SRC島・クルセイド学園騎士団本部総代騎士執務室。
SRC学園創設以来の伝統を持つ個人生徒会・クルセイド騎士団の騎士団棟、その中枢たる部屋は、中世ヨーロッパの城砦にも似た威厳ある雰囲気を漂わせていた。
その執務机には、その部屋の雰囲気と肩書きのいかめしさに似合わない、飄々とした雰囲気の青年――麻生ハイネが着席し、執務机の横の椅子にふんぞり返って腕を組んでいる眼鏡の男に語りかけていた。
「それで、河内先輩。以上が今回の予算案ですが……何か支障はありますか?」
「フン……」
その男、河内惣一は、騎士団総代たるハイネの言葉に、どうでもよさげな鼻息で答えた。
「阿尾会計は、意外としっかり予算を取ったな。昨今の姫士組との予算争いを考えると、大したものだ。貴様がアイドルグループ発言で姫士組とモメた事のいい尻拭いをしてくれたものだな? 総代騎士殿」
「…………」
ハイネは黙った。この最古参の先輩はいつもこうだ。人の触れられたくない古傷をいじり回すのを、何よりも好む。
「まあ、阿尾は城島の派閥だからな。奴の威光が働いていてもおかしくはない。正義面ばかりする無能共よりはよほど役に立つ。そういう人間をもっと登用しろ、麻生」
「おっしゃりたいことはわかりますよ、先輩。ですが、人材の抜擢はバランスが肝心です。総代騎士は常に公平な立場でいなければならない。違いますか?」
「常に公平、か。フン、ものは言いようだな。どっちつかずで八方美人の『奇妙卿(サー・ファニー)』らしい発言だな? なあ、麻生よ」
「いやに絡みますね、先輩。何かお気に入らないことでも?」
ハイネが聞いた。惣一の嫌味はいつものことだが、今回はややしつこすぎるところがある。
「俺ではなく自分の胸に聞いてみるんだな、そういうことは」
惣一は、にべもなく答えた。
「心当たりの一つや二つ、出て来るのではないか? 貴様とて一方の派閥の長だろう」
「…………」
「この騎士団の歴史は派閥争いの歴史だ。初代・白銀総代の時から、綺堂などというワルが幅を利かせていたものだ。そんな中で完全中立は成立せん。中立という名の派閥に入るのがおちだ。少なくとも、俺の前で奇麗事を言っても役に立たんぞ」
そう言って惣一は、ハイネをじろりと横目でにらんだ。
「やれやれ、先輩にはかないませんね……」
ハイネは、それへやれやれといった様子で肩をすくめた。のらりくらりと言を左右にして、建前と綺麗事でうやむやにかわしてしまうのはハイネの得意技だったが、百戦錬磨の惣一にはさすがに通じる手でもない。
「いいでしょう。確かに、阿尾正騎士の権限を増大するのは、僕としては気が進みません。ですが、虎牢卿が、阿尾君の方が仕事がしやすいというなら、譲歩するのにやぶさかではありませんよ」
「ほう? ずいぶんと物分りがいいな」
「まあ、といってもただじゃないですけどね」
そう言ってハイネはくえない微笑を浮かべた。ある意味で、彼もまた惣一に負けず劣らずの狸でもあった。
「最近、不良グループ『猟惨泊』のモヒカンたちが活発化してるのはご存知ですよね。城島名誉騎士は鎮圧に熱心でないですし、虎牢卿に一肌脱いでいただければと……」
「フン……自派閥の戦力を温存するつもりか?」
騎士団は、いつの時代も大組織らしく派閥抗争に明け暮れている。一枚岩の時期もあるが、そうでない時期の方がむしろ多い。ハイネの時代は、城島派、鋼城派と数々の派閥がしのぎを削る時代だった。
「この俺を前線に駆り出そうとはいい度胸だな、麻生よ」
惣一は、むろんハイネの魂胆は読んでいる。自分の派閥の部隊の消耗を抑えようというのだ。
「もちろん、お気に召さないならいいのですが。ただその場合、阿尾正騎士の件も、ご容赦願えるとありがたいのですが……」
いかにも殊勝かつ謙虚そうな態度であったが、こうなると「奇妙卿」はてこでも動かない。相手がたとえ惣一であっても、ウナギのようにぬるぬるとのたくり、すり抜けてしまう。
