ストレンジャーズ   作:philo

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16 茶番劇の舞台裏

 SRC島・クルセイド学園騎士団本部総代騎士執務室。

 学園の治安の要、その一つの中心たる部屋で、麻生ハイネは男女二人の客を迎えていた。

「こんにちは、クルセイド学園騎士団へようこそ。僕が総代の麻生ハイネだよ」

「羽原健太郎だ。こっちの中坊が美樹さやか」

 その青年、健太郎の紹介に、短髪の少女、さやかが口をとがらせた。

「あんたねー、オマケみたいに紹介しないでよね。デリカシーのない男はもてないわよ?」

「へっ、俺の思い人は多少乱暴なぐらいじゃないと相手してくれないんでね」

「あ、あらそうなの……」

 抗議に惚気で返されて、さやかは呆気にとられて黙った。

 ハイネは笑顔で席を勧めた。

「まあ、そこのソファーでお茶でも飲んでくれ。それではさっそく用件を聞こうか。といっても、『河内正騎士とその連れの女性のことで話がしたい』なんて言うからには、用向きは知れてるけどね」

「あんたが話の早そうな人でよかった。俺もそう、見た目ほど余裕があるわけでもないからな」

 健太郎は真剣な顔で言った。

「あんたに聞きたいのは、河内正騎士たちの足取りについてなんだが……」

「それについて答えるより先に、君達がなぜここへ来たのか、聞いておいてもいいかな。河内先輩は、どうも大きいヤマに首を突っ込んでいるようだからね」

 その言葉に、さやかが不安そうな顔で、

「大きいヤマ……って、まさか杏子、何か危ない事件にでも関わってるわけ?」

「その子が河内先輩と同行してるとすれば、そうかもね。二十分ほど前、市街地で爆発音が確認された。まだ詳細は把握できてないけど、すでに戦闘が起きていたかも知れない」

「っ……!」

 思わず立ち上がろうとするさやかを、健太郎がなだめた。

「落ち着けよ、美樹さん。魔法少女ってのは、高い戦闘能力を持っているんだろ? どんな相手か知らないが、凪も一緒なら、そう簡単にやられるとは思えないぜ」

「凪って人は……そんなに強いの?」

 その問いに健太郎は、

「ああ。……とってもな」

 と静かに笑って答えた。

 その言葉と表情にこめられた確固たる信頼は、さやかにも伝わったようだ。彼女は、軽く息をついて力を抜いた。

「河内先輩が一緒なら、なおのこと安全だろうね」

 とハイネも言い添えた。

「あの人は口うるさくて頑固で、超厄介な先輩だけれど、あの『綺羅星の時代』を支えた一人だからね。攻めの戦では源氏先輩や鈴木先輩に一歩を譲るが、堅実さであの人の右に出る者はいない。まず心配はないと思うよ」

 綺羅星の時代。

 それはハイネが総代騎士に就任する五年前の総代だった源氏政行の時代をさす。この時代は騎士団、姫士組、警備隊のSRC学園三大自警団がいずれも人材に恵まれ、大きな外敵もなかったことから、そう呼ばれていたのだった。その地味で地道な戦法と性格から目立ちはしないが、惣一もまた、その時代を支えた綺羅星の一人として知られていた。

「信頼してるんですね……河内さんのことを」

「殺したって死なないタイプさ、あの先輩は」

 ハイネは苦笑した。

「僕に詳細を知らせなかったのも、巻き込まないためというより、政治的配慮からだろうしね。本当に厄介な先輩だよ」

 ハイネに事の次第を詳しく伝えれば、それについてハイネは必ず独自の対処をする。情報収集もするだろうし、場合によっては惣一に無断で兵隊を動かすこともありえるだろう。そうなれば、ことは惣一ひとりの問題ではなくなる。そしてそうなると、惣一とハイネの間の力関係、ひいては騎士団内での二人の立ち位置にも影響がないとはいえない。惣一は、そうした面倒を嫌った。あくまで個人的に頼まれた案件として事態を処理しようと望んでいたし、そうである以上、ハイネとしては手出しも何もしないことが、惣一への誠意になるのだ。

 それを察した健太郎も、難しい顔でうなった。

「噂の通り、この島は色々面倒らしいな……」

「まあね。あの学園都市と並び称されるほどの能力者育成機関、しかも学生の権限が強いときてるからね。どうしたって政治が絡むのはやむを得ないことさ。僕らみたいな武力組織はなおのことね」

