ストレンジャーズ   作:philo

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03 八雲紫の依頼

 SRC島中央商店街の喫茶店『イリーレスト』。

 商店街の裏路地に存在する、もの静かな喫茶店だ。

 高等部以上の生徒や教師たちが主な客層で、小、中学生はあまり来ない。ゆえに、やや大人な雰囲気が漂っている。紅茶やコーヒーやメインで軽食なども売っているため昼食にも利用される店だった。

「いらっしゃいませ。おや河内さん、女の子連れとは珍しいですね」

 カウンターでグラスを拭いていた青年が、店に入ってきた惣一を見て笑顔を向けた。

 このバイトの青年の名は降条恭祐(こうじょう・きょうすけ)といい、クルセイド学園高等部の二年生だった。

「フン。少々わけありでな」

 惣一は肩をすくめて、紫を促した。

 紫は、恭祐に向けて優雅に一礼して見せて、席のひとつに座り、惣一にも座らせた。

「俺はいつものを頼む。貴様はどうする」

「お酒が好きだけど、相談事にお酒を飲むのも気が引けるわね。カモミールティーをストレートで頼むわ」

「かしこまりました。ブルーマウンテンのブラックにカモミールティーのストレート、お持ちいたします」

 恭祐がカウンターの奥へ行くと、紫が言った。

「この店を話す場所に選ぶなんて、趣味が良いわね」

「ここのことも知っているようだな。まあ、この店がどんな場所かは、少し調べればすぐわかることだがな」

 惣一の言葉には、微妙な含みがあった。

 すなわち、このイリーレストという店に、どんな客が来て、そして、どんな事件が来るのかという。

「いい店よ。静かで、それでいて活気に満ちている。喫茶店はね、単に静かなだけじゃ駄目なの。様々な人を引き付ける、引力が要るのよ。この店は数多くの運命の交差点として機能しているわ」

 見透かすような視線で、紫は店内の落ち着いた内装を眺め渡した。

「興味深い話だが、この際本題を優先してもらおうか。貴様の目にどう見えるかは知らんが、こう見えて俺も暇ではないのでな」

「わかっているわ。私とて、そんな余裕があるわけでもないもの。早いところ事件を解決しないと、霊夢に大目玉を食らってしまうわ」

「この島で何か起きたのか?」

 惣一は、紫の言った知らない人名のことは気にせずにそう尋ねた。

「ええ。この島と、そして私の住処である『幻想郷』で異変が起きたのよ。幻想郷は、日本列島のとある場所にある、『幻となったものを自動的に呼び寄せる土地』。博麗大結界によって外界と隔てられた、妖怪と人間の住まう理想郷よ」

「なるほどな。ある意味、このSRC島に近いものがある」

 惣一は頷いた。

「そこで、何か問題が起きたわけか。それも、この島と関係のある問題が」

「ええ。……単刀直入に言うわ」

 紫の顔が、真剣みを帯びた。

「幻想郷の住人の一人が、この島の樹海で消息を絶ったの。どういう理由かはわからないけど、幻想郷と樹海が空間的に繋がり、そのトンネルに一人の妖怪が迷い込んだのよ」

「わからん話ではないな。あの樹海では、何が起きても不思議ではない。しかも幻想郷という名前からすれば、その世界も存在的に不安定な世界だろうからな」

「……『固陋卿』などというあだ名があるわりに、頭の回転と柔軟さは一流ね」

 惣一の冷静な反応に、紫は口笛を吹いて言った。

「俺をおだてても何も出んよ。あと、二度とその名を口にするな」

 惣一は据わった視線を紫に向けた。

 惣一の、騎士団における称号は「虎牢卿」といい、その勇猛さと堅牢な守りでつけられていたが、その頑迷固陋ぶりから、「古老卿」とか「固陋卿」と揶揄されることもあった。

 が、無論、面と向かって最古参の先輩にそう言う度胸のある騎士はいない。

「影で誰がどう呼ぼうと知ったことではないが、俺の目の前で言う度胸のある奴は貴様ぐらいだ」

「はいはい。まったく、恐れを知らない人ね」

「妖怪なんぞを恐れていて騎士がつとまるか」

 二人が憎まれ口の応酬をしていると、恭祐がトレイを手に歩いてきた。

「お待たせしました。ブルーマウンテンにカモミール、お持ちしました」

「ああ。すまんな」

 惣一は口論を中止して、恭祐に礼を言った。

 彼は騎士団の後輩や関係者以外に横柄な態度を取ることはなく、紳士的な学生で通っていた。

「いい香り。さすが、いい葉っぱを使っているわね」

 目を細めてカップから立ち上る湯気を嗅ぐ紫に、恭祐は笑顔を向けて、

「どうぞ、ごゆっくり」

 と言って立ち去った。

「さて、話を戻すわ」

 そう言って紫はハーブティーをひと口飲んだ。

「その妖怪……『ルーミア』という名前の少女が、樹海へ迷い込んだのは確認したけど、その後の行く先がわからなくなったの。誰かが彼女を誘拐し、魔術的な隠蔽措置をとった可能性がある。そうでなければ、私が幻想郷の住人を見落とすなどありえない。この島にはその手の悪事を企む人間は、掃いて捨てるほどいるでしょう?」

