SRC学園――。
伊豆半島の南方に浮かぶ人工島「SRC島」に作られた、学園都市と並ぶ能力者開発の聖地である。
様々な超能力者、怪物の集うこの島で、事件の幕は開こうとしていた――。
うっそうとした木々の立ち並ぶ、深い森の中だった。
背の高い木々の間に、かろうじて道と呼べそうな隙間ができている。時々、遠くから鳥や獣の鳴き声が響いてくる。
ここはSRC島の北部に位置する、「伝説の樹海」と呼ばれる巨大な森の中だ。
20年前、「聖域」と呼ばれる不思議な空間の門が開いたことで発生したともいわれる、不思議なエネルギーに満ちた樹海。
その中では何が起きても不思議ではないといわれる森の中を、ひとりの少女が歩いていた。
「ん~……どこだろう、ここ?」
その少女の年の頃は十二、三歳というところだろうか。
黒いゴスロリスタイルのドレスに身を包み、金色の髪には赤いリボンが結ばれている。
「幻想郷じゃないみたいだけど、なんか……よくわからないー」
きょろきょろと辺りを見回す少女の顔には不思議そうな表情はあるが、恐れや不安はない。幼い少女の心には、未知の場所に迷い込んだことへの恐怖という気持ちは、あまりないようだった。あるいは、彼女の元々持っている天性の楽天家の気質がそうさせるのか。
少女の名は、ルーミアという。
「でも……おなかすいた~……」
きゅるるる、と愛らしい音がして、ルーミアはお腹を押さえた。
寂しさは感じなくても、物理的な空腹には勝てないようだ。その顔に、情けなさそうな表情が浮かんでいる。
「へぇ……おなかがすいてるのかい?」
不意に、低い男の声が木陰から響いた。
「? ……誰?」
ザッザッと落ち葉を踏みしめて、姿を見せた男に、ルーミアは不思議そうな声をかける。
裾の長い白衣を着込んだ、背の高い男だった。
一見すると研究者や医者のように見えるが、短く刈り込んで金色に染めた不良じみた頭髪と、険しそうな顔の右頬に彫られた刺青、口元に浮かぶ意地の悪そうなニヤニヤ笑いが、インテリというよりは武闘派のヤクザのような印象をかもし出している。
男の名は、木原数多(きはら・あまた)という。
「俺が誰かなんて、どうだっていいさ。それよりお前よぉ、腹減ってんだよなぁ。俺のところでご馳走してやろうか? 今なら好きなモン喰い放題だぜ」
木原は、その凶暴そうな顔に似合わない猫なで声を出した。
小さい子供が一目見ただけで怯えて逃げそうな凶悪な人相の男だったが、愛想笑いを浮かべて優しい声を出すと、不思議と親しみやすい印象に変わる。
「えっ、本当?」
ご馳走と聞いて、ルーミアが目を輝かせる。
いま空腹なだけではなく、もともと食い意地の張った性格のようだ。
「じゃあ、お肉たくさん食べたいな!」
「ああ、お安いご用さ。新鮮なお肉には事欠いたことないからなぁ。ぎゃははははははは!」
何が楽しいのか、高笑いを上げる木原。
「ん~……でも……」
「おいおい、遠慮することはねえんだぜ? お前みたいなガキが腹をすかせたままなんて、カワイソーだもんなぁ」
いかにも気前の良さそうな笑みを見せる木原に、ルーミアはうーんと考え込みながら、
「『ただほど高いものはない』って霊夢がいってたし」
「ハハッ! そーかい、真面目なガキだなぁ」
少女の口から出た人名も特に気にせず、木原はルーミアを褒めた。
「そんじゃあ、俺のところでちょっとしたお仕事を手伝っちゃくれねえかい? 人手が足んねーんだわ。そうすりゃタダで飯食ったことにはなんねえだろ。お前の力が必要なんだよ」
「お仕事? ん、それなら行くよ!」
それが一体どんな「お仕事」なのかろくに確認することもせず、素直に納得するルーミア。
そんなルーミアに、木原は満足げに頷いた。
「よっしゃ、雇用成立だな。ついて来な。なあに、すぐそこだよ」
そういって、木原はルーミアを従えて歩き出した。そのやり取りはどう見ても子供を言いくるめる誘拐犯だったが、それを目撃していたのは、周囲の木々と太陽のみだった。