「杏子たちのことは……今はまだわからないの?」

「じきにわかるとは思うよ。戦闘があったということは、捜査に進展があったか、すでに決着がついたということだろうし。まあ、十中八九無事に帰ってくるだろうから、お茶でも入れて待ってるのがいいさ」

「そう……よね。待ってるしかないわよね……」

 ややうつむいて、さやかはつぶやいた。

 それへ、健太郎が気遣わしげな顔を向けた。

「浮かない顔だね……美樹さん」

「杏子の奴……あたしにグリーフシードだけくれて、行き先も告げずにいなくなっちゃうんだから。たまたまネットで羽原さんと知り合ってなかったら、あたし本当に途方に暮れてたと思うわよ……」

「凪の奴も他人行儀なところがあるからなあ。お互い、心配事のたえない相棒をもつと苦労するもんだね」

 そう言って健太郎は、さやかに苦笑を向けた。

「まあ、ね……杏子はあたしに、優しくしてくれたし」

「君たちの役に立てなくて、すまないと思うがね」

 締めくくるように、ハイネが言った。

「僕らも、いま何が起きていたのかを調査してる最中なんだ。伝説の樹海で、奇妙なエネルギー反応があったという知らせもあるしね。もしかしたら事件の裏側で、何か大きなものが動いているのかも知れないね――」

 ハイネは総代室の窓から、外をにらんだ。

 空はよく晴れていたが、その青空の下のどこかに、得体の知れない何かが潜み、動いているような、そんな不気味なイメージを、彼は打ち消せないでいた。

 

 そして。

 そのハイネの感覚を裏付けるかのように。

 

「さァて、それじゃ各々方――」

 木原は、缶ビールを掲げた。

「祝杯といこうか。計画の成就を記念してな」

「そうですね。……木原さんの労をねぎらわなくてはなりませんからね」

 そう言って甘ったるいドイツワインのグラスを掲げたのは、年端もいかない少女だ。

 杏子やさやかより、さらに幼い。まだ小学生ぐらいの年齢だろう。

 しかし、その口もとに浮かぶ気味の悪い笑みは、その綺麗な瞳に浮かぶぞっとするような眼光は、彼女が見た目通りの無邪気な少女ではないことを示している。

 この場で木原と杯を交わしていることから類推するまでもなく、彼女――永遠之道雀夜(とわのみち・さくや)もまた、闇に潜み、弱者の肉をむさぼることを身上とする野獣なのだった。

「そして私達の明るい未来に乾杯、というところかしらね。おっほほほほほほ……」

 そう言って、血のように赤くどろりと濁った果実酒の杯を掲げたのは、黒いローブをまとい、頭からフードをかぶった怪人物だ。顔には悪魔のようなおぞましい仮面をつけ、その奥から響く声は重々しく、耳障りな声だ。その声とあいまって、性別はおろか人間なのかどうかすら曖昧な人物だ。

 三人は、酒杯を打ち合わせて唱和した。

『乾杯(プロージット)!!』

 そして一斉に口をつけた。

 黒いローブの人物――カエサルの仮面にも口もとに切れ込みが入れてあるようで、そこから果実酒が流し込まれた。仮面の切れ込みの端から垂れた果実酒が、まるで血のようにしたたった。

 そこは、どことも知れぬ闇の中。

 富豪の屋敷の食堂か、高級クラブの一室のような贅を尽くした空間だったが、窓はなく、そこがどこかをうかがわせる手がかりは何一つない。そこが海底深く潜んでいる潜水艦の一室、と言ってもおかしくない場所だった。

 どことも知れぬ空間で、何者とも知れぬ三体の邪悪が、奸計の成功を祝って乾杯を交わしていた。

「いやしかし本当に、こうもうまくいくとは思いませんでしたね。何事も実践は肝心ですね」

 雀夜が、にやにやと笑いながら言った。

 木原も、笑いながら頷いた。

 惣一との戦いでの激昂ぶり、苛立ちぶりが嘘のような上機嫌だった。

「学園都市での計画は大体、忌々しいアレイスターの仕切りだからな。少しは『俺の』点数稼ぎが欲しかったところだ。おたくらが相手なら、分け前を分配できる。アレイスターみたいに総取りの心配がねえ。なかなかいい商売相手にありつけたものだぜ、お二人さん」

