ストレンジャーズ   作:philo

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04 佐天と瀬里奈

 十数分前。

 とある廃ビルの薄汚れた薄暗い廊下を、三人の少女が歩いていた。

 そのうちのひとりは、後ろ手に縛られ、残りの二人によって引き立てられていく最中だ。繁華街の真ん中で拉致された佐天と、拉致の実行犯である絹旗と若菜だ。

 佐天は、不安と憤慨のないまぜになった顔で振り向いた。

「な、なんなのよあんたたち……! こんなことして、警備員に捕まったら……ぐッ」

 言葉の途中で、呻き声に変わった。

 若菜が佐天の長い髪をつかんで引っ張ったのだ。

「誰が無駄口叩けって言ったの? あんたは黙って歩けばいいのよ」

 冷ややかに言う若菜に、絹旗が小声で忠告した。

「岸本さん、あまり乱暴な扱いをすると加茂川さんが超怒りますよ」

「チッ……まあいいわ、とっとと歩きな!」

「うぅっ……」

 唐突な暴力に晒されたことで、気持ちの憔悴した佐天はうつむいてとぼとぼと歩き出した。

 大丈夫、御坂さんが助けに来てくれる、と内心で呟きながら。

 やがて三人は、廃ビルの奥の、広間らしき場所に出た。

 その中央には、優雅な姿勢でソファーに腰かけている女性が一人いた。

 その女性へと、若菜は恭しく言った。

「瀬里奈さん! 佐天涙子を連れて来ました」

「フフ……ご苦労様」

 瀬里奈は悠然と言った。

「それじゃ絹旗さん、貴方は引き上げて構わないわよ。貴方は面が割れるのが嫌なのでしょう?」

「まあ、そうですね。私の役目は手伝いって事でしたからね。それじゃ加茂川さん、ごゆっくり」

 そう言って立ち去る絹旗の背中を、瀬里奈が見送った。

「年少にも関わらず、優秀な子よね。ああいう部下がいれば、組織は栄えるわね。貴方もそう思わない? 佐天涙子さん」

「な、なに……何の話してんのよ」

 急に話を振られた佐天は、面食らって口ごもった。そして、瀬里奈をキッとにらんだ。

「あんたがここのボスなわけ? な、なんでこんな人さらいみたいな真似するのよ!」

「あらあら、呑気な子ねえ。人さらいみたいな、じゃなくてこれ、人さらいそのものじゃないの。うふふふ……」

「……っ!」

 こともなげに微笑む瀬里奈に、佐天は怯えた表情を浮かべた。相手は、自分が犯罪行為をしていることを承知の上で、むしろ自慢の種にしているのだ。それはつまり、相手の良心に訴えるようなやり方は意味がないということでもある。佐天の不安の色が強まった。

「わ、私を……どうするの?」

 怯えた声で言う佐天に、瀬里奈は優雅に笑いかけた。

「心配しなくても、貴方を殺したりはしないわ。ただ、御坂さんが要求に応えてくれなかった場合、2、3年ばかり外国で暮らしてもらうことになるかもね。ふふふっ」

 その言葉を聞いて、佐天の顔に恐怖と不安以外の感情が宿った。

 友に手出しをされることへの懸念と、そして怒りとが。

「御坂さん……!? 御坂さんに何の用があるのよ!」

 それに対する、瀬里奈の答えは簡潔だった。

「決まってるわ。戦うのよ」

「っ!?」

「貴方も知ってるでしょう? 御坂美琴さんは学園都市の最高峰の能力者の一柱、第三位の『超電磁砲』。その戦闘力はまさしく天下無双。本人の気質も勇敢かつ誇り高いわね。思わず勝負を挑みたくなるのも当然だとは思わないかしら?」

