「たわば!!」
「あべし!!」
SRC中央商店街。
SRC島の中央付近、各学園から等距離にある商店街だ。
普段なら大勢の学生の談笑で賑わうこの場所に、今はモヒカン頭の不良たちの悲鳴が響き渡っていた。
「くっ……この眼鏡野郎、手ごわいぞ」
「特別な力はねえが、やたら戦い慣れていやがる!」
モヒカンたちの前に立ち塞がるのは、胸に七つの傷を持つ救世主ではない。
背後に騎士たちを従えた、老害として知られる仏頂面の眼鏡の古参騎士だ。
「フン……俺は貴様らのような生ぬるいチンピラとは見てきた修羅場の数が違う。源氏や鈴木のような決め手はないが、貴様らごときが何十人集まっても俺は倒せんよ」
かつての同僚の名を口にしながら、惣一は冷ややかに吐き捨てた。この場にいる人数では、モヒカンたちは騎士団の倍以上もいた。しかし、騎士団にはほとんど被害者も出ず、ボロ雑巾のようになって地面に転がっているのはモヒカンばかりであった。惣一の巧妙な指揮と戦術の賜物であった。
「駄目だ、とても勝てねえ!」
「に、逃げろ~!」
モヒカンたちは崩れ立った。優位と見るや調子に乗るが、少しでも不利と見るとたちまち気勢を失う。それがモヒカンという生き物だった。
「鷹村、追撃しろ。俺は後方を固める」
走り去るモヒカンたちの背中を見ながら、振り向きもせずに惣一は言った。
「町に潜伏したザコどものあぶり出しも必要だし、俺の能力は追撃向きではないからな」
「虎牢卿のご指示の通りに。鷹村隊、モヒカンどものアジトを襲撃するぞ!」
そう言って応じたのは、正騎士の鷹村誓史(たかむら・せいじ)だ。
誓史の部隊は騎士団でも真面目に鍛錬をしていることで有名だ。隊長の号令に応じて、騎士たちはたちまち隊列を整え、粛然と行進していった。
「ご協力ありがとうございます、虎牢卿。おかげであの大勢のモヒカンを撃退できました」
その場に残った女騎士が、惣一に礼を言った。
彼女の名は内田深雪(うちだ・みゆき)。
生真面目で誠実ながら、どちらかといえば真面目さが災いして雑用の処理などを押し付けられがちな少女だった。
「フン、貴様や鷹村の戦闘力があれば、あの程度の烏合の衆は片付けられたはずだぞ」
惣一は深雪をじろりと見た。
「貴様らはまだ、戦闘力に判断力がついてきておらん。もっと戦術をしっかり練れ。内田、貴様もいつまでも雑用係ばかりしていないで、人を動かすことを覚えろ。新入りのペーペーではないんだ」
「はい……すみません、虎牢卿」
深雪はしゅんとした顔で頭を下げたが、惣一は容赦しなかった。
「俺に謝ってどうなる。貴様が自分を高めろというのだ。そうすれば、俺のようなジジイがわざわざ前線に出る必要もなくなって楽ができるからな」
惣一がなおも小言を続けようとすると、
「――フ。まったく、評判通りの口うるさい男ね」
割って入った声があった。
「? お前は……?」
惣一は振り向いて、いぶかしげに声の主を見つめた。
それは、日傘をさして紫のドレスを着た、金髪の少女だった。
「こんにちは。私は八雲紫」
少女は、穏やかに微笑みながら、そう名乗った。
惣一の眉が、厳しくひそめられた。
彼の、気配察知能力、そして長年戦った古参騎士としての勘が告げていた。この少女は、ただものではないと。惣一の背後で、これもそれなりに場数を踏んできた深雪が、目を見開いていた。
――何者だ? いつ、どこから現れた?
惣一は少女を観察しながら考えた。
優雅な、貴婦人のような少女だった。
長い金髪と豊満な胸は、どこか母親を連想させる。アルカイックな微笑みは、聖女や菩薩を想像させる。整った白い顔といい、誰もが見惚れるような美少女であった。
だが、同時に。
たとえようのない胡散臭さも、また彼女から漂っていた。
まともでないもの。
異質なもの。
この世のものとも思えないもの。
その美貌と優しげな雰囲気に魅かれると同時に、彼女から漂う胡散臭さに、見る者は不安を覚え、心をざわめかせることだろう。
「河内惣一正騎士、貴方に用があって来たの」
その少女、紫は、美しい唇でそう口にした。
「河内先輩に用、ですか? 一体……」
ほのかに冷や汗をにじませながら深雪が言いかける。
それを手で制して、惣一は一歩進み出た。
「……。貴様、この島の学生じゃないな。見たこともない顔だ。いや、その気配……もしや貴様、モンスターか? 人間にしては妙な雰囲気だ。――いや、胡散臭いと言った方が妥当か」
「あら、一目で見抜くなんて、伊達に修羅場を見てきたわけではないみたいね。それとも磨き抜いた気配察知能力のたまものかしら?」
惣一の言葉に、紫の笑みが優しげなものから、不敵なものへと変わった。
そうすると、はっとするほど雄々しく、しぶとそうな雰囲気が漂う。
「……俺のことをずいぶんと詳しく知ってるようだな。貴様、何者だ」
「下調べは何事にも必要でしょう?」
紫は微笑して言った。
「貴方のことに限らず、この島のことは大体知ってるわよ。まあ、わからないことの方が多いけれどね。この私にすらわからないことが山ほどある。あの学園都市といい、長生きはしてみるものだわ」
「……。面倒はごめんだが、『帰れ』と言って大人しく帰る気はなさそうだな」
「物分りのいい子は好きよ。話ぐらいなら聞くのはただでしょ?」
「ただほど高いものはない、という言葉もある」
惣一は鼻を鳴らした。
「それに貴様のような、強大な力を持っていてわけありそうなモンスターなどという輩の話など、詳しく聞けばもう逃げられないと決まっている」
「本当に聡い男ね。だからこそ貴方に目をつけたのだけど。あと私は妖怪。この島でいうモンスターとは違うわ。本来ならこの島にいるはずのない存在だけれど、今日は事情が特別なの。貴方達とも、あながち無関係ではないわ」
「どうやら、話を聞かんわけにはいかないようだな。仕方がない。内田、後の始末を頼む。手が必要なら鈴木に電話しろ。ツケは河内に回すと言えば奴は来る」
「了解しました。河内正騎士」
深雪が、惣一に敬礼した。
紫はまた微笑し、惣一はまた鼻を鳴らした。
今回のSRC学園登場キャラクター
内田深雪(うちだ・みゆき)…………前田耕二様
http://www10.atwiki.jp/byakumu2/pages/1723.html
鷹村誓史(たかむら・せいじ)…………philo
http://www10.atwiki.jp/byakumu2/pages/2088.html