「この業界、信頼関係が大事ですからね。まあ、利益の切れ目が縁の切れ目なわけですが」

 雀夜は幼女らしからぬ追従じみた愛想笑いを浮かべているが、その瞳から覗く光は、狡猾で冷たい眼光だ。

 カエサルが、たしなめるように言った。

「そんなこと言うのはヤボよぉ、雀夜ちゃん。この面子の誰もが、故あらば相手の背を刺そうと狙っている。そうでしょ?」

「違ぇねえ。だからこそ、逆に利用はしやすいわけだな。仁義だ友情だと奇麗事を吐き散らす良い子ちゃんの相手は俺ぁもう腹いっぱいだからな。あんたらの方が楽でいい」

「人が悪いわねぇ。良い子ちゃんの利用法はちゃーんと心得てるわけなんでしょお? たとえばあのザボエラとエトナ、どうせ植えつけたウイルスも不完全なものでしょ?」

「ああ、もちろんさ。努力すれば助かる程度に効能を抑えた。脳をブッ壊して完全な暴走機械にすることもできたがな」

 そう言って木原は、ゲラゲラと笑い声を立てた。

「あのお人好しども、哀れな子犬ちゃん二匹を助けるのに手一杯で、俺の追撃に手が回らねえでやんの! そのせいで無数の罪もない子羊が犠牲になるかも知れねえっつーのに、見捨てられねえんだよ。あの悪党二匹を!」

「正義の味方とはそういう生き物ですからね。見捨てたら彼らは正義じゃなくなります」

 雀夜が、したり顔で言った。

「河内惣一さんなどは、どちらかというと正義じゃない側に近い人間ですが、でも結局は白を取る人間ですからね。騎士団にしてもそうです。見え見えの私の仕込みを、罠と承知で相手をしなければならないんですよ、アハハハハハハハ!」

「本当に、曼珠沙華ってのも大したシステムだよな。とても八つのガキの構築した組織とは思えねぇな。聖乙女学園だけの組織かと思ったら猟惨泊のモヒカン共まで手中に収めてるんだからな。大したタマだぜ」

 木原は、雀夜の支配する不良組織に言及した。

 曼珠沙華とは、聖乙女学園を中心に展開する素性の不明確な謎の多い不良グループだ。構成員はネットに登録された犯罪の依頼を請け負い、その時の犯罪映像を出資者である聖乙女学園の不良令嬢たちが見物したり賭けの対象にしたりする。末端の構成員や一部の令嬢などが捕まってはいるが、組織の中枢は依然として謎のままだ。

 ましてや、組織のマスターであるこの雀夜までたどり着いた者は、少なくとも治安維持組織の側にはいなかった。

「あのモヒカン共は利益さえあれば誰の下にでもつきますからね。あれほど動かしやすい駒はありませんよ。ちょっと餌を与えるだけで、島中で暴れてくれて、治安維持組織の目を勝手に引き付けてくれたのですからね。アハハハ……」

 雀夜の言葉は、ここ最近、不良グループ猟惨泊の活動が活性化していることが彼女の差し金であることを意味していた。猟惨泊は、曼珠沙華とは別のグループだ。それでも彼らには二つの特徴があった。大組織であり、構成員のモヒカンたちは忠義も節操もない寄せ集めであること、そして、仁義や自制と無縁な外道の集団であることだ。ゆえに雀夜は、ちょっとした撒き餌で、簡単にモヒカンたちを操作してのけたのだ。

「雀夜ちゃんが島で陽動してくれたおかげで、私も仕事がやりやすかったわぁ」

 カエサルも、仮面の奥で不気味に喉を鳴らして笑った。

「伝説の樹海と幻想郷……不安定な境界同士とはいえ、次元の壁を破る術はさすがに簡単には仕掛けられないものねぇ。島で騒ぎが起きてなかったら、注目されていた危険もあったわぁ」

 伝説の樹海と幻想郷。その二つの点はいずれも今回の事件で、ルーミアが関わった点である。それを線として結び、さらにこの発言をしたカエサルが何をしたのか、何の原因となったのか、その意味はわかりすぎるほどに明確であった。