「っ……そ、そんな理屈!」

 瀬里奈の身勝手な物言いに、佐天は憤慨した。

「あんた、一体どこの誰なのよ。何でこんなひどいことするのよ!」

「おい、小娘! 瀬里奈さんになめた口を――」

 横に控えていた若菜が、そう怒鳴って佐天の胸倉を掴もうと手を伸ばしたが、

「およしなさい。若菜」

 という瀬里奈の静かな制止に、

「っ! は、はいっ!」

 電気にかかったように飛び下がった。飼い慣らされた犬でもここまで忠実に言うことを聞かないだろうと感じさせる態度だった。

 そんな若菜の様子には取り合わず、瀬里奈は再び佐天に微笑を向けた。

「ふふふ……そうねえ、自己紹介がまだだったわね」

 言って立ち上がり、軽くスカートをつまんで一礼した。

「私の名前は加茂川瀬里奈。元姫士組ネオユニバース十代目姫長をつとめていた者よ。人によっては……そうね、『閻王』とか『炎帝』とか呼ぶ者もいるわ」

 その名を聞いて、佐天ははっとした。瀬里奈の言葉には、佐天の聞き覚えのある単語が含まれていた。

「! 姫士組……姫長!? それって、まさか来我さんの……!」

「昨日、現5th隊副隊長の来我さつきさんと会っていたわよね。ならば、姫士組の説明は彼女から聞いてるわね。そう、私はその姫士組の二代前の指導者。祇園会の蜂起で戦争になったSRC島で姫士組を指揮した人間よ。先代姫長で、今の副長になってる軌条は私の弟子よ」

 その言葉は、佐天を納得させるよりは、むしろさらなる疑問をもたらした。

 その疑問を、佐天はそのまま口に出して相手にぶつけた。

「……な、なんで……なんでそんな人が、私をさらったりするのよ!? 姫士組って風紀委員とか警察みたいなものでしょ? それなのに、なんで……!」

「なんで人さらいなどという犯罪者みたいな真似をするのかと聞きたいのね? うふふふ……」

 瀬里奈が今度浮かべた微笑は、どこか自分の悪さを自慢するかのような、あくどい色をたたえていた。

「確かにこれは犯罪よね。でもね佐天さん、人は何の罪も犯さずに生きていくことなんて出来ないのよ? ことに私のような歪んだ人間は、自分であろうとすると、どうしても社会の敵にならずにはいられないの」

 佐天は困惑した。

「……い、意味わからないわよっ……」

「ええ、そうでしょうね。大丈夫、まだ時間はあるから、わかるようにゆっくりと説明してあげる」

 言って瀬里奈は澄ました顔で続けた。

「御坂さんが来なかったら気の毒だけど、アメリカかヨーロッパで話の続きをするでしょうけどね」

「……っ!」

「ふふ、そう怯えないで。身柄をさらうだけで、危害は何も加えないし、むしろ王女様のように優雅な暮らしをさせてあげるから」

 瀬里奈は、ソファーの横の小さなテーブルに置かれていた、ワイングラスに満たされた高級そうなワインを一口飲んだ。

「話がそれたわね。私は、かつて姫士組の隊士として治安維持の仕事をしてきたわ。先代姫長の玲さんからも褒められたし、当代としても犠牲を極力抑えたリーダーとして名が売れたものよ。でもね……佐天さん、それは本当の私じゃないの」

「ど、どういう……こと……?」

 困惑を深める佐天に、瀬里奈は重大な秘密でも打ち明けるような表情で言った。

「私はね……佐天さん、とってもとっても残忍で邪悪なの。具体的には、生まれつき強い破壊衝動と攻撃性、人が困ったり悲しんだりする顔が大好きという性格を持っているの」

「…………っっ」

「ふふふ……自分でも狂った性格だと思うし、貴方もそう思うわよね」

 明らかに引いた表情の佐天を、瀬里奈はむしろ満足そうに眺めた。

「よく自分で変と思う人は変じゃないって言うけど、私は駄目よね……自他ともに認める異常者と言うほかはないわ。祇園会事件で姫士組に潜り込んだ敵のスパイを精神的に追い詰めて、処刑するのは本当に楽しかったわ……。あの時のスパイや犯罪者たちの恐怖に歪んだ顔、『殺せ』と叫ぶ部下たちの声、断末魔の絶叫と噴き出る血潮……ふふふ、ふふふふ……ああ、思い出すだけで絶頂しそうだわ……」

「……っ、い、嫌ぁ……!」

 陶然とした表情で語る瀬里奈は、自らの凶行を自慢する殺人鬼めいたおぞましさを、ゆっくりとあらわしていった。そのキューッと吊り上がった唇に、興奮して膨らんだ鼻腔に、爛々と殺しの喜びに輝く双眸に、佐天は恐怖と嫌悪のあまり声を上げた。

「ふふ……そう怯えないで。大丈夫、私は一般市民には手を出さないから」

 少し興奮しすぎたのを自覚して、瀬里奈は苦笑して佐天をたしなめた。

「何度か殺人鬼になることも考えたけれど、困ったことに良心や判断力も強くて、どうしても踏み切れなかったの。だから私は自警団になったの。合法的に犯罪者を処断できる自警団に、ね。金のために人殺しをするクズや、面白半分で女を強姦するゴミをひねり潰せば、喜んでくれる人たちもいるのよ?」

