ストレンジャーズ   作:philo

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02 忍び寄る閻王の魔手

「こんにちは」

「あっ、加茂川さん」

 その建物に入ってきた瀬里奈と若菜を、十二、三歳ぐらいのフードつきパーカーを着た少女が出迎えた。

「お早いお着きですね。仕事の時間には超早いですよ」

 少女の名は絹旗最愛(きぬはた・さいあい)。

 学園都市の暗部組織『アイテム』のメンバーだ。

「ふふ、ありがとう。実は少々、用があってね。……『彼女』はいるかしら?」

「はい、いますよ。今呼んできますね」

 絹旗が奥の部屋へ行こうとすると瀬里奈が言った。

「お呼び立てしては失礼だわ。私から行くわよ」

 すると絹旗が首を振った。

「いえ。こちらの都合なんですよ。あの人、勝手に部屋に入られると、超機嫌が悪いですから」

 その言葉に、瀬里奈は頷いて、居間のソファーに腰を降ろした。

 絹旗が呼んでこようとする人物が、怒らせてはいけないたぐいの人物であることを、瀬里奈は知っている。

 無論、誰かを恐れる瀬里奈ではないが、さしあたっては、無用なすれ違いは回避しておく必要があった。

 

「なによ、仕事の前に来たりして。おちおちスーパーマサオブラザーズもやってられないわ」

 面倒くさそうに頭をがしがし掻きながら、大柄な長髪の女性が言った。

 彼女がこの学園都市の暗部組織『アイテム』のリーダーであり、レベル5のひとり『原子崩し(メルトダウナー)』こと麦野沈利(むぎの・しずり)だ。

 戦いに臨んでは鬼神のように荒れ狂うことで知られる彼女も、今はまるで満腹した虎のように大人しい。

「あら、意外ね。貴方のような人が子供の遊びをやるなんて」

 と瀬里奈が言うと、麦野は退屈そうに伸びをした。

「暇の潰し方覚えてないと、こんな仕事やってられないわよ。場合によっては3日間ずっと待機って事もあるんだから。で、何の用? 話し相手が欲しいってんだったら、私はゲームに戻るわよ」

「まさか。学園都市が誇る第四位『原子崩し(メルトダウナー)』ともあろう者を、つまらない用事で使うわけがないじゃない。私は力のある者には相応の敬意を払う主義なのよ。そして貴方は敬意に値する人間だと思うわ」

「お追従ね。つっても、悪い気はしないけど」

 麦野は軽く口もとをゆるめた。

 ただの追従ではあっても、それが心にもない追従というわけではないことを、麦野は理解し、それを前向きに受け取っていた。

「こちらとしても、SRC島にその名を轟かせた『閻王』の力を借りられるのは光栄だしね。私は頭を使うのは得意な方じゃないから、あんたの軍略家としての能力は助けになると思うわ」

「お褒めに与り光栄の至り、といっておくわ。フフ……」

 瀬里奈は静かに笑った。

「私がここへ来たのは、貴方の部下を借りたいからよ。若菜だけでは足りないし、といって貴方自身を動かすのは悪いからね。私の私用に『原子崩し』を駆り出すなんて、さすがに役不足が過ぎるというものよ」

「部下を? まあ絹旗は今ここにいるけどね。滝壺とフレンダは別件で働いてるわ。それもあって、今回は貴方に協力してもらったわけだし。で、絹旗に何の用なわけ?」

「ええ。実はね――」

 麦野の問いを受けて、瀬里奈は口を開いた。

 その口から語られた説明を耳にした、麦野は。

「……本気なの? 貴方」

 と、眉をひそめた。

 一方の瀬里奈は、楽しげに笑っていた。否、愉しげに、と言うべきだろうか。

「あら、私がこんなことで冗談を言う人間に見えるかしら?」

 対する麦野はため息をついた。

「冗談にも聞こえるわよ。仕事の前だってのに……言っておくけど、面倒はごめんよ?」

「ふふ、心配しないで。貴方に迷惑のかかるようなことはしないと約束するわ。私の手並みはわかってるでしょう? 麦野さん」

「まあ、ね。貴方の腕を疑っているわけじゃないけど」

 麦野は肩をすくめ、それからニヤリと笑った。

「それに、そうね――私を差し置いて第三位に収まってる小生意気なガキの鼻をあかしてやれるのは愉快だわね。いいわ。絹旗、協力してあげなさい」

「わかりました。加茂川さん、超よろしくお願いします」

 麦野の指示を受けた絹旗は、瀬里奈へと慇懃に頭を下げた。

「では、その標的を狙う準備をしますか?」

「学園都市の地理は貴方が詳しいはずよ。まずは彼女の通学路の割り出しを頼むわ」

 そう言うと瀬里奈はその優雅な口もとをほころばせ、両手で身を抱いた。

「ああ、早く会いたいわ御坂美琴さん。貴方なら私の飢えを、渇きを、疼きを癒してくれるのかしら? うふふふ……」

 その口から漏れる含み笑いと、ぎらぎらと輝きだす瞳とは、気の弱い者なら見て、聞いただけで怖気が走るようなものだった。

 しかし、その場にいた三人の女性たちは、そのような反応はしなかった。

 麦野は「処置なし」とでもいいたげに両手を広げてみせ、絹旗は特に反応することなく淡々とタブレットを操作し始めた。そして瀬里奈の同行者たる若菜は――うっすらと微笑んで瀬里奈を見ていた。その視線はうっとりとした歓喜に染まり、その口は薄笑いを浮かべていた。