「そうは言いながら、あれほどの大魔術を実行できるんだから、あんたの力量も大したもんだよ」

 木原がカエサルをねぎらって言った。

「おかげでこっちは大収穫さ。一番の標的だった『宵闇の妖怪ルーミア』を一時とはいえ手中に収められたんだからな。雀夜、お前も幻想郷で随分と収穫を挙げてたんだろ?」

「ええ、それはもちろん。ただの客のふりをして、たっぷりと幻想郷のマジックアイテムを集めてきましたよ。これを手がかりに、さらに穴を広げられます。戦力も向上しましたし、他組織との取引にも有益な材料ですね」

「まあ、本命はルーミアちゃんよねぇ。木原ちゃん、どの程度調査ができたの?」

「さすがといおうか、正体についてはからっきしだな。一説には幻想郷の封印自体に関連するともいうから、迂闊に手は出せねぇ。まあ、NBテリトリーを発動させても全く損傷がない時点で、半端じゃねえエネルギーが秘められているのは明白だがな」

「ただの妖怪で同じことをすれば、ポップコーンのように弾けるのがオチでしょうしねえ。アハハハ」

 面白い冗談でも口にしたように、雀夜が笑って言った。

「そして、魔術的エネルギーはたっぷりと持ち帰ることができた。3日という時間は、それだけの作業に十分だったぜ。ルーミア自体はガキどもに持って行かれたが、まァこんな計画であのガキを完全に手中にできるなんざ夢物語だからな」

「SRC島も色々と厄介な土地だからねぇ。SRC学園の三人の学園長、あの三大魔王のお膝元でもあるしねぇ。あまり目立つと、こっちのケツに火がつきかねないわ」

「とはいえ、充分に闇が潜む余地はありますがね。だから私のような者が学生をしていられる」

 雀夜の笑みが、禍々しく歪んだ。

「能力者たちも名家の子弟たちも、私から見ればご馳走の山のようですよ。アッハハハハハハ……!」

「私も負けてはいられないわねぇ。せっかく十二使徒の一人としてバチカンに潜り込んだんだから、有効に利用しないと。神の右席といいイスカリオテ機関といい、あの宗教も色々と闇が深いからねぇ。私には良い巣穴だわ」

 カエサルの喉から響く笑みも、ぞっとするような響きを帯びた。

「やっぱりあんたらは良い商売相手だぜ。学園都市の暗部として、俺もせいぜい励まなくっちゃあな。アーメンハレルヤギブミーマネーだ。善人ヅラした馬鹿ども相手に、これからどうやって食い散らかすのか楽しみだよなぁ!」

 木原は、陽気にそう叫んだ。そして三人の悪党は、

「ぎゃははははははははははははははははは!!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「おほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!!」

 と、豪奢な室内に哄笑を響かせた。

 

 その瞬間。

 

『……楽しそうね、貴方達』

 

 その声が響いたか否か。

 次の瞬間、三人の座る豪華な椅子が、飛来した無数の光弾に粉砕された。

 高価そうなソファーが、卓上に並べられた高級な料理が、たちまち微塵と化して飛び散る。しかし、椅子と料理の主は、三人とも平然と部屋の一角に降り立っていた。

 三対の視線の前で、空間にスキマが現れる。

 スキマの中は、得体の知れない空間だ。無数の目が除き、スキマの端にはリボンが――空間に結ばれている。

 この世とも思えぬ異界の門から、ゆっくりと現れた、紫のドレスの、金髪の少女。

 八雲紫であった。

「いるものよね……どこの世界にも、寄生虫とかウジ虫というものは」

 紫は、面倒くさげに、こともなげに言った。

 惣一の前に現れた時の、悠然たる胡散臭さが、今はない。

 かわって、厄介な雑用を押し付けられたかのような物憂げな気配が――確固たる殺意とともに、まとわりついていた。

「いくら潰しても、尽きることはない。いうなればそれは、世界の摂理のようなものだから」

 そう言って、じろと三人の悪党に目を向けた。

 木原は、ヒューと口笛を吹いた。

「……オイオイ、どうやってここへ来たんだよ。理論上、絶対にバレない隠れ家なんだぜ? ガキどもがいかに賢かろうとも、物理的・心理的な盲点を極めたこの場所は想定すらできねえってことになってたんだがよ……」

