ストレンジャーズ   作:philo

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15 終幕

 ザボエラも杏子に、険しい視線を送っていた。

 すでに彼は、突撃する杏子に向けて放った投擲武器「毒牙の鎖」をかわされ、切り札を手放していた。杏子も毒液を跳ね散らせる毒牙の鎖を警戒して距離をとってはいるものの、槍を構えてじりじりとにじり寄っている。身体能力では比較にならない。モンスターとはいえひ弱な老人のそれであるザボエラにとって、熟練の魔法少女に隣接されることは、敗北を意味する。

「ベギラマ! ベギラマ!」

 ザボエラは声を張り上げ、たて続けに光線を撃ち放ったが、いずれも紙一重で杏子にかわされた。杏子にとっても、その光線をかわすことは容易いことではなく、歯をくいしばって冷や汗を散らしてはいたが、しかし結果からいえば、ザボエラの魔法攻撃は杏子を捉えるには至っていなかった。

「……!」

「でえいっ!」

 魔力が途切れ、一瞬弾幕を張れなくなったザボエラに、たちまち杏子が肉薄する。少年のような凛々しい顔に、満々たる闘志をみなぎらせ、ナイフのごとき眼光を叩きつける杏子。それを直視したザボエラは戦慄し、

「っ! ね、眠りの魔香気-っ!」

 必死で練り上げた魔力を解き放った。

「っ!」

 杏子は、素早く飛び退いた。十分なタイミングだった。ザボエラの周囲に充満した、魔力による催眠ガスは杏子にわずかなりとも触れはしなかった。クルリと宙返りをする余裕すら、杏子にはあった。

「ぬ、ぬぐぐぐ……」

「無口じゃねーか。さっきはずいぶんおしゃべりだったくせによ」

 苦しげに唸るザボエラに、杏子は嘲りの声を投げた。

 やんちゃそうな八重歯をちらと覗かせ、悪戯っぽく笑いながらもしかし、杏子の瞳は微塵も笑っていない。

 ルーミアに外道な実験を施し、木原の尻馬に乗って散々嘲ってくれたザボエラへの怒りの炎が燃えていた。

「そのガスが消えた時が、てめーの最期だ。腕の一本や二本で済むと思うんじゃねえぞ、外道ジジイが!」

「ぐ……小娘め!」

 ザボエラは脂汗を流しながら、なおも懸命に魔力を練る。彼のお得意の悪口はない。叩けるような、余裕のある状況ではなかった。

(相性の悪い相手じゃ。くそ、もう少しモンスターどもを残しておけばよかった……!)

 判断を誤った己を呪い、自分の部下まで捨て駒扱いした木原を呪ったが、ザボエラはどうにもできない。頼るべき強者も責任をなすりつける同僚も見出せないまま、身を張った最前線の戦場で苦闘を強いられ続けた。

 

 そして、惣一は。

「お兄さんよ、見たところおめえは熱血するガキの仲間にゃ似つかわしくないように思えるんだがな」

 木原の銃撃をすべてキャッスルガードで防ぎ、そのまま木原と至近距離で対峙していた。

 片や二十四歳。クルセイド騎士団において、十年の間戦ってきた最古参の騎士。

 方や三十七歳。老いとはほど遠い、脂の乗り切った凄腕の始末屋。

 彼らは選ばれし神の使徒ではない。それでも、呼吸するように当然のこととして戦いに身を置いてきた、熟練の戦士たちだった。

「何でお前みたいなのが俺の前に立つ?」

 木原からそう問われ、惣一は鼻を鳴らした。

「知ったことか。この島のガンは排除する、それだけだ。貴様など俺にとって、焼却処分されるべき生ゴミでしかない」

「ああ、そうかい。そんじゃ俺も殺すわ、とっととな!」

 そう言って、木原は銃を納め、拳を握りしめて惣一に突進する。

 惣一は眉をひそめた。

(何を考えている、こいつ? 拳での攻撃でこの大盾『キャッスルガード』に歯が立つわけがない――真正面から弾き返し、顔面に盾をぶち当ててくれる!)