 ここは学園都市の暗部組織のアジトだ。

 その場に集うような者達は所詮、大なり小なり、どこかしらまともではないのだった。

 その中でもとりわけまともでない、黒髪に黒服の元姫長は、まだ見(まみ)えぬ宿敵――レベル5の第三位という大仰な肩書きの割にはあまりにもまともな、まだ十四歳の活発な少女のことを思い、含み笑いを漏らし続けていた。

 

「おおっ! うまいな、このクレープ!」

 さつきは、口のなかに広がる甘いバナナとクリームの香りに、思わず顔をほころばせた。

「でしょでしょ? これ、超おすすめなんですよ」

 佐天も、ブルーベリーソースのかかったクレープを頬ばりながら、その味と、そして新しい友人がひいきの店の料理を喜んでくれているという事実との両方に対して笑顔を浮かべた。

「私と御坂さんが最初に出会った時も、ここでこれ食べたんですよね」

 そのクレープ屋は、第六学区でも評判の店だ。

 しばしば行列ができて売り切れてしまうこともあり、この日の美琴たちが五人分確保できたのは幸運なことだった。

「出会いのクレープ、というところですわね。縁起ものですわ。来我さんもこのクレープを食べて、この街に親しんでいただければ幸いですわ」

 黒子の笑顔に、さつきも笑顔を返した。

「ああ。隊の仲間にも食べさせてやりたいよ。この街にいる間の楽しみが増えたな!」

「それはいいですけど……来我さん」

 美琴は、あずきと抹茶アイスのクレープを食べながら、なんとも微妙な顔をさつきに向けた。

「ん、何だい?」

「チョコバナナクレープにマヨネーズかけるのはどうかと思うんですけど……」

 そう。

 さつきが食べている甘い甘いクレープには、卵と塩と油の味でいっぱいのマヨネーズがべっとりとかけられていたのだ。

「う……うえぇ」

 佐天が思わず口を押さえた。さつきが懐から堂々とマヨネーズのボトルを取り出した時には、四人とも目を疑ったものだ。喜んで食べているさつきに、なんとなく誰も指摘できないでいたものを、ようやく美琴が指摘したのだった。

「何を言う! マヨネーズは正義だぞ!」

 さつきは、決然とした表情で叫んだ。

「マヨこそは神の与えた食物にして、ありとあらゆる栄養と叡智が詰まった天上のエキスだ!」

「どれだけマヨネーズ好きなんですか、来我さんは~」

 初春が呆れた声を出した。

「そういえば来我さん、SRC島には名物はありますの?」

 黒子がとりなすように苦笑しながら言った。

「そのうち私たちも、島へお邪魔することもあるかも知れませんし、うかがっておくのもいいですわ」

「そうだね。うちの島にも、色々といい店が出ているよ。この学園都市にも支店があるはずだけど、外食チェーンの海月楼が店を出していてね」

「海月楼ですか! あそこ、いいですよね」

 と佐天。

「私たちもよく四人で食べに行くんですよ。やっぱ、中華はボリュームたっぷりですもんね!」

「ああ。私たちもよく仲間同士で連れ立って行くよ。そしてSRC島の支店はね、海月楼チェーンのクレア社長が直接経営してるんだよ」

 その言葉に、美琴が目を見張った。

「へえ……! 凄いじゃないですか! あの世界中に広がるチェーン店の社長さんの直営なんて」

「社長さんの作る料理がまた天下一品でね。SRC学園の生徒の一番の贅沢だよ」

 と、さつきが自慢げに言った。

「あと、聖乙女から来てるバイトでチャーハン作りのうまい子がいてね、色々と特別メニューが多いんだ」

「いいですねえ。私もチャーハン大好きですよ」

 と言ってから初春が気がかりげに、

「あとSRC島にはモンスターを食材にした料理を出す店があるって聞いたんですけど、本当なんですか?」

「モンスターの料理!?」

 美琴が目を剥いた。

「ああ、丼ドルマだね。有名なモンスターハンターだった人が店長をしていて、色々な食用になるモンスターを使ってるんだよ」

「食べられるんですか? それ……」

 当然といえば当然の美琴の反応にさつきは苦笑しながら言った。

「最初はちょっと抵抗があるかも知れないけどね。キマイラやワイバーンの肉は普通の牛や鶏の肉とそう違わないよ。スライモはジャガイモみたいだし、ダイミョウガザミはカニに似てるしね。それでも普通の食材とは違った味わいで、一度はまるとやめられなくなるよ」