「否定はせんな。金や能力がひしめくこの島には、色々な悪い奴が集まってくる」

 惣一は冷ややかに言い、そして紫に冷ややかな視線を向けた。

「そしてその、ルーミアというガキの行方を、この俺に探れということか」

「その通りよ」

 その視線をものともせずに、紫は微笑して即答した。

「話はわかった。しかし、なぜ俺に話を持ち込む? この島には探偵も大勢いる。人助けが趣味の熱血馬鹿もいくらでもいる。俺のような頭の固いジジイに頼むなど、的外れとしか思えんのだがな」

 惣一は、騎士団に所属する騎士だ。

 しかし、騎士とはいっても、熱血系のアニメや漫画の主人公になるような男ではない。

 むしろ、そうした若い熱血漢たちの陳情をすげなく退け、無理難題を言っていびる意地悪な先輩や重役といった役回りだ。

 その彼が行方不明の女の子の探索を頼まれるなど、確かにある種の戯言と言えなくもないかも知れなかった。

 だが、紫は真顔で首を振った。

「そうとも限らないわよ。……貴方が一番適任なのよ。確かに探偵たちは調査の専門家だわ。でもね、荒事の専門家とは限らないでしょう? そして正義の戦士たちは、戦闘能力はともあれ、貴方のような老獪な判断力は足りないわ。綿密な調査をする能力と、豊富な経験とを合わせ持つ人材といえば、やはり貴方が妥当なのよ」

「くわえて三財閥とも接点が薄い、か」

 惣一は言葉を引き継いだ。

「探偵部『SRCD』の部長は朱雀院財閥に連なる血縁者だ。確かに幻想郷のことを知られるのは面倒だな」

「私自身が調査するとなると、きっと敵を警戒させ、事態を大きくしてしまうしね。いずれ、この島や三財閥も大きな嵐に巻き込まれる時が来るかもしれない。でもそれは、少なくとも今じゃない。だとすれば、騒動の種をわざわざ撒く必要はないわ」

「なるほど。その言葉には、全面的に同意できるな」

 面倒な騒ぎは大嫌いだ、というのが惣一の口癖であり生活態度だ。

 厄介ごとを持ち込みに来る後輩を怒鳴り飛ばしたことも、一度や二度ではない。

 だが同時に、彼はそれだけでもなかった。歴戦の騎士として彼は、逃げられる時とそうでない時との違いを心得ていた。

 だから、彼はこう言った。

「いいだろう、ルーミアを探してやる。とはいえ、ただというわけにはいかんぞ。先ほども言ったように、俺も暇じゃない。今ここに来るのにも、鈴木に後を任せて来ているぐらいだからな」

「そう言うと思ってたわ。……この本をあげる」

 紫はそう言って、一冊の和綴じの本を差し出した。

 カバンや上着のポケットから、ではない。空中から、すい、と取り出した。そういえば先ほどの日傘も、どこへ置いたやら、さっぱり見えなくなっている。

 が、惣一はそれは気にせず、本の題名に目をやった。空間制御の能力者も、この島には何人もいる。

「これは……『幻想郷縁起』?」

 惣一は、題名を口にした。

「幻想郷の住人が記した、幻想郷とそこにすむ妖怪の詳細が書かれた書物よ。つまり、幻想郷の情報がつまっているわけね。この本と、香霖堂から拝借してきた金品とマジックアイテムを何点か進呈するわ。それでどうかしら?」

 こーりん涙目である。

 だが、そんな幻想郷の事情は惣一の知ったことではなかったし、また興味のあるところでもなかった。

「なるほど……悪くない条件だな」

 パラパラと本のページをめくりながら言った。少し目にしただけでも、尋常の情報ではないことがわかった。ネットにも騎士団の資料室にも、この本の内容は載っていないだろう。

「では確かに引き受けた。ルーミアという少女は、俺が探し出すとしよう」

 そういって本を懐にしまい、

「ただ、俺一人では手が足りない。三人寄れば文殊の知恵、という言葉もある。貴様はかなり見聞が広いようだからな。二人ほど、助手をつけてもらいたい。その代償に、報酬はいくらか割り引いて構わん」

「いいわ。それなら、ちょうどいい人材の心当たりがあるわ。明日までに連れてくるから、少し待っていてね」

「了解した」

 そう言って惣一は、コーヒーの最後のひと口をすすり終えた。

 彼もまた、会話をしながら、コーヒーを飲むのを忘れていなかった。




今回のSRC学園登場キャラクター

降条恭祐(こうじょう・きょうすけ)…………亜崎紫苑様
http://www10.atwiki.jp/byakumu2/pages/757.html

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