 そう考え、惣一が大盾をかざす。

 いかに拳闘に長けていようと、攻めどころなどありはしない。そのまま銃弾をも跳ね返す超常の大きな板で、拳ごと相手に叩き付けるだけだ。惣一は、大盾を突き出した。

 だが。

「――――!?」

「――駄目なんだよなァ」

 突然、横からの強い衝撃を感じた。何が起きたか、とっさに――ほんの一秒にも満たない瞬間、理解できなかった。だが、それでも遅すぎた。次の瞬間、惣一は、今度は鼻面に強い衝撃を感じた。

「――――、グブァッ!!」

 体がのけぞり、かろうじて踏みとどまる。鼻血が噴き出すのを、惣一は体で感じていた。

「な、何……貴様、一体何をした!?」

 とっさにハルバードを振るって敵を退け、荒っぽく鼻血を拭いながら、惣一はかすむ目を見開いて敵をにらみつけた。ぼやける視界に、歯噛みするほどにゆっくりと、木原のにやけ面が像を結んだ。

「ハッ……てめえの盾は、確かになかなか強力なようだ。けど、それは絶対の防御じゃねえだろうが。盾っつーもんは、正面からの攻撃にゃ滅法強え。けどよ、言うなればそれは前方からの衝撃にしか対応してねんだわ。正面からの攻撃に馬鹿正直に突き出す。ならよー、その分厚い板切れの『横』から衝撃を加えればどうなる?」

「! ……まさか、貴様」

 自慢げに解説する木原に、惣一は思わず目を見開いた。

「ハッハッハッ! そのツラだと理解したな、オリコーさん! 伊達にガキどものリーダー面してねえようだなァ。そういうこったぁ。俺の研究は脳科学、能力開発、それに『力の向き(ベクトル)』! 中国拳法の要領でなぁ、盾を強打する寸前に拳の向きを変えて真横から叩いたワケさ。そうなりゃ、無防備なてめーのブサイク面が剥き出しよぉ! 本来はとある超能力者の対策に開発した技術なんだが、最近は色んなアホがいるんでな、ちぃとばかし応用を利かしてみたんだわ。面白ぇだろ? 拳法に似た特性と、その効果の高さから、『木原神拳』なんて呼ぶ奴もいるぜ。ぎゃはははは!」

 一分一秒を争う戦闘のさなかに、長々と手の内を解説する。見ようによっては、それは自ら隙を作る愚行ともとれるかもしれないが、惣一はそう楽観視する気にはなれなかった。少なくとも、不用意に近寄れないという情報が入ったことは、惣一にとって喜ばしいことではない。

 ただ同時に、そのことに臆する惣一でもない。彼は、ハルバードと大盾を構え直した。

「俺の盾が通用しない、か……フン、いいだろう! なら、そういう相手なりの対応をするまでよ。不利は認めるが……それだけでこの『虎牢卿』を倒したなどと思い上がるな、このチンピラが!」

 得意がってベラベラと手の内まで話したことを後悔させてやる。

 その決意も新たに、惣一は敵の動きを観察し、気配に意識を集中させた。

 次はどう動く?

 どの方角(ベクトル)から、どのスピードで攻めてくる?

 敵が自在に向きを変え、たとえ大盾だろうと死角から攻めてくると判明した以上、防御主体の戦法は意味がない。盾はせいぜい相手の牽制か目くらましで、長くかつ軽い特殊素材製のハルバードで敵の動きを遮りつつ、盾とハルバードの双方を攻撃に使う。柔軟性が必要だ。

 そう思い、惣一は戦術を変更したが、必ずしもうまいやり方とは言えなかった。なぜなら惣一の得手とする戦術はやはり盾の守りを頼みとすることであり、木原は彼がこれまで、ほとんど経験したことのないタイプの敵だったからだ。しかも、その奇妙な戦術に、習熟している。拳を握った木原は、銃を握った木原より、なお惣一にとって脅威だった。

 惣一は十分に正確な判断を下した。盾とハルバードをトリッキーに動かしながら、敵をかく乱して隙をうかがう戦術は、他の敵ならば十分通用しただろう。しかし、ベクトルの専門家である木原では、相手が悪すぎた。

 木原は蹴りを放った。惣一はそれを盾で払った。しかし、その払う動作までもが木原の計算通りだったのだ。太極拳の演武のようにクルリと回転した木原は、的確に盾とハルバードの隙間をぬって拳を突き出した。拳は、惣一の脇腹に命中した。

「……!」

 惣一はとっさに身をひねり、直撃だけは防いだ。そして、大盾で木原を打った。木原は、するりと身をかわした。

「ちっ――」

「ちっとばかし俺をなめすぎだぜ。坊や」

 木原は冷ややかに笑いながら言った。

「老いぼれだのチンピラだの言っておきながら、その相手に好きにされる気分はどうだい? 自分は老いぼれのチンピラ以下だと認めさせられるのは辛いかよ、ええっ?」

 悪意をこめて、木原が嘲弄を投げかけた。が、惣一は冷ややかに見返すばかりだ。惣一は天才ではない。華々しく武勇を誇ったり、鮮やかな技の冴えで並み居る敵をなぎ倒したり、そういうのは彼の領分ではない。

