ストレンジャーズ   作:philo

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14 三対三

「ち……ちくしょーっ! どうすんのよ木原!」

「うろたえるんじゃねえ。やることは別に変わっちゃいねえ」

 狼狽するエトナの方を見もせず、木原はその顔を笑みの形に凄惨に歪めた。

「そのガキを取り返したのは褒めてやるが、その程度で俺の科学闘法を破れるとでも思うか! てめえらは手足を切り落として、爆笑必至の死体(オブジェ)に変えてやるから有難く思いな!」

「オレは死なないよ。これでも、待ってる家族もいるんでね」

 凪は飄々と言い、銃を構える。

「大口を叩く奴は早死にすると決まってるんだよ……老いぼれ!!」

 惣一もギラと眼鏡を光らせ、攻撃的な言葉を木原に投げかけた。

 その言葉が、開戦の合図となった。

 キメラとさまよう鎧が前衛となって突っ込んできた。後方から戦士が続いた。魔法使いと猟犬部隊は、魔法で、銃で三人を狙う。さらに、ザボエラ、エトナ、そして木原が三人の隙をうかがっている。

 三人の戦士の戦法は、果断なものだった。

 惣一は組み立てたハルバードを。凪は懐から引き抜いた特殊警棒を。杏子は赤い槍を手にして、戦国武将の合戦のように正面から、敵の前衛に突進したのだ。

 一見、無謀ともとれる戦法。しかし、わずか三人の軍隊の、逃げ場所も隠れ場所も少ない室内においてそれは、合理的なものだった。猟犬部隊、魔法使いが、射撃をためらった。なぜなら、たちまちのうちにもつれあった両軍は、不用意に銃や魔法を撃てば、たちまちフレンドリーファイアの結果になるからだ。

 そして敵軍の真ん中に飛び込んだ三人は、ここを先途と暴れまくった。

 惣一のハルバードが、宙を舞うキメラを叩き落とす。大盾が、戦士を叩き伏せる。凪の特殊警棒が、さまよう鎧に高圧電流を流す。その隙間を縫って、杏子の槍が、まるで舞踊のように旋回していった。木原の兵隊たちは、人と怪物とを問わず、次々にバタバタと倒れていった。

「撃て!」

 木原が部下たちに命令を飛ばす。撃て、とだけ木原はいった。兵士たちに、戸惑いが走った。目の前にいるのは友軍だ。モンスターはともかく、人間もいる。

 猟犬部隊の一人が、

「し、しかし味方に当たり――」

 言い終えないうちに、銃声と共にあおむけに倒れた。

 木原に、額を撃ち抜かれたのだ。

 木原は部下を殺しておきながら眉ひとつ動かさず、平然とふぅっと銃口に息を吹きかけると、

「こういう風にやるんだよ。わかったか?」

 ちろりと、部下たちを眺め渡した。

 恐怖による統制の力は、絶大だった。

 猟犬部隊は、いっせいにライフルの銃弾を団子になって固まっている集団に浴びせた。敵味方の区別など関係なかった。鉛の雨が降り注ぎ、キメラが、戦士が挽肉となる。さまよう鎧が、穴だらけになる。

 三人の戦士はどうか。

「くそっ……無茶苦茶しやがるぜ」

「まったくだね。まあ、オレたちも人のことは言えないけどね」

 三人とも無事だ。

 惣一は例によって大盾で、凪と杏子はその場にいた敵の身体を盾にして避けていたのだ。凪はもとより、杏子とて場数を踏んだ魔法少女だ。本心は別として、情け容赦ない戦い方には、むしろ熟練している。貫通した弾丸が何発か三人の肩や腿をかすりはしたが、それとても致命傷にはほど遠い。

「部下を犠牲にして、その挙句戦果はゼロか。絵にかいたような無能だな、木原とやら」

 惣一が言葉の弾丸を射撃する。木原の顔が一瞬、怒りに歪んだ。彼は部下の犠牲など意に介さない。そして最終的な結果が満足のいくものであればいい。けれども過程は、惣一の言った通りだ。そしてどんなに捻った悪口雑言も、現実に起こった事象や数字を踏まえた批判には遠く及ばない。

