぜ!」
「この八宝菜もいい味つけだね。ファミレスにしては、ずいぶんと丁寧に作っているよ。杏子、あんまりがっついて食べると腹壊すぞ?」
「大丈夫だって、あたしはお腹丈夫だし。あっ店員さん、中華そばおかわりね。代金は河内さんの払いでいーんだよな? あたしも手伝いで来てるんだしさ!」
そう言ってニカッと笑う杏子に惣一は、
「フン……図々しいガキだ」
「まあまあ、河内君。こんな可愛い子とお食事できるなんて、男冥利につきるんじゃないの?」
そう言って笑いかけたのは、白と黒が入り混じった髪に赤と黄色に塗り分けられた挑発的な服装をした三十歳程度の女性。この店の店長にして海月楼チェーンの社長、クレア・クラーケンだった。
彼女はこの島に店を構えて長く、多くの学生と顔なじみだった。惣一とて例外ではない。
「生憎と、俺には幼女趣味はありませんので。中学生のガキなど、煩わしいだけです。もとよりガキのお守りなら、源氏や御堂の方が適任でしょうしね」
傲岸不遜な惣一も、この年上の女性には慇懃だった。もとより、彼は目上や年上に対しては礼儀正しい。
「うふふ。河内君、そうは言ってても年下の面倒は得意じゃないの。騎士団の若い子たちのことも、色々教えてあげてるんでしょ?」
「見ていてイライラするだけです。未熟者というのは、時にこちらに迷惑を及ぼす。勝手に死なれては、上官である俺の責任になります。自分で勝手に死んだ馬鹿のために頭を下げるのは願い下げです」
「むぐむぐ……まったく、ひでーこと言うなぁ」
ギョウザを頬張りながら口をとがらせる杏子に、凪が笑いかけた。
「まあ、そういうなって。河内さんは、ちゃんと責任をとるつもりなんだから。本当にひどい奴なら、後輩に責任を押し付けて自分は知らん顔をしたりするだろ?」
「チッ……」
見透かしたような凪の口ぶりに、惣一は忌々しげに舌打ちをした。
「それはそうと、河内君、何か聞きたいことがあるんじゃないの? 何か悩んでる顔してるわよ」
「かないませんな。クレア社長には」
惣一は肩をすくめた。
「まあ、俺が見慣れない女の子2人と食事に来てる時点で、わけありなのは丸わかりでしょうがな」
「私でよかったら相談に乗るわよ?」
「ありがとうございます。詳細は話せませんが、見慣れないよそ者を探しておりまして。この店にあからさまに学園関係者と違う風貌の人間やモンスターは来ませんでしたか?」
「うーん……見慣れないよそ者、ねえ」
クレアは、あごをつまんで考えこんだ。
「うちには学生や教師以外に、連絡船の船員、事務職員、警備員とかが来るけど……」
「あと、この写真の女の子を探してるんだ。来てないかな?」
凪の見せたルーミアの写真に、クレアは首をかしげた。
「見たことがないわね。目立つドレスだから、来れば覚えてると思うんだけど」
「うーん……だめかぁ。あ、ペプシコーラもう一杯」
惣一は杏子をじろりと見た。
「少しは遠慮しろ、貴様は。……レストランには来ているかと思ったがな。八雲……いや、あの女の情報によれば、このガキはなかなかの大食いらしいからな」
「まあ、彼女を連れてった誰かさんが、そんなおいそれと人目につく場所に連れてくとも思えないからな。社長さん、他にはなにか情報はないかい?」
「うーん、そうねぇ。商店街の噂話とかはよく聞くけど」
そう言って思案顔をしたクレアは、ふと顔を上げた。
「あっ、そうだわ。この間、肉の得々で宇治川さんのお肉を大量に仕入れていった人がいたと聞いたわ」
「!」
その言葉に、凪が眉を跳ね上げた。
「その人の人相までは聞いてないけど、レストランで使うように大量のお肉を買って行ったとか。あそこのお肉、何の肉かわからないから、うちでは材料をいつも厳しく指定して、成分検査も怠らないんだけどね」
「い……一体どんな肉屋なんだよ」
引いた表情で言う杏子に、惣一がすました顔で説明した。
「肉の得々といえば、得体の知れないことで有名な肉屋だな。店主も裏の商売をやっているとかいないとか噂があるしな。あと近所の犬や猫がいなくなった日に肉の特売があるとか……どうした佐倉、顔色が悪いぞ」
「オメーよぉ……人がチンジャオロース食ってる時にそういう話すんなよな!」
杏子のあげる抗議の声も、惣一はどこ吹く風だ。
「フン、神経の細い奴だ。……まあ俺も、あまり宇治川と関わりたくはないんだがな」
「けど状況が状況だ。どんな客が来たのか、聞き込みだけはしておくか」
「それが済んだらSRC島警察署の桜田署長にも話を聞いておく。桜田署長は騎士団初代隊長・白銀渚のもとで戦った騎士団の大先輩だ。協力してくれるはずだ」
「白銀渚……初代『銀腕卿(アガートラム)』にして現・警視庁警視正か。いずれ会ってみたい人だな。まあ、桜田署長もかなりの英傑だと聞くしな。いずれにしても時間との勝負だ。メシが終わったら、さっそく得々に行くぞ」
凪がきっぱりと言うと、杏子は元気よく、惣一は淡々と、それぞれ頷いた。
クレア=クラーケン…………MAX与太郎様
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マスターD…………MAX与太郎様
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