 だが、惣一はしぶとい。しぶとさでは、騎士団でも彼の右に出る者はそう多くはないだろう。殴られ蹴られ、欺かれ、痛い目に遭わされ、散々に嘲られようと、眉一つ動かさずに現実的な対応をしてのける男。それが河内惣一なのだった。

「偉そうに言う暇に、さっさと俺を殺せばよかろう」

 惣一は言った。

「貴様が自分で言うほど強ければ、俺はとっくに死体になっているだろうよ。それがまだできていないということは、つまり貴様はその程度の男というわけだ」

「……腕もねえくせに、減らず口だけは一人前かよ」

 木原が、怒りでひきつった笑いを浮かべた。煽り耐性は決して高くはない。しかし、惣一は油断はしない。木原はいくら怒りに燃えても、それで焦って判断ミスをするような真似は絶対にしない男だ。自分が、何を言われようと柳に風と流すことができるように、木原も、いくら怒ろうとも、それで思考や行動を濁らせることが決してないのだ。

 木原がじりっ、と距離を詰めた。惣一は身構えた。次はどちらから来る。自分の腕でどの程度まで対抗できる。思考から雑念を払い去り、不利な勝負へ挑もうとする、その刹那。

「でやぁぁぁぁっ!」

 雄叫びとともに、飛びかかる者がいた。杏子だ。

 攻撃に移ろうとした刹那、魔法少女の筋力で飛びかかられ、槍で打ちかかられた木原は、しかし即座に奇襲に対応した。普通の人間とは思えない反応速度で身をひねって地面に投げ出し、転がりざま杏子に発砲した。銃口を向けられた刹那、杏子も飛びすさり、弾丸は杏子の身をかすめた。その隙に木原は身を起こし、杏子と惣一から距離をとって身構えた。

「てめぇ……」

「旗色悪いじゃねーか、河内さん」

 杏子は惣一に、不敵な微笑を向けた。

「あたしはもう少し余裕あるぜ。なんなら手伝ってやろうか、ん?」

「……感謝はしておこう」

 虚勢を張らずに、惣一はそう答えた。あのままやっていても勝てなかったかもしれない、という予感を彼は受け入れた。自分の腕のふがいなさを嘆くよりは、援護に入ってくれる仲間がいる幸運に満足しておいた方が生産的だろう。杏子と戦っていたはずのザボエラは、呆然と立ち尽くしている。一気に杏子を打ち倒すべく精神集中させてメラゾーマを放ち、大技を使った一瞬の隙をついて杏子はザボエラを放置して木原に襲い掛かったのだ。杏子の観察眼と判断力も驚くべきものだったが、やはりザボエラは戦闘の専門家ではないことの弱みが出ていた。木原はザボエラに、会議の最中で故障したプロジェクターでも見るような、ものすごい視線を向けた。

 エトナも、似たような状況だ。彼女は、何発か凪の銃弾をかすらせ、凪のつなぎに何か所か炎弾の焼けこげを作っていたが、結論としては、いまだに凪を打ち倒して木原やザボエラの援護に向かうことができないでいた。

「チッ……!」

 戦況を読み取った木原が舌打ちし、

「くっ……! 馬鹿な、ただの人間を倒せないなど!」

 ザボエラが焦った声を出した。

 惣一は冷ややかに言った。

「フン……まずまずの強さだったが、手に負えない相手でもない」

「木原数多の木原神拳は確かに強力だ。けど、オレ達も充分戦い慣れてる。その拳法は特殊能力頼りでひ弱な能力者なんかを想定した武術じゃないのかい? さっきみたいに、河内さんみたいな熟練の戦士に使うのは、本来の使い方とは違うんじゃないかな」

