ストレンジャーズ   作:philo

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06 まな板の上の妖怪

「わー、おいしそー!」

「好きなだけ食ってもいいんだぜ」

 机の上に並べられたご馳走の山を前に、ルーミアが歓声を上げる。

 それへ、横に立つ木原が、猫なで声でささやいていた。

 そこは、島内のとある場所。

 どこかのオフィスのような機能的な空間だが、あまり日常的に仕事などに使われているようには見えない。少なくとも、書類やら家具やらはすっかり片付けられた、ひどく殺風景な場所となっている。

 そのがらんとした部屋の真ん中に机が置かれ、コンビニやファミレスで買ったとおぼしきハンバーグやサンドイッチ、パスタなどが乱雑に並んでいた。

 さして値段のかかっているとも思えないジャンクフードの山だったが、空腹のルーミアは目を輝かせ、よだれを垂らして見ている。

「後でしっかり働いてもらうからな。たっぷり食べて元気をつけときな。俺はちょっと、あっちで仕事の相談してるんでよ」

 木原がそう言うと、

「ありがとー! いっただきまーす!」

 ルーミアはさっそく猛然とハンバーガーにかぶりつき始めた。そのまま凄い勢いで食べていくのを尻目に、木原は隣室へ歩み去った。

 そして、ルーミアの前では浮かべなかった、悪意のあるにやけ面で言った。

「……チョロいねえ。こんなガキみてえな手で釣られてくれるんだから、簡単すぎてこっちが罪悪感を覚えそうだぜ。まッ、俺としちゃこの後が問題になるから、お前らを雇ったわけなんだがな」

 木原の視線の先には、二人の人物がソファーに座っていた。

 一人は、小柄な老人。一人は、扇情的な衣装に身を包んだ少女だった。どちらも人ではない。老人は大きな尖った耳をしており、少女は小さなコウモリの翼と先の尖った尻尾を生やしていた。

 老人の名はザボエラ。少女の名はエトナといった。

「もらうモンはたんまりともらったから、ワシらはお前の命令に従うよ。学園都市の生体工学のデータは凄いの!これなら大魔王様も大喜びに違いあるまいて」

 ザボエラがいうと、エトナも頷いた。

「あたしもまー、お金たっぷりもらっちゃったしぃ」

 そして彼女は、気がかりそうに木原に尋ねた。

「けど本当に、あたしらを雇う必要あったわけ? このガキ一匹ひっさらって、ちょちょいといじくるだけの簡単なお仕事なんでしょ?」

「ハッ、そりゃ浅い考えってもんだよ。銀行強盗だってよ、店舗を制圧するのは簡単だ。問題は、後から団体様でお出でになられるポリ公様方をどうあしらうかだ、そうじゃねえのかい?」

「なるほどのぉ……それでワシとエトナの術で、この娘の気配を隠したというわけか」

「猟犬部隊謹製の消臭剤にちょいと魔術的措置を施したものもブッかけておいたしな」

 木原はにやりと笑った。

「あのガキ、森を歩いて汚れた服をキレイにするなんて戯言を大真面目に信じてやがんの。ギャハハハハハハハ!」

「アハハ、超うけるー!」

 少女の無邪気さを笑いものにする木原の言葉に、エトナも楽しげに調子を合わせた。

「まぁ、それはおいといて、これで追っ手がつかなくなったわけ?」

「そうはいかねえよ。時間稼ぎができる程度のことだ。このちっぽけな島のことだ、いずれ誰かにかぎつけられる。ただ、大軍で来ることはありえねえだろうがな。せいぜいが4、5人のチームで捜索に来る程度だ。それ以上の人数は出せねえ」

「なんでそんなことがわかんのよ?」

「このガキにそこまでの重要度はねえ。これが白玉楼や永遠亭のお姫さんとかなら話は別だ」

 そういって木原は言葉を切り、悪意のこもった微笑を浮かべた。

「けどよぉ、ザコ妖怪の1匹や1匹をいちいち全力で捜索してたら人手がいくらあっても足りねぇっつうの。はははははっ!」

「とすると、幻想郷はこいつを切り捨てるのか?」

 ザボエラが尋ねると、

「いや、一応捜索はするだろうな。ただそれが全力じゃねえってだけの話だ。島の全戦力で捜索に当たられたら、さすがにこのちっぽけな島にいつまでも潜伏してることはできねえ。けど、5人程度のチームが捜索してるぐらいなら、そうすぐには発見されねえ」

 そういって木原はぞっとするような笑いを浮かべた。

「見つかった場合、屠殺してお肉に変えてやるために人手が必要だろう? ヒヒ……ヒヒヒッ」

「……あーなるほどね。それであたしやザボエラに兵隊を連れて来させたわけか」

 その残忍そうな笑い声に、エトナはぽんと手を打って、

「追っ手は多分人間だろうけど……全員、バラしちまっていいわけ?」

 その問いに、木原は呆れた調子で答えた。

「あのなぁ、俺を追うマヌケを生かしておく合理的な理由がどこにあるんだよ? アホな質問してんじゃねーよ」

 そしてザボエラを見て、またニヤリと笑う。

「別に樹海まで運ばなくても、ザボエラ、てめーの持つ薬物で溶かしちまえば後始末は完璧だろうよ。ウヒヒヒ」

「まあ、そうじゃな。そんなのはお手のものよ」

 ザボエラも自慢げに笑った。

「やーれやれ。あたしもいい加減根性曲がりのつもりだけど、あんたには負けるわ。木原数多」

「俺をあんまり褒めないでくれや。恥ずかしくて死んじまいそうだぜ」

 人殺しを何とも思わないような木原の言動に、エトナが降参したように両手を上げると、木原は平然と肩をすくめてみせた。

 すると、

「ごちそうさまー。もう食べちゃったよー」

 ドアが開けられ、ルーミアが腹をさすりながら入ってきた。

 それを見てエトナが目を剥いた。

「ッ!? あ、あの山のような料理を、全部食べちまったわけ!?」

 ザボエラも呆れ顔で、

「なんちゅう大食漢じゃ。まるで断食後のベロゴンじゃな」

 木原だけは気にも留めずに愛想笑いを浮かべて、

「よーしよし、それじゃあお仕事に付き合ってもらおうかな。なに、難しいことは一切しねえよ。拍子抜けしちまうぐらい簡単なお仕事だから安心しな。クククク……」

 人なつっこそうな笑い顔が一瞬だけ、獲物を狙う猛獣の笑みをひらめかせた。


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