実際、惣一は惣一で、古参の立場にものを言わせて城島に便宜を図らせようとしているという弱みがあるのだ。
「……この俺を相手に駆け引きか。転んでもただでは起きん男よな。さすがは奇妙卿の称号を持つだけのことはある。まあいい、貴様の駆け引きに乗ってやろう。俺も時には手足を動かさんと、なまってしまうからな」
「感謝いたします。河内先輩」
ハイネが丁寧に頭を下げた。惣一は冷ややかな視線を投げかけたが、鼻を鳴らしはしなかった。ハイネの粘り強さは、惣一から見ればそう厭うべきものではない。むしろ、政治もできない猪武者に総代をやられるよりは良いはずだった。
執務室のドアが開き、一人の青年が入ってきた。
「麻生総代。今後の騎士団の活動計画についてお話ししたいのですが」
「やあ、裏戸君。枢機騎士たちとの調整は終わったのかな」
眼鏡の青年の名は裏戸白貴(うらど・しろたか)。
クルセイド騎士団の正騎士であり、総代騎士の正式な補佐役である枢機騎士でこそないものの、だからこそハイネの一の腹心として知られる策士だった。
「裏戸か。貴様のような頭の回る腹心がいれば、麻生の足元も安泰だな。城島めも人材は豊富だが、麻生派もおいそれとひっくり返されはせんことだろうよ」
「お褒めにあずかり恐縮です。河内先輩」
まんざら皮肉とも思えない惣一の賛辞に、白貴は慎ましく頭を下げた。
「フン……では俺は、さっそくモヒカン退治に出かける。阿尾の権限のこと、反故にするなよ。麻生」
そう言い捨てて、惣一は部屋を出て行った。
惣一が完全に離れるまで待つと、ハイネはため息をついて、首をごきごき鳴らした。
「やれやれ。さすがは『固陋卿』、話していると肩がこるね」
「後輩いびりが大好きな最古参ですからね、あの方は」
白貴も苦笑した。ハイネの参謀として、惣一と何度も折衝したことのある彼は、惣一の厄介さを肌身で知っている。
「ま、その代わりにやることはしっかりやってくれるからね。これでモヒカン退治が前進するはずだ。城島君がモヒカンの手引きをしてるかはわからないが、彼がモヒカン退治に消極的なのは事実だからね」
「その代わり、阿尾正騎士の発言力が増大したわけですね」
白貴は肩をすくめて言った。
「これでさぞ、予算のことをうるさく言ってくるに違いないですよ。困ったものです」
「優秀なのは確かだからね。あの松井枢機騎士がかつて育て上げた人材だけのことはある」
阿尾圭輔(あお・けいすけ)は、騎士団の会計を任されている正騎士だ。
『人間コンピューター』と呼ばれるほどに頭の回転が速く、計算も得意な青年だが癖も強く、根に持つタイプなうえに大変な吝嗇家だった。利益をえさに、ハイネの対立派閥である城島派に入っているため、ハイネとしては敬遠したい人物だった。
だが、ハイネは不敵に笑って言った。
「河内先輩も阿尾君も、僕を利用したいならすればいいさ。僕もお返しに利用してやるまでのことだよ」
「やれやれ。騎士団はこんなことばかりですな」
「さっきの虎牢卿の言葉じゃないけど、騎士団は昔からそういう組織さ。さてと、それじゃ活動計画だけど……」
言ってハイネは机の上に山積みになっていた書類の一つを取り上げた。
総代騎士とその腹心の仕事は、書類に劣らず山ほどあった。
今回のSRC学園登場キャラクター
麻生ハイネ(あそう・はいね)…………いぷしろん様
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裏戸白貴(うらど・しろたか)…………リドリー様
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河内惣一(こうち・そういち)…………philo
http://www10.atwiki.jp/byakumu2/pages/2045.html