「いいですねえ。なんか食べてみたいなあ」

「ああ。あれはお勧めだよ」

「学園都市にはモンスターはあまりいないようですし、モンスターの宝庫といわれるSRC島ならではですわね」

「まあ、以前原隊長に虫機動イナゴの甘露煮丼を食わされた時にはさすがに死ぬかと思ったけどな……」

「どんなモンスターなんですか? それ」

「人間の手ぐらいの大きさのイナゴが丼に盛られているところ、といえばわかってもらえるか?」

「や、やめてくださいよ! クレープ食べられなくなるじゃないですか」

 美琴が、いやな顔で叫んだ。

 それへさつきが笑ってみせて、

「まあ、たいていのメニューは普通に食えるものばかりだからね。別に毒じゃないし食品衛生法もパスしてるし、話の種に食べてみるのはいいと思うよ」

「そうですねぇ。面白そうですけど、グロいのは遠慮しますよ」

「私、グロいのも興味あるかも。来我さん、他になんかエグいのはないんですか?」

 佐天が聞くと、

「そうだなあ。プリンそっくりのモンスターの『ぷりん』をご飯にかけた、ぷりん丼もなかなかエグいな」

「ご飯にプリンをかけて食べるとか、どれだけ白米を冒涜してますの……」

 黒子がげんなりとした顔で言ってから、はっとした顔で、

「っと、いけませんわ。そろそろ風紀委員の会合の時間ですわね。今日はお姉様も参加される予定だったのでは?」

「そうそう。姫士組との交流で、色々と学園都市の情勢について知っておくって話だったわね」

「私一人だけフリーか。退屈だなあ」

 佐天が伸びをした。

「まぁ、部外者の私が風紀委員の会議に出るわけにもいかないしねえ。とりあえず駅前でウインドーショッピングでもして寮に帰るよ」

「わかりました。最近また物騒だから、裏通りには入らないようにして下さいね」

 心配げな顔で言う初春に、佐天が片手を振ってみせた。

「わかってるわかってる。私だって子供じゃないんだから」

「気をつけて下さいね。それじゃ佐天さん、失礼しますね!」

「お疲れ様ー、初春。風紀委員のお仕事がんばってね」

 そう言った佐天が、にやりと悪戯な笑みを浮かべた。

「もしも強盗や喧嘩に出くわしたら……そいやっ!」

「きゃああああ!?」

 初春が悲鳴を上げた。

 背後から忍び寄った佐天に制服のロングスカートを勢いよくめくり上げられたのだ。

「……と、こーんな感じに可愛いイチゴ柄のパンツで悩殺してやりなよー♪」

「もー、佐天さんっ!皆もいるのに何てことするんですか!」

「あっはっはー♪」

 紅潮した頬をふくらませて抗議する初春に、佐天は楽しげに笑い声を上げた。

 さつきが呆れて言った。

「確かこれで3回目だったかな? 初春さんのパンツ見るの……」

「う、うぅ~……」

「やれやれ……佐天さんも、男の子がいる時にはやらないようにね」

 美琴が呆れて言った。

「わかってますって~。さてと、それじゃ皆、がんばってくださいね」

「それじゃ、また明日!」

 さつきがそう言って片手を上げ、佐天に背を向けて去っていった。佐天以外の少女たちは、皆そのあとへ続いていく。

 友人四人の後ろ姿が人ごみにまぎれて見えなくなったのを確認した佐天は、携帯電話を取り出して時間を見た。

「さてと、まだ時間あるし寮に戻るのも早いかな」

 つぶやいて携帯電話をポケットに戻し、

「とりあえず本屋にでも寄るかな。今月の少年ゴンゴンの発売日もそろそろ――ん?」

 のんびりとつぶやいた佐天は、目の前に立った人影に、一瞬気付かなかった。

 それから、どうやら相手が意図的に自分の前に立ちはだかっていることを知り、いぶかしげに視線を向けた。

 十二、三歳ぐらいのパーカー姿の少女に。

「佐天涙子さん……ですね?」

「そうだけど、誰……?」

 とまで言ったところで、佐天の意識は途切れた。

 少女――絹旗最愛が音もなく振るった拳がみぞおちに食い込んだのだ。

 ぐったりと脱力した佐天が倒れかかるのを、人目につかないよう拳で気絶させた絹旗と、その横にいた若菜が、

「あなた大丈夫?」

「顔色が悪いわよ。立てる?」

 などと、周囲の通行人に聞こえるように言いながら両側から佐天の体を支えた。

 通行人たちは、誰も事態に気付いていない。佐天の様子を見た者も、二人の女性が助けに入ったのを見て、大丈夫なのだろうと思ってそのまま通り過ぎていく。

 いままさに、佐天が気絶させられて拉致されようとしていることなど、その場の誰も気付くはずもなかった。

「手際がいいわね。さすがは『アイテム』のメンバーね」

「私を褒めても何も出ませんよ。早く指定の廃ビルへ行きましょう。加茂川さんが超お待ちかねですよ」

 絹旗と若菜は、小声で言い合いながら、佐天の体を両側から軽々と運んで、どことも知れぬ場所へと連れ去って行った。

 あとには、繁華街の喧噪が、何事もなく残されているばかりだった。


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