「そうね。あの子たちには、それは無理ね」

 紫は、首肯した。

「ここへたどり着くのは、いうなれば世界の裏側を覗くに等しいことだから。それはあの子たちには荷が重いわ。……だからこれは、私の役目」

 そう言う紫の静かな視線の中の、殺意が徐々に強まっていった。

 それはさながら怒れる闘神のごとき、強大な圧力に満ちた視線だ。常人なら、その視線に見られただけでショック死しかねない。

 しかし――カエサルは、冷ややかな怒りに嘲笑で返した。

「おっほっほ……いやねぇ、私が幻想郷に穴を開けたこと、そんなに腹を立てているのぉ? あんまり細かいことにこだわるとシワが増えるわよ? お・ば・あ・ちゃん♪」

 雀夜も――この実年齢十歳にも満たない少女も、平然たる言葉を投げた。

「ルーミアさんも無事返したんだから、もう手打ちでいいじゃないですか。人間、平和が何よりですよ。せっかくおいでになったことですし、ロートシルトのワインでもどうです?」

 目の前に叩き付けられた敵意と殺意を意にも介さない、嘲弄に満ちた誘いに、紫は突きつける白刃のごとき視線と言葉で応えた。

「お前たちのような下衆の酒など飲まない。私が飲みたいのは、お前たちの血だけよ。この八雲紫の怒りに触れて、無事で終わると思うは蒙昧。身を結ばない烈花の如く散らせてあげるわ」

「ハッ――おいおい、勘弁してくれよ!」

 大妖怪からの処刑宣言に対して、木原は。

 宣言の内容ではなく、動機に対して悲鳴を上げて見せた。

「あんなザコ妖怪一匹のためにブチキレるとか、博愛精神を通り越して気狂いの領域だぜ!」

「下衆に貴人の心情は読み取れないわ。ルーミアは私の一部、幻想郷は私の血肉」

 紫の美麗な口もとから、ギリッと歯ぎしりの音が響いた。

「己が血肉をひきむしられて、黙っているほど愚かではない!」

「困りましたねえ。この人、完全に怒ってますよ? どう対処したものですかねえ。カエサルさん、どう思います?」

 目の前の紫から堂々と顔を背けて、雀夜はカエサルに、まるでクレーマーを前にして同僚に相談する慇懃無礼なコンビニの店員のような態度で話しかけた。

 それへカエサルは、笑いながら答えた。

「おほほほ……そうねぇ、考えることでもないでしょ?」

 そして、語気と気配に、これも殺気を滲ませる。

「ちょうど酒の余興が欲しかったところだわぁ。魔界にその人ありと知られた虐殺皇帝カエサルの邪気、ご披露するのも一興だわねぇ。貴方達も黙って見てる気はないんでしょ、ねえ?」

 そう言って、シャキン! と長く禍々しい鉤爪を伸ばした。

 木原も、その刺青面に、毒々しい笑いを滲ませる。

「ヒィッヒヒヒヒヒ……あの『妖怪の賢者』を生け捕ればこいつぁ、大収穫なんてレベルじゃあねえぜ。アレイスターにすら対抗できるかもなぁ!やべぇよ、よだれが止まりゃしねえ」

 そう言って、ジャカッ! と銃にマガジンを押し込んだ。

 雀夜の口もとにも、キューッと半月のような、ピエロのような笑みが刻まれた。

「私は格闘するタイプではありませんが、ゲームは好きですからね。たまにはこのヴィジョン『SOD53』も使わないと、なまってしまうかも知れません」

 その繊細な少女の手に、音もなくトランプのカードが現れた。

 ただのトランプのようにも見えた。だが、空中からいきなり現れたトランプが。こんな禍々しい笑いを浮かべる少女の手に現れたトランプが、ただのトランプであるわけがなかった。

 室内に、急速に殺気が充満していく。さながら、ガスの元栓を閉め忘れた台所のような、危険で危機的な気配で満ちていく。

「さァて、解剖の時間だぜェ! たっぷり学ばせてくれよぉ、おねェェェさンよォォォォォォ!!」

「過ちて改めざる、是れを過ちと謂う。救いがたい亡者よ、華麗に無惨に弾けて散れ!」

 木原のヒステリックな歓喜に満ちた蛮声と。

 紫の気高く烈しい怒声とが交錯し。

 それを合図として、どことも知れぬ場所で、人外の闘争が始まった。


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