「オレが牽制する。先にザコを始末するぞ!」

 凪が叫んで、手榴弾を掲げる。ただの手榴弾ではない。閃光手榴弾だ。

 惣一は無言で、杏子は一瞬戸惑ってから、それぞれ猟犬部隊と魔法使いの群れに突進する。

「っ!」

 木原が銃を抜き、凪に連射する。凪は、転がってかわした。地面に叩きつけられる痛みを意に介さない、果断な動きだった。その手から閃光手榴弾が離れる。あたり一面が白に染まった。惣一と杏子は、敵のいる方角へ、目を閉じて突進していた。何人かの兵士は目を閉じて対応したが、敵が突っ込んでくることには対応できない。そうした兵器に慣れていない魔法使いたちは、さらに悲惨なものだった。閃光をまともにくらい、目を押さえて立ち尽くしている隙に、杏子の槍に次々と叩き伏せられていった。猟犬部隊も、状況にさして違いはない。惣一の振るうハルバードは、まるで衝立でもなぎ倒すようにして片っ端から、訓練された兵士を地に這わせていった。これがクルセイド騎士団の新入りだったらそう簡単にはいかなかっただろうが、たとえ才能に秀でていなくとも、惣一は百戦錬磨の古参騎士で、しかも能力者の島で戦ってきた男だ。木原の傀儡人形に等しい、士気の低い兵士たちでは抗しようがなかった。

「これで――」

「――三対三、ってとこだな」

 うろたえるエトナとザボエラ、そして木原へ向けて、凪と杏子が言い放つ。木原は歯噛みして惣一たちをにらんだ。木原自身は、荒事に慣れた古強者だ。だが、エトナは戦闘力は高くとも、そこまでとっさの対応力は高くない。基本が学者肌のザボエラは、いわずもがなだ。彼らにとって不幸なことに、惣一も凪も杏子も、少数でもって多数を討つための電光石火の戦闘が得意なタイプだった。

「どうする、科学者。猟犬はいなくなったが、まだやるか?」

 惣一が冷ややかに言い放つと、木原はそれを上回る冷ややかさで笑い捨てた。

「ハッ、笑えねえ冗談は顔だけにしとけよ。あんな一山いくらのザコ、俺があてにしてるわけがねえじゃねえか」

 言ってジャキリ、と銃のマガジンをセットして、

「最後に頼れるのは銃(こいつ)と、そして自分自身なんだよなあ!」

 叫んで射撃する。同時に、木原は突進した。

「!」

 木原の射撃は狙いをつけない、威嚇射撃だ。それにもかかわらず、凪と杏子は肝を冷やした。飛び退いていなければ、当たっていただろう。木原は、動き回りながら銃を撃つことに、おそろしく慣れていた。科学者とはいいながら、まるでプロの殺し屋か傭兵だ。

「杏子は妖怪ジジイをやれ。オレは悪魔娘を討つ!」

 叫んで凪は、エトナに向けて数発撃った。エトナは宙返りして身をかわした。すらりとした細身に刺激的なボンデージファッション、悪魔の羽と尻尾といういでたちにふさわしい、軽業師めいた身のこなし。いや、おそらく人間の軽業師などよりよほど速いだろう。

「悪いけどねー、ピストルって初見じゃないのよね。あたしがこの世界の人間じゃないからって、馬鹿にしてるでしょ?」

 エトナは悠々と軽口を叩く。その合間に宙を舞い、凪めがけて槍を振り下ろす。高々と跳躍し、上空から襲う。

 重力を含んだ衝撃が、警棒で受け止めた凪の肩にかかった。

「っ……!」

「さっきまで驚き役ばっかでイライラしてたのよ! 悪いけどこっからはあたしのターンよ。あんたを踏み台に、華麗なるエトナ様オン・ステージを――」

 しまいまでエトナは言えなかった。

 競り合いで圧される体勢だった凪が、いきなり唾の塊を吐きかけてきたからだ。

「っ!」

 ためられた唾液を、テッポウウオのように的確に、目めがけて噴きつけられて、エトナはとっさに目をつむった。同時に、後ろへ飛びすさる。目つぶしを食らったと理解したと同時に、このままの位置では逆襲されるということも、とっさに判断したからだ。それを即座に理解し、次の行動に繋げたエトナもまた、非凡といえた。

「ちょ……あんた!」

「悪いね。オレはあんたを馬鹿にしちゃいないよ」

 凪は、口元の唾を拭いながら言った。

「人間が魔物に勝つには、手段を選ばず死にもの狂いでやるしかないだろ? 悪いが反則なんてのは無いよ。オレにできること全部で、あんたを倒してやるから覚悟しな」

「……っ。あんたねぇ……そういうのは普通、悪党の戦い方でしょ! あたしのお株を奪るんじゃないわよ!」

 呆れた声を上げながらもエトナも、油断なく槍を構える。目の前の人間が単純な身体能力や武器性能以上の、とっさの判断力や決断力に優れた強敵だと理解したのだ。


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