「クソが……」

 凪の言葉は、木原の痛いところを突いたようだ。忌々しげに吐き捨てたが、言い返すには至らなかった。

 杏子が、威勢よく言った。

「年貢の納め時ってやつだな。とっととお縄を頂戴しちまいな!」

「冗談じゃないわよ。あたし、こんな所でブタ箱はごめんよ!」

 そしてエトナは木原を振り向き、

「ちょっと木原、あんた何とかしなさいよ! あんたのことだから何か切り札を持ってるんでしょ!?」

「んー……。切り札か。切り札ねェ……まあ、無くもないぜ」

 木原は、考え込むそぶりを見せた。

「フン、まだ何か足掻く気か?」

「毒ガス用の携帯マスクも用意してるぜ。どんな手だろうと、打ち払ってやる!」

 凪の言葉に、エトナは焦って言った。

「早く何とかしてよ! このままじゃ、追っ手が来ちゃうかも知れないでしょ!」

「あー、そりゃそうだな。確かに急いだ方がいいな」

 木原は、何度か頷いた。

 先ほどの忌々しげな様子とはうって変わった――妙に冷静な態度だった。

 そしてニヤリと笑った。

「今すぐ使ってやるぜ……『俺の』切り札をなぁ!」

 木原は、リモコンを押した。

『――――!!』

 凪が、はっとした表情を浮かべた。

 彼女は、遅まきながら気付いたのだ。

 木原が――あの癇癪持ちに見える木原が、ルーミアの束縛に失敗しても、リモコンを地面に叩き付けたりしないで、後生大事に懐にしまっていたことを。

 あのリモコンには、まだ用があったのだ。何の用が? その答えが、いま凪の目の前で展開されていた。

 ザボエラとエトナの身体が、びくんと震え、次の瞬間、

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 とても人間の――人型をしたものから発されているとは思えない絶叫、いや、轟音が二人の喉から上がり、そして二人は、爆発した。

 文字通りの爆発ではない。ザボエラは強烈な魔力を込めた炎弾を、エトナは渾身の力で振るった槍の一撃を、それぞれ三人に叩きつけてきたのだ。

 今度こそ轟音が上がり、炎と打撃が叩きつけられる。三人は避けた。凄まじい力が込められてはいるものの、狙いはほとんどつけられていない。二人自身の意志で撃ったなら、もう少し狙いを定めていただろう。文字通り、無理やり力を吐き出させられていたのだ――木原のリモコンで。

「なッ――――!?」

「これは……木原! 貴様、仲間にウイルスを!?」

 凪が、険しい顔で木原をにらんだ。

 先ほどルーミアに打ち込んでいたといった、洗脳ウイルス。

 それを、密かに自分の同盟者二人にも仕込んでいたとしたら。

 二人の食事にウイルスを混入し、いざという時に発動できるよう爆弾として埋め込んでいたとしたら。

 木原は、愉快そうな哄笑を上げた。

「ぎゃっはっはっは! 俺が何のために外部の魔族なんざ雇ったと思ってるんだよ! いざって時に盾にするために決まってんだろうが。魔族用に調整した狂犬病ウイルスを食事に仕込むぐらいお手のもんよ! 力のリミッターを外したそいつらの相手は少々骨が折れるだろうな。その間に失礼させてもらうぜェ! さようなら子犬ちゃん、あなたの事ァ二秒ぐらいは忘れませんってなぁ!!ヒャーッハッハッハッハッハッ!!」

 喚き散らして、木原は壁際に手榴弾を放り投げた。爆音と閃光。ビルの壁はやすやすと吹き飛ばされ、大穴が開いた。三人が反応するより早く、木原は穴から飛び出した。

「逃がしたか……!」

 惣一は駆け寄ろうとした。しかし、果たせなかった。目を爛々と光らせた、猛獣のような形相になったザボエラとエトナが立ち塞がっていたからだ。

「グルルルルルルッ……」

 と、ザボエラが唸る。

「ゴガアアアアアア!!」

 と、エトナが吠える。

 悪魔とはいえ人型のものが獣のように唸り、顔を歪めるさまは、ぞっとするほど無残で冒涜的だった。二人とも、単純で人に利用されやすい悪魔ではない。むしろ、この二人こそ、他人を押しのけ、踏み台にしてのし上がるようなタイプであった。しかしこの日は、ものの見事に、悪魔でも能力者でもないただの人間の木原に踏みにじられ、使い捨てられてしまったのだ。

 杏子が叫んだ。

「どうすんだよ、こいつら! このまま殺しちまうってのかよ!?」

 凪が眉をひそめて首を振った。

「殺すにしろ助けるにしろ、とにかく取り押さえないことにはな。奴の言う通り骨が折れそうだが、とにかく無力化してしまうぞ」

「畜生が。まったくとんだ厄介事だ……!」

 さしもの冷徹な惣一も、まんまと逃げられ、目の前に猛獣と化した悪魔二人をけしかけられたこの状況では、不快感を禁じ得ないでいた。

「次に会ったらぶち殺してくれるぞ、木原数多!」

 怒りを込めてそう吐き捨てた。

 そのような言葉が、この場に木原がいようといるまいと、何の力も持たないことを、自分で理解しながら。

 三人の戦士は、野獣と化した二人の悪魔を迎え撃つべく武器を構えた。


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