「……お、おかしいわよ……そんなの」

 恐怖で縮み上がりそうになりながらも、佐天はそう言わずにはいられなかった。

 この女は、姫士組姫長だったのだ。

 それはつまり、佐天にとって大事な人である初春や黒子と同じ役目についていたということだ。そんな人間が、こんな狂った言葉を得意げに吐き出していることが、佐天には耐えられなかった。

「犯罪者は……警備員や、警察に引き渡すものじゃない。勝手に命をとるなんて、間違ってるわよ……!」

「ええ、そうよねぇ。だからこそ私はまともじゃないという自覚があるのよ」

 瀬里奈はあっさりと言った。

「私の両親は普通の人だったわ。どの程度を普通と言うかは知らないけれど、犯罪者でも気狂いでもなかったと思うわ。私も愛されて育ってきたと思うし、トラウマも幼児体験もなかったわ。だから結局、原因は私しかいないってことになるわよね。突然変異の金魚のように、何故か生まれた異常者――」

 言ってから瀬里奈はため息をついた。

「……ほんと、なんでなのかしらね。私だって好きでこんな人間に生まれたかったわけじゃないのに」

 その時初めて、瀬里奈はかすかに空しげな色を浮かべた。

 その自己嫌悪とも倦怠ともつかぬ表情に、佐天は一瞬、恐怖と嫌悪を忘れて、思わず問いかけた。

「……そんなことって、あるんですか? 生まれつき人を傷つけたいなんて……私には理解できないですよ」

「ええ、そうでしょうね。でも佐天さん、心の闇というものは誰にもあるのよ」

 瀬里奈はわけ知り顔で微笑した。

「貴方だってあるでしょう? 自分が持っていないものを持っている人間をねたましく思ったり、どうにもならない自分が嫌になったりしたことが」

「っ……」

 その言葉は、佐天の痛いところを突いた。

 佐天もまた、何もかもが潔白な人間というわけではない。彼女には彼女の、弱さがあり傷があった。

「そ、それは……そうかも知れないですけど。でも……だとしても、人を傷つけるようなことは駄目ですよ。私だって、それは自分の弱さから馬鹿やったり、色々しましたけど……だからこそ、同じ過ちは繰り返さない……自分を支えてくれる仲間だけは裏切らないで生きていたいですよ」

 そして佐天は、まっすぐな視線で瀬里奈を見た。

「加茂川さんは……支えてくれる仲間はいないんですか?」

 横の若菜が不快げな顔をしたが、口に出しては何も言わなかった。

 瀬里奈は、沈思黙考してから口を開いた。

「……。私はかつて、姫士組の隊士として、頼れる師匠と、仲間と、後輩に恵まれていたわ。でもね、その人達も私の闇をわかる事はできなかった」

 そして、何度目かの微笑を浮かべた。

「だから、私は壊してやったのよ。叫んでやったの、『私は邪悪な人間だ』とね。みんな、私を恐がり、そして嫌悪していたわね。あの表情は愉快だったわ、うふふふふふふ……」

 その悪魔めいた笑い声に、しかし、佐天は今度は恐怖も嫌悪も感じなかった。

 かわって彼女がいま感じたのは、いいようのない痛ましさだった。

「……。加茂川さん、なんでそんなに泣いてるような顔で笑うんですか。本当は加茂川さんだって、仲間と……」

「どうかしらね。私はただ、この狂おしい衝動を満たしたいだけよ」

 と瀬里奈は言った。

「御坂さんなら……あの健康な心と強い力を持った女の子なら、私を受け止めてくれるのではないかしら?」

 その言葉に、佐天は何も言えなかった。

 彼女にとって大事な美琴を危険に晒したくないという思いもあったが、しかし、瀬里奈のことも、放っておけない気持ちも生まれかかっていたのだ。

 

 そして時は再び、現在。

 

「瀬里奈さん! 監視カメラに御坂美琴と白井黒子が映りました」

「ふふ。来たようね」

 若菜の報告を聞いて、瀬里奈は笑みで顔を歪めた。

「さあ始めましょう。閻王と電撃姫の、狂乱と破壊のダンスパーティーを。ふふ、ふふ、うふふふふふふ……!」

 その笑い声を聞きながら佐天は、暗い顔でうつむいていた。

 なんとかしてこの争いを止めたいと思いながらも、その手段を見出せない自分に嫌悪感を感じていたのだった。

 そして、その場に、戦士たちが現れた。


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